第29話、第3の人格は、気は優しくて力持ちな食いしん坊タイプ?
SIDE:ソトミ
偶然か必然か。……と言うより、師匠の割り振りはわたしがしたんだから必然に決まってるんだけど。
そんなわけでわたし、ソトミが担当する日曜日。
何食わぬ顔でキショウくんとともにやってきたのは。
ここ『リヴァイ・ヴァース』における最難関ダンジョンのひとつ、ダンジョンナンバー『0.00』を冠する『異世界への寂蒔』だった。
初期装備のショートソードや、最早キショウくんのトレードマークでもある帽子や、所謂『ぬののふく』以外の防具を含めて何も持ち込めないばかりか、探索者……このダンジョンに挑戦するものが、それまでの人生で得たレベルと言う名の強さでさえも、リセットされて持ち込めなくなる。
……簡単に言えば降り立った瞬間レベル1になってしまうという、鬼畜仕様のダンジョン。
だけどキショウくんが、通常ではないのはそこからだった。
推奨レベル30にも達する、Aランクに位置するヘッド・スクイーズの大群。
まとわりつかれ触れることで、所謂HPやMPを奪われ、それらがゼロになれば昏倒してしまう(HPやMPが0になったからといって、命まで奪われるわけではない)のだけど。
ひとたびそうなってしまったら、今回……一度目のダンジョンアタックは失敗扱いとなってしまって。
摩訶不思議でご都合主義な力で入口に戻されるか、また別の機会に改めて挑戦するのか選べるかと思いきや、実はこっそり日曜日担当のこのわたしが、魔物たちを蹴散らしスタート地点まで背負ってまで向かうつもりでいたわけだけど。
キショウくんは、この世界、『リヴァイ・ヴァース』謹製ダンジョンで失敗してもやり直せるといったことを耳にしても尚、随分と諦めが悪かったようで。
「……オオオオォォォォォっ!!」
どこか、キショウくんのイメージとはかけ離れた……獣や怪物を思わせるような咆哮が木霊する。
それは、衝撃波のごとく辺りに拡散し、頭どころか全身にまとわりつき始めたヘッド・スクイーズたちを弾き飛ばした。
それにより、十数匹のピンク色のゼリーのごとき彼らが、割れた風船のごとき破裂音とともに辺りに散らばっていって。
今の今までふところにいたわたしの視界も、僅かな時間だけクリアになったわけだけど。
(……んん? 何だかふところの感触が狭いというか、きつくなってない?)
恐らく、あの咆哮はキショウくんはが『代わった』ことの合図のようなものだったんだろう。
しかしその変化は、カイやサマルェに見せたそれぞれとも、大きく異なるみたいだった。
サマルェの時は、花の妖精さんか何かなんじゃないか……ゆりゆりなサマルェが一目でやられてしまうくらいの美少女で。
カイの時は見た目こそそれほど変わらなかったけど、氷のように冷たい視線と気配を持つ美少年になってたらしいんだけど。
今回わたしの前……というか、抱えているのは背中越しでもはっきりと分かるマッチョ、骨格そのものが大きくなってしまっているような感覚があって。
(えぇーっ。か、変わりすぎでしょぅっ。これじゃあオーガもかくやってかんじじゃないの)
十数減ったくらいじゃあ、お構いなしにたかってくるヘッド・スクイーズたちのことも忘れて。
わたしはもぞもぞと、何とか体勢を変えることに成功する。
はたしてそこには。
随分と変わり果ててしまった……変わったタイミングを身近で体験していなければ、別人だって勘違い、判断しちゃってもおかしくない、大きな一本の角を持った、橙の筋骨隆々な肌の、オーガ(大鬼)と呼ぶにふさわしい姿のキショウくんがそこにいて。
「オオオオォォォォッ!!」
再びの咆哮は、反抗の合図。
お構いなしに、というか、生命そのものが大きく強くなったことで、余計に喜々として殺到してくるヘッド・スクイーズたちを。
そのナイフのような爪を持った掌で、ドリルのような角で、鉄板でも履いているんじゃなかろうかってな両足で。時には鉄をも砕きそうなその真っ白の牙で。
貪るように戦闘狂のごとく暴れまわり、蹂躙するキショウくん。
(ふぅん。キショウくんの中にいる複数の人格たちは、キショウくんの中にいたせいでこのダンジョンの影響、縛り、リセット的なものを受けていないみたいね)
一昔前なら、似たような境遇だったわたしでもそんな感じを体験できたんだろうけど。
いやはや、勉強になるわぁ、と感心しきりなわたし。
でも、実際のところバーサークモードでもあるのか、その場からほどんど動こうとしなかったのはいただけなかった。
ヘッド・スクイーズは、例えば『異世界への寂蒔』と呼ばれるこのダンジョンであるならば、同じフロアに長く留まっていると、ほぼ無限に湧き出してくるのだ。
本来の攻略方は、素早く移動しつつ邪魔になるものだけを迎撃し、直ぐにその場を離れ立ち去るのが正解なわけだけど。
オーガらしきものと化したキショウくんは、仁王立ちの勢いでその場で回転しながらまとわりつこうとするヘッド・スクイーズたちをさばき続けていた。
このままだと、いくら大きくなって強くなったと言っても、時間との勝負だろう。
何せ少しでもそのピンク色ゼリー状のものに触れれば、生命力を吸われてしまうのだ。
いつまでも、そんな豪快なやり方が続けられるはずもなくて……。
(第30話につづく)
次回は、9月13日更新予定です。