第28話、勇者らしさはあるけれど、結構致命的に運はないのかもしれない
跳ぶことに使っても、あまり飛ぶことに使うことはないグラスホッパーたちの背中の羽がリンと音を立てて、鳴き声のように辺りに響く。
その後すぐに、キショウと残った二体が激突した。
甲羅に弾かれる硬い音と、ショートソードの斬撃音が続いたと思ったら、既にそのうちの一体はその胴をショートソードに貫かれ。
もう一体は、殴りつけられたかのように弾き吹き飛ばされているのが見えた。
地味に、多対一戦いもこなれているようで。
(そっか。故郷の学校ならこれくらいの年から色々と習っちゃってるんだっけ)
何せ、勇者、英雄を育てるこの世界、【リヴァイ・ヴァース】のモデルとなった学校なのだ。
それこそ、10歳になる前くらいから、一定訓練を受けているのは自明の理であって。
「【雷】よっ! その轟し雷鳴にて敵を討て! 【スパーク・ガイゼ】っ!!」
この程度であるならば余裕もあるかと。
ソトミが納得した時には、吹き飛ばされたグラスホッパーを追うようにして、小さな白雷の筋が縫い付け穿っていた。
いきなり周りを囲まれての先頭であったのにも関わらず完勝である。
しかも、カイが言っていた人格、あるいは魂が入れ替わった様子もなく、素のキショウの実力のようで。
(【火】と【雷】の魔法かぁ。なんていうか本当に基本的な勇者見習いって感じなのねぇ)
特段ソトミが意図したものではなかったが。
これくらいでは本気を出すまでもないというか、失敗を糧にするまでにもいかないらしい。
「へぇ、やるじゃない。こりゃちょっとばかり楽しくなってきたわね。こうなったらわたしの最高踏破記録に挑戦してもらおうかな」
「あっ、さっきのバッタ、何か落としたみたい」
これはまだまだ序の口で。
はたして、この先の凶悪なトラップとモンスターのコラボにどこまで耐えられるのか。
うきうきでひとりごちるソトミを脇目に、初ドロップに沸くキショウ。
「えっと……これはなんだろう。バネ、かなぁ」
「ええ。見たまんまの『鉄のバネ』よ。鋳崩して使えるから、10本で1Bね。初級のポーションなら、80本集めれば買えるわよ」
「おー。そうなんですか、もらっておこうっと」
もっと質のいいバネならば、マジックアイテムの素材として扱えるが。
はっきりいってフーゴブことフード・ゴブリン・シャーマンが落とすボロ布と対して変わらないクズドロップである。
モンスター一体につきレア度の違うアイテムがいくつかドロップすることがあるのだが、やはりキショウにはその辺りまで期待するのは酷なようで。
それでも、たった一本だけのドロップを大事そうにリュックにしまうのを見ていると。
初心って大事である、と言うか、ソトミ自身新鮮な気持ちになるのは確かで。
「当然まだ行けるわよね? ここならやられても復活できるから、早速限界に挑戦してみましょうか」
「は、はい。まだ平気です。頑張るよ」
復活できると耳にしたからなのか、キショウは言われなくとも、とばかりにやる気満々の様子である。
ソトミは、その意気や良しとばかりに頷くと、再びキショウの聞き手とは逆、左肩に陣取ってみせて。
「ほら、さっそく来たわよ!」
「う、うわっ。たくさん来た!」
ソトミのふさふさ尻尾が指し示す先には。
連なった果実……房のようにも見えるヘッド・スクイーズの大群がいた。
冷静なふりをしてはいたが、ソトミの想定の三倍はあろう数である。
ヘッド・スクイーズは、単体ならばCランクの魔物であるが。
数が増えれば増えるほど、そのランク跳ね上がる。
今回の数をぱっと見で判断すると、初心者お断りのAクラスにも達するであろう。
(まさか、さっきの一体だけいたのは、偵察だったのかしら)
普段群れを成しているヘッド・スクイーズにしてはおかしいと思っていたのは確かであった。
あるいはただ単にキショウの運がないと言う可能性もあるだろうが。
『異世界への寂蒔』と呼ばれるこのダンジョンは、挑むものに対してレベルを合わせていく性質を持っているからして、現時点ではふところマスコット状態とはいえ、キショウではなくソトミに合わせているのかもしれない。
それすなわち、このダンジョンに挑戦するキショウにとってみれば。
まだ一階層とはいえ荷がかちすぎる相手なわけで。
キショウが驚き、目を見開く暇もあればこそ。
あっという間に、ヘッド・スクイーズに囲まれ集られ、取り付かれて。
透けたピンク色の暴威に支配され染まっていって……。
SIDEOUT
(第29話につづく)
次回は、9月9日更新予定です。