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第19話、真っ先に否定したのに、魂の拠り所であることを信じて疑わない




そんな臆病な彼女が無意識に求めたのは。

人見知りしない家族や親しい間柄であったのは必然だったのだろう。


ほとんど無意識にあてもなく飛び出したのにも関わらず、もともと自然の……魔精霊の力を借りる事を得意としていた『S』が、この世界にも際限なく漂う小さき彼らに導かれるようにして辿りついたのは。

あえて階段の下に作られている倉庫のような一つの部屋であった。




「……」


『S』は言葉発せぬままにそれでもここだ、とばかりにその扉をノックする。



「はい」


すぐに返ってくる返事。

『S』がよくよく聞いた事のある、少し大人びた少女の声。



(……お姉ちゃんの声だ)


そう理解し心が躍るも、それを言葉にできず返事をすることもできない。

その事がどうにももどかしく、仕方なく再びドアをノックすると。

「今行きます」と。

落ち着いた……だけど『S』の印象より低い声が近づいてくるのが分かって。




「どちらさまで……っ。あなたは」

「お姉ちゃん? お姉ちゃんなの?」



息を呑むテリアと、こんな所にいるはずがないと思いながらも半信半疑な『S』の声。

テリアは、彼女がキショウの関係者……かつてのテリアが悪『役』として傷つけた相手の一人である事をすぐに思い出し、申し訳なさにらしくもなく逃げ出したいといった気持ちになっていたが。

『S』もテリアに対してキショウと同じ、勘違いをしていることに気づかされ、慌てて否定の言葉を唇に乗せる。




「申し訳ありませんが、ちがいますわ。まことに勝手ながらあなた様の姉君の姿を借り受ける事となった、魔導人形の一人にございます」


肝心なところはぼかしつつも、テリアはそう言って左手首までかかるドレスの裾をまくってみせる。

そこには、人との区別がつけられるようにと、僅かに見える球体関節があった。


ソトミやキショウ、そしてテリアがかつて暮らしていた故郷に当たり前のように存在していた、魔精霊の力により魂を持ち自我を持つに至った動く人形。


故郷が同じであるからして、『S』にもテリアが人違いである事はわかったのだろう。

おかしいなと首をかしげつつも、彼女も同じく突然すみませんと頭を下げる。



「いえ、それは構いませんが、私に何か御用でしょうか」  


かつての故郷で記憶にある人物だとて、仕切り直したこの場所で会うのは初めてである。


ここ最近やってきた新人と言えば、キショウしかいなくて。

その事に気づいていれば対処にしようはあったはずなのだが。


まさかテリアも目の前の少女がかつてのソトミのような魂の入れ替わりし種族(厳密に言えばソトミとキショウはまったくの別物ではあるが)なのだとは気づきようもなくて。



「あ……えっと、その人見知りというか、油断するとわたし、ことばに魔力が乗ってしまって。親しいひとなら大丈夫なんですけど、自分の置かれている状況もわかっているんだかないんだかで、とりあえずなつかしい気配がしたから、こっちに来ればいいのかなって思ったんです……」



少々混乱ぎみではあるが、そう言う『S』の言葉には確かに魔法言語フレーズに近い魔力が篭っていおり、今にも魔力が暴発しそうな危うさがあるのは確かで。



「状況が分からない? 貴女もしかして新人の方かしら。この悪役更生世界リヴァイ・ヴァースに来るには初めて?」

「ええっと、よくわからないんですけど、たぶんそうですね。わたしたちは生まれたばかりでして。いつもはマスターの中にいるはずなんですけど、何故かわたしだけ出てきちゃったみたいです」



分からないのは、今置かれたこの状況。

マスター(キショウ)の身体に潜む魂の一つ、ではなく。


言わば大事な記憶のかけら……そんな彼女が何故出てきたのか。

きっかけはサマルェのマジックアイテムによるものだとは分かっているが、何故自分が具現化したのかが分からなかったのだ。

『S』本人ですらよく分かっていないのだから、当事者ですらないテリアには分かりようもなくて。



はてさて一体どうすればよいのやら。

今でこそこの世界のぬしであるソトミの良き相談役であるテリアだが。

ある意味二人は元を正せば『同じようなもの』であり、だからこそ彼女はどこかしらシンパシーを感じ、ここに来たのだろう。



同族的よしみあれど、ここはやはりソトミに任せるべきか。

テリアがちょうどそんな判断をした時。

当の本人がこちらに向かって駆け出してきたではないか。



「おー、いたっ。って言うかよりにもよってテリアと一緒なの? わたし的にはいいとこまでとっておくつもりだったのにぃ」



どこか嬉々としたソトミの様子。

時々、何を言っているのか分からないソトミが現れるのだが。

今のテンションの高さは正にそれ、であった。



「……っ」


分からない事は恐怖の対象である。

それを示すかのようにテリアに抱きつくようにして背中に隠れる『S』。



「ソトミ? ……この娘は一体どなたです? 新人さんですか?」

「いやいや、新人って言うかさ、その子キショウくんだよ、サマルェの知的好奇心に溢れたイタズラでかつてのわたしみたいに、人格……魂がかわってるだけでさ」



会いたくないって言っていたのに、いつの間にかそんなにも仲良くなっちゃって。

ソトミの言葉には、そんな嫉妬めいたものも含まれていた。


こう言う出会いってもっといい所……後半クライマックスじゃないの、などとぶつぶつ言っていたが、もうテリアの耳には入っていなくて。



「あっ……マスター、起きたみたいです」


はっとして安堵する、そんな『S』の声。



「あ、ええと。わたしはサキといいます。……マスターのことよろしくお願いしますね」



お姉ちゃん。

ついさっきそれは否定したばかりなのに。

聞いてませんでした……そんなふりをして。


小さな、テリアだけに聞こえる声でそう名乗り、消えていくその気配。



「……っ」


代わりにそこにあったのは。

ノックをしてきた相手が彼ならば絶対開ける事はなかっただろうよく知る気配で……。



    (第20話につづく)









次回は、8月9日更新予定です。

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