第18話、妖精のごとき【木(ピアドリーム)】の化身、舞い降りる
「ガッ……あっ」
苦悶の声とともに身体中が盛り上がり、溶け、組み替えられる感覚。
毒にも等しいそれは、しかしキショウを眩い光に包んだかと思うと。
それが晴れた時には、彼の姿を一瞬にして変容させていた。
それは、実の所いきなりカイに襲われた時と状況は同じで。
身体が変わる程の痛み……キショウの危機に、カイの時と同じように防衛本能が働いたためで。
厳密に言えば、人格人となりが変わったといってもいいものかどうか疑問ではあるのだが。
……結果として、変化の疑問を隠す役目を果たしていた光のカーテンがなくなった時には。
キショウの姿はなくなっていて。
代わりにそこにいたのは。
翠緑の……自然の緑のようなおさげの髪の、サマルェよりも小さいかもしれない一人の少女であった。
「ふふふ。成功ね。可愛らしい娘じゃない。あたしの初めての愛妹子として十分合格よ」
キショウに隠された役を暴くためではなく、本当にそのためだけに薬を使って変身させたのだと言わんばかりのサマルェの口ぶり。
そのあまりに残念な代わりように、苦笑するしかないソトミであったが。
それより何より、ソトミは故郷において彼女の事を見かけた事があるような気がしてならなかった。
直接会って会話した事もあるような気がする。
同世代ではないはずだが、果たしてどこで会ったのか。
……ソトミが、その事について答えを出すよりも早く。
それまで閉じていたエメラルドのごとき瞳を開き、興味深げに辺りを見回していた少女は。
獲物をとらえんと襲いかからんと近づいてきていたサマルェに対し、正しくも身の危険を感じていたのかもしれなくて。
「……っ!」
声が出ないのか、出せない理由があるのか、怯えた様子の少女が悲鳴の代わりに出したのは。
どこからともなく現れたいくつもの花びらであった。
それが、濃い香りとともに風に舞う。
咄嗟に鼻と口を塞ぐソトミを脇目にまともにそれを受けたサマルェが、どことなく幸せそうに倒れこむのが分かって。
麻痺を起こす粉か。
あるいは眠りを誘う香か。
(好みの子だからっていくらなんでも油断しすぎでしょ)
頭から倒れそうになるのをなんとか阻止したまではよかったが、件の草花の化身みたいな少女はその隙をつくようにして部屋を抜け出してしまったではないか。
「サマルェの唯一といってもいい弱点をつくとはさすがねっ」
支援補助とマジックアイテムを扱わせれば右に出るもののいない『魔女』サマルェの唯一にして残念な弱点……いたいけな幼女。
キショウがそれを狙って変身したわけではないだろうが。
傍から見ていたソトミとしては、やはり侮るべからずと勘違いが増大していったの確かで。
どうにも面倒事の予感が止まらないソトミは、すっかり幸せな眠りについてしまったサマルェを彼女のベッドに寝かせた後、慌ててドアの外に消えた緑の髪の……森の妖精の如き彼女を追いかけていくのだった。
そう言えば髪の色こそ違えど、今のテリアの姿と何とはなしに似ているなぁと思い出しながら。
※
キショウに成り代わった少女。
彼女は、ソトミたちの言う、キショウの中に潜むもう一つの人格=悪『役』というわけではなかった。
キショウが無意識にも人生において集めた魂のカケラ……大切な人達のひとりにすぎない。
キショウは、魂が入れ替わるというソトミたち一族ほどではないにしろ、本人も気づいていなかったある特性を持つ一族であったのだ。
ショウリンの一族。
心を交わした親しい人物の魂の欠片を取り込み、そのものの特技をラーニングできるという。
それが、サマルェの毒物めいたマジックアイテムと混じりあって、生まれたのが今の少女の姿である。
永遠に続く事はないかりそめの姿であるが、しかし本来の人格、記憶すら残っていたのは奇跡といっても差し支えないだろう。
そう言う意味でもサマルェと相性がいいといっても過言ではないのかもしれなくて。
「……」
そんな少女……仮に名前をつけるとするなら『S』は。
そんな特殊な状況であるからして、キショウやある意味ソトミよりも今の状況を理解していた。
自身と同じように異世界転移に巻き込まれるはずだったのに、一人忘れ取り残されてしまったキショウ。
この世界ならば、そんなキショウを暖かく迎えてくれるだろうことは分かっていたのだが。
『S』は本来人見知りで臆病な少女なのだ。
そうであるからこそ。
ギラギラとした赤髪の少女が単純に怖くて、逃げ出してしまったわけで……。
(第19話につづく)
次回は、8月6日更新予定です。