第13話、映し出されるは、未来のあるかもしれない可能性のひとつ
―――ソトミ視点
サマンサが脅かすから、嫌がるんじゃないかなってヒヤヒヤしていたけど。
むしろなんだか楽しそうにキショウくんは階段を登っていってしまった。
それじゃあ早速デバガメ……いや、言葉が悪いわね。
観察視察、とでもしておきましょう。
準備をしようとリビングに入ると。
モニター用のテレビの前にあった長ソファには、カイやサマンサだけでなく、クルベまでしっかり陣取って座り込んでいて。
ううむ。この短い間に随分と肩入れというか、気を許しちゃってる感じがするなぁ。
その辺がほんと、逆に怪しいって言うか、侮れないって思うのよね。
「どけどけどけーいっ。真ん中はわたしの席じゃぁ~」
「ちょ、ちょっと」
「いててっ」
「……」
しかも、わたしの座る場所がないじゃないの。
いろんな意味でぷんぷんしつつ、わたしはソファの後ろから無理やり割り込んで肩をいからせてスペースを確保する。
むすっとしたまま弾き出されたクルベが、ソファの手を置くとこにもたれるように移動していたのを見て、ごめんあそばせーと頭一つ下げつつ、3Dテレビ用の色付きサングラスにしか見えないマジックアイテムをそれぞれに手渡す。
それは、そのまま3Dの臨場感を楽しむ……のではなく。
それぞれがぞれぞれの視点で、そこにいるみたいに人様の『役』の記憶を覗けちゃう、たいそうなものなのだ。
まぁ、『役』って言ってもプライベートな事もあるし、さっきキショウくんにも説明したけど、悪『役』を背負わされる事となったきっかけのみを知る事ができるそれは、【デューティ・メモリアル】にも載ってないキショウくんの来歴を知る意味もあった。
そのきっかけこそが、この世界における正義の味方……英雄、勇者になるための卒業試験と大いに関わってくるのだ。
わたしが予想するに、それは少なからずテリアと同じもののはずで。
これから二人を問題なく引き合わせるためには、必要不可欠なのだ。
……辛い事もあるだろうし、申し訳ないとは思っているのよ?
だけど、キショウくんの口から根掘り葉掘り聞くよりはいいと思うのよね。
別に誰かに言いふらすわけじゃないし。
わたしは内心でそんな言い訳をつらつらと述べつつ、リモコンもってテレビの電源を入れる。
あ、テレビじゃなくて、『役・映像記憶放映装置』ね。
一応マジックアイテムなのよ、このテレビもね。わたしがつくったのよ。
まぁ、そんな風に自慢しても凄いって驚いてくれたのは本物を知ってるここにいる人たちくらいのものなんだけど。
そんな事を考えているうちに、砂嵐が眩しいくらいの白一色に切り替わる。
「あれ? 白一色? おかしいな。すぐにどこかしら故郷の映像が見られると思ったのに」
「お、でもしょーくんはいるョ」
カイがのんびりと声を上げた通り、キショウくんはこの面白みも変化もない白一色の空間にぽつんと立っていた。
「……ふむ。このような過去情景を見るのは初めてだな。真っ白なキャンパスか。なるほど興味深い」
「これってもう始まっているの? そんな感じでもないように見えるけれど」
絵を描くのが好きなクルベらしい一言に、バグか何かじゃないのとばかりにこちらを見やるサマンサ。
「いやいや、何これ。こんなのわたしだって初めて見るわよ」
例えばよくあるテンプレで。
異世界トリップモノの主人公が、冒険の始まりの前に訪れる転生の間と言うか、神様との邂逅の場って言えばこう言う感じのものかもしれないけど。
それがキショウくんにとっての悪『役』に染まるきっかけに、果たしてなりうるだろうか。
いかにも何か企んでる、ラスボスっぽい神様に騙されての転生トリップであるならば、可能性はあるかもしれないけど……。
何よりそれ以前に、そこにいるのはキショウくん一人だけで、いつまで経っても過去の再現が始まる気配はなく。
キショウくんも、何も起こらない現状に変化を、とばかりに走ったり飛んだりしているのが見えて。
「ふむ。真の悪はこの前見えた別人格の方、か?」
「あ~、その可能性はあるカモね」
「ちょっ、何よ別人格って。聞いてないわよ」
「え? 話さなかったっけ?」
二人してそんな大事な情報ほったらかしにしてるんじゃないわよ。
それでも、『役回想起』の間に入ったのは確かなんだから、別人格だろうがなんだろうが、しっかり記憶を抽出して映し出すはず。
なんて思っていると、やっぱりまだ過去の記憶の世界に入ってなかったらしく、立ち止まったキショウくんが不意に空見上げて叫ぶ。
『ソトミさーん! 試練、初めてくださーいっ!』
「ご指名よ、ソトミさま」
そんな事言われてもと戸惑うわたしに、投げっぱなしなサマンサの言葉。
「こ、こんな状況初めてなんですけど、せ、説明書っ」
魔法的なナニカで作られているそれに、そんな気の効いたものなどあるはずもなく。
わたしが手に取ったのは、魔法的なテレビの副産物として生まれたリモコンだった。
一見ごく普通のリモコンに見えるけど、通常の機能の他に、過去、今、未来と書かれた押し込み式のボタンが見てとれた。
当然、過去のボタンがしっかり押し込まれている。
……と言うより、こんなボタンがあったのは今気づいたんですけど。
「ええい、ままよっ」
まさか口にするとは思わなかった、テンプレっぽいそんな言葉。
急かされプレッシャーを与えられていたこともあって、わたしは押せるボタン全部押しちゃってて。
「……お? はじまったカナ?」
プツンと画面が一瞬消えて。
チャンネルの切り替わる、その感覚。
改めて前のめりで画面を見ると、確かに状況は一変していた。
「これは……【リヴァイ・ヴァース】?」
切り替わったロケーション。
白かった地面は灰色斑の瓦礫に取って変わり。
空は泣きたくなるような赤に染まっている。
その間には、災厄の降りかかった廃墟と化した、わたし達の住まう、あの丘があった。
「なんで……っ」
キショウくんがここに来たのは初めてのはずだ。
だとするなら、これは未来の映像?
キショウくんが悪役に染まる原因が、まさかこの場所にあるとでも?
それとも、たまたま偶然によく似た場所なのかな。
そんな、有り得ない事を考えていると。
はかったかのように画面が引き、キショウくんの立ち姿を映し出す。
「おお、かっくいー」
「未来……あるいは、前世かしらね」
唐突に降ってくる、カイとサマンサの呟き。
わたしは、それにどこか遠い物を感じつつも、改めてキショウくんを見据える。
そこには、全身血まみれ泥まみれではあるが、今のキショウくんより十年は成長したであろう、強い存在感をたたえた、精悍な青年がいた。
額の傷を隠しもせずに、大仰で禍々しくも美しい大剣を構え、凛々しく、わずかに喜色すらたたえた激しい瞳である一点を見据えている。
『―――全ての可能性が尽きて尚、立ち向かうと言うのかね、この神に!』
「……っ!?」
キショウくんの表情を映すようにしていたから、彼が見据える存在を目にする事はなかったけれど。
わたしはもう少しで上げそうになった悲鳴をなんとかこらえる。
それは、この世界を『わたしたち』を創った主……創造主様の声だった。
『……っ、諦めないっ! 絶対におれは、お前からの呪縛を解き放って見せる! ソトミさんを助けるんだっ!』
「え、えっ!?」
な、なんで。どうしてそこでわたしの名前が出てくるの?
あまりに真剣でまっすぐなキショウくんの瞳。
主と相対しているなんて信じがたい事だったけど、正直ドキッとしたのも確かで。
『―――面白い。やってみせろ!』
『うおおおおっ!!』
苛烈な、信じられないような強さでぶつかり合う二人。
そんな、わたしのために争わないで!
……って、言うところなのかしら。
正しく、不意打ちもいいところな、おかしな展開。
大いにテンパっておたおたしていると。
二人の戦いの余波なのか、画面はまたまた白一色に染められていって……。
(第14話につづく)
次回は、7月25日更新予定です。