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第10話、多分きっと、こうして何の気なしに支えてくれていた人もいたはずで



からからに乾いていた樹に、水が染み込み枯れかけていた命が活性するかのように。

キショウは少しずつ自分を取り戻していく……。



かつての、ここに来る前のキショウは、確かに強さを求めていた。

探索者、冒険者、賢者に魔法使い。

果ては勇者、英雄、救世主と呼ばれる者達を目指し、正しくこの場所のような学舎に通っていた事を思い出したのだ。




(悪役、かぁ)


その事に、特別嫌な感情があるわけでもなかったが。

おおよそ真逆の道を目指していたのは確かで。


何か大きな失敗をし、自分はここにいるのだろうかとキショウは思う。

何せ、その失敗を思い出したくないと頑なに扉を閉ざしている自分が分かるのだ。


相当目も当てられない失敗をしてしまったに違いない。

そして、その一度(かどうかも定かではないが)の失敗からの挽回のチャンスを与えられたのが今なのだろう。



(だったら、頑張らなくちゃ)


きっと自分は単純で分かりやすい子供だったはず。

勇者や英雄などに憧れていたに違いない。

幸い、ここにはキショウには及びもつかないくらいにたくさん、目指す夢を教えて貰えそうな先生たちがいる。


色々と勘違いされている事を置いておけば。

やっぱりそれは幸せな事だとキショウは認識していて……。





もれなく辿り着いたのは、キショウの記憶を刺激する広い広い食堂。

ふかふかの絨毯などは相変わらず、天井がとても高くなっていて、早朝の陽光を白く細長いテーブルクロスを照らしていた。



まだ早い時間帯だからなのか、朝食をとっている者はまばらである。

それは、多種多様な元悪役達が、一日経って噂になっているイレギュラーの存在に興味を持ちつつ警戒していた故でもあるのだが。


当のキショウは湯気上げて働いている割烹着姿のおばちゃん達……正しく食堂としか言い表しようのない光景に圧倒されていた。

自然と腹の虫が主張を始め、新人としての挨拶をそこそこにふらふらと匂いの方へと近づこうとする。




「おや。君はキショウだったかな。カイが迎えに行ったはずだが……」

「あ、クルベさん。おはようございます。ええと、お腹が減っちゃって。起きたらすぐに部屋を出たので……」



はっと我に返ると、そこには昨日会ったばかりの青年がそこにいた。

カイとの模擬戦で審判を勤めてくれた、口数の少ない、だけど優しそうなお兄さん。


昨日はどちらかと言うとどこか近づきがたい雰囲気をまとっていたが。

今日はそんな雰囲気もなくなっていて。



「ふむ。行き違いになったか。まぁいい。朝のオススメはB定食だ。席は確保しておこう」


朝早いからなのか、席はいくらでも空いていたのだが、どうやら一緒に食べようと言う事らしい。

キショウは一つ頷くと、言われた通り日替わりB定食とやらを頼むためにカウンターへと向かう。



給仕のおばさん達は、一見すると普通の人間に見えた。

悪役にも当然見えないし、何か特別な力を持ってる感じもしない。

まぁ、そもそもそんな力を見抜く能力などキショウにありはしないのだが……。

それでも、キショウがここへやって来て二日目の新人である事は分かっていたらしく、大歓迎されてしまった。



(食堂って、異世界でもあんまり変わらないんだなぁ)


などと、しみじみ思いつつキショウはサービスで一つ多めにもらったオレンジを揺らし、クルベの元へとやってくる。(ちなみに、B定食はご飯、味噌汁、納豆、ポテトサラダ、ウィンナー、卵焼きと言うラインナップだった)



クルベは、食事も半ばで新聞のようなものを読んでいた。

キショウが失礼しますと腰をかけると、一つ頷き快ならそのうち来るだろうと一言置いて、コーヒーに口を付ける。

カイの事を待つかどうか迷ったが、腹の虫には逆らえず、納豆に備え付けの醤油をかけ、混ぜたあとにご飯に乗せ、そのまま一口。



「おいしい」

「だろう。ユーライジアの人間なら朝は納豆だ」

「ユーライジア?」


反芻し飲み込んだ後、聴き慣れている気がしなくもないその言葉を思わず聞き返すキショウ。



「? 違ったか。てっきり同郷だと思ったのだがな」


どうやら、その事を図るためにオススメしてくれたらしい。

キショウは、それに気づいた風もなく正直に答える。


「同郷って言うと、ソトミさんと同じって事ですよね。言われてみればそうかなぁって思うんですけど、

正直確信が持てないんです。何せ、記憶が曖昧なところが多いもので」


クルベの言う通り食べ方も知っていたし好物でもあって、それは正しいんだろうとは思うも、断言はできなかった。

それをキショウが心苦しく思っていると、クルベは納得したように頷いて見せて。



「ふむ……まぁここに来るような者にはよくある事だな。何、気にする事はない。ここで暮らしていれば否が応にも思い出すさ」

「ああ、やっぱり。そうなんですね」



一安心とまではいかないが、一息つくキショウを、何か不思議なものでも見たような顔をした後。

誤魔化すようにコーヒーを啜るクルベ。


実際の所、クルベの言葉はキショウが解したものとは大分ズレていた。

クルベは、記憶を失くしたフリをして再起、反抗を企てようとする者が多い、と言う意味で。

そんな企みなどソトミの元で過ごせばすぐに霧散するだろうと言う意味で口にしたのだ。


だが生憎、皮肉を理解するのにキショウは幼すぎた。

実際記憶を少しずつ思い出しているのもあり、臆面通り受け取ったわけだが。



この程度のカマかけなど、狼狽えるのにも値しないと言う事か。

元々、キショウの内心を暴く事は本意ではなかったクルベであったが、本当に安心しているように見える(実際そうなのだからしょうもないが)キショウに、少なからず興味を持ったのは確かで。



……面白い。

ならば私もソトミ嬢の一計に乗るとしようか。

などと思い立った時、そこに割って入るように甲高い声が静かだった食堂に響き渡る。




「ちょっとォ! 何でひとりでいっちゃうのさぁ! ボクが寝坊したみたいになってんじゃないの!」



慌てふためき駆け寄ってくるのは、当然のごとくカイであった。

朝起こしに来てくれるなんて聞いていなかったし思いも寄らないキショウであったが、その様子を見ていると申し訳なさが先に立って、思わず頭を下げる。



「あ、えっと、ごめん。早く目が覚めちゃって」

「大方驚かそうとでも思ってたんだろう。自業自得だ」

「おいおい。ミもフタもないことおうっ……て言うか、いつの間にボクを差し置いて仲良くなっちゃったりして、一緒にご飯食べてんのサ」



抜けがけは許さないよとばかりに同じ席に荷物を置いて注文しに駆け出すカイ。




「朝から騒がしい事だな。師匠になった自覚もあまりなさそうだ」


何だか普通の友達同士みたいだ。

クルベのそんな呟きのように、キショウが思ったのはそんな事で。


その瞬間思い出したのは。

こう言った友との学校生活めいたものを、ここに来る前のキショウ自身が体験していた、と言う事で。



多分きっと、これから楽しくなる。


それだけじゃないかもしれないけど、その事だけはどこか確信を持っていて……。




         (第11話につづく)








次回は、7月18日更新予定です。

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