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第1話、主人公にありがちなつば付き帽子の少年、外側の女神さまと邂逅す




最早定番とも言える、異世界転移の物語ならば。

事故か何かにあったりして、何もないようにも見える真っ白な神の間へと誘われて。

女神さまなどにあなたは死にました、なんて言われて。

異世界転生のためのチュートリアルを行ったり、便利なチート能力を授かったりするのだろう。



だが、此度の物語の主人公である少年……キショウにはそんな親切な前振りは一切なかった。

目が覚めるがごとく我に返った時、気づけばキショウは異世界に立っていて。

 



「はぁ……」



感動のこもったキショウの呟き。

目前に広がるのは、どこか薄い空を覆うような小高い山、あるいは丘。

丘のてっぺんまでは、それなりに距離があるらしく、キショウの視界に映る範囲だけでも、花咲くように色とりどりの建物が見えたが。

 

そんなキショウが呆けた声を上げ、トレードマークであるつば付きの黒い帽子をずらしつつ見上げていたのは。

その丘を旋回するようにして飛ぶ、様々な生き物を目にしたからだ。


 

ドラゴンに妖精。

炎撒き散らす鳥に、人魂のような何か。

キショウが、初めて見たものもそうでないものも。

これこそが当たり前の日常であると、自由気ままに飛び回っている。



そのうちのいくつかの存在は、突然の闖入者であるキショウに気づいたようだ。

興味津々なもの、警戒しているもの、逃げていくものと様々であったが、当のキショウはそれに気づいた様子もなく。

見た目通り好奇心旺盛な子供のように、ふらふらと丘のてっぺんへと続く道へと歩いていこうとして。





「お~い。そこな少年。ちょっといいかな?」


景色に圧倒され、ぼけっとしていたキショウは、急に背後に現れたその声にはっとなって振り返る。

 


「……あっ。は、はい。なんでしょう」


手が届くか届かないかの絶妙な位置。

振り向いたキショウが、思わず緊張してしまうほどの美しい少女がいた。

 


年の頃は、キショウより僅かに上だろうか。

陽の光を浴びて、艶めくのは向日葵色の髪。

腰ほどまであるそれは、風に揺らめき存在感を示す。


瞳は澄んだ黒色。

だけどよくよく見ると、そこには濡れた海色が混じっている。

桜色の、滅多にお目にかかれないような派手なドレスから伸びる手足は、健康的な小麦色。

細身だが、出るところはしっかり出て、引っ込むべきところは見事に引っ込んでいる。

 

眩しい膝を曲げて屈み、視線を合わせようとしているのは、キショウが小さいからだろう。

その気遣い、気安さが、見た目以上に大人に見えて、戸惑いを隠せないキショウであったが。


 

「わたしは、ソトミ。『ここ』を管理している者よ。あなたのお名前と、ここへ来た目的を聞いてもよろしいかしら」


それは、彼女の存在、意思の強さを感じられるような自己紹介だった。

あまりにも堂々としていて、言葉の通りこの場所……世界は自分のものであると言わんばかりである。

 

事実、この場所にとっての彼女は、支配者、統治者と呼ぶに相応しいものであった。

いつでも動き、駆けつけられるようにいくつもの視線が二人に集まっているのもその証左だろう。


  

しかし、警戒し注目されている当の本人……キショウは、そんな事など微塵も気づいてやしなかった。

ただ単純に急に現れ声をかけてきた、美人のお姉さんにどきどきしていたからだ。


 

「お、おれはキショウ! ここへ来たわけは……ええっと、なんだろう? ごめんなさい、わかりませんっ。そもそもおれ、なんでこんなところにいるんだっけ? うーん」



キショウは、同じように名乗り返すも後が続かなかった。

焦りながらもかっこいい返しを、なんて思っていたのに台無しである。

 

そのまま、うんうん唸っているうちに、キショウは自身に起こった大変な事態を理解する。


自分の事に関して、名前以外まるで思い出せないのだ。

ここに来たわけどころか、どこから来たのか、どうやって来たのかすらさっぱり分からない。


それでも、何か思い出せる事はないものかと身を捩り唸りながら考えを巡らせていると。

そんなキショウを見て思うところがあったのか、ソトミと名乗った少女は一つ頷きどこからともなく辞書サイズの本を取り出した。


魔法だ! とキショウは喜色を浮かべるが、自分の事はろくに思い出せないくせにそれが魔法だと分かるのかと呆れてしまう。

 

 

「キショウ……キショウね。懐かしい響きだけど、流石にそれだけじゃねぇ。名字とか分からない? あるいは、身分証明できるものとか」

  

さらさらと慣れた手つきでページをめくりつつ、矢継ぎ早に飛んでくる質問。

キショウはそれに答えようとあたふた、ばたばたしだす。


その忙しない小動物のような反応に、ソトミは内心で中々にうまくツボを突いてくるじゃない、などとあさっての方向で感心していると、キショウは何かを思い出したのかあっと声を上げて。

文字通り突然この地に現れた時から気になっていた帽子を差し出してきた。



「そうだ、サンズーの帽子! 地元でしか売ってないやつ」

「……っ」



一見、何の変哲もない『野球帽』に見えるそれ。

手に取って触れてみて、様々な感情がソトミを襲う。


同郷だ! と言う喜び。

なのに、自分が知らない『役』がいたのかという驚き。


そして、キショウが帽子を取った事で露になった左側頭部から額にかけての大きな傷を目にした時の、表現しようのない何か。



その傷が、致命傷だったかどうかは定かではないが。 

上から引っ張られ捻られたような跡が残っていて。

魔力による火傷で黒く変色している事から判断して、何をすればそんな傷ができるのかを、ソトミはすぐに理解する。



「わたしもその帽子、見覚えがあるわ」

「ほんと?」

「ええ。どうやらわたしとあなたは同じ世界の出身のようね」

 


傷を受けた時、あるいはその前後の出来事でこの世界へ飛ばされたのは間違いないだろう。

気にしていないのか、気づいていないのかは判断できかねたが。

それを今蒸し返すのは宜しくないだろうと思ったソトミは、そのままキショウに帽子を返す。



「同じ世界出身? ええと、それじゃあここって異世界なの?」

「よく分かったわね。その通りよ」


発した一言だけで、そこまで状況を理解したのかとソトミが感心していると。



「うん。よくあることだから。これは思い出し……覚えていたみたい」


自分でも不思議そうに、笑ってみせるキショウ。

年相応の、邪気のないそれを見ていると、この世界に飛ばされるものにはある資格が必要で。

他の異世界とは一線を画している事に微塵も気づいていない様子がよく分かる。



もし、それら全てがソトミを騙す演技であるのならば。

資格など有り余るくらいなのだが。


となると逆に、ソトミの持つ本、【デューティ・メモリアル】に彼の今までの記録が載っていないのはおかしな話で。

臆面通り、何も知らずに気づけばここにいたという事は……。




(まさか、手違いでここに? ……いやいや。それこそまさかでしょ。恐らく、【デューティ・メモリアル】の情報網すらも掻い潜り、神をも騙す演技を素で扱う、S級レベルの悪役なのね!)



一見、完璧に見えるこの世界の管理者にして女神とも謳われる存在であるソトミ。

しかし、自らの創造主に関しては盲目的になってしまうという弱点がある。


故にキショウが創造主の凡ミス(ど忘れとも言う)により、この世界に飛ばされたイレギュラーなどとは思うはずもなくて。




「悪役更生世界……通称【リヴァイ・ヴァース】へようこそ、キショウくん。我らが創造主に作られし数多ある世界、それらの悲しみを無くす英雄目指して、頑張りましょう!」

「え? 悪役? な、なんでっ」

「大丈夫! 初めはみんなそう言うのよ。役なんかじゃない。どうしようもない悪なんだって。でもそれも、わたしにかかればすぐに心変わりできるわ。虚勢を張れるのも最初だけよっ」



S級悪役上等。

このわたしが直々に扱いてあげましょう!

そんな風に勢い込んで、ソトミの勘違いは加速してゆく。

両方を掴まれ、至近距離で熱く語られ、あわあわして言葉の出ないキショウ。



創造主は、そのすれ違い勘違いを正さない。


何故ならその方が面白……ではなく。

物語の顛末が善き方向へ転がっていくと確信しているからである……。




     (第2話につづく)










どうも、大野はやとです~。

2週間ぶりくらいに、新作投稿開始いたします。

予定は未定ですが、20万字前後で今回もまとめる予定です。

とりあえず、第2話はすぐに更新したいと思います。

また、ご指導ご鞭撻、感想評価のほど、よろしくお願いいたします~。






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