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 その日の晩、6月12日の夜風は、やや肌寒かった。

 それはまるで、嵐の前触れを予感していたかのように。

 スーッと足元から騒ぎ立てては、制服の上に羽織ったパーカーをざわつかせ、頬を微かに掠めてすり抜けていく。


「シンシンってさ~」

「なに?」


 あの3階建てマンションから、およそ徒歩片道30分の学校までの山道を、俺と有栖川は肩を並ばせて歩いていた。

 そんな中、西条だけはまるで子供みたいにはしゃぎながら、俺達よりも少し先を歩いていて。


「好きな人居るのー?」


 突然、ふいに、そんな事を言い出したのだった。


「ごほっ!? えっ!?」

「いや、好きな人だよ。居るのかなーって思ってさ」


 なんでいきなりそんな事を聞いてきたのかは、よく分からなかった。

 けれど、答えなくてはいけないと、そんな気もした。


「居るって言ったら?」


 当然、ただ答えるのは恥ずかしかった。

 いや、それ以前の問題だろう。

 西条深雪と言う好きな人を目の前にして、俺にどう答えろと言うのだ。

 だから俺は、はぐらかした、つもりだったのだ。

 なのに――、


「……居るんだ。やっぱり」


 それは女の感、なのかも知れない。

 それとも、俺が単に分かりやすかっただけだろうか。

 どちらにせよ西条には、分かってしまったようだった。


「それってさ、もしかして有栖川?」

「はっ?」


 えっ? いや、だってそれは、


「ありえない……よな?」


 ぎこちなく顔を向けて、隣を歩く有栖川に問いかける。


「ああ、そうだな……。ありえないよ、それだけは……」


 無表情のまま、有栖川はそう言った。

 だって、そうだ。

 だってそもそも、有栖川は……。

 男……だよな?

 そうだ、その筈だ。

 だって学校の制服にしても、男子用の制服を着ているし、だけど……、


「あっ……」


 その時――、ふいにあの言葉がよぎった。


『目に見えているものが、真実じゃないって言うことだよ』


 俺はそもそも、見た事がないじゃないか。一度も。

 有栖川が、更衣室に居るところを。

 有栖川が、男子トイレに居るところを。


 俺は今まで一度も――、見た事がない。


「お前は本当に分かりやすいな」

「えっ?」

「そんな事はないから安心しろって、そう言ったんだよ」

「ああ、うん……」


 そう、だよな? 俺とした事が、なにをバカな妄想を――。


「そういう西条こそ、どうなんだよ?」


 今度は俺が聞き返す。

 すると前方を俯き加減で歩いていた西条はピタリと止まって振り向き、


「居るよ……、ごめん……」


 それだけ言ってまた前を歩き始めた。


「なんで――――」


 ――――謝るんだよ。


「そんなの普通だろ。俺たちもう高校生だぜ?」


 西条に好きな人が居たって、別におかしくはない。


「て言うかだれ? あっ、もしかしてC組の誰か?」


 そんな事は分かっている。


「うん、まぁ」


 だけど俺は――、かなり動揺していた。


――


 結局、あれから西条との会話はあまり弾まなかった。

 壊れかけの歯車のように、お互いにどこかぎくしゃくしていて。

 そんな事にやっと気が付いた時には、もう校門の手前まで来ていた。


「ひとまず俺が一階でシンシンが二階、それで西条は三階にしよう」


 探すのは、いつも見慣れている三階建ての新校舎の中だ。

 三人で協力して校門をよじ登り、まずはグラウンドへと潜入する。

 時刻は夜の21時過ぎ、一斉に新校舎までの道のりを走り抜けた。


「なぁ、鍵はどうする? 多分閉まってるよな」

「もう持ってる」

「ねぇ、それってもしかして」

「ああ、まぁな。そういうことだ」


 有栖川は既に裏技を使って鍵を用意していた。

 用意周到と言うかなんと言うか、それ以前に、この学校の脆弱さにやや不安になってくる。


「じゃあ、予定通り」

「おう」

「うん」


 鍵は――、開いた。

 各々が懐中電灯を手に、足音を潜ませながら下駄箱横の昇降口を上がっていく。

 俺が担当になっている二階の渡り廊下は、左から数えて2年A組、そして2年D組へと続いていき、そこから更に特別教室でもある、音楽室と理科実験室がある訳なのだが。


 勿論、最初からこんな事をしたところで、まるで意味がない事なのは承知の上。


 分かっていて尚、それでも今の俺は、知りたいと思った。

 あの噂の少女を。

 だから――こうなる事は必然だったのかも知れない。


「よう」


 背後に微かな人の気配を感じて、俺はゆっくりと振り向いた。

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