2
「まぁ、そうなんだけどさ」
「あはは~。さてはシンシン、あの噂を信じてたりする?」
「いや、別にそういう訳じゃないんだけど……、ただ」
「?」
ただなんとなく、今の俺達の関係と少しだけ似ているなって、そう思っただけで。
「ならさ、今度探してみよっか? その噂のゴシップガール!」
「えっ……、いや、まじ……?」
「まじまじ! だってその噂のゴシップガールっておかしいよ」
「おかしいって、なにが」
「だってそうでしょ? 誰も見た事がないのに、"居る"だなんてさ」
「ああ、うん」
「だからさ、わたし思うんだよね。その噂のゴシップガールが"本当に居る"なら、ほんとは誰かに知って欲しくて、そんな噂を流したんじゃないかって」
言いながら西条はコンロの火を切り、フライパンから皿へとかけて野菜を盛り付けていく。
「? て言うかなんで三人分?」
「言ったじゃん。探してみよっかって」
「うん、えっ? いやいや、なんでそれで三人分に……」
「助っ人を呼ぶにはまず撒き餌が必要なのだよ! ワトソン君?」
そう言って西条は、制服のポケットからスマホを取り出すのだった。
――
そうしてひとまず、助っ人を含めた三人でテーブルを囲む事になった訳なのだが。
「なぁ有栖川、お前はひょっとしてうさぎなのか? それともサカナなのか? あるいはバカなのか?」
こんな撒き餌に釣られてひょいひょいやって来るとは。
「そうだな。強いて言うなら俺はゴジラだ」
ショートカットの髪をさらりと掻き分け、301号室の隣人、もといバカは意味不明なことを言っている。
ならば俺が、ここははっきりと言っておかなくてはならないだろう。
「ゴジラはハンバーグは食べません!」
どうやらバカは二人だった。
「して、お前たちは俺をこんなハンバーグなどと言う、チンケで高貴でデリシャスなもので召喚しておいて、一体何をさせる気なんだ? いや、しかし美味いなこのハンバーグは、さすがは由美子さんだ」
「いやお前それチンケって、うちの母親のハンバーグを褒めてるのか褒めてないのかどっちなんだよ。大体お前は召喚されてねぇ、さっき玄関からやってきたばかりだ」
もうなんだか色々とツッコミどころが万歳だった訳だが、とりあえず西条の言葉を待つことにする。
「ふふんっ! よく聞けーいっ皆の衆っ!!」
「「ははぁーーっ!!」」
西条の謎のテンションに連れられ、何故か勢いよく頭を下げるバカ二人。
しかも正座までしているあたりが、なんとも情けなさい構図な訳だが、まぁそこは気にしないことにしておく。
「我らズッコケ三人組!!」
「おうっ!? ズッコケっ!?」
俺が思わず吹き出してしまうと、横目では無言で首を振る有栖川が居る。
しかも何やら紙に黒インクで――、
「おいそこカンペをするなぁーっ!!!!!!」
俺の怒涛のツッコミで一旦場が落ち着いたところで、こほんと一度咳払いをする西条。
そして目を見開き、口元でしーの合図。
「つまりだよワトソンくん」
うん、どっちがワトソン? その流れだとひょっとしたらワトソン二人居るよ?
「我ら三人、生まれた時は違えど」
「だぁーーっ!! だからそれは桃園の誓いだろうがぁーーーーっ!!!!」
もう意味が分からない帰りたい!!
「なるほど。つまり俺達三人で噂のゴシップガールを探そうと、西条が言っているのはそういう事だな?」
「言ってねぇよ!! まだ言ってなかったろ!? なんで分かっちゃってんだよ!?」
「さすがは明智くん! ご名答だよ!」
「ねぇだからさっきワトソンって言ってなかった!? 言ってたよね!?」
「君も分からない男だな」
「ぐぅっ……」
くそっ、こんなの……、分かる訳がねーじゃねーか。
そうして俺が項垂れていようが、ゴシップガール探索の会話は続いていく。
「だが西条、探すとは言ってもなにか当てはあるのか?」
「いやまったく!」
「そうか。ならば俺には、ちょうど良い案がある。二人とも食事が終わったらすぐに準備をしてくれ」
――
それから俺は有栖川の指示の元、一度西条宅を後にすると、リュックに懐中電灯やらヘルメットやらロープやらを詰めていた。
まるで探検にでも行くような気分だが、どうも有栖川が言うには、あの噂のゴシップガールの正体については、夜の学校に答えがあると言う。
なんだか本当に怪談っぽい話ではあるのだが、面白そうだから、と言う理由で三人の意見はすぐに合致した。
それから俺は荷物を詰め終わると、西条と有栖川の準備が整うまで、302号室のベランダに顔を出している訳だが。
別に夜空を見上げながら考え事をしようだなんて、そんなロマンチックなことを考えた訳ではない。
単に観葉植物に水をやらなくてはいけなかったからだ。
とは言え、
「さすがにちょっと冷えるな……」
と、そんな俺の独り言に対して、ふいに303号室のベランダから声がかかる。
「だな」
俺達の住んでいるマンションのベランダの側面には、早い話が柵と言う柵はない。
まぁ、実際にはあると言えばあるのだが。
このように座らなければ、上半身が見えてしまうぐらいの小さな柵があるだけだったりする。
だから時折、俺達はこうしてベランダで話すことも稀ではなかった。
「なんだ、居たのかよ?」
立ち上がり、そう声をかける。
「まぁな」
と、さっきのテンションとは大違いの反応だが、まぁ基本的には有栖川と言う人間は、どちらかと言えば物静かでクールなほうだ。
「なぁシンシン、お前は本当に良いのか?」
「本当に良いって、なにがだよ?」
「あのまま西条に、気付かない振りをし続けても良いのかってことだよ」
「それは……」
俺は多分、きっとあの噂のゴシップガールを。
もう既に、一度は見たことがあるのだろう。
勿論それが、本当に噂のゴシップガールかどうかは、未だに知らない訳だが。
だから俺は――。
「関係……、ねぇだろ」
そうして逃げる事で、彼女の現状から目を背け続けていた。