1-⑥
少し短めです。
王宮内の一室に、二人の男女が腰掛けている。
一人は純白の鎧にその身を包んだこの国の王国騎士団長、ツヴァイン・グレイシス。もう片方は紫のローブに身を包んだ宮廷魔法師長、シェイミー・シェイネだ。
ギルタイル王国の中枢を担う二人の表情はどこか固く、影を落としている様だ。
「本気なのか、シェイミー」
「あくまでその可能性もあるだろうって話よ。私だってこんなこと言いたくないわ」
その部屋には二人以外の人物はおらず、この会話を聞いているのも二人だけだ。その秘匿性は高く、国王さえ会話の内容を耳にすることはないだろう。
「さっき彼に会ったわ」
「……その時確認したのか?」
「できるわないじゃない。相手を誰だと思っているの?」
「そうか。このことは?」
「もちろん誰にも言ってないわ。繰り返しになるけど、あくまで現状を見ればその可能性も低くはないってだけの話よ?」
「ああ、分かっている」
「……話は以上よ」
シェイミーは席を立ち、ドアの前へと向かう。彼女はドアノブに手をかけると、静かな声でロイに問いかけた。
「もし、彼が黒だったらどうするの?」
「……決まっているさ。戦う以外に道はあるのか?」
「……そうよね」
シェイミーはそれだけ言い残すと、ドアを開けて部屋を出ていく。
残されたツヴァインは一点を見つめたまま俯いている。
「どうか違ってくれ、ロイ様が黒幕だなんてことは……」
閉め切ったカーテンの隙間から、ほんのわずかな日の光だけがツヴァインの横顔を照らしていた。
「クソがっ!」
俺は大きな音と共に空になったジョッキを机に叩きつける。
「ま、まあディクさん、そんなに荒ぶらなくても……」
「そうですよ。誰だってあのロイに迫られたら」
俺はその瞬間胸倉を掴む。
「うるせえ!二度と俺の前で奴の名前を出すんじゃねえ!」
俺はそのままそいつを投げ飛ばし、机の上に置いてあった灰皿を投げつけた。
「す、すいません」
「クソっ!おい、もう一本ビール持って来い!」
まだ日が高いうちから冒険者組合で飲みふけっている俺を、周りの冒険者たちが冷ややかな目で見ていることくらい分かっている。だがそれでも、俺は酒に逃げることをやめられなかった。
元々6人いた俺の取り巻き達も、今は二人だけだ。みんなあの一件以降俺のそばからいなくなっちまいやがった。散々面倒を見てやったっていうのに、なんて薄情な連中なのだろうか。
「おうおう、白目のディクさんは今日も荒れてるなあ」
「酒飲む以外にやることはないのかねえ」
「っ!?、てめえら黙れえ!」
俺を何かの見せ物かのように見ている冒険者の連中がこそこそと話をしている。
あの日、ロイに迫られた俺は情けないことに白目を剝いて気絶してしまったらしい。そんな大恥をさらしてしまったことから、周りの連中が好き勝手に言ってくる。俺の肩身もせまくなってしまった。
だが、あいつらが勝手なだけなんだ。あいつらは何も分かっていないんだ。
「てめえらだって、奴に睨まれてみれば分かる」
俺は運ばれてきたビールを一気に飲み干す。もう何杯目かは覚えていない。
「あの目、あの目だ……。人をその辺の石ころくらいにしか思っていない、冷徹な目……」
あの視線を思い出した俺は、小さく身震いをする。
「へっ、やっぱり白目のディクさんは言うことが違うねえ!」
「黙れ!俺は本当はそんなちんけな人間じゃねえ!」
「ほう?そしたらどうやってそれを証明してくれるんだ?いくら相手がロイだったとはいえ、睨まれただけで気絶しちまうような奴の言うことを信じるのは難しいねえ」
「うるせえ!だったら、それだったら……」
俺は冒険者ギルド中に聞こえるような大声で叫ぶ。
「次ロイの野郎が来たら、今度はぶっ飛ばしてやる!!」
空気が凍っていた。時が止まったかのような感覚だった。まるで二日前と同じような、いや、同じようなではない。同じだ。
ああ、なんてことだ。
奴が、ロイがそこにいた。
酒を飲んだ勢いだった、馬鹿にされたくない一心の苦し紛れな発言だった。
だが、その一言が今、俺を処刑台へといざなっている。
奴は怪訝な顔でじっと俺を見つめたままだ。
逃げ出したい。今すぐ膝をついて許しを請いたい。、、、
『白目のディク』
『腰抜け野郎が』
『あんたにはもうついていけないんだ。……その、分かるだろ?』
「……じゃねえぞ」
一瞬で周りの態度が変わってしまったこと時のことを思いだし、俺は声を張り上げる。
「ハッタリじゃねえぞ!!」
俺は壁に掛けてあった愛用のハルバードを手に取り、ロイに向かって構える。
人生最大の勇気を振り絞った瞬間だ。
足の震えは止まっていた。真っすぐと奴を見据えることが出来ている。
「俺は今からてめえを倒す」
見返してやる。俺を散々馬鹿にしてきたやつらを。
「おい、正気か……?」
「死んだな、あいつ」
周りからは小声でそんな言葉が聞こえてくる。
ロイは未だ動こうとせず、俺のことをじっと見据えたままだ。
そもそも奴はどんな戦闘スタイルなんだ?どんな噂話を思い出してみても、恐ろしく強いと言うことしか分からない。一体どうやって戦うんだ、奴は。
すると、ロイのすぐそばに控えていた騎士団らしき女が、ロイに向かって口を開く。
「あ、あの、ロイ様。できれば命までは取らないでもらえると……」
その言葉を受けたロイはゆっくりと女の方に振り向くと、口を開いた。
「なあ、君は勘違いしていることがある」
奴はそう言うと、顔を女の方に向けたまま掌をこちらに見せるように右手を上げた。
「今から見せる。俺がどんな存在なのか」
その言葉と共にロイの掌に魔力が集まったかと思うと、そこから何かが放たれる。
しまった。どうして奴が手を上げた時点で反応しなかったんだ!?
Sランクとは思えないほど弱弱しく、魔法形成スピードも遅かったため体が動かなかったが、奴はこちらに向かって魔法を放ったのだ。
だが、焦る俺の思いとは裏腹に、こちらに飛んできたのは小さな小さな火の玉。豆粒ほどの大きさしかないファイアーボールだったのだ。
しかもこちらに飛んでくると言っても、そのスピードは遅く、さらには俺のはるか上方へと向かっているものだった。まるで子供の初めての魔法だ。威力も弱く、狙いも全く定まっていない。こちらが避ける必要も全くない。
一体何を考えている?俺のはるか上方へと向かっていったファイアーボールを無視しながら、奴の狙いを考える。
その時だった。
ゴツンという大きな音と共に、俺の頭に大きな衝撃が加わる。激しく脳を揺さぶられ、俺の体はゆっくりと傾き始める。
一体何が。
俺の視界に映ったのは、床に転がる”Bar”と書かれた鉄製の看板だった。
俺の真上にあった酒飲み場の看板?……ああ、そういうことか。奴は吊るされていた看板のヒモを、ファイアーボールで焼き切ったのだ。しかもわざとあのレベルの魔法で。
視線を一切こちらに向けずに、あの大きさのファイアーボールで細いヒモを狙い撃ちしたことは、悔しいが流石Sランクといったところだろう。
俺に同情したつもりか?手加減したのか?……ひどい侮辱だ。殺された方がまだましだ。
クソ、気に入らねえ……。
完全に床に倒れ、段々と意識が薄れていく俺の耳に最後に聞こえてきたのは、周りの冒険者たちによる拍手喝采だった。
あ、あれえ?
俺のゴミみたいな魔法を見せて勘違いを解こうとしたら、拍手喝采が起こったでござる。意味が分からないでござる。
うん、順を追って考えよう。
冒険者ギルドに入った瞬間、まさかの宣戦布告が聞こえてきた。声の主は、一昨日目の前で突然気絶した大柄の男だった。
やはり持病の発作か何かだったのだろうか。俺が何の対処もせずに逃げ去ったことを怒っているのか?でも周りのみんなも何故かスルーだったし……。
まあそれはいいとして、彼は俺に向かって武器を構え始めた。周りの人は
「死んだな、あいつ」
とか言ってたし相当強い人物だったのだろうか?
殺されるかもしれないという焦る気持ちもあったが、これはチャンスだとも思った。ここで俺の真の実力をサリアに見せて、本当の俺を分かってもらおうと考えたのだ。
隣にいるサリアに向かって俺の真の実力を見せる旨の発言をした後、あの大柄な男に向かってファイアーボールを放った。
ファイアーボールとは言っても、俺のものでは万が一にもけがをすることはないだろう。そうしてあっけにとられている彼に向かって土下座でも何でもしようと考えていたのだが……。
「見たか?今のノールックでの狙撃」
「ああ、半端じゃねえな。しかもわざとあのレベルの魔法でやって見せるパフォーマンス付きだ」
周りの冒険者たちの拍手喝采と共に聞こえてくるのはそんな言葉。
うん。どうしてこうなった。っていうかあの人はどうしてまた俺が見てない間に気絶しちゃったの?また発作起こしちゃったの?もう冒険者なんてやらない方がいいじゃない?
いつぞやの様に白目を剝いて気絶している男を見ながら、そんなことを考える。
「ロイ様、確かに私は勘違いをしていました。ロイ様は決していたずらに人の命を奪ったりなさらないのですね」
どうしてそういう結論に?
「いや、違くて」
「?」
「だから、さっきの威力が俺の全力の魔法なわけであって」
「ふふっ、そういうことにしておきます」
うん。だめだこりゃ。
っていうか初めて見たけど君笑った顔可愛いね。ははは。
…………はあ。
謎の拍手を受け続けている俺は、心の中で大きくため息をついた。
「みなさん協力して下さるようで良かったですね」
サリアの言葉を聞きながら冒険者組合を後にする。
あの後事情を話すと、その場にいた冒険者たちは協力しようと大いに盛り上がっていた。ありがたいことなのだが、腑に落ちない。
「あの冒険者はディクと言って、問題を起こすことで有名だったのですよ。みなさんロイ様の鉄槌に清々したのでしょうね」
あの病気体質冒険者が問題児だったかどうかはさておき、俺がいつ鉄槌を下したのだろうか。
そんなモヤモヤを抱えながら歩いていると、向かい側から歩いてくる二人の人物を視界にとらえる。その二人を見て、俺は少し目を見開いた。
「あれは……」
サリアも小さく言葉をこぼす。
そう、それはアイリとミーアだったのだ。
二人もこちらに気が付くと、その体をびくりと跳ねさせる。そして立ち止まってしまう二人であったが、アイリがミーアに向かって何か言葉を投げかけている。それを受けたミーアは頷き、何かを決意したかのようにこちらに歩いて来た。
そして俺達の目の前まで来ると、勢い良く膝をついて綺麗な土下座をしてみせた。
デジャブである。
「ロイさん、これを見てください!」
「あ、ああ」
俺はわけが分からないまま、土下座したままの彼女が差し出している紙を受け取る。
それは、俺にも馴染みがある”クエスト完了書”と書かれた紙だった。その内容は、ジャイアントゴライアス二頭の討伐、といいうものだった。
「討伐難度Bのジャイアントゴライアス二頭の討伐をこなしてきました!このクエストをこなせるのは、Bランク冒険者の中でも限られると考えています。その、つまり……」
そこでミーアは意を決したように叫ぶ。
「今はロイさんに満足してもらえるような存在ではないかもしれません!ですが、今後研鑽を重ねて必ずロイさんに実力を示し続けてみせます!なのでどうか、どうか弟子にしてください!」
うんんんんんんん?
どうしてそうなる?
ミーアは俺に実力を見せるためにわざわざクエストをこなしてきたらしい。そんなことしなくても、グリッドと戦えている時点で俺なんかより遥かに強いことくらい分かっている。
俺の頭が疑問に満ちていると、何と駆け寄ってきたアイリがミーアと並んで土下座し始めた。
「わたくしからもお願いします!ロイ様、どうか!」
だから何でそうなるの!?
君たち俺が本当は弱いことはグリッドの一件で気づいてないの!?
どうしてこうなるの!?
「あの時、ロイさんにお前では弟子として実力不足だと言われた時」
ミーアが土下座したまま何か語り出した。
っていうか待て。俺は一度もそんな発言したことないけど!?君の脳内の俺どんだけ偉そうなんだよ!
「私はひどい虚無感に襲われました。今までのことは全て無駄だったのだと思い、何も手がつかない状況でした」
え?何それ俺のせいなの?
「そんな時、屋敷を抜け出してわざわざ私の下まで来てくれたアイリに励まされたんです。そこで私は思い出しました。私は今まで一度決心したことは決して諦めたことがないと。家を出た時も、冒険者になった時もそうでした」
いや、だからなぜ俺の弟子なんかに……。
「だから決めたのです!ロイ様に弟子にしていただくことを諦めないと!もし絶対に無理だと言うなら、今この場で私を殺してください!」
辺りが静寂をつつむ。
分からない。本当に分からない。
「ロイ様」
サリアが心なしか優しいような、子供に言い聞かせるかのような声で俺の名前を呼ぶ。
いや何その顔!?何ですかその
「もう認めてあげてもいいんじゃないですか?」
みたいな顔!?
ああ、分からない。
分からないことだらけだが、一つだけ分かることもある。この場を丸く収める方法だ。
それは、、、
「分かった。そこまで言うなら弟子にしよう」
俺の言葉を受けて、ミーアとアイリはガバリと顔を上げ、パーっと音が出そうなほど嬉しそうな顔をした。
「ありがとうございます!ありがとうございます!!」
ミーアは何度も俺に頭を下げ、サリアも安堵の笑みを浮かべている。
何この一件落着ハッピーエンドみたいな雰囲気! 俺の方は何一つ解決していないんだが!?
俺はその場に立ち尽くしたまま天を見上げる。
俺の心情とは正反対のさわやかな青空を、俺は死んだ魚のような目で見上げていた。
少し分かりずらかったかもしれないので、補足しておきます。
ミーアはロイに「君が俺の弟子になることなどありえない」と言われた時、自分がグリッドに苦戦し助けを求めるような弱い存在だから拒否されたのだと考えて落胆し、少しでも実力を示す為にジャイアントゴライアスの討伐クエストを受けたということです。