1-⑤
⑥が少し短かめになってしまったので二話分同時に投稿しました。
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「どういうことだ?」
前日と同じようにセルガ邸のベッドで目覚めた俺は、居間で広がる光景を見て口を開く。
「いやなに、昨日の騒動もあって何が起こるか分からない状況でありますからな。シュバリエ政府側が気を利かせて、我々貴族に護衛をつけてくれたわけですよ」
なるほど。確かにいつまたあんなことが起こるとも分からない状況だ。それを考えれば当然の処置と言えるだろう。そしてセルガの護衛に選ばれたのが
「改めまして、王国騎士団二番隊隊長のサリアです。若輩者ですが、どうかよろしくお願いいたします」
「同じく、二番隊所属のラムなのです!ロイ様の御側にいることができて嬉しいのです!」
この二人というわけだ。
ラムは獣人族でもないのに、あるはずのない尻尾がブンブンと揺れている気がする。何だか人選に私情が挟まれているように思えるのは気のせいだろうか?俺の考えを察したのか、サリアが苦笑いで口を開く。
「申し訳ありませんロイ様。ラムがセルガ様の護衛は自分がすると言って聞かないものですから」
「まあ、その本音はロイ殿の傍にいたいだけでしょうがな。聞けば大ファンらしいじゃないか」
セルガはそう言ってがははと笑っている。自分の警護人がそんなテキトーな理由で選ばれてるのにそれでいいのかお前。……まあ、考えてみればセルガは聖人君子だからそれでも構わないと思えるのか。
そこまでして俺に会いに来てくれたところ申し訳ないが、俺は今日にでもシュバリエを出るつもりだ。当然のことだろう。こんな物騒な街に長いこといたくはない。
だが、その前に一つ気になることがある。
「アイリはどうした?」
そう、アイリの姿がどこにもないのだ。本来なら騎士団二人に甲斐甲斐しく紅茶でも出してそうなものだが。いやまあ、もう俺とは顔も合わせたくないとかいうことなのかもしれないけど……。
「それがですな、実は昨日の夜に出かけたっきり帰ってきていないのだ。無断で外泊するような者ではないのだが……」
何だって?
それは一大事ではないだろうか。昨日あんなことがあったばかりなのだ。彼女の身に何も起こっていなければいいのだが……。
くそっ、このまま王都を出たのでは後味が悪くて仕方がない。
「俺が探してこよう」
「なっ!?ロイ殿にそのような手間を掛けさせるわけには……」
「構わない。泊めてらっている礼だ」
流石にこのまま放っていくわけにもいかないだろう。いくら役立たずの俺でも、人の捜索の手伝いくらいはできる。
「でしたら!私がロイ様のおともを致しますのです!」
「駄目よラム。私たちの仕事はセルガさんの護衛でしょう?」
「でもでも!ロイ様の護衛をするというのも仕事に含まれていたはずなのです!」
「そんなもの形式上のものじゃない。ロイ様に護衛が必要だと思う?」
「それはそうですけど!それでも仕事は仕事なのです!」
何やら騎士団の二人は言い争いを始めてしまった。ラムはどうしても俺の傍にいたいらしい。勘弁してくれ。あんまりグイグイ来る人は得意じゃないんだ。
っていうか俺に護衛っていなきゃ駄目?
いやまあいてくれた方が安心なんだけどさ、最近ずっと誰かと一緒にいるから気が休まらないんだよね。
「はぁ、分かったわ。それじゃあ私がロイ様の護衛をするから、ラムはセルガさんの警護をお願い」
「どうしてそうなるのです!?それじゃ全然意味がないのです!」
おいおい。セルガ本人を目の前にしてその言いぐさは大丈夫なのか?
あっ、セルガ笑ってるわ。天使だったわ。
初登場時の厳格な雰囲気はどこにいったんだ?
「これは任務なのよ?護衛という能力で見た時、優れているのは間違いなくラムの方。いざという時にセルガさんの傍にいるのはあなたの方がいいわ。分かるでしょう」
「でもぉ、でもぉ……」
ラムは未だに納得いかないようだ。
「いい加減にしなさい。これは二番隊隊長としての命令よ。セルガさんの傍にいなさい」
「うぅ、了解なのです」
ようやく話がまとまってくれたらしい。
「話は終わったか?」
「はい。お待たせして申し訳ありませんでした。このサリア、全身全霊を持ちましてロイ様の護衛をさせていただきます!」
どうやら俺の意見を聞かずしてサリアの同伴が決まってしまったらしい。まあすごい嫌なわけじゃないからいいんだけどさ。
「じゃあ行くか」
「はい!」
未だに小さくうなりつづけているラムの声を聞きながら、俺達はセルガ邸を後にした。
サリアは俺の三歩後ろに常に寄り添い、心なしかずっとこちらの方を見ているような気がする。正直とても居心地が悪い。アイリがどれほど接しやすかったのかがよく分かる。
別にサリアも悪気など微塵もないのだろうが。むしろ自らの仕事を全うしようと尽力してくれているのだろう。何というか、彼女はザ・女騎士って感じだ。
「ロイ様、まずはどこに向かわれるおつもりですか?」
会話のなかった俺達に、あちらから声を掛けてきた。
ふむ、どこに向かうかか。実は一つ考えていることがある。
「まずは王宮に向かう。ツヴァインをはじめ騎士団やシュバリエ政府にも捜索に協力してもらおうと思ってな」
「なるほど。実に合理的ですね。流石です」
へへっ、褒めても何もでないぜ?
だがこれは我ながら悪くないアイディアだろうと思う。俺達だけが探すよりも、よっぽど効率的にことを進めることができるはずだ。
こう考えると当たり前の様に王宮に尋ねることができるSランクの身分は悪くないものだ。昔はよく人探しや迷子の捜索みたいなクエストをこなしたものだが、あの頃だったらこうはいかないだろう。
そんなことを考えているうちに、王宮にたどり着く。今回もやたら仰々しく対応してくれた衛兵に案内され、すぐにツヴァインと面会することができた。
昨日ぶりに会った彼は何だか少しやつれていて、グリッド出現騒動の調査に追われているのだろうことが伺えた。そんな彼を呼び出してしまったことに今更ながら罪悪感を覚えたが、用件を伝えると彼は快く承諾してくれた。
「分かりました。本来であれば騎士団が全力を持って捜査にご協力させていただくのですが、生憎昨日の一件で手がこんでおりまして、わずかな人員しか廻すことができそうにないのです。申し訳ありません」
「いや、忙しい中すまないな」
「いえ、当然のことです。それにしてもアイリさんのことは心配ですね。どこか心当たりはあるのですか?」
ふむ。正直言って心当たりなど全くない。考えてみれば、そもそも彼女とは数日の付き合いしかないのだ。
俺が考え込んでいると、ツヴァインが続けて口を開く。
「もしなければ、ギルべスさんのところに訪れてみては如何ですか?彼はこの街きっての情報通です。今は店の改修に追われていることでしょうが、それでもアイリさんについて何かしら知っているかもしれません。それに、丁度シェイミーもグリッド出現地点の現場調査を行っているところですから、彼女も何か力になれるかもしれません」
ギルべスって、昨日瓦礫から出てきたビックリ仰天人間のことか。とても情報通のような見た目には見えなかったな。
だが他に行くところもない。ここはツヴァインの助言に従うことにしよう。
「分かった。感謝する」
「いえ、とんでもありません。サリア、引き続き気を抜かずに仕事をするんだぞ」
「かしこまりました!団長」
頭を下げた後急ぎ足で仕事に戻っていったツヴァインを見送り、俺達は王宮を後にして昨日のグリッド出現地点へと向かう。
相変わらず固い雰囲気のままのサリアだが、そんな彼女が傍にいるのも少しずつ慣れてきた。良くも悪くも仕事熱心な人物なのだろう。
現場にたどり着いた俺は、その惨状を改めて目の当たりにした。昨日は色々と必死であまりゆっくり見渡す暇がなかったが、グリッド出現地周辺はひどい有様だ。サリアも唇を噛みしめているように見える。
だが、むしろこれで被害がすんで良かったとも言えるのかもしれない。近くにサリア、ラム、ミーアがいなかったら、また、あの時ツヴァインが駆けつけていなかったらと考えると、その様に考えてしまうのも無理はないだろう。そう考えると、騎士団という組織の重要性がよく分かる。
未だに横たわっているままのグリッドの死体のそばに、見覚えのある人物がいた。彼女はこちらに気が付くと、素早い、しかし優雅な足取りで俺達の下へと歩いて来る。
「これはロイ様、如何なさいましたか?ロイ様もこのグリッドの調査に?」
声を掛けてきたのは、宮廷魔法師長のシェイミーだ。ツヴァインが言っていたとおり、ここでグリッドについての調査を行っていたのだろう。
前に会った時と同じ三角帽子と紫のローブを身にまとっており、その服装から抜群のスタイルである体のラインが強調されている。
うん、相変わらず色気ムンムンだ。これはもう実年齢がどうとか関係ないな。
「あ、あの、」
ムンムン、ムンムンだ……。
「ロイ様……?」
「あ、ああ。ここにはギルべスに会いに来た」
いかんいかん、色気にやられて返事を忘れていた。
「ギルべスさんですか?彼ならあそこで店の瓦礫を撤去する作業をしていますよ」
見ると、確かに自らが押しのけて出てきた瓦礫をせっせと運んでいるギルべスがいた。昨日頭から出血していたというのに熱心なものだ。まあ、自らの店が物理的に潰れてしまってはおちおち休んでいる暇もないのだろう。
「ギルべスさん、少しよろしいですか?」
頼んでもいないのにわざわざ声を掛けてくれたシェイミーに、ギルべスが振り返る。
「あん?一体何の用だ?こっちは作業中で忙しいんだが……ってロイ!?」
既視感のある反応を見せてくれるギルべス。俺がいたらそんなに驚くことでもあるのだろうか。
「ロイ様があなたに用件があるみたいですよ」
「なっ、お、俺に?」
ギルべスは大げさに体をのけ反らせ、目を丸くしてこちらを見つめる。いちいちそんなに驚かなくても良いのではないだろうか?
彼の仰々しい態度に対して、俺は訝し気な顔で彼を見つめる。
「な、何だってんだよ!?」
ギルべスが体をのけ反らせながらそう言ったところで、慌ててサリアが彼に声を掛けた。
「用件というのは、ただお尋ねしたいことがあるだけです。昨夜からアイリさんの居場所が知れないのですが、何かご存じでないですか?昨日ミーアさんと一緒にいた獣人族の娘です」
「あぁ、あの娘なら今朝ミーアと一緒にいるところを見たぜ。どこに向かったのかまでは知らないが。あの娘行方知らずだったのかい……、っていうかどうしてあんたが捜索なんかしてるんだ?」
「……世話になったからだ」
ギルべスは更に何かに驚いたかのように目を見開くと
「……そうかい」
とだけ言った。
結局アイリの居場所は分からなかったが、有力な情報を得ることができたと言えるだろう。ミーナと一緒にいるのなら、何か事件に巻き込まれたという心配はないだろう。案外、久し振りに会うことが出来たから一緒に遊んでいるだけなのではないだろうか。ミーアは家を勘当されているらしいから、アイリもミーアに会いに行くとは言えなかったのかもしれない。
「そのアイリさんという方をお探しなのですね?私も何か分かればすぐにご連絡いたします」
シェイミーも協力してくれるらしい。
今更だが、当たり前の様に国の重鎮たちにホイホイとお願いをして大丈夫なものなのだろうか?
「そっちも大事だがよお、あの蛇野郎のことは何か分かったのか?この街の人間は今もぶるぶる震えてるぜ?」
ギルべスの言葉に対して、再びシェイミーが口を開く。
「勿論調査は全力で行っています。やはり、グリッドは召喚魔法によって呼び出されたとみて間違いないようですね」
「へっ、グリッドを召喚できるような野郎がこのシュバリエに紛れ込んでるってのかよ。一体誰なんだそいつは」
「肝心なのはそこなのですが、犯人の目処はたっていないというのが正直なところです。当時の状況を周辺にいた目撃者たちに聞き込んでいるのですが、不審者らしき人物を見たという報告もありません」
「大事なとこは分からずじまいってかよ。こりゃあ、しばらく街は荒れそうだな」
どうやら捜査は難航しているらしい。早く犯人が見つかってくれればいいのだが。
「ロイ様、ミーアさんが一緒とはいえ街は不安定な状況。アイリさんを見つけるのは急いだ方がいいかもしれませんね」
確かにサリアの言う通りだ。彼女を早めに見つけるのに越したことは無いが、次はどこへ向かえばよいだろう。
「ロイさんよお、まだ行ってないなら冒険者ギルドに顔を出してみたらどうだい?人探しの依頼を出すのもいいだろう。おめえさんのからの依頼なら、冒険者たちはこぞって飛びつくと思うぜ?」
なるほど。依頼を出すと言うのは確かにいい案だ。
「……そうしよう。冒険者ギルドに行くことにする」
わざわざこちらに頭を下げているシェイミーに見送られながら、俺とサリアは冒険者ギルドの方へと歩き始めた。
「ロイ様はやはり魔法にも精通されておられるのですか?失礼とは存じますが、シェイミーさんがいつかロイ様の魔法が見てみたいと言っていたのを思い出しまして」
冒険者ギルドへと向かう途中で、サリアが俺に問いかける。
結論から言えば、全く使えなくはないが下手くそ、というところだろう。シェイミーなんかに見られたら鼻で笑われてしまうこと間違いない。
そもそも、俺は普通の人と比べて魔力量が少なめなのだ。下級の魔法だったとしても、何回か使ったらすぐに魔力切れを起こしてしまう。
魔力切れ、俺がとても嫌いな状態だ。所謂”枯酔い”というやつが苦手なのだ。人は魔力が少なくなると、頭がふらふらしたり気持ち悪くなったりと酒に酔ったのに近い状態となる。そのことから、魔力が少なくなって起こる症状は枯酔いと呼ばれている。ひどいものだと視界が揺らぎ、まともに立っていることすら出来なくなるらしい。俺も何度か経験したことがあるのだが、もう二度とあの感覚は味わいたくない。
「全くできない訳ではないが、ほとんど使えないようなものだな」
「そのようなご謙遜をおっしゃらなくても」
いやいや、謙遜とかじゃないから。
「本当だ。実戦で使えるようなレベルではないんだよ」
「ロイ様にとって”使える”のレベルが高すぎるのですよ……あっ、冒険者ギルドが見えてきましたね」
……何というか、皆本当に俺のことを過大評価し過ぎだ。どうして俺のことをそんなにすごい人物だと思ってしまうのだろう?
確かに俺もこのSランクという便利な地位に甘えている部分があっただろう。だが昨日の件でひどく自己嫌悪に陥っている。何とかして俺は本当はすごい人間なんかじゃないということをみんなに分かってもらわなければならないな。
そんな決意を密かに胸に抱きながら、いつの間にか目の前に来ている冒険者ギルドの扉を開いた。
「次ロイの野郎が来たら、今度はぶっ飛ばしてやる!!」
俺が二日ぶりに冒険者ギルドに訪れたのは、どこか聞き覚えのある声でそんな台詞が聞こえた瞬間だった。