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1-④

生活の方がかなり忙しく、四話目にして約一か月振りの投稿になってしまいました。ブックマークをしてくださっている方など、お待たせして申し訳ありません。今後は最低でも週一で投稿したいと考えていますが、また遅れてしまったら申し訳ないです。

また、何件かの感想を頂きました。今のところ返信は行っておりませんが、とても嬉しく励みになっています。

これからもどうぞよろしくお願いします。


 人々は恐怖で混乱に陥り、我先にと全力で逃げまどっている。誰かにぶつかり、つまずき転んでしまう女子供に見向きもせず、ただ人々はその恐怖から逃れるために走っていた。

 私はそんな彼らが走っていくのとは真逆、この混乱を振りまいているグリッドの方へと全力で向かっている。

 討伐難度Aモンスター、グリッド。討伐難度とはその名の通り討伐対象の強さを表しており、その指数は冒険者ランクが基準となっている。討伐難度A、これが意味するのはAランクの冒険者に相当する力を持つ者でないと、討伐することが困難とされているということだ。

 つまり、私にとっては格上の相手。だがその事実が私の足を止めさせることはない。そんな恐怖、先程ロイに弟子入りを志願した時の緊張に比べれば大したことのないものだ。

 

 「ふふっ」


 こんな状況だというのに、不思議と笑いがこぼれる。先程の自分の行動を思い出してのことだ。我ながら大胆なことをしたものだと思う。昨日あんなことをしておいてぬけぬけと弟子入りを志願したこともそうだし、道端で平然と額を地面にこすりつけたこともだ。それほどまでに必死だったのだろう。

 昨日尾道の馬小屋から帰った後も、私の脳裏からはロイの姿が焼き付いて離れなかった。ただでさえ有象無象など相手にしないであろうロイに対し切りかかりまでしたのだ。今後私がロイと関わりを持つことなど不可能だろう。だが、それでももう一度彼に会いたいという思いが胸の中で膨らみ続けた。

 会ってどうするというのだろうか、今度こそ殺されるかもしれない。そんなことを考えながら歩いているおり、先程偶然にも彼を見つけたのだ。その瞬間私の体は勝手に動いていた。恐怖心で一杯ではあった、しかし私は止まらなかった。そして、気づいたら膝をついて弟子にしてくれと言っていた。そうか、私は彼にひどく憧れていたのだと、その強さを享受してもらいたいと感じていたのだと、その時初めて理解した。まあ、その後何故かアイリが現れたことには大変驚かされたが。

 何にせよ、ここでロイに情けない姿を見せるわけにはいかない。本来ならばグリッドなど一捻りであろう彼は動く気配がなかった。彼の思惑は分からないが、これはチャンスと言ってもいいだろう。ここで私は、自分が弟子にするのに値する存在であることを証明して見せる。

 

 「私が引き付けるから、ラムは魔法で援護をお願い!」

 「了解なのです!」


 私がグリッドの下までたどり着くと、二人の女性がグリッドと対峙していた。あの装備は、王国騎士団のものだろう。

 

 「っ、あれは!?」


 戦っている騎士団の二人を尻目に、私はショッキングな光景を目にする。尾道の馬小屋が崩れ去り、建物の原型を留めていなかったのだ。グリッドの出現地点を見た時に嫌な予感はしていたのだが、まさかこんな事態になっているとは。ギルべスは無事だろうか、あの屋内にいなければいいのだが。しかし、今は彼の安否を確認している余裕はない。

 私はグリッドを睨み付けるようにして剣を抜き、その巨体に切りかかる。切り口からは真っ赤な鮮血が飛び散り、グリッドは悲鳴ともとれる声をあげる。

 大丈夫、私の剣は討伐難度Aにも通用する!


 「Bランク冒険者のミーアよ!加勢するわ!」

 「っ!助かります!」


 騎士団の二人に声を掛け、私も戦闘に加わった。討伐難度Aモンスターに対して、彼女たちもいい動きをしている。流石はシュバリエ在中の王国騎士団と言ったところか。

 長い茶髪を腰まで伸ばし、その体ほどの大きさを持つ盾と長い槍を手にした女性が前線でグリッドをけん制し、先程ラムと呼ばれたショートカットの小柄な少女が後衛で攻撃魔法である”ファイアーボール”を放っている。思わず見惚れてしまうほど見事なコンビネーションだ。

 私は彼女たちの連携を崩さないように心がけながら、隙を見てグリッドに切りかかる。攻撃担当であるラムという名の少女、防御に徹している茶髪の女性。さらには、遊撃として私まで加わった三人の戦闘に、グリッドは思うようにいかず苛立ちを見せている。

 奴も巨体に似合わない俊敏な身のこなしで攻撃を繰り出すが、それが私たちを捉えることは無い。こちらが優勢であることは間違いないだろう。あの巨体が繰り出す攻撃をもろに受ければひとたまりもないだろうが、しっかりと見極めていればそれを防ぐことは難しくない。決して焦らずに、確実にダメージを蓄積させていく。

 

 「っ!ここです!」


 幾度となくハイレベルな攻防を繰り広げる中でラムがそう叫び、先程まで放っていたものよりも大きなファイアーボールをグリッドの顔面めがけて放つ。それは見事に命中し、グリッドは苦しみの声をあげる。奴の顔からは黒煙が立ち込め、必死に火の粉を振り払おうと頭を揺らしている。


 「今よ!!」


 私と前衛の彼女はここぞとばかりに畳みかける。私はありったけの力をこめて連撃を叩き込み、茶髪の彼女も見事な早業で突きを放つ。グリッドは見るからにうろたえ、辺りが奴の鮮血で染まっていく。

 このまま押し切れる、そう感じた時だった。


 グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!


 グリッドがこれまでにない大きさの声で咆哮したかと思うと、その巨体を小刻みに震わせる。


 「ぐぅっ!」


 私は猛烈な痛みを肩に感じ、瞬時にグリッドから飛び退いた。


 「これは……」


 私の肩にはまるで透明なガラスのような板が突き刺さっていたのだ。こんな状況じゃなければ、その美しさに見とれていたかもしれない。痛みに顔をしかめてそれを引き抜いた私は、すぐにその正体を知ることになる。

 鱗だ。グリッドの全身の鱗がまるで体毛のように逆立ち、日に照らされてキラキラと輝いていたのだ。そのせいか、グリッド本体の大きさも少し大きくなったかのように感じられる。まるで棘の鎧。先程より奴に近づくことは難しくなっただろう。

 奴の変化に少しひるんだ私達に向かって、再び攻撃が繰り出される。

 速いっ!?

 明らかに先程までより早い攻撃私は反応できずに咄嗟に剣で受け止める。


 「ぐっ!?」


 そして先程までより重い。パワーもスピードも増している様だ。


 「ひるむな!やり方は変わらない!」


 茶髪の女性騎士団の声を合図に、私達は再びグリッドに立ち向かう。更に高いレベルを要される一回一回の攻防で神経をすり減らしながら、何とか互角に戦えている状態だ。


 「くっ、刃が通らない」

 

 私の斬撃はその固い鱗に阻まれ、あまりダメージを与えられない。一体どうすれば……。


 「ミーナ様!」


 私の耳に聞き覚えのある声が飛び込んでくる。見ると、何とアイリがすぐそこにいたのだ


 「っ!アイリ!?どうしてこんなところに?」


 彼女に戦う力などない。まさか私の後を追ってきたとでもいうのだろうか。いずれにせよ、このままでは彼女が危ない。

 そう思ったのと同時に、グリッドの尾がアイリへと迫っていた。


 「危ない!」


 素早い攻撃に反応できないアイリの下へと、私は一目散へ駆け出す。間一髪彼女の前へとたどり着き刀身で攻撃を防ぐが、勢いを殺しきれずにアイリ共々吹き飛ばされてしまった。


 「きゃあぁ!」


 私達は近くの建物の壁へと叩きつけられる。


 「ぐぅ」

 「うぅ……」


 私はアイリの無事を確認すると急いで立ち上がろうとするが、視界が揺れてうまく立ち上がることが出来ない。直接的なダメージは免れた様だが、軽い脳震盪のうしんとうを起こしてしまっている様だ。


 「があぁ!」

 「きゃっ!」


 騎士団の二人も、グリッドの巨体に吹き飛ばされる。元々三人でギリギリ成り立っていた戦線だ。私が欠けたことによってそれが崩壊してしまったのだろう。

 グリッドは二人が動けないのを見ると、私たちの方へと視線を向ける。その顔は笑っているようにも見えた。


 「ミ、ミーナ様。申し訳ありません。わたくしが余計なことを……」


 力ない声で呟くアイリを庇うように前に出る。正直まだ視界が揺れ、立っているのがやっとの状態だ。


 「逃げて、下さい。ミーナ様だけでも!」

 「ふざけないで!」

 

 私は剣を握る手に力を込める。

 どうすれば、どうすれば良いのだろうか。どうすれば彼女を守れるのだろうか……。


 その時背後に感じたのは、 もう一人の気配。

 振り返った私が目にしたのは、漆黒のロープを翻しなら佇むロイだった。

 私は彼に向かって膝をつく。情けない。何がBランクだ。何が弟子に相応しいことを証明するだ。こんなことをするくらいなら、このまま殺される方がましだ。

 だが、それでは、アイリを守れない。


 「ロイさん、どうか、どうかお願いです。この娘を、アイリを守ってください」


 私はすがるようにロイのことを見上げる。その顔に表情はなく、胸中は伺えない。

 私たちを眺めていたグリッドはしびれを切らしたかのように、その口を大きく開けてこちらへと突っ込んできた。

 

 「ロイさん!どうかっ!」


 夢中で叫んだ私に対して、ロイは静かに口を開いた。


 「…………じゃない」


 え?


 「俺の、役目じゃない」


 その瞬間だった。

 一閃の輝きがとてつもないスピードでグリッドへと駆けていく。


 「居合 彩月花」


 静かに聞こえたその声と同時にグリッドから滝のような鮮血が噴き出したかと思うと、こちらを睨み付けていた奴の頭が胴体から切り離される。落とされた首はこちらを見つめたまま動かず、頭を失った胴体はしばらくのたうちまわった後、やがて動かなくなった。

 馬鹿な。あの太さ、そしてあの硬さの鱗をもろともせずにその首を切り落としたのか!?一体誰が!?

 何が起こっているのか分からない私の視界が捕らえたのは、純白の鎧にその身を包み、剣士ならば誰もが羨む名刀、”彩月”を鞘に収める男。

 ああ、そういうことだったのか。ロイは彼の存在に気づいていたんだ。


 「遅くなって申し訳ありません」


 ギルタイル王国騎士団長ツヴァイン・グレイシスは、そう言って微笑んだ。









 た、助かった。死んだと思った。

 俺は内心で大量の冷汗をかきながら、切り離された大蛇の頭を見下ろす。こんなのに丸呑みにされればひとたまりもなかったであろう。このタイミングでツヴァインが来てくれたことには本当に驚いたし、正に奇跡だった。

 それにしても流石王国騎士団長なだけはある。あの大蛇を一刀両断するなど、普通の人間では考えられない芸当だろう。

 

 「まあ、私などが来なくても何も問題なかったであろうことは言うまでもありませんがね」


 ツヴァインは俺を一瞥してそう告げる。

 うん、俺が何とか出来たとか思ってるね。Sランクの皮かぶった一般人のこと過大評価してるねこの人。


 「……来てくれて助かったぞ(いやマジで)」

 「ははっ、そういうことにしておきましょう」


 はあぁ。

 それにしても自分の無力さが嫌になる。考えなしにアイリたちの後を追いかけたのはいいものの、いざ追いついてみれば大蛇の迫力にびびって動けないだけ。挙句の果てには俺をSランクと見込んで助けを求めてきた狐っ娘に対して、こんなことをするのは俺の役目じゃないなんて言って完全に本性を晒してしまった。

 ああ、もう隣にいる獣人族二人組の方見れないわ。アイリなんてどう思ってるんだろう。きっとがっかりしているに違いない。

 結局、不相応な肩書をされるがままにして否定してこなかった弊害がこういうところで起こるのだ。何だか自分が嫌になる。


 「団長、ご助力に感謝します」

 「うぅ、私達では倒せませんでした。ごめんなさいなのです」

 「謝ることは無い、サリアとラムもよく頑張ってくれた。二人のおかげで被害を最小限に食い止めることができたよ」


 騎士団の団員らしい女性二人がツヴァインの下へと駆け寄る。恐らくミーアと共に大蛇と戦っていたのだろう。茶髪ロングの方がサリアで、深みがかった青髪を短く切りそろえている方がラムというらしい。


 「あちらの冒険者の方も私達と共に戦ってくださいました。彼女がいなければグリッドをこの場にとどめておくのは難しかったでしょう」


 サリアの言葉を受けて、ツヴァインはミーアへ視線を向ける。


 「そうだったか。ミーア・フォクシードさんですね。貴方にも感謝をしなければならない」


 ツヴァインはそう言って彼女に頭を下げた。自らの地位に関わらず素直に頭を下げることができる、立派人間だ。俺とは大違いね。ははっ。

 ……それにしても、ミーアもそれなりに有名人なのだろうか。考えてみれば、獣人貴族の娘なわけだし当然か。 


 「……いや、私は大したことは何もしていない。奴を倒したのもあなただ。だから私に頭を下げるのはやめてくれ」

 「ミーア様……」


 ミーアの心なしか悔しそうな声に、アイリの心配そうな声も聞こえる。


 「それでも、貴方のおかげで多くの人が救われた。だから感謝する」


 ツヴァインはそう言ってもう一度頭を下げた。本当に律儀な男だ。

 すると、


 「あ、あの!Sランク冒険者、ロイ様ですねっ?」


 いつの間にか、先程までツヴァインの横にいたラムが俺の目と鼻の先まで迫っていた。

 って近い近い近い!


 「わ、私は、王国騎士団二番隊所属のラムと申すものなのです!ロイ様にお会いできて感激なのです!いつかこの日が来ることを夢見ていました!」

 「そ、そうか」


 彼女の迫力に思わず後ずさる。何なんだこの娘は。


 「わたし、ずっとロイ様のファンでして!あぁぁ、本当に感激なのです。って痛っ!」

 「興奮し過ぎよ、ラム」


 今にも俺の手を握り出しそうなラムの頭を、サリアが軽く叩いて止める。正直助かった。


 「王国騎士団二番隊隊長のサリアです。この娘が大変失礼いたしました。ロイ様の大ファンでして」


 大ファン? 俺の?

 変わった人もいるもんだ。確かに俺はほんの少しばかり有名なのかもしれないが、ファンになる要素など皆無であろう。


 「大ファン何てものじゃないのです!なんてったてわたしは」 


 ラムが再び興奮して喋り出そうとした瞬間、瓦礫を吹き飛ばすガシャーンという大きな音が聞こえる。その音が聞こえると同時に、騎士団の三人とミーアは何事かと瞬時に武器を構えた。反応できてないのは俺とアイリだけだ。

 しかし、跳ね飛ばされた瓦礫の下から出てきたのは、何と一人の人間だったのだ。頭から血を流しているものの、ピンピンとした様子で首をポキポキと鳴らしている。


 「うえー、死ぬかと思ったぜ」

 「ギルべス!?」


 崩壊した家屋の中から平然と出てきた男は、どうやらミーアと知り合いらしい。

 何なのこの街、ビックリ仰天人間しかいないの?まともなのはアイリだけだ。……あとセルガのおっさん。


 「おう、ミーアじゃねえか。俺の店がぺしゃんこになっちまったことの説明はおめえさんがしてくれるのか?……って、ツヴァイン!?おめえさんほどのもんがどうして…………って、ロイまでいるじゃねえか!?!?」


 ギルべスと呼ばれた男は、頭から血を噴き出しながら愉快な反応を見せてくれた。ミーアが慌てて駆け寄り、傷口を布で抑える。


 「元Bランクのギルべスさんですね?今回は我々の対処が遅れ、お店に多大な損害を与えてしまったこと、深く謝罪いたします」

 「へっ、騎士団長様に名前を覚えてもらえてたとは光栄だね。で、あの巨大な蛇野郎は一体何だったんだ?あんなのがいきなり出現するなんて、どういうからくりだ?」

 

 ギルべスの言葉を受け、ツヴァインは真剣な面持ちで口を開く。


 「今回の騒動、正直まだ正確なことは何も分かっていません。これからシュバリエ政府が全力を持って調査を行うつもりです」

 「早急に頼むぜえ、この先またいつあんなのが突然出てくるのかと思ったら、おちおち夜も眠れねえぜ」

 

 ギルべスの言葉に騎士団の面々は視線を落とす。確かに、もしまたこんなことが起こるのかと思えば住民は不安で仕方がないだろう。

 

 「ラム、魔法師の観点から何か気づいたことはないの?」


 サリアの問いかけに、ラムは考える仕草を見せる。


 「恐らくですが、グリッドは召喚魔術によって出現したと思われるのです」

 

 その発言に驚きの声を上げたのはミーアだ。 


 「召喚ですって!?討伐難度Aモンスターを!?」

 「成功事例がない訳じゃないのです。ただ、勿論そんなことが出来るのはごく一握りの人間だけなのです。それほどの召喚技術を持ち、尚且つ悪意を持って街中でそれを発動させるような人間が侵入することは、この王都においては極めて難しいことだと思うのですが……」


 一同は再び沈黙してしまう。正直あまり話についていけてないが、要はありえないようなことが起こっているということだろう。

 何か大きな陰謀が、このシュバリエで渦巻いているとでもいうのだろうか。


 「ここで考えていても仕方がありませんね。私達はとりあえず報告の為に王宮に戻らなければなりません。ミーアさんはギルべスさんに付き添って怪我の治療に向かっていただけますか?」


 ツヴァインの言葉に頷くミーア。


 「ロイ様はどうなさいますか?」


 どうするも何も、そんなことは決まっている。


 「セルガ邸に戻る」


 そう、一刻も早くセルガ邸に帰るつもりだ。

 なんだかどっと疲れたので、今は早く休みたい。


 「分かりました。すぐにでも他の騎士団の面々が町全体の警戒に当たるはずです。必要ないかと思われますが、ロイ様も一様ご用心なさるように」


 ツヴァインはこちらに一礼すると、次の瞬間にはとてつもない速さで地を蹴って姿がみえなくなってしまった。女性騎士団二人も、慌ててその後を追っていった。有事の際に騎士団はひどく忙しいらしい。

 俺は一刻も早くセルガ邸に帰ろう。よし、そうと決まれば即座にこんな場所から退散だ! 

 迷いなく歩き出した俺の背中に声がかかった。


 「あ、あの!ロイさん」


 ミーアの声だ。

 まずい。どうしよう。何を言われるか分かったものではない。


 「……これで分かっただろう」

 「え?」


 俺は振り返ることなく言葉を続ける。


 「君が俺の弟子になることなどありえない」


 俺はそれだけ言って再び歩き出した。ああ、彼女は今どんな顔をしているのだろうか。きっと嘘つき男に対する軽蔑に満ちた眼差しで俺を見ているに違いない。別に俺が嘘ついてたわけじゃないんだけどなあ。まあでも同じようなものなのだろうか。

 アイリが思い出したかのように小走りで俺の隣に駆け寄ってきた。悲しそうな顔をしながら何度も振り返っている。彼女にこんな顔をさせてしまうことが情けない。本当はこんな奴と並んで帰ることなど嫌に決まっているだろう。


 自己嫌悪だ。嫌になる。俺が本当はどうしようもない役立たずの男であることくらい、分かっていたはずなのに。



 結局俺はその後アイリと一言も話すことなくセルガ邸に着くと、晩御飯も食べずにベッドへと潜り込み、その憂鬱な気持ちをかき消すかのように瞼を閉じるのだった。

誤字を修正しました。

指摘して下さった天音縁様、ありがとうございます。

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