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片腕の価値  作者: てぃーぽっと
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side:R







 ・・・その人は美しかった。

 戦場の最前線で戦い、血を浴びてなお穢れぬ透き通るような若草色の結晶。


 それが今も変わらぬ彼女の印象。







 



 彼女が左腕を失ったのは、俺が油断したせいだ。

 戦の終盤こちらに戦局が傾いたとき、敵国に存在する正体不明の少女が巨大な殲滅魔法を放ち我が国の兵を消滅させるという不測の事態が起こった。それ以降相手の大きな攻撃はなく、少女も姿を現さなかったが傾いていたはずの天秤は元に戻るどころかむしろひっくり返された。


 その殲滅魔法は範囲指定のある魔法だった。

我が国の戦姫として称えられる彼女ですら、巨大すぎる魔力に反応してぎりぎり範囲内にいた俺を助けることしかできなかった。しかも左腕を犠牲に。

 ・・・いや、酷い言い草だと自分でも思う。助けてもらってなにをとも。しかし対象になるのが彼女ならばそれは違ってくる。

 風と大地の大精霊から加護をもらった、我が国最強の軍人ツァーリ・アルケイトならば。






 「これしきのハンディキャップで部下に抜かされては、私も立つ瀬がない。しかしこれは間違いなく私の力不足が原因だなぁ。お前が気にすることではないよ。」


 医務室のベットで書類を見ている彼女が少し後悔したように微笑んだ。


 「友であり、部下でもあるお前をアレから守れただけで上々だと思っていた。なのに代償は左腕のみですんだ。考えてみてくれ、私にとっては名誉の負傷なんだよ。」


 力なく垂れ下がった袖の中には、質量のあるものが存在していない。彼女が少しの後悔を持って微笑んだのは、それほど俺が悲痛な表情をしているからだろう。


 「ですが、」


 「ここには今他の誰かはいないだろう?敬語はなしにしてくれ。」


 今度はからから笑う彼女に、けれども罪悪感と虚しさを思い出す。


 「・・・だが、俺が動けてさえいれば、お前が腕を失うことはなかった。」


 「魔力が広がってからアレが起動するまでに時間差はほとんどなかった。それなのにお前はあの時振り向いた。反応できるだけで上出来だよ。」


 少女の魔法の範囲内にはいっていたのは、俺を押しのけ残された彼女の左腕のみ。しかしその左腕はちぎられたり、焼け爛れたりしたのではない。消えたのだ。


 「うーん。せめて跡形もなく消すのではなく、こう、溶かしたりならばまだ使えるかもしれなかったのにな。」


 唸りながら右手で持っている書類で口元を隠している、上司兼友人兼愛しい俺の想い人。


 自分の何よりも優先すべき人が自分の失態で見知らぬ少女に腕を消される。それはどう心の整理をつけようとも悔しく悲しく憎悪を抱かずにはいられない。戦が終わってから彼女の腕が戻らないと分かったとき、幾度『あの時せめて、』と意味のない回想へ迷い込んだか。


 しかし彼女が腕を落としてきたのは初めてではない。



 「お前は怪我に無頓着すぎないか・・・?」



 漸く割り切り始めると、俺の思考は以前体験した驚愕へ飛んだ。

彼女は隊の者を守るためなら平気で無理をする。

 


 「・・・大切な者と、自分の体。秤にかけるには重さが違いすぎる。そもそもの話、」


 前回までは光魔法の使い手が、片手やら片足やらをあいている手でむんずと掴み、それを振りながらキラキラした笑顔で『ただいま』と言った彼女を見たとたん、発狂しそうになりながらも最上級復元魔法を全力でかけた挙句ふらふらになり彼女の寝床と食料をしっかり用意して万全の介抱を終わらせ倒れていた。

 つまり最低限物量があればくっつけて治せる。




 「どんな怪我をしようとも、お前が発狂しながら全力で私の体を治していただろう?」




 嬉しそうに、楽しそうにこちらを見てはなす若草色の彼女は魅力的だ。しっかり理解もしている。

・・・しかし訂正させてほしい。俺は発狂しそう(・・・・・)になっただけで決して発狂してはいない。


 「今回は治らない。しっているよ。でも、それでも、さっき言ったことは変わらない。お前を助けるのに私の左腕だけが代償なんて安すぎる。」


 光魔法の適性がある人間はそういない。しかもここまでの復元魔法となると、世界に二、三人程度。


 「だからといって、お前が腕を失うなんてあっていいことではない。」


 だが、いたら便利くらいの魔法使いと一国の戦姫を比べるなんて烏滸がましすぎる。それが光魔法の使い手であってもあってはいけない。最強の軍人、美しすぎる戦姫。







 「・・・・・・」


 「・・・はぁ。いい加減鬱陶しいぞ。あれか?お前が新しい腕を持ってきてくれるのか?無理だろう。」


 ・・・そんな、何気ない一言。俺にピシャンと雷が落ちた。


 「ならばさっさと水に流そうじゃないか。片手になれる為に鍛錬しなくては。」


 「・・・・・・」


 高速に回転している俺の頭は普段計算機を使うような0.幾つ、千単位の計算と不確定な変数を混ぜ込んでなお、持っている知識を総動員して答えをはじき出していく。


 「ほら、黙っていないで手伝ってくれないか?この書類なんだが少々厄介なことに、」


 「――—―それだっ!!」


 「うぇっ!?どれだ!?これか!この予算なのか・・・!?」


 彼女が驚いた声なんていつぶりだろうか。高い声もかわいい。慌てて変な検討をしているのも愛おしい。

・・・ではなくて。治せない腕は諦めるしかない、が。作ればいいではないか。今までは腐りかけた彼女の一部を彼女自身が持って帰ってきていたが、今回はない。


 「違う、腕を拾ってくる云々の話だ。」


 「いや、拾ってくるとか言ってないぞ・・・?それよりこの書類を最優先で、」


 俺のなかでは猛烈に今後のスケジュールが組み立てられていった。


 「いける、できる・・・!何故これまで思いつかなかったのだ!魔道回路ならウェル氏に協力を頼みつつ、いやまずは本格的な製作図面をかいてから専門書引っ張り出して・・・そうだ。脳の伝達を信号に書き換えて確実な命令を符号づけて、いや、魔力が思考に反応するならツァーリの魔力を展開させる魔術回路を埋め込めば少しは軽量化が望めるのでは・・・違う、何より意識と繋ぐならツァーリの感覚と合う素材でなければいけないし・・・あ!ツァーリ、腕の素材はなにがいい!?スティルオークの木材?地底鉱石から作られる圧縮宝石?それとも魔素結晶?魔力伝達速度が速いのは結晶だけど重さもそれなりだから、」


 「待て待て待て!!いや、お前が作ってくれるのならば心配はいらないだろうが、まだお前だって本調子じゃないだろう!?」


 いくら消滅を免れても、戦闘での細かい怪我は受けている、が。


 「不調なわけがないだろう!俺は国一番の光魔法の使い手ライル・フォスターだ!お前の消えた腕も、すぐに作り出そう!!」


 「それはもはや鍛冶師の仕事ではないか・・・?」


 変なスイッチが入っているのはわかっている。しかし今の俺を止められる者はだれ一人いないだろう。倒れても、魔力を使い切って俺の体が擦り切れても、止めるつもりはない。折角救ってもらった命だ。粗末に扱う気はないが最大限使わせてもらおう。


 「では、アルケイト大佐。至急貴女の腕を作成してまいりますので地方に飛んできます。今しばらくご静養なさってください。失礼します。」


 「お、おい!」


 少し急ぎすぎか。いや、彼女の腕が失われたのも全て俺が原因だ。急いで損はないだろう。しかし粗末なものは作れない。


 「まずは軍から資金を巻き上げるのが先だな。」


今回の戦争で戦力と国の予算に多大な影響が出た。国もこれだけの為に莫大な資金は出せないだろうが、我が国最強の軍人ツァーリ・アルケイトの復活どころかパワーアップも見込める、ということを上手く使えばどうとでもなりそうだ。


 (絶対に、化け物相手でも身を削る必要のないくらい強くしてみせる。)









 憧れのあの人は、俺の為に身を削る。


 憧れのあの人の為に、俺は自分の全てを賭して身を作る。


 ———想いは心に秘めたまま。

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