3日目、石精の祠。ゴブリン前の作戦会議
二階層は、控えめに言えばゴブリンの巣窟だった。
階段を上がって来たばかりのぼく達は、ひそひそと作戦会議中だよ。
「えーっと、すいません。前に来たときと違います。こんな大きな部屋はありませんでした」
確かに、学校の運動場くらいの広さがある。
円形の部屋だね。
「前と違うって、どういうことなの?」
「いやぁ、私も分からないですよ。ダンジョンマスターを怒らせたりすると難易度が跳ね上がったりするって聞いたことはあるんですけど、何もしてませんし」
怒らせるって聞いて、ぼくには父さんの顔が浮かんだ。
人を怒らせることだけは得意なんだよね。
まぁ、今は関係ないけど…。
「最初に出てきたトカゲを同士討ちさせちゃったからかな?」
あれは、我ながら酷いことをしたと思う。
「なんと! トカゲの怨みがこのような!?」
「いやいや、結果はともあれ、普通に術を使ったくらいで怒られたりはしませんよ」
奥の方には三階層への階段が見えてるよ。
「目標ははっきりしてて良いね」
「そうですね。これなら、依頼の方は軽々と達成できますが…」
うん、運動場くらいの空間に、ゴブリン達がざっと50匹以上、体育の時間みたいに整列してる。
真ん中に他よりも体の大きなゴブリンがいるけど、あれってリーダーかな?
っていうか、軍隊みたいだよ。
「うーん。回復ポイントってどこにあるの?」
回復しながら戦えるなら何とかなるかも…。
「それが、この階段のすぐ横に、普段ならあるはずなんですが…」
何もないね…。
「うーん。シュラちゃんってゴブリンなら何体くらい倒せる?」
「んー、多くて十五体くらいですね。一度に相手できるのは二体までですけど…」
数が多いのは苦手って言ってたし、あの大軍をシュラちゃんが一人で無双するのは無理そうだね。
「あ、でもあの真ん中にいる大きい奴はこのダンジョンのボス、ゴブリンファイターです。体力だけなら普通のゴブリン十体分くらいあると思っといて良いです。普通は三階層の一番奥に居るんですけど…」
うーん、闘士になったのは失敗だったかな…。
「ちょっと、作戦はあるんだけど…。良いかな?」
シュラちゃんが、驚きの眼差しをこちらに向ける。
「なんです!?あんな大群と戦うんですか!?」
確かに、逃げた方が良いかも知れないね。
「うん、全部は倒せなくてもさ、依頼分の十体は倒してから逃げたいんだよね」
シュラちゃんがなるほどって頷く。
「確かに、やるだけやって逃げるのは悪くない作戦だと思います」
「こちも同じく。然れど、あの程度のゴブリンであれば、倒しきることも容易いのでは御座いませんか?」
二人が同意をしてくれた。
って!
ジゴクちゃんってば、一人だけ何やら楽勝で行けそうな余裕を感じるレベル6とは思えない発言をしてるよ!
「「どうやって!?」」
あっと、シュラちゃんと疑問がかぶっちゃった。
「宿でやったのと同じに御座います。天地を反して、敵を上に落とす落下のダメージと共に、『天雷』と『雷樹』の術でもって体力を削り、残ったゴブリン達をシュララバ隊長に片付けていただけば容易いかと…」
宿屋の部屋で、ってあの怒られたやつだよね。
天井を『地化』して、地面を『天化』すれば、ゴブリン達も天井に落ちていくはずだ。
天井までは10メートルくらいはありそうだし、落ちたら確かに痛そう…。
「二階も一階と同じような構成であれば、闘士で殴る蹴るの暴行を加えるのが効率が良いとの判断だったのですが、このような想定外が待ち受けているとは…」
ジゴクちゃんの言い方が警察に捕まりそうな不穏な感じだけど、ぼくも同じような考えだったんだよね。
「あれ? 大体の敵ってあれで倒せちゃいません? お二人はレベル5でしたよね? それにしては使える術が便利で強力過ぎませんか?」
確かに、使い道を考えると便利過ぎるとは若干思ってた。
ジゴクちゃんはにこっと微笑み「こちはレベル6で御座います」って嬉しそうにシュラちゃんに言う。
「5でも6でも同じですよ! 地球ってこんな能力者がごろごろ居るんですか?」
そんな地球は怖い…。
「うーん、地球だと、そもそもジョブ魂が使えないから何も出来ないし、こっちに来るまで魔法とかは物語の中にしか存在しないと思ってたよ」
夢みたいな科学は発展してたけど、あれって自分の力って感じじゃないもんね。
「それにぼく達、二人が揃ってないと『天術』と『地術』の片方だけじゃあ、何も出来ないんだよね」
「こちと二人で、テンゴクとジゴクに御座います!」
ジゴクちゃんが締めてくれた。
「もう! さすがは伝説級の絆をもつお二人というところですか? ふふふ、私は何が起こっても驚かなくなりそうですよ」
うーん、何やら地球人のぼく達は、異世界の常識では考えられない能力を持ってるんだろうか…。
でも、デウリリュさんは、なるほど天地術か…とか言ってたし、納得してた異世界の人も居るんだよね。
天術と地術じゃなくって、天地術って呼び方にも何かあるのかな?
「うーん、ジョブ魂を変えるときのMPが勿体ないけど、ジゴクちゃんの作戦が良さそうだね」
シュララバ隊長に続いて、ジゴク参謀と呼ぼうかな…。
嫌がるかな?
いや、嫌がらずに何でも受け入れそうで、逆に言い出しにくいかも。
「ジゴクさんは作戦とか立てちゃうんですし、参謀とか策士とか軍師って感じですね」
むっ、これはシュララバ隊長からの任命があるかもしれないよ。
「参謀で御座いますか?」
「はい。私だけ隊長はずるいので、ジゴクさんは、ジゴク参謀が良いと思います」
シュラちゃんも、ジゴクちゃんの頭の良さには気付いたみたいだね。
「なんと!シュララバ隊長からの配役、委細承知に御座います!」
「えっ、あっ、嫌がったりしないんですか?」
シュラちゃんも、ジゴクちゃんのノリの良さには気付いてなかったみたいだね。
「シュララバ様だけが隊長と呼ばれて狡いとの心遣いから、こちにも役職を与えて頂けたことには感謝しか御座いません!」
当然のことだとジゴクちゃんは言う。
そんなジゴクちゃんだから、嫌な役とかは押し付けたくなかったんだけど…。
「ジゴク参謀が嬉しそうで、ぼくも良かったよ。前から、ジゴクちゃんには色々と考えてもらってたし、ぴったりの役割だね!」
うんうん。
ジゴクちゃんはとても嬉しそうだから問題ないし、後はぼくも同意して、シュラちゃんがうっかりと重大な役割を軽い気持ちで人に与えちゃった罪悪感を無くしてくれれば言うことなしだよ。
「ふふふ、役職がないことがズルいって思ってたんですけどね。もう良いですけど…」
「それじゃあ、ジゴク参謀の作戦でいこうかな」
「そうですね。役職のないテンゴクさんが可哀想だなぁ、って思いますけど、それは後でじっくり考えましょう」
おっと!
ぼくは役割とかない方が嬉しいんだけど!
「なんと!テンゴクを差し置いてこちだけが参謀に!」
「いやいや、良いよ! そうだね、今は二人のおまけのテンゴクくらいで丁度いいかな。さて、『ジョブ魂:天術使い』『インストール』!」
さて、何やら言われる前にジョブチェンジしたし、次はゴブリン戦だよ!
「って、おまけとかズルいですよ。もう!」
あっ、言われちゃった。
「おまけとは、ズルい程に良い役割なので御座いますか?」
確かに、いい役割には違いない。
「そうですよ!私もおまけが良かったです!」
「なんと!シュララバ様にも羨まく思われる良き役割にテンゴクが付けること、こちは嬉しく思います!」
うっ、ジゴクちゃんの無邪気さに、何やら罪悪感を感じちゃうよ!
「然れど、こちはおまけという役割を存じませぬ。今後のためにも、無学なこちにおまけの役割を教えて頂きたいので御座います!」
あぁ!
ジゴクちゃんの真摯な眼差しがぼくに突き刺さる。
これは詰んだね!




