3日目、アロハの正体、父さんの影
それにしても、地面にめり込んでたのに、アロハシャツの二人は平気そうだね。
「ちぇっ、まさかノーダメージかい? まったく…」
山吹さんが、やれやれと首を振る。
「もう一度聞くけど、あんた達は何者なのかな?」
山吹さんの再三の問い掛けに、ファクトさんとセクトさんが顔を見合わせて、やれやれと首を振った。
「少し目立ち過ぎているな。セクト」
「そうね。そろそろ御暇するべきよ 。ファクト」
「だが、彼女はこちらの情報を欲しがっている。ただで逃がしてはくれそうにないが、何か手はあるのか?」
「欲しい情報をあげてしまいましょう。どうせ彼女達も、あの面倒なオジさんの知り合いなのでしょう?」
「その可能性が高いな。ならば、今さらではあるか…」
あのオジさんって、父さんかな…
他に心当たりがない。
って言うか、薄々そんな気がしてたんだよね。
「ふむ、聞いてみよう」
「あら、そうね。聞いてみましょう」
ファクトさんと、セクトさんの二人がぼく達の方へと向き直る。
そして二人でぼく達に向けて指を指し、息ぴったりに「お前達こそ何者だ?」って聞いてきた。
おっと、これは自己紹介タイムかな。
「ははっ、これは名乗りが遅れたね。まさか、この町で私達を知らずに近付いてくる奴が居るとは思ってなくてね」
考え方が有名人みたいだよ。
いや、人気者みたいだから有名なのかな。
「私は梅染山吹、異世界の案内人。全ての笑顔の代弁者。料理人のヤマブキだ」
って、肩書きみたいの多いね。
アラカルトって、山吹さんの天職なのかな?
「あのオジさんってのはキザシの旦那だろ? こっちはテンゴク、キザシの旦那の子どもだよ」
山吹さんが後ろから、ぼくの肩をぽんぽんっと軽く叩きながら言う。
その途端に、周囲がざわざわざわ…って…
あれあれ…?
セクトさんとファクトさんも「可哀想に…」
とか言ってるし…
ええ…
そこまで大きな反応があると思わなかったよ。
うん、ぼくも自分が可哀想に思えるときがあるけどね。
「それで、こっちはジゴクちゃん。超可愛い。彼女を次に怒らせたら、私はあんた達を許さない」
って、ジゴクちゃんの紹介の方向性もなんだかおかしいですよ、ヤマブキさん。
父さんにさらわれて来たとか言われても困るけどね。
ファクトさんが左手の腕時計のようなものをちょんっとタッチすると、ぼくの名府みたいなウインドウ画面が空中に表示された。
あれ、これってまさかリアルにハイテクな奴じゃない?
ファクトさんがウインドウをピピッと操作する。
何してるんだろう。
ん?
何だか静かになったような…
「すまないが、我々の周囲だけ時間の流れを早めさせてもらった。今、ここで話す内容が他の人間に伝わると、色々と面倒なのでな」
うわぉ…
「俺は『時空間及び異世界転移管理機構』通称『ファクト』のエージェント。名はウパシャニッドという」
「私は『時空間及び異世界転生管理機構』通称『セクト』のエージェント、名前はプシュケよ」
ファクト、セクトは名前じゃ無かったんだね。
「任務中は機関名で呼ぶのが慣習なのよ」ということなので、今後ともファクトさんとセクトさんって呼んだ方が良いのかな。
転移管理とか転生管理とか、どう違うのかもよく分からないけどね。
「今回、特殊予知を原因とする時空の乱れを正常化する為に、その子の持ち物を回収することが任務として与えられている」
はっきりとは分からないけど、やっぱりそれ、パラパラ漫画に書かれてるらしい世界の秘密のことなんじゃ…
「可愛いお嬢さんと思って強引にやりすぎたわね。無礼を許してくれるかしら?」
「可能であれば、回収対象はおとなしく渡して欲しいのだが…」
うん、心当たりのパラパラ漫画は渡しても良いかも。
「ジゴクちゃん、あのパラパラ漫画なら渡しちゃっても良いかな?」
世界の秘密より身の安全が優先だよね。
ジゴクちゃんは身代金の束からパラパラ漫画を抜いてぼくに渡してくれた。
「これであれば、こちがテンゴクにお渡ししたもので御座います。テンゴクの良きに計らってくださいませ」
うん、良かった。
もし嫌がったら、やっぱりジゴクちゃんの味方がしたいもんね。
「これですか?」
パラパラ漫画の一番表にきてる紙に【ここまでのあらすじ】って文字が浮かんでるのが見えた。
中身も気になるね。
でも我慢。
「あら、察しが良いわね? ひょっとしてもう中身を読んじゃった?」
セクトさんがぼくに聞きながらパラパラ漫画を受け取る。
「いいえ」ってぼくは答える。
嘘はついてないけど、ちょっとドキドキするね。
ファクトさんがウインドウを何やら操作して「そうらしいな」って納得してる。
あれって、何をどこまで調べられるんだろう。
「良かった。もし、読んでいたら回収対象に坊やの頭も含まれるところだったわね」
なにそれ!
危なっ!
山吹さんが、怖いことを言うセクトさんをちらりと睨んでから「あれって何なんだい?」って聞いてきた。
「えっと、父さんから貰った、じゃないや。んっと、ジゴクちゃんから身代金としてぼくに渡すように父さんから頼まれたお金の間に挟まっていたパラパラ漫画で…」
ややっこしいね。
「さっき父さんに会ったときに、ここでは話せないことが書いてるから異世界に行ってから見てみろって言われたんです」
そしたら、怪しいアロハシャツの二人が現れたっと…
「ふぅん。予知がどうだのって言ってたけど、キザシの旦那は色々知ってても、予知なんて能力はないはずなんだがね」
あれ、そうなんだ?
まぁ、そりゃそうか。
昔から動きを読まれてきたから、父さんには予知能力くらい有るって言われた方がすっきりするってだけだし…
でも「そこが問題なのだ」ってファクトさんが言う。
「そもそも、予知能力で未来を垣間見ることに問題はない。程度の差はあれ、予知能力者くらいは何人も居るからな」
ファクトさんがそこまで言ったところで、セクトさんがずいっと前に出た。
「でもね、あのオジさんって予知能力も無いのに未来を知っているかのように振る舞うのよ」
あぁ、そういうとこあるよね!
ぼくにしてみれば普通のことだけど、確かに不思議。
「今回だって、この紙を回収するだけなら私達が出てくる必要は無いのよ。ジュースをこぼして字を滲ませるとか、風で飛んでいったとか、手段は色々ある。なのに、機関は私たちを派遣することを選んだ…」
うえっ、そんなこと出来るんだ…
「そうしなければ、この案件が解決出来なかったってことなのよ。その理由まで私たちには分からないけれど…」
分からなくても、想像はつく…
「つまり、二人が派遣されることが父さんの狙いだった…」
それくらいしか思いつかない。
「まさか! ただの個人が機関に楯突くようなことをして無事でいるわけが…」
何だか、何々に楯突いて無事でいるわけが…って言葉は父さんにぴったりな感じ。
そこでファクトさんが前に出る。
「これの中身は確認した。回収はさせてもらうが、問題のない内容については俺から伝えても良いだろう。聞くか?」
知りたいけど、知りたくないな…
「私は聞いとくよ。あんた達、こういう奴らに巻き込まれたくなかったら聞かない方が良いけれど、どうする?」
ぼくとジゴクちゃんは、山吹さんに面倒事を押し付けたいわけじゃない。
「聞きます」
「こちにも聞かせてくださいませ」
ぼくとジゴクちゃんは顔を見合わせて、ふふっと笑う。
そんなぼくたちを見て、山吹さんが「しょうがないね、まったく」と言いながら嬉しそうに笑い、キリッと顔を引き締めてからぼくたちの一歩前に出る。
「よし、聞かせてもらうよ」
うんうん…
あっ!
『天化』された手紙が『地化』された山吹さんの背中にくっついてる…
山吹さん気付いてないかも…
あれ、能力解除ってどうやるんだっけ…
教えてもらってないよね…
うーん…
ん?
なんとなく、現在使用中の能力ってのが頭の片隅で分かるね。
それをやめるように意識を向ければ…
あっ、手紙がひらりと落ちた。
良かった。
ぼくは、手紙をさっとキャッチして、ジゴクちゃんに返してあげた。
「ありがとう御座います! これはテンゴクが初めてこちに読んでくれた大切な手紙なのです!」
ジゴクちゃんは輝くような笑顔で手紙を受け取って、本当に大切そうにポシェットに片付ける。
セクトさんを叩いた時のジゴクちゃんの顔をぼくは見ていないけど、とっても怒ってたんだろうな。
うーん、どんな顔だったか想像できないや。




