3日目、蕎麦にして蕎麦にあらず
山吹食堂へと入るなり「今日は休みだよ!」って山吹さんに怒鳴られた。
つい、「失礼しました!」って言っちゃったよ。
「ははっ、何か食べてくかい?」
あっ、良かった。
もし食べれなかったら、流石に三千円で夏休みを越えるのは無理だよね。
「お蕎麦でお願いします」
昨日の夜に食べれなかったから、なんだか食べたかったんだよね。
ジゴクちゃんも、食べたことある料理なら安心だと思うし。
山吹さんは「あいよ!ざる二つ!」って厨房の方に言ってから「あっ、今日は休みだから私が作らないとね」って笑いながらお店の奥に入っていった。
店長は留守みたいだね。
食事を待ってる間に、ジゴクちゃんが「テンゴクは、お蕎麦が好きなのですか?」って聞いてきた。
「大好きってわけじゃないけど、たまに食べたくなるよ」
父さんは此処で毎度のように山葵蕎麦を食べてたけど、あれって美味しいのかな?
山葵って苦手だよ。
「こちは、その…」
あれ、この反応…
「もしかして、お蕎麦は嫌いだった?」
食べたことがあるからって、好きとは限らないよね…
ジゴクちゃんは「嫌いではないのです」と前置きをしてから、少し真剣な顔でぼくを見る。
「その、こちは人の食事の美味しさをカレーライスで知ってしまい、お蕎麦というより、こちの今まで食べたものの全てが食事というには及ばず、ただの補食行為でしかなかったのだと知り、食べたいとは思えなくなってしまいました」
うん、カレーは美味しかったもんね。
でも、ぼくの知ってる蕎麦は、そこまで酷く言われる料理じゃないんだよね。
これは…
「んー、ジゴクちゃんの食べたお蕎麦って、どんなのだった?」
ひょっとしたら、蕎麦という名の別の料理なんじゃないかな。
「お蕎麦を石臼で挽き、その粉を食する。普通のお蕎麦ですよ」
うん、別の何かだね。
料理以前の食材だった。
なんてこったい、だよ。
ぼくが軽くない衝撃を受けていると、ジゴクちゃんも何かに気付いたみたいで「テンゴク! 大変です!」と取り乱しはじめた。
「ここには石臼が有りません! こちは穀物は臼が無いと固くて食べれないのです!」
まるで、水が無いと薬が飲めないって感じで心配してるけど…
うん、ジゴクちゃんの食べてきたお蕎麦は穀物だったみたいだね。
ぼくの食べてきたお蕎麦は麺類だから、石臼は必要ない。
でも、説明するのは難しいね。
「心配しなくても大丈夫だよ」
って言うくらいしか、ぼくには出来なかった。
「はっ! もしや山吹様に石臼挽きをやらせてしまっているのでしょうか!?」
あぁ…
いらない心配をさせてしまったよ…
でも、これはもう麺類としてのお蕎麦を食べて貰うのが一番だよね。
丁度、ざるそばの乗ったお盆を片手に、山吹さんも厨房から出てきたよ。
ぼくたちの話は聞こえてたみたいで「うちの蕎麦は挽きたてじゃないけど、ジゴクちゃんのお口に合うかな?」とか言ってる。
挽きたての粉と、茹でたての麺なら、ぼくは迷わず麺だけどね。
ぼくたちの前に、さっと置かれる蕎麦とつゆ。
「これが蕎麦とは面妖な!」
って、驚いているジゴクちゃんに、ぼくは食べ方教えてあげるべく、「いただきます」って言ってから、お箸で麺を取り、つゆにつけて、つるつるつるっと一口食べる。
うん、お腹も減ってたからね。
早く食べたい気持ちもあったよ。
「なんと! 紐を吸い込むとは斬新な食事があるものです!」
おっと、そこに驚かれるとはびっくりだった。
そっか、蕎麦と言えば穀物だったジゴクちゃんにとっては、麺類自体が初めてなのかもしれない。
「こういう細長い料理は麺って呼ぶんだよ。ジゴクちゃんが食べてたお蕎麦の実を料理していくと、こういう麺になるんだよ」
そう教えると、「あの蕎麦が、この蕎麦に!? 同じ」って、少し納得できてないみたいだった。
うーん、しょうがないよね。
驚いてばかりじゃお腹もふくれないし、ジゴクちゃんにも食べることを勧める。
ジゴクちゃんは「いただきます」って言ってから、箸で麺を取り、つゆにつけて、つるつるつるっと麺をすする。
恐る恐るといった感じはするけれど、ぼくの動きの見よう見まねで食べれる辺りは流石だよね。
「これはまさに、蕎麦にして蕎麦にあらず! 風味は蕎麦なれど、雑味が全くなく、麺と成ることで粉のようにしつこくなく、口の中をつるりと通り抜けていく味わいが、口内にえも言えぬ余韻を残し、また一口、もう一口と、何度も食べたくなってしまいます!」
って、食レポみたいだよ!
お蕎麦が気に入ったみたいだね。
山吹さんが「美味しいかい?」って聞くと「とても美味しゅう御座います!」って答えるジゴクちゃん。
満面の笑顔だよ。
って、見とれてないで、ぼくも残りのお蕎麦を食べよっと。
うん、なんだか、ジゴクちゃんがあまりにも美味しそうに食べてるからか、ぼくまでいつもよりお蕎麦を美味しく感じるね。
サブタイトルは「蕎麦にして蕎麦にあらず」です。
最近、ルビの使い方を学びました。




