2日目、晩御飯からの疑問
「おめぇらおっせぇぞ!!」
山吹食堂の名物、挨拶代わりの怒鳴り声を受ける。
久しぶりの店長の怒鳴り声は、山吹さんのそれよりも数倍怖かった。
くると分かっててもビクッとしてしまう。
慣れてないジゴクちゃんは、流石に…
「こちに憑いた悪霊はこの声でも落ちぬようです…」
うん、別の所にショック受けてたよ…
お腹をさするジゴクちゃんに、早くご飯を食べさせてあげたい。
その悪霊とやらは、間違いなくただの空腹だよね。
「あははっ! 早くご飯にしないとね」
山吹さんもどう意見みたいだし間違いないね。
確か、ジゴクちゃんはお蕎麦は食べたことがあるって言ってた。
「店長、お蕎麦を二杯お願いします」
今日はずっとはじめての経験ばかりで疲れただろうし、ちょっとは馴染みのあるものの方が良いよね。
店長はお店の奥に行き、お皿を二つ取ってきた。
あれ?
鼻を刺すのはスパイスの香り、これは…
そうだった、今日は…
「今日はカレーの日だ。他には水くらいしかねえよ」
普段は一日に何度も来ないし、カレーの日だからって一日中カレーしかないっていうのは頭になかった。
でも水以外に何もないの!?
「いえ、忘れてました。頂きます!」
何にしたって、美味しいカレーなら大歓迎なんだけどさ!
山吹さんも、自分でカレーをお皿に山盛りに盛ってきた。
ぼくたちの横で食べるらしい。
「ジゴクちゃんも食べなよ」
お腹の中の悪霊を気にしてか、スプーンを取らないジゴクちゃんに、ぼくは食べることを勧める。
「では、いただきます…」
人生で二度目になるカレーライスを、ゆっくりとスプーンで掬い、口へと運ぶジゴクちゃん。
って、凄く優雅に食べてるよ。
カレーを食べる姿に見とれてしまうなんてことがあるなんて、ぼくは想像もしなかったよ。
お昼ご飯の時は食べるの遅いなぁ、ってくらいに思っててそこまでじっと見てなかったけど、舞でも踊ってるみたいな優雅さだよ。
ジゴクちゃんが食べる姿を見つめちゃってたら、急にジゴクちゃんがこっちを見つめ返してきた。
思わず、悪いことをしてたわけじゃないのに目を反らしてしまった。
いや、見られてると食べにくいよね!
「テンゴク!」
いつもより強く、ぼくを呼ぶジゴクちゃん。
「はい!ごめんなさい!」
思わず謝ってしまった。
「こちのお腹が、すっかりと治ってしまったのです!」
あっ、ぼくの無意味な謝罪はジゴクちゃんには届いてなかったみたいで助かった。
やっぱり、お腹減ってたんだね。
山吹さんが何だか笑ってるけど、そっちはもう諦めよう。
「ジゴクちゃん、お腹が減ってたんだよ。美味しいカレーを食べたから、もう大丈夫だね」
ぼくの言葉を聞いて、ジゴクちゃんは不思議そうな顔で…
「あれが空腹感や飢餓感というものですか!?」
あっ、言葉は知ってたんだ。
「うん、今日はいっぱい動いたから、お腹も減ったんじゃないかな?」
今まで空腹になる前にご飯が運ばれて来るくらいの生活だったのかな?
「喋ることを許されたからでしょうか? 人の食事を食べたからでしょうか? 名前を授かったからでしょうか? それともテンゴクと手を繋いだから?」
ん?
何がだろう?
「こちは、今までは七日に一度、儀式で食事をしたことはありますが、その間に空腹を感じたことはありませんでした。神威に食事は不要だからです。それが今日は何度も食事をし、空腹まで感じているのです」
七日間!?
しんいって…朝にも聞いたけど何だっけ…
ジゴクちゃんはいったい…
「こちは、本当に人になれたのでしょうか?」
ぼくには分からなかった。
七日間食事をしないって、絶対にお腹ぺこぺこだよね。
ずっと、ジゴクちゃんは変わった育てられ方をしただけの人間だと思ってたけど、ぼくには何が何だか分からなくなってしまった…
だから、山吹さんの方を見る。
ジゴクちゃんも、つられて山吹さんの方を見る。
山吹さんは、ぼくたちに向かって宣告する。
「カレーが冷めるよ。話は食べてからにしようか」
あ、はい。
流石は食堂の看板娘でした!




