2日目、ジゴクちゃんの所感
正直なところ、顔も名前も知らない母さんに、ぼくはそこまで会いたいと思う気持ちがなかった。
けど、この世界にいるかもって言われたら気になってきたよ。
ただ、ジゴクちゃんがどう思ってるかなんだよね。
冒険なんてしたくないってジゴクちゃんが思ってるなら、巻き込んだりしたくはない。
母さんのことだって、父さんが帰ってきてから聞いてみたら良いもんね。
「ジゴクちゃんはどうしたい?」
ぼくたちのやり取りを、じぃっと観察していたジゴクちゃん。
名前が欲しいって言ってたけど、とりあえずこっちの世界での名前は付いてるし、他には何がしたいんだろ。
っていうか、今日は朝からずっと一緒に居るんだけど、この世界に負けないくらいジゴクちゃんも謎な存在だよね。
「こちは誘拐された身の上で御座います。それ以上の待遇など、望むべくもありません」
これはきっと建前だ。
ジゴクちゃんは頭が良いし、世間知らずなのを自覚してるからか、まずはどうするのが正解なのか、ってことを考えちゃうんだと思う。
っていうか、誘拐されてきたってこと、ぼくとしてはそんなに気にして欲しくないし、気にしたくない部分なんだけどね。
ともあれ、自分の気持ちを後回しにしてしまうジゴクちゃんの、続きの言葉をぼくは待つ。
「けれど、誘拐され、自由に喋ることを許され、カレーライスを食べ、手を繋ぎ、様々な場所へ行き、名を貰い、人のように扱われ、戯れて、己の意思まで尊重される。怖いと思うことも多々ありましたが、それ以上に、本当に楽しかった。そんな夢のような今日が、明日もまた来ることを、こちは願わずにはいられません!」
初めてですって言葉を今日は何度も言ってたジゴクちゃんは、今までどんなふうに生きてきたんだろうね。
いや、ぼくも今日は色んなことが初めてで驚きの連続だったけど、少なくともカレーライスは何度も食べてる。
「ふん、ジゴクとは面白い名を貰ったものだね」
うっ、なんだか慣れてきてたんだけど、やっぱり変かな…?
「はい!テンゴクが考えてくれたのです!」
あっ、名前付けた時のハイテンションなジゴクちゃんが再び現れた!
よっぽど嬉しかったんだね。
「名を授かった今日が、こちの生まれた日だと言っても過言ではありません!」
それはちょっと大げさだよって思ったけど、でも、名前が無いってどんな気分なんだろう…
「大切にしなさい。名を失えば、君は君でいられなくなるだろうからね」
自分が自分で居られなくなる…
名前が無いって、そんなに大変な事なんだ…
碧さんが優しい感じの台詞を言うくらいだから、相当な大変さだよね…
「さて、これからどうするのか、後は二人で決めれば良いだろう。今日はそろそろ夜になる。もう帰りなさい」
もうすぐ夜っ!?
あれっ!?
まだお腹減ってないよ?
「そうだね。今日は疲れただろう? ゆっくり休むと良いよ」
帰ろうか、って歩き出す山吹さんに、ぼくたちはついて行く。
部屋を出る前に、碧さんにぺこりと「今日はありがとうございました」ってお礼をすると、ジゴクちゃんもそれに続いた。
って、帰ろうとしてジゴクちゃんとちょっと並んで歩いてたら、いつの間にかまた手を繋いでいたよ!
ここの呪いって強力すぎるよね!




