山吹視点、鏡の前で、2日目、
テンゴク達二人が鏡の中に入ってる間の大人達の会話です。
今後も純粋な主人公視点で物語を楽しみたい方には読むことを勧めません。
鏡に引っ張り込まれたテンゴク達を見届ける。
あの二人はどんな天職を得るんだろうか。
それにしても、笑いを堪えるのが大変だったよ。私はあんなに饒舌な碧さんを見るのは初めてだった。
去年に同じくらいの年齢の子どもを案内したときは、もっとこう業務的な対応だったし、子ども好きってわけでは無さそうだったけど。
「碧さんは、あの二人が気に入ったんですか?」
碧さんはこちらを「ん?」っと言ってこちらを睨んできた。
とても不機嫌そうに見える、いつもの碧さんだ。
「あぁ、あの男の子の方がね…」
「テンゴクですか。あの子は面白い子ですよ。なにせ、あのキザシの旦那の子どもですからね。そのくせに良い子だ」
この世界で、あの旦那は有名だ。たとえ碧さんでも、テンゴクが旦那の子どもだと知ったら驚くだろうなと、私はそんな期待を込めて告げてみた。
碧さんは「ふんっ」っと不機嫌そうに言う。怒られる一歩手前くらいの不機嫌だ。
あれ?碧さんと旦那は仲が悪かったかな?
「知っているよ」と碧さんが言う。
まぁ、碧さんなら知っていておかしくない情報だね。
でも、それでどうして不機嫌になったんだろう。
「やれやれ」と言って、碧さんは石ころでも見るような目で私を見る。
いつもの碧さんだ。
こんな風な態度ではいても、碧さんは面倒見が非常に良いことを私は知っている。
態度や言動を無視して結果だけを見てみると、碧さんはとても良い人としか思えなくなる。無視できれば、だけどね。
私と年齢も一回り程度しか違わないと思うけど、どこでこういう生き方をするようになったんだろうね。
「一度しか言わないよ」
碧さんは、私を睨みながら言った。
「あの男の子…和堂典語を生んだのは、私なんだ」
とても不機嫌そうに…
って…
「えええええええっ!!」
あれ、テンゴクの母親って確か…!
「碧さんっ! テンゴクは母親は死んでると思ってますよ!」
そうテンゴクから聞いたことがある。
私の母親のことと重なって、同情したこともある。
「ふんっ、お前の母はこことは違う世界で元気にしているよ、とでもキザシに言われたんだろうさ」
うわっ、そりゃあ亡くなったって普通は思うよ。真実を語って相手を騙すのはキザシの旦那らしく思える。言われてみればあり得る話だ。
「碧さんでも、自分の息子には態度が変わるものなんですね」
知ってみれば、普段より饒舌な碧さんは微笑ましい限りだよ。
「ふんっ、そこらの子どもが幼くて不甲斐ないのは当然だと思えるんだがね。自分の子どもがそうだと、なんというかもどかしく感じるものだね」
子育てママという言葉が頭に浮かんだけど、口には出さずにしまっておいた。言ったら此処を出入り禁止にされかねない。
碧さんから人間性を直に感じることが珍しく、私は微笑ましかった。
「テンゴクにこの事は…」
伝えるべきだと私は思った。
「言わないよ。お前に言っただけでも失敗だと思っているんだ」
どうしてだろう?と私は思った。
「どうしたって、私は此処から出られない。それに、私は恨みも多く買っている。私の子どもだと誰かに知られたら、無事では済まないだろうからね。雉も鳴かずば撃たれまいって言うだろう?」
あぁ、そうだった。そりゃあキザシの旦那も教えないはずだよ。まったく気に食わないけど、今はそれが最適だと思えるね。
ん?
いやいや、それだと疑問が一つ生まれる。
「それじゃあ、どうして旦那はテンゴクをこの世界に呼んだんでしょう?」
碧さんとの繋がりが分かると、それは危険なだけだと思える。
「あの女の子だよ」
テンゴクが連れていた女の子は、名前がないと言っていた。何もかもが初めての体験だとも言っていた。
キザシの旦那が絡んでいると聞いてたから、それぐらいでは疑問を持っていなかったけど…
「どういうことですか?」
自分の子どもを危険にさらすだけの価値があるんだろうか?
それとも、自分の子どもを危険にさらさないといけないくらいの危機なんだろうか?
「いや、知らないなら良い。それが確認したかっただけだよ」
私にだって、知らない方が良いことはある。そういうことだろうか…
「これ以上、お前に言うことはないよ」
そう言って、碧さんは黙ってしまった。こうなると、話しかけても睨まれるだけだ。
いや、碧さんの言うことだからね。
態度や言動を無視して、私は結果だけを考えてみる。
この会話で、私は何を得た?
そして、どう行動するだろう?
それを考えないと、碧さんの内面は読み解けないのだから、なんとも面倒くさいね。
でも、分からないままなのも悔しいから私は考える。
一つ目は、テンゴクが碧さんと旦那の子どもっていうことだ。そこから分かるのは…
テンゴクはもうすぐ十一歳だったかな。テンゴクが生まれたのは私がこの世界に来るよりも前のことだね。その頃の詳しい事情はわからないけど、碧さんが、つまり巫女が子どもを産んでたなんて話は聞いたことがない。知られていたらもっと探されているだろう。
この世界の誰にも見つからずに、妊娠から出産まで出来るとすれば、そのころは碧さんがこの場所で巫女を始める前だ。つまり、この世界に『神』と呼ばれていた存在がいた頃のはずだ。
『神』が失われたその後の混乱を治めるため、この場所と巫女が造られたと聞いたことがある。巫女にはジョブ魂は無いから碧さんの天職だろう。先代が居たとは考えづらいし、今も代わりは居ない。
碧さんが此処で巫女を始める前でも、私たちの世界でだって産婦人科に行ってたりしたら、通院履歴やらから今でも調べがついておかしくない。あいつらはそれくらいするだろう。
そもそも、『神』が失われるとか、碧さんが巫女に成るとか、そういう事態を見越してないと隠れて産む必要がない。どうして隠れて産んだのか、それは、神が失われて碧さんが巫女となり、あいつらに狙われると分かっていたからだ。
うん、テンゴクが碧さんの子どもってことから私に分かるのはこのくらいだね。もっと頭のいい人に相談したいけど、口外できる話じゃないね。
この点で私に出来ることは、今までの他の見習い達と同じように、駆け出しの間は手助けすることくらいだね。
変に目立った動きはしない方が良いはずだ。
次に二つ目、テンゴクをこの世界に連れてきたことには理由がありそうで、そこにあの女の子の存在が関係してるってことだ。
危険を承知でこの世界に呼んだ理由と名前の無い少女。これが結び付かない。
名前がないのは何故か。
世間知らずなのは何故か。
ちっともわからない。
なんだっけなぁ… こういう時の発想の転換ってやつのやり方…
何故、名前がないのか…って並び替えただけだな…
んー。
何故を、どうしてに変える、って同じだし。
確かにテンゴクから聞いたことがあるんだけどね。
ちょっと思い出せそうにないし、帰ってきたら聞いてみよっと。




