リリアラ救済、その2
ムクロという病に侵されている幽体離脱少女のリリアラちゃん視点その2。ほっこり病んでます。
期待すると、がっかりすることになる。
それは今までの経験で分かっている。
私は何度も何度も失望している。
絶望している。
だけど、今回はいつもと様子が違っていた。
何しろ、兄様が私を外へと連れ出しているようなのだ。
それは恐らく禁じられているはず…
「おい、ロウガ! どうしてムクロを連れ出してやがる!?」
里の長のゴルバンが怒鳴っている。
これは何事なんだろう。
本来ならば、ムクロの私は生まれたと同時に速やかに廃棄されるらしい。
動かぬムクロを見るのが可哀想だからだろう。
それを、ロウガ兄様が世話をすること、家の外にムクロを出さないことの二つを条件に、長が特別に許可を出してくれたおかげで私は今日まで生かされているという話をロウガ兄様が呟いていたことがある。
そんな長に対してまで、ロウガ兄様が無断で行動を起こしているということが信じられない。
助けるというのは、私を廃棄するということなのだろうか。
そうであれば、誰にとっても悪い話ではない。
兄様が自身の望みで私を廃棄してくれるのなら、私も嬉しい。
嬉しい、よね?
あれ
少しだけ、嫌な気持ちになってる…
なるほど
兄様が私を見捨てないで居てくれることを望む気持ちが、どうやら私の中にはあったらしい。
もちろん感謝はしているけど、早く見棄てて欲しいとも願っていたというのに、見棄てないで欲しいとも思っているわけだ。
身勝手だよね。
でも、この程度の嫌な気持ちになるだけで済むのなら、私はこの生き地獄からこそ救われたい。
せっかくの機会なのだし、この嫌な気持ちも私の中から切り捨ててしまおう。
これでまた、苦しいことが一つ減るのだと喜べば良い。
それで少しは気が紛れるよね。
うん。大丈夫。
私はロウガ兄様が私を見捨てることを嬉しく思えるよ。
「ちっ、もう見付かったか」
ロウガ兄様が忌々しそうに吐き捨てる。
「ふざけてんならさっさと帰れ。今なら見逃してやる。その… ちっ!」
ゴルバンの台詞を遮って、兄様が走り出したようだ。
背負われている私の身体が強く揺れる。
揺れると痛みが増すんだよね。
我慢だ我慢…
どれだけ慣れても痛みは思考を鈍らせてくるから嫌いだ。
今の状況が気になるのもあって、余計に早く身体から抜け出したい気持ちでいっぱいになってしまう。
「ゴルバン! お前には感謝しているが、俺はリリアラのためにこそ己の全てを捧げて進む! 何があろうと邪魔はさせん!」
耳元で叫ぶ兄様がうるさい。
叫ぶ内容が重たいし、ほんとに恥ずかしいんだよね。
だけど、兄様は本気で何かを企んでいるようだ。
たった半日ほど家を離れている間にいったい何があったんだろう…
「知ったことかよ! 馬鹿なことしてやがるとお前ごとそのムクロを消しちまうぞ!」
ゴルバンはよく私を消そうとしてくれるんだよね。
ムクロについて何か知っているんだろう。
お優しいことだ。
「ゴルバンよ。これまで俺達を里に匿ってくれていたことには感謝している。だが、それも今日までになるだろう」
兄様が私をそっと地面に降ろした。
いや、広場の祭壇の上、かな。
これでやっと身体から抜け出せるよ。
痛いの痛いの飛んでいけー
「てめえ!神聖な祭壇にムクロを置いてんじゃねえ!『火銃双砲』!」
よいしょっと、
身体を抜け出した私の眼前に迫る二つの火炎弾
おーっ、派手だねー
威力も強そうだし、ロウガ兄様じゃこれは耐えられないんじゃないかな。
ムクロの私はあっけなく消し飛ぶだろうさ。
ロウガ兄様が何をしたかったのか分からないけど、これはこれで良かったね。
幸せな結末、ハッピーエンドだよ。
「ぷしゃっ」
ほよっ?
妙な鳴き声と共に火炎弾が消え去ってしまった。
なにこれっ?
ロウガ兄様の前に妙な生き物がいる。
人間じゃない生き物を見るのって初めてだよ!
うわわ、かわいいっ!
だけど、うーっ、私のことはやっぱり見えてないみたいだよ。
残念だね。
それにしても、この生き物はモンスターってやつなのかな?
いつの間にこんなところに居たんだろ。
まるで唐突にそこに現れたみたいな…
「なんだそいつは!?」
ゴルバンも驚いてるね。
ふふふ。
厳つい顔して驚いてるゴルバンって何だか面白い。
「ぷしゃっ、ぷしゃっ」
モンスターさんが口から煙を吐いてるね。
ゴルバンの炎が熱かった?
痛いのかな?
苦しいのかな?
ふふふ。
他の生き物が痛がってる姿って良いかも。
ああ、そっか。
私が他人に共感できるのって痛みと苦しみだけなんだよね。
皆にももっと痛みを味わって欲しいな。
私が動けるようになったら、この苦しみのほんの僅かでも皆と共有したい。
それって素敵!
心が踊りだしそうな気分!
「なんだ。 ゴルバンの炎は口に合わなかったのか? しかたがない、『暗黒炎陣』」
ロウガ兄様が自身のスキルで黒い炎を全身に纏う。
すると、待ってましたと言わんばかりの速攻で、モンスターさんがその炎を吸いこんじゃった!
「ぷしゃっ」
うわわわわっ!
ロウガ兄様の炎を食べたモンスターさんはとっても満足そうに鳴いている。
嬉しそうで、無邪気に喜んでいて、とっても可愛い!
ああっ!
あの喜びに満ち溢れたモンスターさんの顔を苦痛に歪ませることができなたら、どんなに素敵だろうか!
想像するだけでニヤけちゃう!
えへへへへっ
「はん。ロウガ、てめえドラゴンを飼い慣らしたのか? どこで拾ってきたのか知らねえが、そんなので俺に勝てるとでも思ってやがるんじゃねえだろうな?」
モンスターさんはドラゴンさん?
そっか、伝説の生き物なんだね。
ううん、そんなことよりもさ、私は気付いちゃった!
ドラゴンさんに苦痛を与えるって想像するだけでもわくわくしちゃうんだよね。
これがもしもロウガ兄様の顔を苦痛と悲痛で満たすことが出来たらさ!
たまらないよね!
うううううっ!
もうっ!
それって絶対に最高だよ!
私が本当に動けるようになれたら、まずはロウガ兄様に私が味わった痛みの1パーセントでも良いから知ってもらうことにしよう!
「ふん。俺はこいつにただのエサだと思われているようだ。そして、こいつの飼い主はテンゴクとジゴクといってな…」
ん?
ロウガ兄様がエサって似合うね
じゃなくて、ドラゴンさんの飼い主が…
テンゴクとジゴク…
それってどこかで聞いたような名前…
おや?
広場の近くの家の影から人影が飛び出して来たよ。
「テンゴク殿ぉぉぉぉ! ジゴク様ぁぁぁぁ!」
ああっ!
つい二日ほど前に里にやってきたエルピテ様っていう神官様だ!
叫びながら出て来てちょっと怖いね。
勢いヤバいよ。
だけどそうだ。
神官様が新しい神様が現れたって言ってたんだっけ。
興味なさすぎて忘れてた。
その名前がテンゴクとジゴクで…
そして、ドラゴンさんの飼い主の名前もテンゴクとジゴク…
「ゴルバンよ。俺はあの新しき神々からシスコンの称号を受けた。妹のことを何よりも大切に思う者という称号なのだ! そして、俺はこれまで以上にリリアラのために我が身を捧げられるようになったのだ!」
うわあ、兄様が変態になってる…
神官様もかなり変だし…
これって…
新しい神様って、タイミングも良すぎて胡散臭いけどさ
そのテンゴクとジゴクっていうのが変態製造機なのは間違いないみたいだね!
次回、降臨
ゴルバン以外の里の人達は朝が弱いようです。




