五日目、アビスちゃんとハードモード
何かあったらロウガくんの里の人達を攻撃すると父さんは宣った。
傍若無人を地で行く父さんだ。
わざわざ相手の了解を得るってことは遠慮なくやる気だっていう可能性が高い。
ろくでもないことになる予感がするよ。
「ちょっと父さん! 無闇に里の人達を傷付けるようなことは止めてよね!」
聞いてくれるかはともかく、意見はしっかりと言っておこう。
終末論者の里の人達も心配だけど、単純に父さんの悪名が広がるのも嫌だしね。
だけど案の定、父さんはにたりと不敵にぼくを見る。
「そうだな。お前達だけで事を為し遂げれば俺は手を出さずに済む。無闇に里の奴等を傷付けずに済ませたいと言うのなら、まずは自分で何とかするんだな」
むっ
つまり父さんに助けて貰わなくても済むようにぼく達で何とかしろってことだよね。
ぼく達の護衛だからって、ちょっとは父さんも相手を気遣ってって言ってるだけなのに、そこには全く触れてないよね。
「兆様。こち達はリリアラ様のために全力を尽くす所存に御座います。テンゴクはおまけとして、こちは参謀として、シュラちゃんは隊長として、各々の役割を全うすることに疑いはなく。また、アビス様とロウガ様も頼りになることでしょう。然れど、」
ジゴクも父さんに対して何やら思うところがあったようだ。
ぼくに助け船を出してくれようとした。
父さんを説き伏せようとした。
きっとそうに違いない。
だけど、その途中に挟まれた一言が全てを持っていきかねない。
爆弾発言というやつだ。
主に、ぼくにとっての
「待て、典語がなんだと?」
ほら、父さんが食いついたよ。
ぼくはここから逃げ出したい。
「おまけのテンゴクに御座います!」
ああ、実に堂々と、誇らしげですらある。
ジゴクに悪気はさっぱりなく、おまけという立場に甘えていたぼくの落ち度には違いなく、だけどどうしよう。
どうなるんだろ
「くくくっ。そうか、典語はおまけか。くくくくくっ。隊長に、参謀ときて、おまけとはな」
父さんが楽しそうにぼくを見て笑う。
嘲るようにだ。
楽しそうな父さんってろくなもんじゃない。
ぼくにとって、嫌な思い出の片隅にはいつも楽しそうな父さんが居る。
「なあ、良い身分じゃないか。おまけの意味は知っているんだろう?」
嫌味ったらしくおまけの意味を聞いてくる。
これはもう嵐が過ぎ去るのをじっと待とう。
「そりゃあ知ってるよ!」
おまけっておまけっていう意味だよね。
他の意味なんてないだろうにさ。
ぼくはふてくされるように言ってしまう。
「そうか。おまけが『御負け』であり、『負ける』ことに『御』をつけて尊敬することだと知っているのに自らの役割を『御負け』としているのか」
ん?
おまけのまけって負けるっていう意味なの!?
いや、流石におまけを負けるなんて意味で使ったことないけど…
でも、値切るときとかに「まけて」って言い方があったっけ…
あれが「負けて」って意味で使われてることにぼくが気付いてなかっただけで、普通はおまけって言ったら、誰かが何かに負けておまけを御負けさせて頂きますってことで…
お菓子のおまけはお菓子の会社が玩具がないとお菓子を買わないっていう子ども達の圧力に負けた結果としておまけをつけたってことなのかも…
「なんと! おまけとは他者の特徴を補い活かす者のことで御座いましょう!? 『プラスアルファ』という性質の役割なので御座います!」
ジゴクが信じられないという様子だ。
ぼくとシュラちゃんが石精の祠の中でしていた説明を、今も信じてくれているわけだ。
「ほう。それは面白い詭弁だな。重要な役割を避けた典語が自分の役割はおまけで十分だと嘯いたのが精々だろうと思っていたが、しかし幾分か気の利いた言い訳が出来ているとは感心だ」
む、
ぼくが重要な役割を避けたっていうのは図星だ。
そして、気が利いてる言い訳って部分はシュラちゃんがしてくれたぼくへのフォローだった。
つまりぼくには良いところがないってわけだ。
「いや、待つのじゃ」
ここでアビスちゃんが話に入ってきた。
今日はここまで何だか口数少なかったんだよね。
だけど、物知りアビスちゃんなわけで何か助けてくれるのかなって期待しちゃう。
「そも、『おまけ』の語源が『負ける』に『御』をつけて『御負け』というだけで、今の『おまけ』という言葉の意味が則ち負けるということではないじゃろ」
ああっ!
そりゃそうだ!
語源っていうだけなら今もその言葉が語源のままの意味を持ってるとは限らないよね!
昔はそういう意味だったけど、今ではおまけはおまけなんだ。
ぼくはおまけって言葉に負けるなんていうイメージを持ってなかったけど、それはおかしいことじゃないんだよね!
ちょっとおまけしてよって言う人が、その相手に敗北を感じさせようなんて思ったりはしていないだろう。
アビスちゃんってば父さんの戯れ言にも知識で対抗できるなんて本当に物知りだよ!
「そうか。流石はテンゴクとジゴクのおまけのアビスだ。おまけに関してはその通りだろうさ」
だけど父さんは不敵な態度のままだった。
「なんじゃと!?」
おまけと言われてアビスちゃんが明らかに不快感を顕にした。
それは当然だよね。
おまけと言われて喜ぶ人はいない。
だけど、それは父さんのペースに入ってるってことだ。
「それで、肝心な、典語が重要な役割を避けたという点についてはどう考える?」
ああ、そうだった
父さんがペースを持っていく為の布石は、既に父さんによって用意されていたんだ。
事態はすでにおまけの意味なんてことに意味のない段階に来ていたんだ。
おまけが『御負け』だろうと『おまけ』だろうと、ぼくが確かに重要な役割を避けたという点は確かな事実だ。
だけど、あのときにその場に居なかった父さんが事実を知っているはずはなく、そもそもぼくがどう思ってたかなんて知っているのはぼく自身と、以心伝心してる時のジゴクだけだ。
なのにさ、父さんはまるで自分のことであるかのように決めつけてくるんだよね。
ぼくは決めつけられるのが好きじゃない。
だけど、父さんはぼくを決めつける。
そして、嫌なことに限ってそれは当たっている。
さっきも自分自身で当たっていると思ったもんね。
ぼくはリーダーとか参謀とか責任の多そうな役割から逃げただけだ。
それは分かってる。
決め付けられるのは嫌なのに、それを拒絶することは自分に嘘を突くことになってしまう。
それはもっと嫌だ。
だから、父さんの図星はぼくの心に突き刺さる…
「さてな。意味もなく重要な役割に就きたがる図々しさとテンゴクは無縁というだけじゃろ」
だけど、アビスちゃんが
「兆よ。『おまけとは他者の特徴を補い活かす者』という意味で此度は使われているのじゃ。余にはそのおまけの何が悪いのかさっぱり分からんのじゃが、教えてはくれんかの?」
頼もしかった
「大体がお主はやり方が姑息じゃ。『おまけ』は『負ける』という意味だと言って思考を乱し、その混乱の隙に『責任を避けたテンゴク』と言って感情を乱す。思考と感情が乱されればテンゴクもジゴクも冷静ではとても居られん。そこに言いたい放題と何を吹き込むつもりだったのかは知らんが、余はお主のやり口に惑わされたりはせんのじゃよ!」
うん。
父さんにこんなに言い返す人はそうそう居ない。
見た目は幼いのに本当に立派だ。
だけど、父さんはまだ不敵なままだった。
たじろいだ様子は微塵もない。
「そうか。何を吹き込むつもりだったのかも知らないのか」
ただ一言だ。
ぼくなら、そんなの知るわけないじゃんって言いたくなる。
そんな一言で、アビスちゃんが唇を噛みしめた。
「ふっ! お主は…!」
アビスちゃんが言葉に詰まる。
「なんだ? 俺は今から凄く良いことを言ったかも知れんのだぞ? いつかその言葉が必要となる未来が来たかもしれんのだ。お前はそれでも、俺に惑わされたと決め付けるのか? 可能性を奪うのか?」
父さんがアビスちゃんに突っ掛かる。
見た目は完全に子どもをいじめてる大人の図だよ。
誰がどう見てもアビスちゃんの味方をするだろうこの状況。
「もっとも、何を言うつもりもなかったのだがな。しかし、お前のお陰で一つ言いたいことができたぞ。アビスよ」
父さんがその不敵さを増していく。
その憎たらしさを増して言う。
小さなアビスちゃんへと面と向かって…
「ハードモードへようこそ」
ん?
どういう意味だろ?
ゲームの話?
ぼくにはよく分からなかったその言葉に、だけど空気が震え、そしてアビスちゃんが激昂した。
「お主はっ!!」
アビスちゃんがキレた
手を頭上に振り上げて、そのまま父さんの胸元へと振り下ろす。
両手で殴りかかったってわけだ。
空気が張り裂けるような衝撃
その一撃には、アビスちゃんの小さな手からは信じられないほどの威力があったのが分かる。
だけど、父さんはたじろいですらいない。
あの口達者なアビスちゃんが、何も言い返せずに、手を出してしまう。
そんな異様を見ていることしかできなかったぼく達は…
「何を取り込んでいるのか知らないが、そろそろリリアラを助けにいかないのか?」
ああっ!
焼きとうもろこしを片手に、それでも不満そうにぼく達へと催促するのはっ!
妹さんが絡むと空気読めないロウガくん!
だけど賛成だよ!
これ以上父さんと話してると何か大変なことになりそうだもんね!
次回は初登場のリリアラちゃん視点の話になる予定。




