4日目、勇者の片鱗
「『ブレイブオーラ』!」
ぼくと同じ顔の勇者が、ぼくに向かって襲いかかってくる。
勇者って好戦的なんだね、まったく。
どうして、勇者がぼくで、魔王がジゴクなのかさっぱり分からないけど、
うん。
勇者の格好をしたぼくを『勇者くん』
魔王の格好をしたジゴクを『魔王ちゃん』って呼んどこう。
「『炎陣全開』!『炎嵐』!」
巻き起こる炎の嵐。
いや、巨大な火災旋風って方が近いかな。
幾つもの火災旋風が、ごうごうと音を立ててこっちに向かってくる。
ぼくは咄嗟に、地面にぼかりと空いた小さな穴に飛び込んだ。
「『創天』!」
穴の上には『創天』の術で『天盤』を出して、地面にふたをしとこう。
炎の嵐は地面までは破壊してなかった、これできっと耐えられるはず……
いや、ここって夢の中だから都合良く穴が空いてたけどさ、現実だったら今のでやられてたね。
ごうごうと音を立てて炎の嵐が通りすぎていった頃合いに、ぼくが穴の外に出ようとした矢先、ぼくの背後の地面が吹っ飛んでいった。
そこに、ふわりと宙を飛ぶように勇者くんが降りてくる。
これは逃げ場がないね。
どうやら空も飛べるみたいだし……
「いや、流石に弱すぎだろ? んっと、まだこっちの世界に来て3日目なのか…… いや、それでもこれはないよな。まだレベル50にもなってないんだろ?」
えっと、ぼくの今のレベルは…
「レベル21、だね」
明らかにがっかりとした勇者くん。
「あー、もう良いや。俺は自分より弱いやつと戦うのって苦手なんだけどな。それどころじゃない弱さって、いくらなんでも酷すぎるだろ」
肩を落としながらも、勇者の剣をこちらに向けてくる。
「いっそ一思いにやってやるよ。『コスモブレイク!」
なんて大袈裟な名前の技なんだ!って考える間もなく、ぼくは勇者くんの剣から放たれた破壊光線によって消し飛ばされてしまった。
「ふむ。どうじゃった?」
気が付くとアビスちゃんがこちらを覗き込んでいた。
場所もぼくの家の居間に戻っている。
「ああっと、勝てる気しないね。瞬殺だった」
爆ぜる風に、炎の嵐に、破壊光線って、攻撃のスキルが色々あって羨ましいね。
一人で使える攻撃のスキルが一つもないぼくに、一対一で勝てる相手は居ないのかもしれない。
ああ、ヘルを召喚したらちょっとは戦えるのか…
でも、結局はあの勇者くんに通用する攻撃はできそうにないね。
「ふむ。実力差を考えれば『ファイヤーストーム』を地面に潜って避けただけでも上出来じゃろう。あれが、『勇者』のジョブ魂を得たテンゴクなのじゃよ」
「それってどういうこと? ぼくが勇者になるってこと?」
あれが未来のぼくとかかな?
でも、そういうのともちょっと違ったような…
「ううむ。どういうことなんじゃろな。本来のテンゴクの天職は『勇者』であるはずなのじゃが、何故か今は『天術使い』などになっておる。そして、この世界には勇者が居らんのじゃよな。考えてみれば、これでは本物の魔王が出たらどうにもならんのじゃよな…」
アビスちゃんが何やら考え出す。
その時、ぼくの横にすうっとおばけみたいにジゴクとコドモちゃんが現れてきた。
「やれ、参りました。あれ程の暴威を振りかざす者がこちと同じ顔をしていようとは……」
「こちはあんな魔王になりたくないよー」
ジゴク達は魔王ちゃんにやられちゃったみたいだね。
「テンゴクは勇者様にやられたので御座いますか?」
勇者を様付けで呼ぶジゴクは、もしかしたら魔王のことも…
「うん、ジゴクも魔王にやられちゃったんだね」
ぼくは、一縷の望みを込めて、魔王ちゃんを魔王と呼ぶ。
「はい。為す術もなく…… 魔王様とはとてつもない存在なのですね」
ああ、
駄目だった。
これじゃあ、まるでジゴクが魔王軍の幹部みたいだ。
「ジゴク、よく聞いてね」
ぼくは改まってジゴクに向き直る。
「はい」
ただならぬ話だと察してくれたのか、ジゴクも改まってぼくの方に向き直る。
かつてない真面目な空気感。
「お見合いー?」
そんな空気をコドモちゃんが吹き飛ばす。
「違うよ! 今から真面目な話なの!」
「えー、こちも一緒にお見合いしたかったよー」
うーん。
真面目な話は起きてからでも良いかな。
「それじゃあ、お見合いごっこする?」
「うん。やるー!」
「為らば、こちも付き合わせて頂きましょう」
そんなわけで、ぼくとジゴクは夢の中でコドモちゃんと遊んであげることにした。




