4日目、BRAVE & MENACE
本編中には書いてなかったかもしれませんが、みるちゃん先生の本名は海松色 海松茶と言います……
「今日は二人一緒なのね。先生安心しました」
登場シーンとはうって変わって落ち着いた振る舞いをするみるちゃん先生。
ずっとこの調子ならぼくは嬉しい。
「だけど、典語くんはまた新しい女の子を連れているんですね。あんまり羨ましいことしてると呪っちゃいますよ?」
アビスちゃんをちらりと見ながら、何故かぼくを呪おうとしてくる先生。
落ち着いているかと思いきや、すぐにこういう発言をしてくるから困ったものだよね。
「海松色海松茶よ。可愛いとは光栄なのじゃが、余はアビスという名の物知りな物ノ怪なのじゃ。よって、お主の正体も生態も本性も心得ておる」
堂々とした物言いを続けながら、アビスちゃんがぼくの背後にすたすたと回り込む。
そして、みるちゃん先生に向かって顔だけをひょっこりと出して宣言する。
「つまり、余はお主の存在が苦手であり、不快であり、苦痛でしかない。本来は同じ空間で息をするのも真っ平御免なのじゃよ」
それは言い過ぎじゃないかなっと思いつつも、ぼくの背後から出ようとしないアビスちゃんの様子を見て考え直す。
アビスちゃん、怯えてるよ!
「まあ、いったい何を知ってしまったのかしら…… こんな小さな子を怯えさせてしまうだなんて……」
しょんぼりとする先生。
だけど、それは一瞬だけだった。
「それにしても、アビスちゃんってとっても可愛いですね! 先生は美少女の怯える姿なんて見たくないと思っていたんですけど、これはこれで悪くないなって思ってしまいます。にやりっ」
「ひぃっ、あれこそ禍々しき災いの根源じゃ!」
うん。
どうやら、アビスちゃんは本気でみるちゃん先生が苦手らしい。
「ええっと、せっかく来てくれたところ悪いんですけど、今日は帰ってくれませんか?」
このままじゃアビスちゃんがぼくの後ろから出てきそうにない。
「うーん。そうね。どうやら本当にアビスちゃんがこの場をコントロール出来ているようだし…… 地獄さんも良いかしら?」
ちゃぶ台の前でまだ綺麗な姿勢でお茶を飲んでるジゴク達に同意を求めるみるちゃん先生。
ん?
ジゴク達?
あれっ!?
ちょっと目を離してる隙にジゴクが二人に増えていた!
「あっ、テンゴクがこっち気付いたよー わーい!」
「先ほど、こちの横にするりとコドモ様が出て参られたのです」
「あーっ、もお! コドモちゃんって呼んでよね!」
うん。
いつの間にやらコドモちゃんが来ていたようだ。
なるほど、ここが夢の中だと実感するね
どうにも意識がはっきりし過ぎてて、夢を見ているにしては今の状態はまどろみが足りない気がしてたんだよね。
普段は一人しかいないジゴクが、少し目を離してる隙に二人に増えてれば夢の中だと実感するよ。
「スキルによって割り込んでくる海松色ならばともかく、ただの人格でしかないものがこの場に入ってくるなど有り得んのじゃ! お主は何者じゃ!」
みるちゃん先生のことは正体も生態も本性も知っているって言ってたアビスちゃんが、ジゴクのことになるとコドモちゃんのことすら分からないんだね。
「この人こわいよー? こちって何者かな?」
「はて、こちはテンゴクの隣に立つに相応しくあろうと努める者で御座います。コドモ様もこちの一部なのであればそういう部分があるのでは御座いませんか?」
うーんと、少し考える仕草をするコドモちゃん。
だけどすぐに何かに思い至ったのかぼくの隣にやってきた。
「あるある! こちってテンゴクの隣に立って、あっ、テンゴクー、また抱っこしてほしいなーっていいたいよ!」
コドモちゃんがぼくの腕に抱き付いてきた。
見た目はジゴクちゃんだけど、まだまだコドモちゃんは見た目以上に幼い人格なわけで、誰かに甘えたりすることに抵抗がない。
何せ生まれて4日目だもんね。
うん。
でも、昨日もそういえばコドモちゃんを抱っこしたけど、あの時はぼくも相当に意識が微睡んでいた。
はっきりとした意識で夢を見ている今よりも、ぼくもコドモちゃんを抱っこすることに抵抗がなかったんだけど……
今はとっても恥ずかしいよ!
色んな視線も感じるしね!
「なんと!コドモ様は本当に自由奔放なので御座いますね!」
「何をのんびり構えておる! お主の人格の一つであっても、本当にこれを放っておいて良いのか!?」
アビスちゃんもまだぼくの後ろに立っているから、コドモちゃんとは凄く近い位置に居る。
コドモちゃんが「えへへっ」とアビスちゃんに笑いかけているね。
「コドモ様はテンゴクに甘え、守られる側に居ることを望まれているのでしょう。然れど、こちはテンゴクの横に並んで立つに相応しき者で在ることを望むのです。そも、こちとコドモ様では生き方が違うのです。こちは、コドモ様にそこまで強制するつもりは御座いません」
今朝にも似たようなこと話してたっけ。
ジゴクの意思はきっぱりと決まっているようだ。
「もお、ジゴクちゃんだって今日の朝お姫様抱っこされてたでしょ。とっても嬉しかったこと、こち知ってるんだからねー」
ジゴクが赤くなった。
「嬉しくはあれど、それでは納得できぬのです」
赤くなりながらも反論するジゴク。
説得力はあまりないけど、これがジゴクの本心からの言葉だということを、何度も以心伝心をしているぼくは分かっている。
「うーん。むつかしいんだねー」
コドモちゃんがとたとたとジゴクの方へ戻っていき、ジゴクに手を差し出す。
その手をとって、ゆるりと立ち上がるジゴク。
二人とも同じ顔なのに、表情の柔らかさとか、立ち振る舞いで全くの別人に見えちゃうのが不思議だ。
「こちにはよく分からないけど、ジゴクちゃんの生き方も応援してるからね。ぎゅーーーっ」
そして、コドモちゃんがジゴクに応援のハグをした。
すると何故か、みるちゃん先生が「尊い…」って言いながら鼻血を出した。
「ふふふ。先生も彼女の存在はコントロールできなかったの。きっと、この子は地獄さんの中でも特別な人格なのでしょうね」
ぼくの視線に気付いたみるちゃん先生は、一応は対面を取り繕おうとはしているんだろう。
鼻血を流しながらだけど、随分と真面目に喋っている。
随分と真面目に喋っているけど、未だに鼻血は流れ続けていた。
「ふむ。漸く現状に理解が追い付いたのじゃよ。あれが本来のジゴクの人格というわけじゃな…」
そして、ぼくの背後でアビスちゃんの様子が何かおかしい……
「道理でジゴクの表の人格を憎みきれんわけじゃな。まさか本性がこのように分離されているとはのう」
うん?
「そも、余の宿敵たる魔王ジゴクが、今ではコドモちゃんと呼ばれ、本当にただの子どもらしい人格になっているとはのう…」
魔王ジゴク…?
「余が知っている世界は、体験するはずじゃった物語は、もはや跡形もないと思っていたがどうして……」
アビスちゃんがみるちゃん先生へと近付いていく。
さっきまで怯えるように隠れていたのに。
鼻血を流している先生の、その前に立ちぼく達を眺めるアビスちゃん。
「海松色よ。今より我らは戦闘に入る。存分に暴れる故、細やかなフォローは任せたい」
「あら、いったい何をするのかしら?」
「ふん。ジゴクに人格が芽生えている現状であれば、この世界に魔王は易々とは生まれんと踏んでいたのじゃが、どうやら余が甘かったようじゃ。コドモちゃんなる人格は、条件さえ揃えば簡単に魔王となるじゃろう。乱堂汕圖もまだそれには気付いておらんようじゃが、それも時間の問題かもしれん。そこで、余の記録より勇者と魔王をここに呼び出し、そして魔王の脅威というものをテンゴクとジゴクに体験させておきたいのじゃ」
あれ?
急に話が不穏な感じに……
乱堂汕圖がコドモちゃんに気付くと魔王になる?
んん?
「そうなのね。先生も魔王の再臨に備えて準備はしています。本物でないのなら、夢の世界で二人を守るくらいは大丈夫ですよ」
先生はまだ鼻血を足らしているけれど、すっかりシリアスな表情になっていた。
「魔王とは何者なので御座いますか?」
「こちのことらしいよ? こちが魔王コドモちゃんなのです!」
可愛い魔王が居たものだ。
「ふん。しかとその目に焼き付けよ。これより顕現するは世界の深淵に足を踏み入れ、なおも蹂躙を続けた者達じゃ。和堂兆にも匹敵しうるその力、しかと体感するが良い!」
なんで、ここで父さんの名前が出てくるのかはともかく!
アビスちゃんが両手を天にかかげると、空間にぴしりとヒビが入っていく。
そして、裂けた空間の中から威光とともに現れ出でた二人の少年少女は……
「神威が天苔!」
「神威が地苔!」
空中に現れた真っ白な二人。
二人は手を繋いで頭上にかかげ
「「我らは天地を司る者なり!」」
この二人が魔王!?
ジゴクをジゴケに読み間違えたくらいで生まれた人格が魔王になっちゃうってこと!?
「いや、流石に違うのじゃよ。なんなのじゃ、こいつらは……」
どうやら想定外の現象が起こってしまったらしいアビスちゃんが、みるちゃん先生をじとりと睨んでいる。
ようやく止まったらしい鼻血を吹いて、綺麗になった顔で先生は言う。
「ごめんなさい。先生、あまりにもシリアスな空気に堪えられなくて、心の準備も出来てなかったから、ついつい茶々を入れてしまいました」
ああ、先生がこの二人を呼んだだけみたい。
この二人が魔王とかじゃなくて良かった。
先生のすることならこのくらいの冗談は普通だよね。
みるちゃん先生が場の空気を和ませようと空回りするくらいのことは、生徒なら笑って見過ごすものだ。
「全く、海松色には困ったものじゃな。こんなことをするから婚期を逃すのじゃろうに……」
生徒ではもちろんないアビスちゃんのその一言で、
空間どころではない何かが裂けた。
その衝撃でぼくの家が消し飛んでいる。
雲散霧消で無影無踪だ。
夢の中だからってこれは……
「ふふふ。いけませんいけません。何か邪悪な言葉が聞こえたような気がしてしまいました。きっと空耳ですよね」
みるちゃん先生がにこにこしている。
「先生がこわいよー!」
「禁忌に触れてはならないと、そういうことで御座いましょう」
「う、うむ。うっかりしとった。気を取り直して勇者と魔王を呼び出すのじゃよ」
そうしてぽぽんっと、
天苔と地苔とは違って随分と軽い感じに現れた二人の少年少女
一人はジゴク
白無垢のような、だけど禍々しい装飾のあしらわれたその服装と、初めてジゴクに出会った時と同じような無表情の顔。
いいや、それより冷たい目をしてる。
もう一人はぼく。
実用性が無さそうな装飾のあしらわれた剣と盾
防御力よりも格好よさで選ばれてそうな鎧と兜を装備していて…
「コスプレ勇者だよ!」
自分と同じ見た目をしてるせいもあって、ついつい、ぼくは気安く言葉をかけてしまった。
「なんだ、こっちの俺はこんなに雑魚なのか…」
ぼくそっくりの勇者らしきぼくがぼくを睨んでくる。
いや、これはがっかりされてる感じ……
「おい。戦うんだろ?『先手必勝』って言葉は知ってるか? 雑魚ならせめて、もっと懸命に足掻けよな! 『風爆』!」
唐突に術が振るわれ
風が、爆ぜた
身を焦がすようなダメージが全身を襲う
そうして、ぼくはようやく
今が本当に戦いなんだってことを実感した。
独断と偏見で今回のサブタイトルでは魔王をメナスと訳してます。




