四日目、ロウガ視点、ぴったりの称号
今回はロウガくん視点、話は前回の続きからです。
「ふむ。ならば先に取引をしよう。ロウガよ、お主の妹を助けるかわりに、我々とカンパネラとの仲介役になってはくれんか?」
精霊様の住まいが空から落ちたのを見た俺は、里の長が止めるのを振り切って現場に赴いた。
そこで、奇妙な連中の一人からとんでもないこと提案をされてしまう。
俺の妹を助ける、だと?
「待て! お前が俺の妹の何を知っているというのだ!」
奇妙な連中の中でも一際異彩を放っている小さいやつ。
こいつと大人の女の二人はどうにもおかしな気配がする。
強いのか弱いのかもはっきりと分からず、戦闘になればどう対応すれば良いのか…
いや、そんなことよりもだ。
こいつ達がどこから俺の情報を得ていたとして、仮に里の誰かが内通者となっていて、俺のレベルや職業を知っていたとして、それでもだ。
里の中に、俺の妹を人として扱ってくれるものはいない。
この白髪の子も、俺にはムクロの妹がいるという程度の情報しか知らないのではないか?
「それは此方の台詞じゃよ。ロウガよ。お主こそリリアラの何を知っているのじゃ?」
「なんだと…?どうしてお前がリリアラの名を知っている!」
リリアラ
そう、それは確かに俺の妹の名前だ。
しかし、里の誰もがその名前までは知らない。
皆はリリアラのことは『ムクロ』と呼ぶ。
情が移るからといった理由らしいが、リリアラの名前すら誰も聞いてはこないし、俺は誰にも教えていない。
「知っているとも。リリアラはムクロとして生まれ、親に廃棄されかけているところをお主が拐った。そのまま故郷を飛び出したお主が今の里に流れ住み、そこで何とか生かされている少女じゃよ」
「いったい貴様は…」
どこまで知っている?
何者なのだ?
得体の知れない存在に、俺は戦慄とともに言葉に詰まってしまう。
「リリアラが常に苦しみに苛まれ、己が命を疎んじておることは知っておるか?」
「馬鹿な! リリアラは眠り続けているのだぞ! お前がその心の内など知るはずもない!」
「さてな。確かに知っていたところでお主が信じる理由はない。されど、眠っているというのはお主の主観でしかないじゃろ。そして、リリアラを守るだの助けるという感情がお主の独り善がりではないと何故言えるのじゃ?」
なんだと…?
俺はリリアラは眠っているような状態だと思っていたが…
いや、里の長も同じようなことを言っていたな…
「生かすことが苦しめることになると、お主の里の長も言っておったじゃろ」
「それは…」
そうだ、それは俺が里の長から聞いた言葉と全く同じだった。
俺はまさか本当に、リリアラを苦しめ続けていたのだろうか…
その時、チキュウジンの一人が俺と白髪の少女の間に立った。
いったいなんだ?
「アビスちゃん! ぼく、事情はよく分からないんだけどさ、そういう言い方は酷いと思うよ!」
なんだ?
チキュウジンが俺をどうして庇うような言い方をする?
しかも、明らかにこの中で一番弱そうな奴がどうしてこんなに堂々と意見が出来るのだ?
「ああ、すまんのじゃ。これほど思い通りに話が進むなど初めてじゃったのでな、ついつい調子にのってしまったのじゃ」
そしてこの異様で異常な存在が素直に謝っている、だと…
なんだこれは?
チキュウジンは雑魚の方が偉いのか?
「うん。アビスちゃんが楽しそうだったのは良いんだけど、わざわざ人を苦しめるような言い方はしないであげて欲しい」
「うむ。心得よう」
わけが分からない!
「ああ、ロウガよ」
「なんだ!?」
今のやり取りの後で、急に白髪の少女の態度が柔らかくなったのが分かる。
「リリアラは確かに生きているだけで苦しんでおる。ムクロと呼ばれるあの状態はじゃな、世界にマナを奪われ続けることに近く、MP0が延々と続くようなものなのじゃよ」
「なんだと!?それでは生き地獄ではないか!」
「だからムクロと呼ばれているのじゃよ」
「俺は本当にリリアラを苦しめていたというのか……」
眠り続けているように見えて、それはMP0で動くことすら出来ない状態が続いているだけということだったのか…?
「されど、リリアラはお主に感謝もしておるよ。いや、それらも全てリリアラを助けた後に聞けば良いことじゃな」
「そうだ。 お前はどうやってリリアラを助けるつもりだ!? そして、俺に何をさせるつもりなのだ!?」
チテイジンの少女が、無属性でありながらあれほどの術が使えるのだから、何かリリアラを助ける方法があるのだと俺は期待してしまっている。
しかし、俺は同時に何かとんでもないことに巻き込まれようとしているのではないか?
「うむ。では紹介しよう、お主を助けるのはこの二人、テンゴクとジゴクじゃ!」
それは、チキュウジンの中でも弱そうに見える二人…
ん…?
テンゴクとジゴクだと…!
「いや、待て! テンゴクとジゴクだと!? お前達が神の再来という、あのテンゴクとジゴクなのか?」
ちょうど一日前にほどに突然里にやって来たチキュウで魂を失ったという神官様。
彼がチキュウで出会ったという神の再来たる二人、その名前がテンゴクとジゴクだと仰有っていた。
「なんじゃと!? どうしてお主がテンゴクとジゴクの名を知っておる!?」
アビスと呼ばれていたか、得体の知れない子どもだったが、ここにきて初めて驚きを隠せないでいるようだ。
あの方のことは知らないのだろうか。
「それはだな…「あっははははっ! あんた達なにそれ!ここでも有名人なの!?」
チキュウジンの中でも一際おかしな格好の女が急に笑いだした。
戦闘向けの服のようだが防御力は低そうな、よく分からない珍妙な衣装。
まったく、こいつらは一体なんなのだ?
「いや、誰からぼく達のことを聞いたの?」
テンゴクという者が俺に質問をしてきた。
よく見ればドラゴンの一体はこの者になついているように見える。
なるほど、只者ではないような気がしてきた。
もう一体のドラゴンはジゴクという者になついているようだし、どうにもあの神官様の言っていたことが信憑性を帯びてきた。
「もしや、エルピテ様では御座いませんか?」
「あっ!エルピーなら言いそうだね!」
「そうだ。確かにエルピテ様という名だった。神を追ってチキュウへと赴き、魂を失ってしまったという神官様だ。昨日、里の近くで行き倒れているところを我々が保護している」
「待て待て。エルピテとはあのエルピテか。 あやつが居るということは… ちと不味いのう…」
アビスという少女の顔が曇る。
神官様が居ると何か不都合があるということか?
「不味いって?」
「エルピーは良い人ですよ?」
うむ。
神に仕えていた者が悪いはずはない。
「ううむ。あやつは乱堂汕圖に利用されておるのじゃよ。汕圖はエルピテと自身の居場所を入れ換える術を使うことが出来るのじゃよ」
「ああっ!それで昨日、乱堂汕圖が急に現れて、エルピーが消えちゃってたんだね!」
「得心が行きました。エルピテ様の無事は喜ばしくも、それではロウガ様の里に行くことは確かに躊躇ってしかるべきで御座います」
「いやいや、あんなのとこんな所で戦ったら確実に死人が出ますよ!不味いどころの話じゃないですって!」
「なんだ? そのランドーサンズというのは? それほどの驚異なのか?」
神官様に仇為す者であれば、場合によっては里の皆も協力できるかもしれないが…
「うむ。マスターレベルじゃよ。お主の里で多少なりとも戦えるのはゴルバンくらいであろうな」
それは…
絶望的じゃないのか…?
「まあ良い、乱堂汕圖も世界を跨ぐような転移の術をそうすぐには使えんはずじゃ。少なくとも三日は間が空くじゃろうな。そうなると、やはり今が好機かのう…」
「うーん。どうせなら、ことを起こすのは明日にするかい? 明日の朝なら親父を連れてこられるよ。そのまま親父にエルピーを連れて帰ってもらえば安心だよね」
「おお、そうじゃな。それが良いじゃろ。鬼がいれば安心じゃ」
おに…?
オニ…?
「鬼だと!?」
「うん。私の親父が鬼なんだよね」
遠くからなら俺も見たことがあるが、あれは強いなんてものではない。
鬼に見付かれば食われるというのが一般的な常識だぞ!
それの娘が目の前にいるというのか!?
「待て! 待て待て! そんなものを里に連れて行くわけにはいかない!」
「なんじゃ?お主は妹を見捨てるのかえ?」
くっ!
そうだった!
だがしかし、これはどうするべきなのだ!
「いや、そもそもだ! 鬼という手札があるなら俺は不要なのではないか!? 里を滅ぼすことも容易いだろうが!」
何か他に狙いがあるに違いないのだ!
「まったくじゃな、ロウガよ。じゃが、我々の目的は別にあるということじゃよ」
やはりか!
「一体何を望むというのだ!?」
鬼など自然災害の一つだとすら思っていた。
その力を所有する者達なら、俺など介さなくてもカンパネラごと滅ぼすことも可能だろう。
「ふむ。そうじゃな、ああ、皆はどうじゃ?」
アビスという少女が仲間に意見を求めた。
鬼の存在で脅されれば、それこそ仲間の数だけ要求されても文句はいえなくなってくる。
これは非常に不味いぞ!
「うん。ぼくはその妹さんを助けられるなら助けたい。後はエルピーも放っておけないよね」
「なんだと…?」
神官様のことはともかくとして、どうしてお前がリリアラを助けたいと望むのだ?
「こちも同じく。出来ることがあれば力になりましょう」
いったいなんだ!?
神の再来と言われ、ドラゴンを使役する者達が揃いも揃ってリリアラを助けたがるのはどうしてだ!
「私も賛成です。私と妹さんの関係というのも気になりますし…」
「ああ、それは無属性だからだな。『無属性』に生まれたものはムクロになるはずなのだ」
「その話がまだじゃったな。それは巫女の加護とでも言うべきものじゃよ。お主の言うチテイジンは皆、巫女と契約することで『名苻』を得て、例え『無属性』でもそれを依り代にマナを扱うことが出来るのじゃよ」
「なんだと! それではチテイジンであれば、リリアラがムクロになることもなかったということか!?」
「それを魂がケガレると言い、忌み嫌っておるのがカンパネラじゃな。 確かに、契約の折にレベルは皆等しく1にリセットされる故、とくに強者にとっては良いことばかりでもないのでな」
なんだそれは…
チテイジンとは巫女に魂を売り渡した連中なのだとばかり思っていたが…
生まれもった強さ、レベルをリセットされてまで、どうして巫女についている…?
「うーん。私はそろそろ帰ろうかな。勝手に泊まると親がうるさいし」
「あっ、そうだね。ぼくも帰らないと」
こっちは自由か!?
「こことチキュウという場所は、そんなに簡単に行き来できるのか?」
「ああ、そうだね。二人くらいなら抱えられるし、私ならすぐに連れて帰れるよ」
「あっ、ラッキー。ヤマブキコースター久しぶり! それじゃあ送ってもらおっと」
「テンゴク達にはこれを置いとくよ」
そう言って、鬼の娘が大きな布の箱を取り出す。
「テントだ!」
テンゴクという少年が喜んでいる。
テントという名の巨大な箱をどこから出したのだろう?
これも鬼の技なのか?
「うん。テンゴク達の護衛はロウガくんとドラゴン達に頼めば大丈夫そうだし。明日の朝ごはんはちゃんと持ってくるから期待しといて。よろしくね!」
なんだ?
よろしくね!と俺に気安く言うのは何故だ!?
どうして、俺がこいつらを守ることになった?。
しかもアサゴハンとはなんだ?
何を持ってくる?
これ以上の厄介事は御免だが…
「いや、そもそも俺を信用して良いのか?」
「あんたのシスコンっぷりは信用できる!」
奇抜な戦闘服の女が笑いながら即答した。
「しすこんっぷり…?」
いったいどういう意味なんだ?
「えっと、シスコンっていうのは妹思いの良いお兄さんってことだよ!」
テンゴクという者が教えてくれた。
ジゴクという者がそれに頷いている。
「なるほど。それなら俺は、確かにシスコンだ」
非常に納得できる理由だった。
俺そのものを信用されるよりは、俺が妹のために行動するという一点を信用されていることが素直に分かりやすい。
リリアラを助けるというのはおれの悲願だ。
こいつらがどこまで本気なのかは分からないが、今までに誰もリリアラを助けようなどと言ってはくれなかった。
そのことだけでも、俺という個人の行動理由にはなるだろう。
場合によっては、リリアラを連れて里を出ても良い。
チキュウの巫女に魂を売ったとしても、リリアラが助かるのならそれで良いとすら思う。
「リリアラのためにも、シスコンとしてお前達の護衛をすると誓おう!」
俺はカンパネラ失格だな。
世界を犠牲にしてでも、一人の妹を助けるという選択をするかもしれないのだ。
今日からは、俺は一人のシスコンとして生きよう。
これほど俺にぴったりな称号は他にはないだろう。
「あははははっ! うん! 良い! 気に入った! そういや紹介まだだっけ? 私はナデシコだよ。よろしくね!」
俺にシスコンの称号を与えたナデシコという女。
俺の半分程度の強さにしか見えないが、それでも気安く俺に話しかけ、屈託なく笑いかけてくる。
とても奇妙な感覚だが……
なるほど、悪くはないものだ。
「俺はロウガだ。シスコンの称号を俺は誇りに思う。ありがとう」
次回はテンゴク視点に戻って四日目の最後の話になるはずです。




