4日目、ダンジョン脱出
一先ず、皆で『地盤』の上で天丼を並べる。
おかもちが変形してテーブルの変わりになるんだね。
食事をするという器官がそもそもないらしいマウプーには帰ってもらって、気絶してるシェイプーは山吹さんに預けておく。
それにしても、こうやって皆でわいわいと食べれるのは楽しいね。
食べる前に楽しいって感じる時の食事は、きっと美味しい食事になるに決まってる。
「それじゃあ、いただきます!」
皆でいただきますをする。
シュラちゃんだけ、やっぱり食事の時の挨拶なんて知るはずもなくて、だけど見よう見まねで「いただきます!」をした。
初めての頂きますはとても姿勢が良かった。
きっとジゴクをお手本にしたんだろう。
それにしても、山吹さん。
ここまでどうやって来たんだろうね。
地球の山吹食堂で作られたはずの天丼が、異世界のダンジョンまで運ばれきたのにまだ温かい。
出来立てみたいだ。
ぼく達がここにいるなんて、山吹さんは知らなかっただろうにさ。
天ぷらの具材にはエビ、舞茸、ししとう、ナス…
あとこの白身の魚は何だっけ…
うん、美味しい!
「さくさくの衣に纏われたぷりぷりとした海老天。 そして天ぷら達をどっしりと受け止めている白いご飯! タレに合わせて己の味わいすら変化させているかの如きこのお米達の奥深き味わいは、最早底知れぬ頂きにあると言えましょう! 流石は天と名の付く料理で御座います!なんとも美味しく御座います!」
うん。
ジゴクもご満悦らしい。
底知れぬ頂きがどんな形してるのか気になる所だけど、野暮なツッコミはいらないよね。
それぞれの天ぷらの食材の名称を山吹さんに聞きつつ、美味しそうに食べている。
異世界人のシュラちゃんに至ってはこれが初めての地球の料理を食べるわけで…
緊張してるのがよく分かる。
スプーンを持ってはいるけど、手がぷるぷるしてるもんね。
ご飯をすくった先から全部こぼしてしまいそうだよ。
「シュラちゃんも食べてみなよ」
それでも、緊張でぷるぷるしてるシュラちゃんに食べてみることを勧める。
せっかくだし、冷めちゃう前に食べて欲しいよね。
「はい! これが噂の地球のご飯! 夢の世界で食べたお菓子とはまた全然違ってます! しかもヤマブキ様のお手製の!私も本当に食べても良いんですよね!?」
「もちろんだよ。作ったのは私じゃないけど、ご飯は皆で食べるのが一番だからね」
「それでも嬉しいです!私、地球の料理を食べたんだってことを誇りにこれからも頑張ります!ううっ、だけどどうしてこんなに手が震えてしまうんでしょう! よし、ここは『翼』でっ!」
ハイテンションのまま、自分の能力で出した『翼』で器用にどんぶりとスプーンを掴み、天丼を口に運ぶシュラちゃん。
器用だね!
はた目に見ると食べさせてもらってるようにしか見えないけど、初めての食事は普通は食べさせてもらうものだしね。
「口の中に広がるこの味はいったい… 甘い? いいえ、それだけではないような… こんな複雑な… 噛むたびに味わいすらも変わっていくような…」
「シュラちゃん、気に入ったなら美味しいって言えば良いよー」
プリレリに変身した姿のままで天丼を食べてる撫子ちゃんからアドバイス。
それにしても、変身した人がご飯を食べてるのって何だかすごく違和感がある。
「はいっ!美味しいです!」
笑顔で応えるシュラちゃんも、ふりふりしたドレスを着てるから和食の天丼を食べてるのって何だか変な感じだね。
でも気に入ったみたいで良かった。
ぼくもエビ天を食べてみる。
うん。
楽しい食事はやっぱり美味しい。
「ふむ。余にとってもこれが初めての食事じゃな」
「あれ、そうなの?」
アビスちゃん、初めてにしてはしっかりとお箸で食べている。
「うむ。この天丼の味は懐かしくもあるが、初めてでもあり、何よりどのように作られたのか知らない料理を食べるというのは未体験でもある。なんとも感慨深いのじゃ」
底知れぬ頂きに続いて、どうやら食事中に謎かけをするのが流行っているようだ。
今度の問題は懐かしくも初めての未体験。
うん。
分からない。
アビスちゃんも美味しそうに天丼を食べている。
だけど、しみじみと食べている。
アビスちゃん自身の言うとおり、感慨深そうに食べている。
よし、ぼくもしっかり食べよう。
「ぷしゃっ」
「ひゅーるるるっ」
おや、二匹のドラゴンが何やらご飯を欲しそうにしてる気がする。
「お前達も何か食べる?」
ドラゴン食べそうなものってなんだろ…
天ぷら関係は殆ど食べちゃったし…
「海老のしっぽ… 食べるかな?」
ドラゴンには野菜より肉系が良い気がする。
試しに、エビ天の残った尻尾を二匹のドラゴンの前に置いてみる。
「ぷしゃっ」
おっ、ジゴクのドラゴンが自前の火で尻尾を炙ってからパクリと食べたよ!
「あっ、そいつエビのしっぽ食べるの? 私もあげて良い?」
「じゃあ、ぼくのもあげるよー」
撫子ちゃんと青磁くんもジゴクに許可をもらってからドラゴンにエビのしっぽをあげた。
「ぷしゃっ」
うん。
また炙ってから食べている。
ちゃんと好みがあるのかも。
「ひゅーるるるっ」
ぼくのドラゴンはエビのしっぽには目もくれないね。
「お前も何か食べて良いけど、食べれるものある?」
生肉とかだったらお手上げだけど…
「ひゅーるるるっ」
おや、『地盤』の外に出ていっちゃった。
そして、下に溜まってる回復ポイントの光が溶け込んだ蛍光色の水を…
「ごきゅっ」
飲んでるよ!
ダンジョンの壁だった氷が溶けた水なんて飲んで大丈夫かな?
お腹を壊しても回復ポイントの光が混ざってるから安心かな…?
「ふむ。回復の光の溶けた水なら天の竜には御馳走であろう」
物知りアビスちゃんが教えてくれた。
どうやらぼくのドラゴンは水と風の属性を好むらしくて、回復のマナが溶けた水は大好物だろうとのことだ。
「ひゅーるるるっ」
うん。
喜んでるみたいだし良かった。
「さて、それじゃあそろそろ出ようかな」
皆で「ご馳走さま」をした後に、少しだけ休憩をしてからいよいよダンジョンの外に出た。
休憩中に山吹さんに、ぼく達が三人でデートをしてたと知られてちょっとからかわれた。
いや、でもからかう以上に何故かすごく喜んでくれてたのが変な感じだったよ。
ダンジョンの外は以前に見たときと全く同じく、オレンジ色の空が広がっていた。
外から氷精のダンジョンを見ると、確かに空にいくつも浮かんでる銀色の巨大な箱と同じものだった。
壁に穴が空いてるけどね。
「ダンジョンに穴って大丈夫なんですか?」
目覚めたシェイプーがショックでまた気絶したら可哀想だよね。
「今はマナが足りないみたいだけど、マナが貯まってきたら自動で修復されるよ。空にも勝手に浮かんで行くから大丈夫。前にも見たことあるんだよね」
なるほど、じゃあ安心かな。
「それより、ここからどこに行くのよ?」
撫子ちゃん、今後の方針をしっかり知っておきたいタイプ。
「地上では移動用の魔法が使えないからねー。ダンジョンが回復するにはまだまだ時間かかるだろうし、最寄りの地下へのリフトまで行こうと思うんだけど」
「まあ良いんじゃない? 案内してくれるなら着いていくわよ」
撫子ちゃんが納得した、というか他に行く宛もないしね。
だけどアビスちゃんから待ったがかかったよ。
「待つのじゃ。この辺りはちと良くない。最寄りのリフトに向かうには終末論者の拠点の近くを通らねばならんのじゃ。山吹は良くとも、流石に地上でテンゴク達を危険な目に遇わせたくはないじゃろ?」
「そうなのかい? それが本当なら確かに… っていうか、さっさと此処を離れた方が良くないかい?」
「いや、流石に落ちたとはいえ即座にダンジョンに近寄る馬鹿はおるまい。逆に二、三日は様子を見ると踏んでおるよ」
「うーん。まあそうだろうね。下手したら鬼が出る場所には奴らだって簡単には近寄らないか」
終末論者って何やら怖いのかな?
でも鬼って店長だよね?
鬼より怖くないなら異世界的には父さんの小包よりは怖くないってことで良いのかな…?
「おい!お前達!」
ん?
どこからか聞きなれない声…
おっと、ダンジョンの上に乗ってるようだ。
人影があるよ。
「噂をすれば終末論者、だね」
「そうじゃな。おそらくはロウガ・フォルトリア、レベル75、『暗黒剣士』じゃよ」
「そんなことまで分かるのかい?」
「知っておるだけじゃ。もっとも、近頃は予想外のことも多い故、これを信じるかどうかはお主に任せるのじゃ」
うん?
ロウガ・フォルトリアって名前のレベル75の暗黒剣士ってことかな?
どうしてアビスちゃんが知ってるんだろうね。
それにしてもかっこいい名前の職業だ。
人影がぴょんっと跳んでぼく達の前に降りてきた。
「ここで一体何をしている! 精霊様に何があったのだ!!」
全体的に黒っぽい色合いだけど、砂漠に住んでる戦士な人達が着てそうなターバンとマントみたいな布で全身を隠す衣装だね。
何やら威勢良く怒っているようだ。
「うむ。馬鹿が居たようじゃな」
アビスちゃんが喧嘩を売ったよ!
だけどその挑発をロウガくん(仮)は「ふん」と軽く流した。
「あはは… それは言い過ぎかな。おーい!ここは危ないよ!すぐにおうちに帰った方が良い!」
アビスちゃんをたしなめているようで、山吹さんの方がずいぶんと挑発しちゃってる感じがする。
きっと天然で悪気は一切ない辺りが…
「貴様、俺を馬鹿にしているのか!?」
プライド高そうな人にはまっちゃうんだろうね。
ロウガくん(仮)は見たところシュラちゃんと同じくらいの背の高さだし、山吹さんが子ども扱いしちゃって当然なんだけどさ。
「ええっと、終末論者のロウガ・フォルトリア、レベル75の『暗黒剣士』で合ってるかい?」
「なんだと! 貴様、どこから俺の情報を得た!?」
おっと、今のは当たってますよと言ったに等しいね。
ロウガくん(仮)から、正式にロウガくんになったね。
仮にも敵対する気なら黙ってる方が有利だろうに、交渉毎に向いてるタイプではないようだ。
「余に知らんことはないのじゃよ。此処にはお主が独断で勝手に一人で来たこともお見通しじゃ」
うん。
きっとそこまではアビスちゃんも知らないんだろうな。
「くっ!どうしてそれを!? お前は一体どこまで知っている!?」
また、正解だと認めちゃったロウガくん。
「よし! 山吹よ。あやつを確保するのじゃ!」
アビスちゃんが言い終るよりも早く、一陣の風が吹いた。
哀れ、ロウガくんは山吹さんにあっさりと捕まったのでしたとさ。




