4日目、ダンジョンで天丼
「シュラちゃんって本当に山吹のことが好きなんだねー」
「はい! ダンジョンの外へ行くのって少し怖かったんですけど、ヤマブキ様と一緒なら全然大丈夫です!」
うん。
シュラちゃんの山吹さんへの、これはもう山吹信仰とでも呼ぶべき気持ちなのかもしれない。
あれ?
「ダンジョンの外って怖いの?」
ダンジョンが空に浮かぶ銀色の箱形の物体なのだとしたら、その外にはオレンジ色の空が広がっていて、ピンクの葉がついた木が生えてて…
うん。
昨日の夜に以心伝心した時に、ジゴクが寝落ちする前にぼくに見せてきた景色だったよね。
ぼくと初めて思いを共有したっていう理由もあって、ジゴクの中では思い出深い景色になっているっていう綺麗な景色の…
「お姉様が異世界の地上は住みにくい場所だと言っておられました。それと何やら関係があるのでしょうか?」
ああ、そういえば言ってたね!
二日前のことなのに、随分と昔のことのような気がしてしまうよ!
うん。
色々とあったからなあ…
「私も行ったことはないんですけど… 私の両親から、地上は怖い場所だから行ってはいけないって言いつけられてますよ」
「ふーん。そんな怖いって感じはなかったけどね」
撫子ちゃんも異世界に初めて来たときに地上の景色を見たんだろうね。
地上が怖いっていうのが信じられないようだ。
「それは地球から来た皆様からすれば、いくら地上の世界と言ってもそれほど恐ろしくはないでしょうけど… でも、地上に行ったきり帰ってこない人のこととか、時々ですけどラプトパの宿でも噂になるくらいですよ」
なにそれ怖い!
まるで心霊スポットの宣伝文句みたいだよ!
異世界の人は地球に行くと自分の魂が消えちゃうらしいから、地球のほうが怖いって思うのはまあ納得なんだけどさ。
「地上には終末論者も住んでおる。マナの濃さにもムラがあり、異世界の民にとっては確かに住みにくい場所なのじゃよ」
おっと、物知りアビスちゃんからの新情報だね。
終末論者って名前だけ時々出てくるけど、異世界の地上に住んでる人達だったのか。
こんこんこんっ
「んっ…?」
壁から音がした。
ぱきんっ
おおっと!
壁の一部が小気味良い音を立てて…
折れたっ!?
いや、壁がくりぬかれた感じだ!
穴の空いた壁の向こうから、オレンジ色の光が射し込んでくる。
ダンジョンの外の光みたいだ。
今の今まで、ダンジョンの中の明かりが回復ポイントの緑色の光だけっていう状況で、それに目が慣れていたからとても眩しく感じるね。
そして、その光の中心には誰かが立っているようだ。
人影がくっきりと見える。
「ヤマブキ様!」
「お待たせ。みんな大丈夫かい?」
ぼくには眩しくて、オレンジ色の光の中に人影があることしか分からなかったけど、シュラちゃんにはその影が誰なのかまではっきりと分かったようだ。
これがヤマブキ信仰の力なのかもしれない。
いや、ヤマブキ愛かな。
「みんな無事ですよ。ダンジョンが落ちた時に、丁度あの円盤の中に居たんです」
ぼくは『天盤』と『地盤』を指差す。
「ああ、テンゴク達の能力だね。っていうか何があったんだい? ダンジョンを落とすなんて、流石にテンゴク達でも難しいだろうにさ」
よっこいしょっと、壁の穴から山吹さんが入ってきた。
あれ、ダンジョンの壁の厚さってぼくの身長くらいはありそうなんだけど…
半分以上は氷だから脆かったのかな?
もしくは山吹さんのヤマブキパワーの為せる技なのか…
「あっ、出前もあるよ。山吹食堂の天丼を六人前… うん、丁度だね」
アビスちゃんの予想通り、そして、シュラちゃんの期待通りに山吹さんがやってきた。
水の滴る氷のダンジョンに閉じ込められてる時に、しかも天丼の出前を携えて助けにやってくる山吹さん。
本当に、頼もしい人って感じだよ。
「待て!山吹よ、六人分の食事の用意をしたのは何故じゃ!? もしや、和堂兆の指示ではあるまいな!」
おっと、アビスちゃんは六人前のご飯が用意されていることが気になったようだね。
そういえば、ぼくとジゴク、シュラちゃん、撫子ちゃん、青磁くんで5人だもんね。
アビスちゃんのことを知らない山吹さん達が、ちゃんとアビスちゃんの分のご飯まで用意しているのはおかしいかも…
そして、そこに父さんが絡んでるんじゃないかとアビスちゃんは疑っているようだ…
「うん。兆の旦那がね、奈落ちゃんって子が居るかもしれないから六人前にしておけってね、言ってたんだよ。ということは、さては君が奈落ちゃんだね」
山吹さんがピッと指差すその先に、居るのは当然だけどアビスちゃんだ。
ナラクちゃんではもちろんない。
「ええっと、山吹さん。この子はアビスちゃんですよ。海乃アビスちゃん。碧さんのとこに捕まってたのを連れ出してきたんです。とっても物知りなんですよ」
ぼくは新しい仲間を山吹さん紹介した。
「へえ、それじゃあ、珍しく旦那が間違えたんだね。よろしくねアビスちゃん」
「ふふん。なるほどのう。余を奈落と呼ぶか、和堂兆よ。あやつはつまり…」
なにやらアビスちゃんが剣呑な雰囲気になってぶつぶつと呟いているよ!
「ああっ、ごめんよアビスちゃん。 名前を間違えてたことはこの通り謝るからさ。ほら、天丼美味しいからね、アビスちゃんも一緒に食べようよ。ねっ!」
美少女にはでろでろに弱い、いや甘くて弱い山吹さん。
自分が名前を間違えたせいで怒らせてしまったと思ってるのか、必死に機嫌をとろうとしている。
ちょっと情けない姿になってるよ!
だけど、シュラちゃんがその様子を見て「ヤマブキ様はあんな小さな子にも目線を合わせて接せられて、やっぱり素晴らしいです!」って何やら感動していたよ。
ヤマブキ愛がヤマブキフィルターをかけてしまっているんだろう。
ぼくはその騒動を横目に置いといて、ジゴクに『地盤』を近くに呼ぶように頼む。
天丼を食べるにしても、ダンジョンの床は水が溜まってきている。
しかも回復ポイントの緑の光が溶け込んでいるのか緑に光る蛍光色の水になっているようだ。
その上でご飯を食べたくないもんね。
「かしこまり。『造地』に御座います」
ジゴクの術で、水の滴るダンジョン内に綺麗な足場が現れる。
遠足とかピクニックの時にも便利そうだね。
「それにしても天丼とは…」
『地盤』の上にひょいっと乗って天丼の入っているおかもちを眺めるジゴク。
「あっ、天丼も食べたことないよね。海老の天ぷらっていうのが入っていてとっても美味しいよ」
ぼくは天丼を紹介する。
だけど、海老の天ぷらっていうのをそもそもジゴクは知らないはずで、説明するのが難しいね。
「いえ、味はおそらく極上のもので御座いましょう。然れど、今のこちにとって興味はそこではないのです」
ジゴクがふるふると首をふる。
「何が気になるの?」
天丼を想像しつつ、何に思いを馳せるのか、ぼくには想像もつかなかった。
「いえ、天丼があるのなら、地丼も当然あるので御座いましょう。どうせならどちらも食べてみたいものだと… いえ、これは欲張りと言うもので御座いました。今は天丼だけでも満足に御座います」
おっと、ジゴクが地丼を食べてみたがっているよ!
よし、この問題は山吹さんに任せるとしよう。
ぼくは固く決意した。
地丼っていうのも確かにあるかもしれないもんね。
「あはは! ジゴクちゃんって面白いね! 地丼なんて聞いたこともないよー!」
ああっ!
撫子ちゃんがきっぱりと真実を告げちゃった!
まあ、地丼って聞いたことないけどさ。
まあ、料理の名称にまで天地を揃える必要は世間様には一切ないわけで…
「なんと! 天丼があれど地丼がないとはこれいかに!これではこちは………」
あれ、なぜかジゴクは今日一番のショックを受けたって顔になってるよ!?
地丼がなくてもジゴクはどうにもならないよね!?
地鳥を使ったどんぶりで地丼とか、どこかにはありそうですね。
次回でダンジョン脱出です。




