氷精の祠のシェープル・リリーム その3
ナデシコとシュララバの二人で一階の敵を殲滅し終ったので、テンゴク達の三人を呼びにいくようだ。
『突然に行ってしまうとデートのお邪魔をしてしまいませんか?』
『大丈夫よ。邪魔が入ってドキッとするのもデートの醍醐味だから』
『そういうものですか。地球の文化って面白いですね』
『ああ、そういうのを地球ではラブコメっていうから、覚えとくと良いよ』
『分かりました。ラブコメですね!』
それは違うと思うのだが、私も詳しくは知らない。
それでも、異文化との触れ合いこそがこれからの世界のスタンダードとなるのだろう。
それを私のダンジョンで垣間見ることが出来て光栄である。
『それじゃあ、地球のラブコメな文化に詳しい私が呼んでくるから、シュラちゃん達は休んどいてね』
『ありがとうございます』
ナデシコは颯爽とテンゴク達の方へと駆け出していく。
その背中を見送ってから、セイジとやらがぽつりと溢す…
『やっぱり、テンゴクくん達の方もトリたかったなあ』
トリたかった?
トル?
トルというのがセイジという者の職業の役割なのだろうか?
『そうでした。今の戦いもトッテたんですか?』
『うん。もちろんトッテるよ。見る?』
『はい! 自分の戦いを自分で見れるなんて嬉しいです!』
ふむ。
セイジが八つの小さなビットを展開すると、その中には氷精の祠の映像が見えた。
『行きます!』
音声まで聞こえてくるがこれは…
映像の中でナデシコとシュララバがモンスターと戦い始めた。
なるほど!
自分の戦いを見れるのは確かに画期的である。
しかもリアルタイムのそれではなく、過去をそのままに再現出来るというのは素晴らしい能力だ。
過去ならば全てが見れるというわけではないようだが、このように誰もが見れる形で再現できるというのは本当に素晴らしい。
『トル』というのは記録するという意味での『録る』ということか、そのような概念が私の知識になかったので、今まで分からなかったようだ。
しかし、これほどの膨大な情報をどのようにして保存しているのだ?
まさか過去へと直接アクセスしているのだろうか?
いや、流石にそれは有り得ないか…
何れにせよ、地球人の天職というものにはこれほどの可能性がまだまだ秘められているのだろう。
しばらく映像を見ていると、ナデシコがセイジ達の元へと帰ってきた。
それをきっかけにセイジが映像を消してしまったのが残念だ。
『おかえりなさい!テンゴクさん達はどうでしたか!?』
『あー、んー、あのジゴクちゃんがご機嫌そうに喋ってたから、上手くやってたんだと思うけど…』
『それは楽しそうですけど、何かあったんですか!?』
『あー、心配はいらないわよ。何故かテンゴクとジゴクちゃんが必殺モードでオーラ全開だったってだけで、仲良くやってたみたいよ』
『そうなんですか? やっぱり以心伝心でしょうか?』
『うーん。私はそういうのよく分からないけど、まあ、もうすぐこっちに来るはずだから聞いてみたら良いんじゃない?』
『それは楽しみです!』
うーむ。
あれがデートと呼べるだろうか。
楽しみにする内容は全くないだろう。
あれから何か進展があったとも思えないしな。
そして、すぐにデート組の三人が一階層の最奥まで追いついてきた。
『デートはどうなのよ?』
『気になります!』
女子勢がこのように興味津々なのは地球も異世界も同じらしい。
『えっと、スキルのレベルを7から10に上げたよ』
ふん。
それで何が出来るというのだろうか?
スキルを覚えても他人のジョブ魂は使えるようにはならないし、オーラで意識を繋げることも出来ない。
どうやら目的を見失ったようだな。
仕方がないことだが、それで良かったと喜ぶべきだ。
「更にはリプシー・マウレイ様の加護の効果が判明したので御座います」
ああ、石の中にテレポートする罠を回避できる加護だな。
今では全くの無用の長物だ。
「うむ。不思議とこんなデートもありな気がしてきたのじゃよ」
それで良いのか。
ゴーレム幼女よ。
『って、ないわよ! 全然ないわよ! 有り得ないわよ!』
うむ。
私も同意見である。
『そうですよ!もっとこう、何ていうか、そう、大人のデートをしてるって期待してたんですよ!?』
そういう様子は全くなかったな。
『さっき呼びに行った時に、あんた達が必殺モードになってオーラ出してた時点で何かおかしいなとは思ったんだけどさ!』
『どうしてデートの最中にスキルレベルを上げてるんですか!?』
これは下手な言い訳ができる雰囲気ではないな。
デートでスキルレベルを上げるというのは全くの前代未聞の行為である。
それはもう冒険の最中にやるものだ。
デートにおいてはお互いの仕草や心情にのみ心を砕くべきであると私は思う。
もっとも、精霊である私にはデートの経験などありはしないがな。
『ええっと、アビスちゃんを元気付けるための方法を考えてたらそういう話になってたんだよね…』
『然り。新しいスキルがその助けになると思い…』
『ううむ。どれほどの非常識なデートであったとして、その内容にまで口出しすることは謹んで貰いたいものじゃな』
ううむ。
確かに、当人達が納得していればそれで良いと完結できるのがデートだろう。
迷惑がかかっていない以上、とやかく言う筋合いではないのかもしれないが…
それでも、デートの結果としてスキルレベルを上げましたと言われても納得はしたくないだろう。
『それもそうね。グレーゾーンだけどギリギリセーフにしといてあげる』
『確かに、私が口を出すことではありませんでした。歯痒いですが応援するだけに留めておきます』
ううむ。
グレーゾーンだが今後に期待ということか…
『ああ、そうだった。それでさ、スキルを試してみるのに回復ポイントまでの護衛を頼みたいんだけど』
無謀な挑戦から、すでに興味は新しいスキルへと移ったようだ。
これでデートに専念できるなら、スキルレベルを上げた意味が少しはあるか…
何にしても、今からでも氷精の祠でのデートが最高の思い出となるのなら喜ばしいことである。




