四日目、デート心層
さあ、三人で手を繋いだよ。
「『天極』」
「『地極』」
覚醒モードになって準備万端。
「それじゃあ行くよ!」
ぼくの気合いも充分だ。
「まずは観察で御座います」
ああ、そうだった。
ぼくの気合いは少しだけ空回りした。
いやまあ、さっきの話を忘れてたわけじゃないけどね。
アビスちゃんの身体を見る。
さっきの身体が熱くなってたときに防寒用のポンチョは脱いであるからはっきりとマナの流れが分かるね。
「うん。さっきまでとは違ってるね」
アビスちゃんの身体の中にオーラの通り道が出来ている。
身体の中心から根っ子のように延びているその道が、途切れることもなく手のひらまで続いているのが分かる。
ここにオーラを流せば確かに楽そうだね。
「肝心の中心部分のこれは…」
「アビスちゃんの、核かな…」
さっきは身体の中心の核のまでオーラが届いた所でくすぐったさだけを共有しちゃったようだ。
そして、アビスちゃんが今度はくすぐったくないって言った理由がこれみたいだね。
アビスちゃんの核には穴が空いている。
ぼく達のオーラが一瞬届いたその瞬間に空いたのだろう。
核に穴が空いてるから、今度は以心伝心するまでの障害が何もなく、故にくすぐったさも感じないだろうってわけだね。
でもこれ、大丈夫なのかな?
アビスちゃんが大丈夫そうだし問題ないのかな。
ぼく達には身体の中に核になる部分っていうのがないから想像がつかないね。
「ああ、そうだ。『極化』が解けたら直ぐに回復できるように、回復ポイントの近くに行っとこうか」
「シュラちゃんの助言で御座いましたね。そう致しましょう」
「うむ。安全第一じゃな」
一度手をはなし、回復ポイントのクリスタルを囲むようにして輪になって手を繋ぎなおした。
「それじゃあ、オーラを流していこうか」
やることは前と同じだ。
ぼくとジゴクのオーラをアビスちゃんに流し込んで、アビスちゃんの中でオーラを繋げること。
今度は身体の中の核に穴が空いてるから、抵抗もなく、くすぐったさもないだろうってわけだよね。
「然り。準備万端で御座いましょう」
それじゃあいくよ!
気合いを入れてぐっとオーラを流そうとしたぼく。
おっと!
今回は予想以上にオーラがするりと入っていく。
ぼくの気合いは全く必要なかった。
拍子抜けというやつだ。
何の力も要らないくらいだね。
オーラはあっという間にアビスちゃんの核まで届いた…
んっ!?
急に身体に浮遊感がっ!
いや、意識がどこかに吸い込まれてるっ!?
同時に膨大な情報が流れ込んできてるような…
なにこれっ!?
「おおっ、すまんのじゃ。リンクを切らねばいかんのう」
ぷつり
何かが途切れる感覚がして、ぼく達の意識が戻ってきた。
ううん?
三人で以心伝心してるからかな?
まだ変な感じだ。
三人だと波長を合わせるのが難しいのかな?
「余だけが慣れとらん影響もあろうな。これまでの以心伝心は常にお主ら二人だけで経験を積んできた故、それに意識が最適化されておるのじゃろうな。そこに新参者が加わることで違和感が生まれているのじゃ」
ふーん。
転校生が入ってきた時の教室の雰囲気みたいなものかな。
確かに、アビスちゃんとの繋がりはジゴクのそれより薄い感じもある。
だけど、確かに以心伝心が成功したんだよね!
「うむ。まずは第一関門突破というとこじゃな」
第一関門?
あっ、さっきのリンクっていうのは?
「さて、そこは説明できんのじゃよ。そもそも、その理由を知るための以心伝心じゃろう」
ああ、そうだったような。
心が繋がってても秘密を守れるなんて、アビスちゃんは偉いよね。
「ふむ。そもそもの意識の作られ方からして余とお主らとでは違うのじゃろうな」
まあ、今もアビスちゃんだけ普通に口で会話してるもんね。
何か伝わってきてるような気はするけど、ちょっとぼんやりしてて分からない。
‐これで御座いましょう‐
うんっと、ジゴクの心の声がする。
これってなんだろ?
ああ、意識の中の話か。
目を閉じてみよう。
ぱちっとね。
ぼくは目を閉じた。
そこにはジゴクが立っていた。
その横には大きな闇の塊が蠢いていた。
雨雲みたいなそれは間近で見るとちょっと怖い。
〔お主ら、存外に自己の意識を器用に扱うのじゃな〕
アビスちゃんの心の声がした。
目を閉じたせいかさっきまでよりはっきりと心の声が聞こえる。
うん。
ぼくもジゴクに色々と教えてもらったんだよね。
ジゴクは最初から意識の中での振る舞いが上手だったから、ぼくはそれに助けられてる。
‐それは嬉しく、こちが現実でテンゴクに助けられた恩を少しでも返せていれば幸いで御座います‐
うむんっ
急にそういうこと言われると照れるね。
‐はい。心の中なので心の準備をする前に伝わってしまいまする‐
おっと、ジゴクも照れてた。
うん。
黒い雲の塊みたいのが横になかったら普通に照れてるジゴクが可愛いと思えたんだけど、
〔その塊が見えるなら話が早いのじゃ〕
黒雲の塊の横にアビスちゃんも現れる。
‐これは、アビス様の核に何らかの封印がされているのでしょうか?‐
ああ、この塊の中にアビスちゃんの核があるんだね。
うん。
アビスちゃんの心からも、それを否定する意思は伝わってこないから正解みたいだね。
具体的なことは言えないって言ってたし、意識の中から伝わってくることだけで判断したいね。
〔これのせいで色々と制限があってのう。消せれば良いのじゃがな…〕
ふむ。
アビスちゃんも困ってるようだし、ぼく達で消せないか試してみようかな。
‐『極化』になっている今の状態であれば、何とかなるのでは…‐
ジゴクが闇の中に手を突っ込む。
ああ、危険はないみたいだね。
だけど抵抗感が少しあるようだ。
うん。
少しは闇が散らされてるけど、これは…
‐すぐに回復するようです‐
あっという間に元に戻ってるね。
〔マナが供給される限りはすぐに再生するじゃろうな〕
うーん。
こっちも多少は体力を消耗するみたいだし、これはけっこうきついかも…
〔そうであろうな。ふむ。今のお主らが精霊に近いとすれば、これは神の力に近いものじゃ。この世界そのものに挑むようなもの故、やはり無理かのう〕
なるほど、この黒雲が第二関門ってことだね。
うん。
やるだけやってみようかな。
‐然れど、払えども再生するのでは切りが無く。全てを吹き飛ばすにはどうやらこち達のマナだけでは足りぬようで御座います‐
『極化』してるだけじゃマナの簡単な操作は出来るけど、周囲にマナを作り出せるわけじゃないもんね。
何か手はないのかとジゴクが色々考えていることが伝わってくる。
ぼく達の術でマナを集めることができないかと、あれこれ模索してるみたいだけど、この狭い場所じゃあどれも効果的とは言えないようだ
うーん。
そうだ。
回復ポイントからマナを引っ張れないかな?
〔く、くくっ〕
それはちょっとした思い付きだった。
MPを回復できるんだから、マナも補充できるんじゃないかなっていう思い付き。
〔くくくくくっ〕
これが九九なら九×九×九×九×九をすることになりそうな、それはアビスちゃんの笑い声。
〔いや、愉快でな。回復ポイントからマナを引き出すための条件は確かに揃っておるようじゃ。低からず勝算はある〕
おっ、それじゃあ何とかこの黒雲を払えそうかな?
〔さあのう。流石に払うだけでどうこう出来る保証はできんのじゃよ。然れども、それ以上に面白いことが起きるはずじゃよ〕
面白いこと?
〔ああ、残念なことに余からは言えんのじゃよ。こいつのせいでな〕
アビスちゃんが愉快そうに黒雲をぽふぽふする。
なんだろう。
ちょっぴり嫌な予感もするね。
‐ふむ。しかしその黒雲に意識を集中するにはアビス様との以心伝心の維持が少々負担が大きく御座います。今のこち達のオーラに染まっているアビス様なら、こち達のジョブ魂を受け入れられるのでは御座いませんか?それが以心伝心の助けとなれば幸いなのですが…」
ああ、確かに普段よりちょっと以心伝心に疲れてる気がする。
オーラを送り続けてるからだったのか。
〔ふははははっ!お主ら揃って発想がぶっ飛んどるのう。しかし良い発想じゃ。今ならばお主らのジョブ魂に抵抗する要素がないくらいじゃな。しかしどうなるんじゃろうな?流石に結果が読めんのじゃよ〕
うん?
やめといた方が良いかな?
〔いや、面白そうじゃろ? やってみる価値はあるはずじゃよ〕
なるほど、アビスちゃんが何やら吹っ切れてるみたいだ。
アビスちゃんに元気出して貰うための以心伝心としてはもう成功してると言えるね。
‐為らば、これがこち達三人の正真正銘のデートということで御座いましょう‐
うんうん。
デートコースは氷精の祠から心の中へ、ってわけだね。
よし、まずはジョブ魂からやってみよう。
「『ジョブ魂:闘士』!」
「『ジョブ魂:闘士』!」
二人で現実世界の方でジョブ魂を出す。
ジョブ魂を出すためにジゴクとは手を放しているけれど、アビスちゃんを通してオーラが繋がっているから問題なく以心伝心も出来ている。
「『インストール』!」
「『インストール』!」
そして、ぼく達二人の『闘士』のジョブ魂をアビスちゃんへと吸い込まれていった。
あれ?
二つも魂を入れちゃって大丈夫かな?
次回でデートは終了ですが、その後の話を誰の視点で書こうか考え中。
やっぱり氷精かなぁ。
でもシュラちゃんも捨てがたい。
いっそ碧さんでも面白そうだし…




