四日目、二回目の休憩
氷の床に三人で寝っ転がっている。
今は『極化』も解けていて、いわゆるノーマルな状態だ。
ひやりとした冷たさが心地好いや。
「ああ、びっくりしたよ」
「くすぐったいというのは実に衝撃的なもので御座いました」
「ふん。お主らが味わったのはほんの一瞬だけであろう。余はあれに何れ程の間苦しめられたことか」
ジゴクと二人でアビスちゃんへとオーラを送り込み、意識が繋がったその瞬間に共有したものは、ただただ全身がくすぐったいというその一点だけだった。
「だけど、確かに繋がったんだよね」
「然り。あれは意識が繋がったからこそのくすぐったさで御座いました」
「余にも確かに伝わってきたのじゃよ。お主達が余のくすぐったさを味わって、くすぐったいと感じたことがのう」
そう、あれは三人分のくすぐったさだった。
思わず『極化』が解けて、『以心伝心』まで解けてしまう程の衝撃的なくすぐったさだった。
くすぐり攻撃をしてくる敵が現れたら、ぼく達は勝てないかもしれない。
以心伝心の弱点はくすぐり攻撃で間違いないね。
「ちょっと休んだら再挑戦する?」
「当然で御座います。不可能でないと知れた以上、諦める道理が御座いません」
「不本意ながら同意しておこうかの。先程の痛みとくすぐったさは、余の身体の中にお主らのオーラの通り道が出来上がっていく過程でもたらされたもののようじゃからな」
「次はすんなりと成功できそうってこと?」
一番反対しそうだったアビスちゃんが同意してくれた。
つまり、ぼく達を止める人間はもう居ない。
「先程よりは確実に楽であろうな」
「それは朗報に御座います。然れど、心が繋がった途端にくすぐったくては堪りませぬ故、何か対策が欲しい所で御座います」
「それもそうだよね」
途中までさっきより楽になってても、それで最後のくすぐったさを乗り越えられるとは限らない。
アビスちゃんが片手を上げて自分の手のひらを眺める。
「ふむ。そうじゃな、お主らも次に『極化』した時に余の身体を見てみると分かるじゃろうよ」
一体何が見えるんだろうね。
今、アビスちゃんの目には何が見えているんだろう。
「そういえば『極化』って結局はなんなんだろ?」
『天極』の術の説明は〔天に極化する〕ってだけなんだよね。
流石に、こんな不親切な説明だけでMPを全て消費しちゃう術を使う人は居ないんじゃないかな?
ぼく達だって、たまたま自分の名前と同じ術を、たまたまマウプーの石精の加護があったから知らず知らずのうちに使えちゃっただけで…
「何れかの性質の極み。混じりけのない純粋な状態と言った方がイメージとしては近いやもな。つまり、精霊と同じじゃよ」
どこがどうして、つまり精霊と同じなのか分からないけど…
同じ…
精霊って実物としては石精のマウプーしか知らないけど、ここも氷精の祠っていう名前のダンジョンなんだしダンジョンマスターは氷精なんだろうね。
「つまり、こち達は『天』と『地』の精霊と化して居たので御座いましょうか?」
ん…?
つまり、ぼく達は人間やめちゃってたのかな?
「うむ。その通りじゃよ」
その通りだった!
いや、まあ、『極化』してる時だけだよね。
くすぐったくて人間に戻っちゃう程度ならまだセーフだよね。
でも、確かに異世界に来てからというもの、いつか人間やめちゃいそうな予感はあるんだよね。
うーん…
その時、ドタドタと大きな幾つかの足音が聞こえてきた。
いや、寝転んでるから耳元で聞こえてるんだけどね。
「ちょっと!あんた達大丈夫なの!?」
おっと、撫子ちゃんだったね。
「あっ!三人とも倒されてしまってます!」
シュラちゃんも居るみたい。
ぼく達を守れなかったんじゃないかって心配しそうだね。
「あっ、ちょっと熱かったから氷の上に寝っ転がってただけだよ!」
うん。
急いで立ち上がる。
シュラちゃんに心配させたくないしね!
さっきから身体が少し熱かっただけで、もう大丈夫だ。
とか思ってたら立ちくらみがした。
うん?
直ぐに治まったけど、思ってたより体調悪いのかな?
「もう。大丈夫ですか? 回復ポイントがそこにあるんだからちゃんと使って下さいよ」
異世界人のシュラちゃんが異世界では常識ですよとばかりに言う。
「えっ? 回復ポイントってそういうのも治せるの?」
地球人のぼくにはその発想がなかったね。
「当然です。MPがあれば体調くらいは回復しますよ」
そうか、今の状態はMPがなくなってたから身体が火照っててる状態だったのか。
立ちくらみもそのせいなのかな?
「ああ、少し違うのじゃ。最近ちゃんとした食事を取っとらんじゃろ? 地球人の身体が食事で補給する栄養素が足りとらんのじゃよ。そこにMP切れが重なった今の状態が本来の体調に近い故、今後は気を付けて食事をとるようにするのじゃよ」
ああ、そういえば最近はトマトくらいしか食べてなかった。
異世界に居るとマナの影響でお腹が空かないんだったね。
お腹が空かないと食事って忘れちゃうものなのか。
「本来なら山吹が出前を届けに来るんじゃろうが…」
アビスちゃんが小さく呟く。
そういえば、山吹さんが来るって行ってたような…
でも、何時に来るとは言ってなかったしね。
晩御飯には期待しとこうかな。
「それじゃあ回復しとこうか」
「ああ、私達もついでに回復しとこうかな」
「それじゃあ、私が…」
シュラちゃんがクリスタルを操作して回復してくれた。
緑の光が広がって、確かに体調も良くなったね。
「あんた達、どうしてデートの最中に三人揃って倒れかけてるのよ?」
撫子ちゃんからの最もな疑問。
「それもMP切れになるなんて、まさか三人でけっこん…」
ん?
結婚?
MP切れと結婚が結びつかないけど…
何やらとんでもない単語を呟くシュラちゃん。
「げふんっ! テンゴクとジゴクがMP全消費のスキルを使っただけじゃよ!」
珍しく普通に取り乱して弁解じみた物言いをするアビスちゃん。
「あっ、なんだ。そうですよね。びっくりしました。さすがにあり得ませんよね。良かったぁ…」
そしてシュラちゃんが安心して胸を撫で下ろしていた。
うん?
なんだろね?
「それじゃあ、私たちは行くけどさ… 無理はしないでよ?」
撫子ちゃんが心配してくれた。
「さくっとボスを倒して戻ってきますから、何かあったら直ぐに回復してくださいね」
シュラちゃんまで心配くれた。
「うん。ちゃんと回復するし、もう無理はしないようにするよ」
そう約束して、撫子ちゃんとシュラちゃんを見送った。
「青磁くんも行って欲しいんだけど…」
もうお約束になりつつあるね。
「うーん。ボス戦の方も気になるけど、こっちも面白そうなんだよね。ざーんねん」
本当に残念そうに青磁くんは撫子ちゃんの後を追いかけていった。
だけど、仮にもデートなんだし、プライベートってことで勘弁してもらおう。
「よし、もう一回試してみようかな」
そして、ぼく達は以心伝心へのリベンジを始めることにした。




