四日目、デート開戦
注:一話前の話にダンジョンに入る前にパーティーを組むシーンが追加されてます。
「そういえばさ、アビスちゃんって天職はなんなの?」
これから敵のいるダンジョンに行くわけで、デート組とはいえアビスちゃんの職業を確認するのは当然だと思う。
撫子ちゃんがさらっと聞いたその質問で、だからどうしてアビスちゃんがびくりとしたのかが分からなかった。
元気がないと思っていたら、今度は挙動不審なアビスちゃん。
「ふ、ふむ。余の天職は『賢者』なのじゃが…」
「じゃが?」
じゃがと言えばじゃがいもだけど、そんなことは思っていても流石に言わずに展開を見守ろう。
「その、のう。実はまだ碧の所でジョブ魂をもらっておらんのじゃよ。つまり、うむ、今の余は無職の幼女じゃな」
「えええええっ!?」
「なんと!?」
「いや、幼女は別に無職で良いんじゃない?」
「それもそうだね」
「だけど、それって敵が出たらどうやって戦うんですか!?」
うん、確かに危ない。
アビスちゃんって山吹さんみたい普段から強いタイプのかな?
「あれ、だけどさっき名苻は出せてたよね?」
「ああ、あれは頑張ったら何とか出せたのじゃが、されども中身は全て白紙だったのじゃ」
名苻って何とかで出せちゃうものだったんだね!
「んー、まあ、最初の予定通りに私達が守るからさ。もしも敵がそっちに行っちゃったらテンゴク達が何とかしなさいよ。それで良いでしょ?」
「まあ、それで良いかな」
ダンジョンって敵を倒した後すぐには復活しないんだし、気をつけてれば大丈夫だよね。
「では、もしもモンスター様が此方に来たときはこち達がシュラちゃんの方へと飛ばすことに致しましょう」
我らが参謀として作戦を決めておくジゴク。
「そうね。うん。あんた達って飛んだり飛ばしたりするのは得意みたいだし、それで行きましょ」
ジゴク参謀の作戦が無事に撫子ちゃんに受理された。
「なんと!こちの意見が撫子様に認めて頂けたのは初めてやしれませぬ。なんとも感慨深きことで御座います」
そうだったかな?
まあ、実戦的な話になるほどジゴクは頼りになるっていうのは間違いないよね。
「別に、しっかりした意見だったらちゃんと認めるわよ。あとさ、ジゴクちゃん、その撫子様ってのはやめてよね」
「なんと、ここでまたこの問題が…」
見た目が年下のシュラちゃんに対してもまだまだ様付けで呼んじゃうことのあるジゴク。
相手を敬い過ぎててどうにも呼ばれる方がついていけない場合が多い。
モンスターにすら様がついちゃうくらいだしね。
「あ、ジゴクちゃんに普通に呼んでもらうにはそうとう仲良くならないとダメなんですよ」
誇らしそうに言うシュラちゃん。
うんうん。命懸けで乱堂汕圖からジゴクを守ってくれたシュラちゃんにとっても、そのことでジゴクから信頼を得たみたいで嬉しいんだろうね。
「ああ、それじゃあ私も呼びたくなったら呼んでくれたら良いわ。撫子様って呼ばれる度にちょっとむすっとするけどよろしくね」
「なんと、撫子様と呼ぶ度にむすっとするので御座いますか?」
「そうよ。今もほら、むすっとしてるでしょ?」
そう言って頬っぺたを膨らます撫子ちゃん。
どう見ても演技だ。
「なんと、確かにむすっとされておりまする…」
だけどこういうのがジゴクには効果的だった。
「そういうことだけど、別に気にしなくていいからさ。好きに呼んでよね」
そう言われたジゴクが何やら葛藤しているようだ。
気にしなくて良いと言われて逆に謎の使命感に襲われているみたいだね。
「な、撫子ちゃま!」
ああ、様とちゃんが混ざってしまった。
だけど頑張ったね。
「あはは、無理しなくて良いってば、ちゃまよりは様のが良いし」
それはそうだよね。
テンゴクちゃまだったらぼくも嫌だ。
「ふむう。撫子、ちゃん。撫子、ちゃん。ふむ。少し間隔をあけて別々の単語として発音すれば問題ないようで御座います」
なんだか『ナデシコ・チャン』っていう名前の人みたいけど…
「ううーん。ちょっと微妙ね。いっそ『ナデシコチャン』っていう一つの単語だと思ったらどう?」
呼ばれる方としてはそんなので良いのかな?
「成る程。ナデシコチャン。確かに何の抵抗もなく言えまする」
呼ぶ方としてはそれで良いんだ!
「ああ、うん。良いんじゃない。それじゃあジゴクちゃん。私はナデシコチャンでよろしくね」
「確と承りました。ナデシコチャンで御座います!」
二人とも納得してるなら問題ないね。
「よし、それじゃあデート頑張んなさいよ!」
ナデシコチャン、もとい撫子ちゃんが先に次の部屋に向かい、シュラちゃんがその後をついていく。
去り際に撫子ちゃんがぼくにひっそりと耳打ちして「アビスちゃん、ちょっと元気なさそうだしさ、ちゃんと励ましてあげなさいよ」って言い残していった。
うん。
普段はわがままだけど、ちゃんと皆の心情も考えてくれてるんだよね。
よし、頑張ろう。
「あっ、青磁くんも先に行ってよね」
「ちぇっ、気付かれちゃったや」
青磁くんも少し残念そうに撫子ちゃん達の方へと進んでいった。
よし、めでたしめでたし。
「それじゃあ、ぼく達の初めてのデートになるわけだけど…」
なんだかデートって言葉が何の抵抗もなく自分の口から出てくるようになってしまった。
ちょっとショック。
「では、そちが落ち込んでいる理由をそろそろ教えて下さいませんか?」
おおっと、ジゴクもアビスちゃんのことが気になっていたようだね。
「お主は余のことなどどうでも良かろうて。余のことなど気にせずともデートを楽しんでおれば良いのじゃよ」
「落ち込んでいるお子様が近くに居ては気になってデートに集中出来ませぬ!」
「ふん。どうせ言えんし、じゃから言わぬよ」
うーん。
何か言えない事情があるのかな?
アビスちゃんが元気なくなったのってエレクトさんとタクトさんが現れてからなんだよね。
「なんと! それはテンゴクにも言えないので御座いますか!?」
「下らん。お主らのように以心伝心で無理やり読み取るのでもない限り、余からは何も言わんよ」
なるほど。
これはよっぽどの事情があるのかな。
「ならば、以心伝心致しましょう」
ん!?
さらりと凄いこと言ったよ!
「はん! 少しは理屈の通ったことを喋っていると思っておったが、買い被っておったようじゃの! 出来ることと出来んことの区別もつかんとはな!」
確かに難しそうだ。
相性が合ってないとどうにもならないんじゃないかな?
「やらぬ内に諦めるなど愚の骨頂! 少しは自分で考え、思うように行動しても良いでは御座いませんか!」
うんうん 。
それもそうだね。
試すくらいはしてみるべきだ。
何せ、アビスちゃんは言えないし言わないとは言ってるけど、言いたくないとは言ってない。
多少は強引な方法でもアビスちゃんの憂いの理由を知りたいな。
よし。
ぼくはその方針で行動しよう。
つまりはジゴクと同じだね。
「うん、アビスちゃんと以心伝心する方法を探してみよう」
ぼくは自分の決意を告げる。
「なんじゃと!? テンゴクまでそのようなことを!」
「然り。テンゴクであればアビス様が何やら複雑な事情を一人で勝手に背負っているらしきことにも気付き、それを解決するために行動を起こすことは当然に御座います」
ちょっと大げさだね。
ぼくは、ただ単にすっきりしないのが嫌ってだけなんだよね。
だけど概ねその通りか。
「ジゴク、こうなったらアビスちゃんと以心伝心できるように色々と試してみよう」
「了解に御座います!」
「出来れば、アビスちゃんにも協力して欲しいんだけど…」
本当に嫌そうだったらやめておきたいしね。
「ふん。勝手にせい。余にできることがあれば手伝うことに吝かではないが、所詮は無駄な努力じゃよ」
うん。
嫌ではないんだろう。
期待は出来ないって思われてる程度かな。
「それじゃあ、ミッション『アビスちゃんとの以心伝心』、スタートだよ!」
そして、ぼく達の初めてのデートが幕を上げるのだった。
ようやくデートの開戦です。
今回、奈落編で「ジョブ魂がないと呪文も使えんしの」とか言ってたら詰んでました。
リフトの呪文を使えることにしといて良かった。
名前が登録出来てなくてパーティーを組めなかったらダンジョンに一緒に入れないって設定だったので…
そうなってたら、流石にデートどころじゃないですからね。




