四日目、疑いのメルシエ
メルシエさんも大鬼の戦いについては知らないみたいだ。
「大鬼ってスオウのことでしょ? あれに戦って勝てる人なんてこの世にいないと思うけど。仮にスオウさんがパラメーターをわざと弱くなるように調整してたとしても素のMP量だけで圧倒しちゃうんじゃないかしら」
心配するようなことじゃないわよとメルシエさんが言う。
そもそも、父さんからの小包騒動への対応に追われ、街の外で大鬼が暴れてたとか戦ってたとかいう情報はメルシエさんに入ってすらいないらしい。
「わざわざスオウさんが戦っちゃうくらいだし地球側の事情ってやつなんでしょうけどね。それでも、わざわざスオウさんを倒して得する人なんて居ないでしょ」
乱堂汕圖ってジゴクを拐いに来たんだよね。
だけど、途中で何かに思い至って目的が変わってたようにも思える。
「えっと、得する人が居ないってどういうことですか?」
強い相手に勝って全く得がないってことはないと思うけど…
「あの人を万が一にでも倒せちゃったら、今度は巫女様か、最悪の場合はワドウキザシが出張って来ちゃうかもしれないもの。地球側でも異世界側でもない上にどちらとも友好的なスオウさんを倒すなんて、それこそ両方を敵に回すみたいなものでしょ?」
確かに、店長は父さんとも仲が良い。
いや、お互いに仲良さそうにしてるとこは見たことないけど、それでも、父さんに話しかけられても嫌そうな顔をしないのは山吹さんと店長くらいだ。
それにしても、まるで父さんが地球側のボスみたいに言われてるのは変な感じだね。
偉そうなだけで、偉いわけでは全くないのにさ。
「ふむ。大体の情報は聞けたじゃろう。それではそろそろ行こうかの」
アビスちゃんってば突然に立ち去ろうとする。
もうメルシエさんに聞きたいことはないみたいだ。
「ええー? もうちょっとくらい話していかない? 私って暇なのよね。 そんなに大勢居るんだから、誰か一人くらい置いていっても良いと思うわよ?」
ぼくとジゴクとシュラちゃんと、撫子ちゃんに、青磁くんに、あとはアビスちゃんも加わっている。
パーティーって何人まで組めるんだろうね。
そういえば、ヘブンとヘルは碧さんのところから飛ばされたときに居なくなってるけど、碧さんのところに居るのかな?
「私はまた明日にでも来るから、その時に少し話すってことで良いかしら?」
撫子ちゃん、こう言いながらも実は来ないとか…
いや、そんな酷いことはしないよね。
「少しというところが全く良くないけれど、急いでいるのなら仕方がないわね。また明日、楽しみに待っているわね」
メルシエさんが本当に名残惜しそうに言う。
相当に暇なんだね。
「あっ、メルシエさん。お喋り相手に丁度良さそうなのが居ますよ」
ぼくはマウプーのことを思い出す。
あっちも暇って言ってたし、丁度良いかもしれない。
「まあ、それは素敵ね。是非とも紹介して欲しいけれど、まさか地球にいる人とかじゃないわよね?」
「ええ、大丈夫ですよ。こっちの世界の… って、呼んだ方が早いかな。よし、『天魔召喚:リプシー・マウレイ』!」
ぽんっと石の精霊が現れる。
「おっ、テンゴクくーん。早速呼んでくれたんだねー。どんな用事もリプシー・マウレイの手にかかればちょちょいのちょいだよ、お任せて! それとも、愉快で可愛いリプシー・マウレイに会いたくなっちゃったのかい?だけどそれもしょうがないよね。なんと言っても愉快で可愛いんだからねー」
何だかんだでよく呼んでるんだよね。
ちょっと呼びすぎてるかもしれない。
今度からは少し控えるようにしよう。
「えっと、ギルドマスターのメルシエさんが暇そうだから、ちょっと話し相手をしてあげて欲しいんだけど…」
言いながらも、こんなことで精霊を召喚して良いのかなって気になってきたよ。
きっとマウプーは気にしないだろうけど。
「おおー、メルシエちゃんかー。うんうん、ギルドマスターだなんて立派になったねー」
マウプーがメルシエさんの周りをふわふわと飛び回る。
おっと…
いきなり話し相手を召喚したからか、メルシエさんがびっくりしてるね。
何やら剣呑で…
「精霊がどうして!? 石精の祠が立ち入り禁止になったのってあなた達の仕業だったの!? まさか巫女様に反旗を翻そうっていうのかしら!?」
あれ、何やら怒ってらっしゃる?
「えっと…」
碧さんの許可は貰ってるって言わなきゃね。
「ああっ!『終末論者』の刺客が地球にもいたなんて!これは大変だわっ! 石精のような端役のどうしようもない精霊とは言っても、巫女様からその権限を奪うだなんて! 地球の子どもはなんて危険なのかしら! 子どもだからってヤマブキ達も油断していたんじゃないかしら!? だけど大丈夫よ。このメルシエメルルヒル・ドレグダノーヴァが、ウガリットの冒険者ギルドのマスターが知った以上、この不穏な反乱分子をしっかりと処理すれば良いんだから。 異世界の未来は私の手にかかっていると言っても過言じゃないわね! いやだわ、緊張してきちゃった!」
あれっ!?
言う暇がないよ!
じゃなくて、何だか攻撃されそうな雰囲気!?
いや、本当に緊張してるのか頭を抱えてるけど…
ついでに、マウプーがどうしようもないと言われたショックで「どうしようもないだなんてーっ!!」って言いながら床に突っ伏してしまってるけど…
いや、誤解を解かなきゃ流石に危ないよね!
「だけどやるしかないのよメルシエ…」
なんて自分に言い聞かせてるメルシエさんに…
「碧さんに許可は貰ってます!」
ぼくは叫ぶように強く伝える。
メルシエさんの目がぱちくりと、信じられないものを見たみたいにぼくを見る。
マウプーはまだ床に落ちている。
「なあんだ! そうだったのね!」
メルシエさんがぱっと笑顔に変わる。
「確かにそうよね! 地球の子どもが巫女様に楯突くなんて有り得ないもの! あっ、でも一応は上に確認してくるからちょっと待っててね!」
そう言って、メルシエさんがギルドの奥へと向かう。
「ああ、びっくりしたわ。本当に世界が終わるのかと思っちゃった」
なんてことを呟いてるけど…
「テンゴクってば、自分がとんでもないことを時にさらっとやっちゃってるって自覚を持った方が良いんじゃない?」
撫子ちゃんに諭された。
いや、でもちょっと契約の術を普通に試してみただけで…
「私も最初はびっくりしましたが、マウプー自身が自然に受け入れていたのでそういうものなのかと思ってたんですけど…」
そうだったんだね。
シュラちゃんが襲いかかってこなくて良かった。
「天地術はこの世界で神と呼ばれていた存在が使っていた術じゃからな。天術と地術などと分けられていても、巫女より上位の権限を持っていておかしくはないのじゃよ。しかしまあ、流石に出来すぎじゃがの」
アビスちゃんが何でもお見通しとばかりに言う。
「出来すぎって?」
碧さんもそんなことを言ってたような…
「お主達が『天術使い』と『ちじゅちゅちゅかい』…」
あっ、アビスちゃんも『地術使い』って言えないんだね。
「『地術使い』! であることがじゃよ」
アビスちゃんが言い直す。
今度はちゃんと言えたね。
「ふん。まあ、こちに言えるのはこのくらいじゃな」
何か言えない事情があるのかな?
「知らぬことを言えぬことと誤魔化しているのでは御座いませんか?」
ジゴクが突っかかる。
ううん…
やっぱりアビスちゃんには厳しいんだよね。
「余の事情も知らん小娘は黙っておれ」
そして、それはお互い様だった。
決定的に仲が悪いっていうか…
水と油っていうか…
「あーあ、ここで喧嘩しちゃったらデートは中止よね。そうでしょ?」
撫子ちゃんがぼくに聞いてくる。
はっとした様子でこっちを見てくる二人。
「うん。残念だけど仕方ないよね。二人が喧嘩しちゃったらデートは中止だよね」
撫子ちゃんの話にのっかかるぼく。
まるでぼくとデートしたいでしょ?って言ってるナルシストの人みたいな台詞だけど、絶対にそうじゃないってことは断言しておこう。
「ああ、なに、喧嘩なんぞしとらんよ!少しばかり言い方がきつくなっただけなのじゃ!」
「そうで御座います! 言葉に少々トゲがあったかもしれませんが他意は御座いませぬ!」
二人とも仲良く誤魔化してきた。
うん。
きっとこの二人のは同族嫌悪ってやつだよね。
ヘブンとヘルに対してよりも、アビスちゃんに対しての方がそれが強く出ちゃってる感じだけど…
まあ、成長する過程で自己嫌悪と向き合うのは誰にでもあることだと思うし、そのきっかけが自分と似た者同士な相手から生まれることはよくあることだよね。
そんな同族嫌悪ってやつに早いうちに向き合えるのは、将来的には良いことなのかもしれない。
酷い喧嘩にならないようにだけ気をつけて、あとは温かい目で見守ろうと思う。
なんて考えてると、メルシエさんがギルドの奥から出てきた。
「ああっ、びっくりした。まさか巫女様と直接話が出来るなんて… ああ、確認はとれたから行っても良いわよ。有らぬ疑いをかけちゃってごめんなさいね」
申し訳なさそうに言うメルシエさん。
「全然気にしてないので大丈夫です」
びっくりはしたけどね。
「そう? あっ、この精霊は置いていってもらっていいかしら? とっても話したいことがたくさんあってもう大変なのよ」
そんなに話したいことがたくさんあるなんて大変そうだよね。
「もちろん良いですよ。マウプーも話すの好きそうだし、きっと退屈はしないと思います」
そのために召喚したんだしね。
マウプーってばまだ床に突っ伏してるけど…
ぼくはひょいっとマウプーを抱え上げてメルシエさんに渡す。
有らぬ誤解を受けるかもしれないなら、マウプーはあんまり召喚しない方が良さそうだしね。
「ありがとね。本当に助かるわ。それじゃあ氷精の祠に行くのよね。大丈夫だとは思うけど、ちゃんと準備はしていくのよ」
そしてメルシエさんに見送られ、ぼく達はギルドを後にした。
よっぽどお喋りしたかったのか、最後の方は追い出すように送り出された気がするよ。
大変なお喋りになるかもしれないけど、マウプーだったら大丈夫だと信じよう。
今年最後の更新です。
この話を書き初めてから一年と一月が経ちましたが、物語はまだ四日目です。




