四日目、ジゴクとアビス
地下牢を出て碧さんの居る部屋に戻ってきた。
もちろんだけど、アビスちゃんも一緒だ。
みんなの視線がアビスちゃんに集まっている。
あっ、撫子ちゃんも帰ってきてるね。
ちゃんと一人でもここに来れたみたいだ。
撫子ちゃんのしっかりしてるところ、ぼくも見習わないとね。
「なに見てんのよ?」
見習おうとしてた撫子ちゃんから、因縁をつけられた不良みたいな言葉がとんできた。
うん。
こういうところは見習わないようにしよう。
「ちょっと見直したり見直さなかったりしてただけだよ」
ぼくの返事は「ふーん」と素っ気ない態度で流された。
「それで、その子を旅に連れていくのかい?」
碧さんが真剣な顔で聞いてくる。
「はい。ぼくは連れていっても良いかなって思いました。あとは、ジゴクとシュラちゃんに聞いてみようと思います」
うん。
ぼくって碧さんと話すときに背筋がピンとなっちゃう。
「では、まずは余から名乗ろうぞ」
アビスちゃんがぼくの前に出る。
まるでジゴクの前に立ちふさがるように…
「余は海之アビスという名の物ノ怪じゃ。長ったらしい自己紹介など不要じゃろうから大切なことだけ言っておく…」
アビスちゃんがくるりと振り向き、ぼくに飛び込んできた。
あっと、ぼくの左腕にしがみついて、そのまま上半身をくるりとジゴクの方へと向き直るアビスちゃん。
「余は、テンゴクが大好きで、お主のことが大嫌いじゃ!」
えーっ!
どうしていきなり喧嘩腰!?
っていうか大切なことってそれだけなの!?
うわ、ジゴクがアビスちゃんを無表情で睨んでる!?
いや、無表情なのに睨んでるって思えるくらいに鬼気迫ってるその雰囲気に、ぼくは息を呑む。
ぼくからじゃ見えないけど、アビスちゃんも同じような表情をしてる気がするよ。
一歩ずつ、一歩ずつ、ジゴクがにじり寄ってくる。
まるで決闘でもするんじゃないかって雰囲気…
一歩…
また一歩…
ジゴクが近付いてくる…
そして、一触即発の距離になった時…
ぼくはジゴクと手を繋いでいた。
「なっ!?」
アビスちゃんが驚いてる。
この場所の呪いで相性が良い人達は勝手に手を繋いじゃうんだよね。
こればっかりはしょうがない。
クラスメイトも居るのに恥ずかしいや。
「ふふん。こちはテンゴクと相性抜群なので御座います」
アビスちゃんに繋いだ手を見せ付けるジゴク。
無表情の鬼気も晴れ、にんまり満面の笑みが、それでもちょっと怖い…
わなわなと震えるアビスちゃん。
「この場から出れば手などいくらでも繋げるのじゃよ。 そも、相性が良ければ良いことばかりだとでも言うのかえ? 意識なんぞが繋がったせいで別人格が生まれる程にテンゴクに負荷がかかったのであろう? 正味、精神が無事で済んだのはたまたまじゃよ。お主とテンゴクの繋がりは危険なのじゃ!」
うん。
見た目は幼児なのにしっかりと自分の考えで話すアビスちゃん。
ジゴクに対しての敵意のようなものは感じるけど、ぼくに対しては随分と優しいね。
ぼくのことが大好きで、ジゴクのことが大嫌いって言ってたけど、それが本気なんだということは分かった。
そして、すっかり無表情に戻ったジゴクから、鋭利な氷のナイフのような冷気がただよっている。
いや、これは…
「既知ではないというだけで未知を否定するようなことも、成長と混乱をない交ぜにして負荷と一言に片付けることも、ましてや、こちとテンゴクの問題に我が物顔で踏み込んでくることも、全てが不快で御座います!」
全面対決姿勢だよ!
二人の間に立っているのが辛い!
「ははっ! 相性の良さに甘えているだけの小娘が、道理だけは一人前を気取っておるのじゃな。然れど、不快というなら余も同じ、同じである以上はテンゴクを慮っている分で余の道理こそが尊重されるべきであろうな!」
言い合いはまだ続いてる。
怖い!
これは怖いよ!
だって…
「慮るなどと甚だもって独善的に過ぎず。テンゴクの意思を軽んじているだけなのだと認める度量も持ち合わせてはいないので御座いましょう! おそらく相性が悪くて手も繋げないので御座いましょう? ああ、その憎たらしき物言いも僻んでいるだけなのだと思えば憐れみこそが相応しいのやも知れませぬ」
だって…
だって、碧さんがすっごい怖い目でこっちを睨んでるんだよ!
なんていうか本気で怒ってると思う!
今までで一番怖いもん!
これは逃げた方が良いと思う。
っていうか逃げたい。
でも両手がそれぞれジゴクとアビスに掴まれちゃってる!
ぼく、捕まっちゃってる!
そして、碧さんが宣告する。
「喧嘩は余所でやりたまえ」
その短い言葉に込められた重圧で、ぼく達は
気が付くとラプトパの宿に帰っていた。
どうやら全滅したらしい。
シュラちゃんは碧さんのとこに来てから緊張と戦慄でほとんど動けませんでした。
でも泣かなかったの偉い。
最後のは、全滅したっていうよりリセットボタンを押されたって方が近いかな。




