四日目、ヘブンとヘルと契約しよう
ぼくがジゴクちゃんをジゴクと呼ぶことに馴れようと、心の中でジゴクジゴクと繰り返していると、不意に撫子ちゃんがとんでもないことを聞いてきた。
「やたらと仲良いけど、あんた達って付き合ってんの?」
ジュースを飲んでいたら吹き出してしまっただろう。
危ないところだった。
普段と変わらない調子でとんでもないことを言うのは撫子ちゃんらしいけどさ。
でも、どう答えよう。
ここでの返事がクラス中に広まることは間違いない。
さて…
なんて考えている一瞬の隙に、シュラちゃんが喋り始めてしまった。
「テンゴクさんはですね、ジゴクちゃんがピンチになってたら必ず助けに来てくれるんですよ。この間も、空を飛んで助けに来てくれて、『ジゴクちゃんをいじめてんじゃないよ!』って、普段の温厚なテンゴクさんからは考えられないくらい、とても強く怒られてました」
感情的になってるときの台詞を後から自分で聞くことの気恥ずかしさって、ぼくはどうにも慣れないね。
うん、恥ずかしい!
空を飛んで助けに来るって、それじゃ本物のヒーローみたいだよね。
シュラちゃんの説明に「へえ、なるほどね」って何やら納得してる撫子ちゃん。
そのままジゴクちゃんに向かって行ったよ。
「ジゴクちゃんね、あんたは知らないかもしれないけど、テンゴクは誰のことだって助けようとするんだからね。そんなので自分が特別扱いされてるなんて思わないでよ?」
あれ、どうして何やら険悪ムードに…?
あと、ぼくは誰でも助けるような良い奴だっけ…?
まあ、善処はしたいと思ってるかな…?
「撫子様の懸念、こちも然りと承知の上に御座います。こちは特別扱いではなく、テンゴクと並んで立つに相応しき者でありたく、これからも精進仕る覚悟に御座います」
ジゴクちゃんの、いや、ジゴクの覚悟が相変わらず重たい。
ぼくがその強い覚悟に見合えるのか、見合っているのか甚だしく疑問だけど、うん、頑張りたいね。
そこまで聞いた撫子ちゃんの顔が不意に曇り、つつつっと、摺り足でぼくの方に寄ってきた。
「ねえ、ジゴクちゃんって時々何言ってるのか分からないんだけど、何とか時代からタイムズリップしてきたお姫様とかだったりする?」
撫子ちゃんの疑問に、ぼくは有り得ないとは断言できず、ただただ「世間に慣れてないから、かしこまった時とかに難しい喋り方になるみたい。だけど、この喋り方の時のジゴクは本気のジゴクだから、撫子ちゃんも本気で答えてあげて欲しいかな」
うん、ちゃん付けをやめるのにちょっと慣れてきた。
「ふーん、まあテンゴクとジゴクってくらいだし、あんた達はお似合いだけどさ…」
そこまで言うと、撫子ちゃんの顔も真剣な者になった。
ぼくとジゴクを何度か交互に見交わして、
「夏休みが終わったら血の雨が降るわよ。覚悟しときなさい」
なにそれ、意味深な台詞だよっ!
ジゴクに血の雨が降るのは何だか普通な感じがしないでもないけどさ、ジゴクちゃんに血の雨が降るのは大変なことだよね。
「おーい、名前の変更が終わったぜ!」
あっ、ぼく達が話してる間に闇天国改め『ヘブン』と、闇地獄改め『ヘル』が名前を変更してたみたいだね。
「それじゃあ、契約しちゃおっか」
ぼく達の中から生まれた人格と契約するだけなのに、戦力的には倍以上って感じだね。
かなり美味しい…
うまい話しには罠があるって言うけど、それで美味しい話を逃してちゃ本末転倒極まりない。
「そうね。やっぱり私がテンゴクと契約をして、ヘブンがジゴクと契約するのよね?」
利便性を考えるとそれが良いだろうね。
「うん、召喚すれば天術と地術が使えるんだし、ぼくとジゴクちゃんが別のチームで動けるようになる必要が出たときに心強いしね」
昨日みたいに、瞬間移動で拐われたときのことを考えるとこれで決定だよね。
「こちも、それが良いと思います」
よっし、ジゴク参謀の意見も同じみたいだし決定だね。
「それじゃあ『天魔契約』」
「こちも『地霊契約』」
うん、目に見える変化はないね。
「試してみようかな。『天魔召喚:ヘル』!」
ぼくがヘルがいる方向とは反対側に召喚術を使ってみると、その場所にヘルが現れた。
わお、便利だね!
「ふーん、面白いけど… 着替えてるときとかに使わないでよ?」
うん?
自分の意思とは関係なく召喚されちゃうのかな。
そう言えば、マウプーも召喚された時に文句言ってたっけ、これじゃあプライベートも何もあったもんじゃないね…
「ふむ、こち達も試してみましょう。『地霊召喚:ヘブン』!」
ジゴクがヘブンを召喚しようとする。
しかし、何も変化がなかった。
「なんだ、召喚拒否って簡単じゃねえか? 呼ばれても無視するのと同じくらいには簡単だったぜ?」
ああ、ヘブンは召喚されるのを拒否したんだね。
ちゃんと出来るんだ…
それじゃあ、昨日のマウプーが召喚されて文句言ってきたのは何だったんだろうね?
慌ててたから抵抗できなかったのかな…
「うっかり召喚されちゃったら取り返しがつかないでしょ? テンゴクの記憶が飛ぶまで蹴るわよ?」
それ、記憶が飛ぶまえに命の灯火が消し飛んじゃいそうだよ。
召喚術って危険だね。
「それじゃあ、あんまり召喚しないようにするよ」
うっかりで蹴られても困るしね。
「なによそれ!? 私だけ仲間外れとかやめてよね?」
あれ、どっちにしても蹴られそうだね?




