四日目、不穏な二人
「テンゴクっ!?」
「テンゴくんっ!?」
「テンゴクさんっ!?」
三者三様の反応は、驚きと心配が入り雑じっているように感じた。
ジゴクちゃんもぼくの言葉に驚いたのか固まっちゃってるよ。
つい、思ってることを言っちゃった…
ぼくの口ってば滑りやすくて嫌になっちゃうね。
「典語くん… どうしてそんな酷いことを言うんですか?」
みるちゃん先生が真っ黒な目でこっちを見ている。
って、真っ黒な目って何っ!?
先生の白目がなくなってるよ!
いや、眼孔の中で闇そのものが蠢いているような…
とにかく不気味!
「ほら、先生って魔法使いでしょう? こんなに可愛い『魔女』のことを典語くんは何て言ったのかしら?」
みるちゃん先生が斧をぶんぶんと振り回す。
目は見えないけど、口はにっこりとしている風に歪んでる。
「うっかり手を滑らして、この魔法のステッキが典語くんにぶつかっちゃったら大変ですねー」
目が闇ってるから本気で言ってるのかどうかよく分からない。
でも、心の底がざわつくみたいに落ち着かないような、あの目を見てると不安になる。これが殺意ってやつ?
もう、その魔法のステッキは斧ですよ、とは流石に言えないよね。
うっかり手を滑らしそうだもん。
何より、さっきの質問がぼくにとって最後のチャンスのような気がするよ…
ここは慎重に…
「そんな斧なんて振り回しちゃってさ。完全に廃墟に住み着いた殺人鬼じゃん?」
うぎゃあああああっ!
何言ってんのぼくの口!
撫子ちゃんと青磁くんも呆気にとられた顔でぼくを見てる。もうこれは取り返しがつかないんじゃないのかな!?
先生うつむいちゃってるし…
って! ガバッて勢いよく顔を上げて闇ってる目でこっちを見てきた!
「典語くーん! アウトー!」
そして、巨大な斧がぼくを目掛けて飛んできた。
そう思った時にはもう、ぼくの体を斧が突き抜けていって…
うぎゃあああああっ!
ぼくの胸から溢れるように血飛沫が出てる!
「テンゴクさん!?」
シュラちゃんが驚きながらもぼくを庇うように先生の前に立つ。昨日、乱堂汕圖を相手にした時もジゴクちゃんを守ってくれてたし、シュラちゃんのそういうとこって本当にぶれないんだね。
いや、そんなのんびり考えてる場合じゃ…!
「あれ?」
さっきは確かに血が出てたように思ったんだけど…
「大丈夫みたい。怪我の一つもないよ!」
不思議だね…
血の跡も何もない…
これって先生の能力かな?
「はい、先生の魔法で幻覚でも見たのでしょう」
納得できない答えが返ってきたけど、まあ何も言い返したくはないね。
闇ってた目は元に戻ってるけど、これ以上は本気で殺られかねない気がするよ。
そんなことより…
「ジゴクちゃん!大丈夫!?」
さっきからジゴクちゃんが固まったままだ。
流石におかしいよ!
よく見たら目も虚ろな感じ!
「ジゴクちゃんに何をしたのですか!?」
シュラちゃんが『翼』を出して先生に詰め寄った。ひゃあ、それもちょっと危険じゃないかな…
「そのお嬢様、どうしちゃったの?」
撫子ちゃんも心配そうに覗き込んできた。
「あら、やっぱり無理してたのね…」
みるちゃん先生がジゴクちゃんを後ろから抱き上げる。
「うわっ!」
みるちゃん先生って今あっちでシュラちゃんに詰め寄られていたはずなんだけど…!
気が付いたらジゴクちゃんの後ろに居たよ!
シュラちゃんも目をぱちくりさせてる!
これって瞬間移動かな…?
「少し、この屋敷に当てられたのね。一度、安全な部屋へ行くわよ」
いやいやいや、屋敷に当てられるってどういう意味なんだろ…
安全な場所に行くのは賛成だけど、それってここが危険な場所ってことなのかな?
見渡す限りに惨劇の洋館って感じだし、骨とか落ちてても驚かない気がするね。
ぼく達は先生の後ろをついて歩く。
ちょっとだけ学校みたい。
パキッ
う…
歩いてたら変な音した。
何か踏んだね。
でも、何を踏んだかは確認したくないよ。
骨が落ちてても驚かないとか思ったけどさ、驚かなくても怖いもんね!
撫子ちゃんと青磁くんは本当に怖くなさそうに歩いてるし、シュラちゃんもちょっと緊張はしてるみたいだけど怖がってる感じはしないもんね。
「そういえば、魔女様は地球人だったのですね。ひょっとして『キザシだ』の作者なのでしょうか?」
なにそれ?
「あら、そうだけど、もしかして読んでくれたの?」
不穏なタイトルだったけど…
「はい! とても現実だとは思えないお話ばかりで凄かったです!」
どんな内容なんだろう…
「そうね。とても酷い話でしょ?」
うう、やっぱり父さん関係だよね…
「はい! 非道な話でした!テンゴクさんはとても良い人なのに不思議です」
シュラちゃんみたいな良い子に非道呼ばわりされる父さん、ちょっと悲しいけど当然と言えば当然か…
「あはは、そうよね… そうよ… そうだったわ! 典語くん!」
あれっ、急にぼくが呼ばれてしまったよ!?
「はいっ!」
先生に名前を呼ばれるたら、はいって言う以外の返事はなかなかできないね。
「もう絶対に小包なんて送らせないでね! ウガリットの守護者として、今度は先生も黙ってはいられませんよ…」
みるちゃん先生の目が、目がまた闇ってる!
「まさかあんなことになるとは思ってなくて…」
パラパラ漫画も小包も、こっちの世界じゃとにかく大事になっちゃうみたいだし、ぼくだって騒ぎを起こしたいわけじゃないからね。
「そうよね。先生もつい八つ当たりをしてしまいました。悪いのはキザシのバカってことで今回は水に流しましょう」
うん、それには全面的に賛成だ。
「さて、この部屋よ」
撫子ちゃんの手によって開かれた扉の中はこの凄惨な洋館の中では不似合いなくらい綺麗な部屋だった。
先生がジゴクちゃんをそっとぼくに預ける。
うん、ちょっと重いけど頑張ろう。
「先生、安全地帯の中には入れないんです。後のことは頼みましたよ。地獄さんも少し休めば回復するはずです」
そう言って立ち去る先生は少し悲しそうで、いつの間にか右手に斧を持っていて…
あれっ!?
ズズズッ…
ズズズッ…
先生の後ろ姿を見送った後も、斧を引きずる音だけが聞こえてきた。
先生が安全な場所には入れないのか、先生が入れないから安全なのか、どっちなんだろね?
次回、みんなで夢の国へ




