四日目、撫子ちゃんの怖いもの
ぼくを誘拐犯だと信じて疑わない撫子ちゃん。
「テンゴクはこちのことを考えて行動してくれているのです。全てはこちの身上の都合であり、テンゴクに非は御座いませぬ!」
「世間知らずのお嬢様は黙ってて!これは世間一般の常識と良識の問題なの!」
ぼくを庇おうとしたジゴクちゃんがまず撃沈した。
常識とかがジゴクちゃんの一番の弱点かもしれないし、しょうがないね。
「さっきから聞いてればなんなんですか!? テンゴクさんとジゴクちゃんの仲を引き裂くつもりなら、私だって黙ってませんよ!!」
「はあ? あんた異世界人でしょ? 地球側の事情にまで口出ししないで欲しいんだけど。法律を
犯して警察に捕まるって意味わかる?分かんなかったら黙ってて!!」
これでシュラちゃんも撃沈した。
地球の法律とかって異世界の子どもに分かるわけないよね。
ぼくも詳しくは知らないよ。
そうして、ぼくの味方は全てやられ、もう全滅の危機が訪れたと思われたその時、青磁くんが一言
「みるちゃん先生、テンゴくん達のパーティーを全員連れてくるように言ってたよね? その、ジゴクちゃんとシュラちゃんだっけ? 二人も連れてかないと駄目じゃないかな?」
うわぁ!
青磁くん、撫子ちゃんの扱いが上手い!
一つ一つが疑問系なのも「全員連れてかないと駄目でしょ」なんて言ったら、また撫子ちゃんが反発するからだよね!
?をつけて撫子ちゃんに御伺いを立てる形で、自尊心を擽らないように答えを出してあげてるんだよね!
凄いバランス取ってくれてる!
学校であんまり話したことなかったけど、青磁くんってとにかく大人しいけど、ふと見ると良い感じのポジションに立ってることが多かったんだよね!
うん、なんか異世界でクラスメイトの良さを再発見だよ!
「そうだったわね。それじゃあ、三人とも連れてっちゃいましょうか」
うん、なんだかんで撫子ちゃんがコントロールされてるよ!
「連れてくって、そのミルチャンセンセーっていう地球人の家にですか?」
シュラちゃんの疑問。
「ああ、こっちの世界じゃ魔女の館って言われてるのよ。知ってる?」
あれ、父さんの手紙に書いてあったっけ?
困ったときは魔女の館を訪ねなさい、だったかな。
「魔女って! この町の守護者じゃないですか! そんな人の所へ今から行くんですか!?」
魔女、守護者…
みるちゃん先生ってそんな感じしないんだけどね。
「ぷっ、そんな大したもんじゃないわよ。まあ、異世界じゃもの凄い強いかもしんないけど、地球じゃただの学校の先生だから、気軽にしてて大丈夫よ」
ああ、撫子ちゃんの言い方に、ちょっとイラッとしてるぼくがいる。
強いってことはレベルが高いんだよね。
レベルが高くても地球の人にとってはゲームみたいな感覚で、こっちの世界での強さっていうのがけっこう軽い感じなのはぼくにも理解できる。
でも、異世界の人にとって、レベルが高いのってその人そのものの魂の強さって感じるはずだ。
その異世界人に向かって、強いだけで大したもんじゃないっていうのは良いことだとは思えない。
「撫子ちゃん、そういう言い方は酷いと思うよ!」
つい、怒鳴ってしまった。
うーん、青磁くんには悪いけど、ひょっとしたら喧嘩になっちゃうかもしれないね。
でも、シュラちゃんの前で「山吹さんなんて地球じゃ食堂の従業員ってだけで大したことない」なんてことを言いそうな撫子ちゃんを放っておくことは、ぼくには出来そうになかった。
撫子ちゃんはゲーム感覚なのかもしれないけど、こっちの世界そのものを軽く見てる風な発言を、こっちの世界の住人の前で言っちゃうのも嫌だったしね。
「なにが酷いのよ?」
そう言って、きょとんとしてる撫子ちゃん。
あれ?
もっと強い感じで言い返してきそうだったのに、思ってたより素直に聞き返してくる。
何か悪いことしちゃったんじゃないかって心配でしょうがなさそうな表情。
ちょっと涙目…?
本当に分かってなさそうだから、ぼくも怒鳴っちゃったのが申し訳なくなってきた。
「んっと… まず、シュラちゃんにとってはさ、みるちゃん先生って地球じゃただの先生かも知れないけど、こっちじゃ物凄く強くて魔女とか守護者とか偉い人ってことなんだから、それを軽く見るのはこっちの世界そのものを軽く見てるのと同じでしょ? それを異世界人のシュラちゃんに言ってるのが嫌だったのが一つ目だよ」
いつも威勢が良くて男勝りな撫子ちゃんがはっきりと涙目になっている。
こんなふうに撫子ちゃんに怒るのって初めてだったかも、ちょっと調子狂うね。
「何よ… まだあるって言うの?」
喋り方は高圧的な感じなままなのに、どこかしおらしい撫子ちゃん。
「テンゴクさん、私のことを気遣ってくれて嬉しいのですが、私は平気ですから…」
シュラちゃんもこう言ってるし、ぼくも言い過ぎたかな…
「別に良いわよ… ちゃんと最後まで言いなさいよね」
あれ、撫子ちゃんの方に負けず嫌いスイッチが入っちゃってる。
こうなると、ちゃんと言った方が良さそうだよね。
「えっと… シュラちゃんって山吹さんの大ファンだからさ、今のみるちゃん先生のことを言ったみたいにね、山吹さんのことまで大したことないとかって軽く言いそうだったから、それが嫌だったんだよね」
それを聞いたシュラちゃんが勢いよく撫子ちゃんに詰め寄った。
「それは私、許せません!」
ちょっとシュラちゃん、さっきの先生の時と態度が全然違うよ!
能力の『翼』まで出しちゃってるよ!
「ふん、そんなこと言わないわよ。悪かったわね…」
いつもの撫子ちゃんなら「そんなこと言ってないじゃない」って言い返しそうなのに、今回はあっさりと謝っている。
「あ、いえ、私もやりすぎたような…」
シュラちゃんも翼を引っ込めてペコリとお辞儀をする。
うん…
一件落着…?
「見事な友情で御座いました」
ジゴクちゃんが何やら感激している。
「撫子ちゃん、テンゴくんに怒られるのはとっても怖いから絶対に嫌だって、このまえ言ってたんだよ」
青磁くんからのたれ込み情報。
うん?
ぼくってそんなに怖いかな?
「ちょっと青磁くん! 今度そういうこと言ったら投げ飛ばすよ!!」
うん。
撫子ちゃんの方が絶対に怖そうだ。
異世界だとパラメーターの振り方しだいで本当に投げ飛ばせそうだもんね!
「はーい!」
青磁くんの愛想と元気の良い返事。
これで、この場は上手くまとまったまま終わるかに思えた。
5人で魔女の館に出発できると思った。
しかし現実は甘くなく…
「それで、宿とベッドの修理の代金はどうなりましたかな?」
そう言いながら奥の部屋から現れたのはこの宿屋の主、デウリリュさんだった…
あれ…
昨日はダンジョンから出た先で乱堂汕圖が現れて…
そこから帰ったあとも父さんからの荷物のせいで町中混乱してて…
おおっと、ギルドに行ってないから依頼も完了してないよね!?
いまだ無一文だったよ!!
「ぼく達、ゴブリン退治の依頼は達成してるんですけど、まだギルドに行ってないんです。昨日の騒ぎのせいで…」
うん、半分以上は父さんのせいだ。
「ギルドの依頼なら、名苻から達成できるわよ」
撫子ちゃんからの耳寄り情報!
ぼくは名苻を出してみる。
ちょちょいと操作してると…
おおっ!
本当に達成できた!
「撫子ちゃん、ありがとう!」
ひらひらと手のひらを翻す撫子ちゃん。
「別に良いわよ。そうね、これでさっきの失言をチャラにしてくれれば良いわ」
うん、もう気にしてないのに、意外と律儀だよね。
それにしても、持つべきものは先輩冒険者だね!
さて、撫子ちゃんがテンゴクに怒られて涙目になった理由になる話、そのうちどこかで書きたいですね。
次回は新キャラ二人の天職が明らかになります。




