1日目、誘拐ごっこ
「よし、誘拐ごっこをしよう」
小学5年の夏休み
その最初の日の朝に父さんがとんでもないことを言い出した。
唖然と呆けるぼくには構わず、父さんは大きな麻袋をぼくにかぶせてくる。
抵抗することもできず、袋に吸い込まれたように体がすっぽりと入ってしまった。
そう思った次の瞬間には浮遊感がして、それからどさっと何かに載せられた。
多分、体を持ち上げられ、そして肩に担ぎ上げられたんだと思う。
父親に誘拐されるなんて考えてもなかった普通人のぼくに抵抗のすべはなかった。マネキンみたいにされるがままだ。
どうしてこんなに手馴れてるんだろう。
だけど、ぼくだってこんなことをされたら頭に血が上ってくる。
怒りに任せて「何するんだよ!」って叫びながら精一杯に手足を振り回してみる。
すると、ぼくは床に乱暴に放り落とされた。けっこう痛い。
父さんは袋からぼくの顔だけを出し、淡々と「すまないな」と言った。
ぼくは怒りをぶつけるように父さんを睨み付ける。
問答無用で袋に詰め込まれた怒りは少しくらい謝って貰ったって許せそうにない。
しかし、父さんは本当に申し訳なさそうに「口封じを忘れていた」とぼくに言い、どこからか取り出したガムテープをぼくの口元に貼り付けた。
あれっ!?
ぼくの怒りは驚きのあまりに吹き飛んでいった。
許す暇なんてなかった。
驚き戸惑うぼくには構わず、父さんは再び麻袋をかぶせてきた。