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後編

「たっだいま〜♪」

 屋内中に響くのではないだろうか? とも思われる程の大声量が、部屋にいるミサキと亨の耳に届いた。

「げっ。義姉貴(アネキ)が帰ってきた……」

「……さっきから気になってたんだけど、お姉さんなんているの?」

「ああ。義理の姉が一人な。去年親が離婚してさ、その半年後に再婚しやがったんだ。その相手の連れ子でさ。ま、義姉貴って言っても、歳は変わらないんだけどな」

 苦笑を浮かべながら、亨はそう言った。

「亨。誰か来てるの?」

 二階にある亨の部屋へと、そんな声が近付いてくる。

「久し振りだな」

 階段を昇り終え、いきなり部屋のドアを開いた義姉に向かって亨はそう言った。

「ひさしぶり。で、誰かいるの?」

 亨の影になって部屋の奥が視界に入っていないらしく、亨の義姉である少女ははそう尋ねた。

「ああ」

 亨がそう頷くやいなや、その少女は部屋の奥を覗き込んだ。その視界に入ってきたのは、ベッドの側に立つ一人の少女。しかも奇妙な格好をしている。少女は、その光景を見て思考を巡らせる。

「……じゃっ」

 しゅたっ。と片手をあげ、その少女は踵を返した。

「待て。絶対何か勘違いしてるだろ?」

「隠さない男らしさに免じて、この事は誰にも言わないでおいてあげるわ。頑張りなさい」

「だから違うっての! まったく、何考えてんだか……」

 心底呆れた様に、亨はそう呟いた。

「あの……」

 と、ミサキ。

「そうして、二人が姉弟なの?」

 おずおずとそう尋ねるミサキ。もっともの疑問である。

 亨の義理の姉という少女は、ミサキのよく知る人物、ユキだったのだから。

「? それは、うちらの親が再婚したからだけど?」

 事情を知らないこちらのユキは、簡潔にそう答えた。

 その後、亨とミサキから事のあらましが説明されたのは、言うまでもないだろう……



 ――んでもって――

「信じられないなぁ……」

 二人から説明を受けたこちらのユキ――舞仲雪は、じっと見つめてくるミサキから目を逸らしてそう言った。

「でも、きっと本当なんだろうね。ミサキちゃんが嘘をつく様な娘には見えないし、亨が冗談でもそんな事言うとも思えないし」

「それじゃあ……」

「協力はするわ」

「ありがとう」

 満面の笑みを浮かべ、ミサキはそう言った。安堵からか、力の抜けた言葉ではあったが、心からの礼である。

「それじゃあ、あたしは自分の部屋にいるから」

 そう言って踵を返し、雪は歩き出した。

「……ちょっと待っててくれ」

 ミサキにそう言って、亨は雪の後を追う様に部屋を出た。

「雪」

「何よ?」

 亨が後を追って来る事を予測していたのだろう。雪自分に部屋に入る事無なく、廊下に立って待っていた。

「……お前、本当は信じてないだろ?」

「あ、わかる?」

 悪びれた風も無く、雪はそう苦笑した。

「で、そういうあんたはどうなのよ? あの娘の事、信じてるの?」

「……信じてるよ」

 少し間が空いたものの、亨は断固とした意思でそう答えた。

「そう……」

「俺はミサキが現れた場面を見てるし、それに……深幸とあのミサキが、ただの別人だとは思えないんだ」

「……わかったわ。亨がそう考えてるなら、それでいいんじゃない? あたしは心の底から信じてあげる事は出来ないけど、協力したいって気持ちに嘘はないわ」

「雪……」

「ま、頑張りなさい」

「ああ」

 微笑を浮かべて言った雪に、亨も微かに苦笑を浮かべながらそう答えた。

「そうだ。さっそく協力して欲しい事があるんだけど」

「何?」

「ミサキに、服貸してやってくれないか?

「別にいいわよ。それじゃあ、後であたしの部屋に連れてきて」

「わかった。サンキューな」

「どういたしまして」

 そんな会話を終え、亨は自分の部屋へと戻った……



 ――そして――

 それから、1週間が過ぎた。その間に、色々な事があった。

 たとえば、ミサキがきてから2日目……

「こんなのどう?」

「うーん……」

 雪に連れられ、洋服店に来たミサキ。

 雪に見繕われながら悩むミサキだが、まんざらでもない様だ。

 ちなみに、ここで買った服の代金は雪が払ったのだが、後に亨に請求がいった。

「当然よね?」

 文句を言った亨に、雪はそう一言返しただけだった。



 たとえば、その翌日……

「へぇ〜」

 ミサキは、感嘆の声を漏らしていた。

 夏休み(ミサキの世界には存在しない)の為かかなり混雑していたものの、3人は遊園地へとやってきていた。ミサキの世界にもテーマパークはあるものの、そういったものとは無縁だったミサキ。それを聞いた雪が提案し、3人はこうして遊園地へとやってきていた。

「それじゃあ、まずはジェットコースターね」

「何でだよ? あんなの、無駄に時間待ちするだけだろ」

 横暴なまでに言い切った雪に、亨はそう反論した。が。

「何? 怖いの?」

 からかう様に、嫌な笑みを浮かべる雪。

「んなわけあるか!」

「なら、証拠を見せてもらいましょうか?」

 ニコニコ笑顔で、雪はそう言った。やられた。といった顔を一瞬美見せた亨だったが、ここで退くわけにはいかなかった。男の沽券に関わるのだから。

 そんな二人のやりとりを見て、ミサキは楽しそうに笑っていた。

 結局1時間程並んで、3人はまずジェットコースターに乗った。

 それから数多くのアトラクションを回ったが、ミサキは終始はしゃぎっぱなしだった。



 たとえば、その更に2日後……

 お約束ながら、亨はミサキが脱衣所にいる事に気付かず、ミサキの半裸(?)姿を覗いてしまった。

 勿論その後、雪によってきっつ〜〜いお仕置きが施されたのだが……

 ミサキはミサキで、険しい目つきで亨をじっと見据えていた。



 そして……

 今、この時。

 ミサキがこちらの世界にやってきてから1週間。ミサキは、亨が教えてくれた近くの森林公園に一人でやってきていた。日は既に落ちており、人通りもまばらになっている。夕食後に、夜の散歩と称してやってきたのだ。

 森林公園の中を少し進むと、小さな噴水が一つある。ミサキは、この場所が好きだった。元より、自然というものが気に入っていた。科学が発達したミサキの世界では、自然がほとんど存在していない。だからこそ余計に、ミサキの目にはこの小さな自然が……森林公園が眩しく映ったのだろう。

「!?」

 ベンチに座ったまま、しばらくぼぉ〜っと水面を眺めていたミサキだったが、突如歪んだ空間を見て慌てて立ち上がった。

 噴水の目の前の空間が割れ、漆黒の穴が姿を現した。

(これは、まさか……!)

 亨から聞いていた、自分が現れた時の光景を思い浮かべ、今目の前で起こっている光景とを重ねている。

 穴から、一つの人影がゆっくりと姿を現す。

 やがてその姿ははっきりとしたものになり、完全にこの世界へと現れた。それは、ミサキのよく知る、一人の青年だった。

「やあハリュー。随分、探したよ……」

 憔悴しきった顔つきでそう言ったのは、ミサキと同じ世界の住人であり、ミサキの婚約者でもある青年――マイナカ=トオルだった。

「トオル……」

 1週間。しかし、トオルにとっては1年にも思える長い期間だった。

 これが、再会の時だった……



 ――舞仲家――

「!」

 亨は、なぜか不意に何かを感じ取った。前にも一度、感じた事のある感覚……何か大切なものを失う、前兆の様な感覚……

 散歩に出たきりのミサキが心配になり、亨は部屋を後にした。

(多分、あそこだな……)

 亨には、ミサキのいる場所が大体予想が着いた。深幸が好きだった場所。ミサキに教えたら、好きになってくれた場所――森林公園へと向かって、亨は駆け出した。



「あれは……」

 公園に入り噴水のすぐ近くまでやってきた亨は、そこに2人の人間がいる事に気が付いた。1人はミサキ。そして、もう1人は……

「あれは、俺……?」

 思わず、亨はそんな言葉を漏らした。その声が2人に届いたらしく、ミサキとトオルは同時に亨の方を見た。

「……亨」

「ミサキ……そいつは、もしかして……」

「君は、僕なのかな?」

 亨の言葉を遮る様に、トオルはそう尋ねてきた。

「……多分、な」

「そうかい……どうやら、君がハリューを助けてくれたらしいね。ありがとう」

「お前が礼を言う事じゃないだろ」

「そんな事はないよ。僕はハリューの婚約者だ。ハリューの身を案じないわけがないだろう?」

 その言葉を聞いて、亨は自分の胸の内が熱くなるのを感じた。それはある種の嫉妬だったのかもしれない。深幸を失った自分と、ミサキを失っていない自分とを比べての。

「ミサキ……帰るのか?」

 トオルから目を離し、亨はミサキへと向き直るとそう尋ねた。

「……わからない」

 そう、首を横に振るミサキ。正直、迎えがくるなど思ってもいなかったのだろう。たとえ本当の生活が嫌いだったとしても、こうして身を案じて迎えにきてくれた者がいるのだ。帰りたくないと思っていた気持ちも、揺らいでいるに違いない。そもそも、家出が目的ではなかったのだから、それは当然とも言える。

「……少し、昔話をしようか」

 ふと、トオルがそう呟いた。ミサキも亨も、何も応えない。それを暗黙の了解と取ったのか、トオルは言葉を続ける。

「君の義父……ああ、カワハタ社長の事だけど……彼は、本当に昔から君の事を知っていたんだよ」

 ミサキに向かって、そんな言葉を投げかける。

「君は、彼が僕に……いや、僕の父との交渉の為に君を拾い、育ててきたのだと思っているだろうけど、それは違うんだよ。そして、彼は君のそんな考えを知っている。知っている上で、あーいった態度を振る舞っているのさ」

「…………」

「…………」

 トオルの言葉に、ミサキは勿論、亨も何も言う事が出来なかった。

「彼は、あくまでも君に嫌われる役を担った。だけどそれは、君に強くあって欲しいと願ったからなんだよ。両親を失った時、君はあのままじゃあ悲しみに潰されていた。だから彼は、自分を憎ませる事で君に活力を与えたんだ。彼は彼なりに君の事を愛し、そして案じているんだよ」

「嘘よ! そんなの、信じられるわけないじゃない!」

「嘘じゃないさ。僕がどうやってここに来たと思う? 彼が密かに開発を進めていた、少人数用の時空移動マシンでさ。何の為にこんな物を造っていたか……大体、予想は着くだろう?」

「だって、あいつは……あいつは、わたしを……」

 完全に混乱してしまっているミサキに、もう何が正しいのかなど判断する事は出来なかった。ただただ、うろたえる事しか出来ない。

「彼はね。君のご両親と、君が生まれる前から面識があったんだよ。君が生まれた時も、ご両親と一緒に喜んで、君の出産を祝ったらしいよ。それほどまでに、彼と君のご両親は深い仲にあったんだ。だからこそ彼は君を引き取り、独自に君のご両親を救出するべくして、こんな物を造っていたのさ」

「…………」

「君のご両親を救出する為に造っていたものを、まさか君を助ける為に使う事になるとは、彼も思わなかっただろうけどね」

 皮肉混じりの口調で、そう苦笑するトオル。

「どれにしても良かったよ。試作機でも、ちゃんと君を見つけられて」

 今度は自嘲気味に、トオルはそう付け加えた。

「試作機……? どうして、そんな危険な事するの? どうして! そうしてあなたはわたしにそんなに……」

 激口するミサキだったが、その口調はじょじょに弱々しいものになっていく。

「君が好きだからに決まってるじゃないか。僕だけじゃない。サクラガワ君だって、君の義父である彼だって……君の周りにいる皆が、君の事を好きなんだよ」

「…………」

「さあ、帰ろう。皆が待ってる」

 そう言って、トオルはミサキの側まで寄る。

「…………」

「大丈夫。試作機だからって心配する事はないさ。ここまで、ちゃんと来れたんだからね」

 優しい笑顔で、トオルはそう言った。怯えたミサキを、まるで諭す様に。

「亨……」

 ミサキは何かを決意したらしく、一度小さく頷く。そして亨へと向き直り、口を開く。

「わたし、帰るね。今まで、本当にありがとうっ」

「……ミサキ……」

「わたし、亨の事忘れない。絶対に忘れないからっ」

「……ああ。俺も、ミサキの事忘れない」

「うんっ。ありがとう! 雪にも、よろしく言っといて。本当に、ありがとうって」

「ああ……」

「わたし、亨の事結構好きだったよ! きっと、こっちのわたしも……」

「そうだと、いいんだけどな……」

「それじゃあ……じゃあね!」

 ずっと我慢していたのであろう涙が溢れ出したが、それでもミサキは元気よく手を振った。

「ああ!」

 亨もそんなミサキに合わせて、無理にでも笑顔を作り二人を見送ろうとする。

「僕は君と手を交わす事は出来ないけど、君がいてくれて本当に良かったと思う。こっちの僕だからとかじゃなく、ハリューを助けてくらたから」

「……当然だろ?」

 ほんの少しだけ悪戯っぽく笑い、亨はそう言った。トオルもまた、似た様な笑みを浮かべる。

「それじゃあ、さよならだ」

 トオルがそう言うと、その背に背負った装置が起動し、透明な膜が二人を包み込んだ。やがて膜は球体となり、ゆっくりと浮かび上がる。そして時空の扉を開き、その中へと入っていった。

 公園には、亨ただ一人が残され、静かに立ち尽くしてした……



 ――エピローグ――


「ハリュー。君のこの名前に、どんな意味があるか知ってるかい?」

 トオルのそんな言葉に、ミサキは無言で首を横に振る。

「ハリュード……昔のどこかの言葉で、『幸福な世界』って意味があるらしいよ……」

「『シアワセナセカイ』……」

「そうさ。きっと君には、これから幾つもの幸福が訪れる。君のその名前が、幸福を呼んでくれる」

「…………」

「ハリュー」

「だから、トオルはわたしの事をずっとそう呼んでたの?」

「……さあ、どうだろうね?」

 ミサキの質問に、トオルは苦笑して応えた。

「さあ、皆が待ってるよ」

 扉の前で、トオルはそう言った。

「うん」

 小さく、ミサキは頷く。

 その扉の先には、それこそ幾つもの幸福が待っている。未来という可能性を持った、世界という舞台がある。

 トオルの腕の中に抱かれながら、ミサキはその温もりを愛おしく感じていた。大っ嫌いだったはずの、でも本当はそうでなかった青年の腕の中、ミサキはそっと目を閉じる。

 扉をくぐる。次に目を開いた時、その時から全てが始まる。時空を越えてでも、自を探してくれる存在。そんな青年が側にいれば、何も怖くない気がした。たとえ何度自分が道を踏み違えたとしても、この青年ならそれを正してくれる。そんな気がしたのだ。

 時空の道を行き来した一人の少女の物語は、こうして、誰もその先を知らない、新たなページへと進んだのだ……

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