はなこは大体知っている
うちにも思い出のぬいぐるみがいます。
皆さんにも、思い出の品ってきっとあると思います。
その品がはなこのように見守ってくれていると思うと何だか楽しいなぁ、と思って書いた作品です。
ご一読頂けたら幸いです!
あたしはゾウ。
人間に作られた、いわゆる「ぬいぐるみ」。
ベトナムという国で生まれて茶色い紙の箱に入れられて、海を渡って日本にやって来たの。
そして今、あたしはたくさんの「あたしたち」と一緒に、動物園のお土産コーナーに並んでいる。
今日は日曜日という、人間がお仕事をしない日らしく、沢山の人間たちで溢れ返っていて、あたしたちを見たり触ったりしてるの。
だけど一番触られているのは白いトラの「ぬいぐるみ」。
この動物園で最近赤ちゃんが生まれたんですって。
人間たちがそんなことを話してたわ。退屈だから色んな話を聞いてるの。
そんな時、小さな人間の女の子と目が合った。
くりくりした大きなおめめ、柔らかそうな髪を高い位置で二つに結び、ピンクのTシャツの上に青いオーバーオールを着ている女の子。
あたしはその子から目が離せなくなった。だって動けないんだもの。
その子の隣にいた怖そうな男の人が、女の子に声をかけた。
「どれがいいねん。はよ決め」
女の子がどんどん近付いて来てあたしを抱き上げる。
「パパ、ひかり、このこにするぅ!」
可愛い笑顔で、とっても嬉しそう。何だかあたしも嬉しくなっちゃう。
「ぞうさんにすんのか? お前さっき、でかくて怖いって泣いたやん」
そうなの? ちょっと不安になるじゃない。
でもひかりちゃんはあたしを離さない。
「はなこちゃんはこわくないもん! ひかりのおともだちやもん!」
はなこちゃんって、あたしのこと?
「もう名前つけたんか。そやったらしゃあないな。レジ行こか」
ひかりちゃんは、片方の手であたしを抱いて、もう片方の手でパパと手を繋ぐ。その足取りは踊り出しそうな程軽くて、とっても可愛いの。
「ひかり、何ではなこちゃんって名前にしたんや?」
それはあたしも気になるわ!
「おはながながいから!」
「その鼻かい!」
パパ、ナイスツッコミ! あたしも同じ気持ちよ。
「まあええか。鼻子(笑)」
ちょっとパパ、(笑)じゃあないわよ!
そんなこんなで、あたしは「はなこ(漢字で書くのは絶対にイヤ!)」として、ひかりちゃんのお友達になったのです。
あたしとひかりちゃんが出会ったのは、ひかりちゃんが四歳の時。
パパとママと三人で2LDKのマンションに住んでいる。
幼稚園ではぞう組さんだから、ぞうさんが好きなんですって。
いつも元気いっぱいなひかりちゃん、外では人見知りらしくて、幼稚園以外はどこへでも連れていくあたしのことをぎゅうっと抱き締めて、話しかけてくれる他人を見つめるの。子どもにはよくある事らしいわ。
あたしたちは眠る時も一緒。ひかりちゃんはあたしのおでこにほっぺたをくっつけて眠ると安心するみたい。だけど寝相が悪いから、あたしはひかりちゃんの体の下敷きになったり、投げ飛ばされたりと大忙し。
だけどその度にパパやママが助けてくれて、またひかりちゃんの隣に戻ってくる。
朝起きて、ひかりちゃんが一番に「おはよう」を言うのもあたしなのよ。
あたしたちはとっても仲良しなんだから。
ひかりちゃんは小学生になった。
ピンクのランドセルがとっても似合ってて、毎日嬉しそうに学校に通ってる。
あたしは一緒には行けないけど、帰ってきたひかりちゃんが色んな事をあたしに話してくれるから、全然寂しくないの。
だから、あたしは大体知っている。
見てはいないから全部とはいかないけど大体の事は知ってるの。
きっと、パパとママより知ってるわ。
初恋の男の子は同じクラスのじゅんくん。
走るのが速くて、優しいんですって。
席が隣になったときはあたしと一緒に大喜びしたわ。
国語と音楽は好きだけど算数は大の苦手。
そろばん教室に通っていたから九九や加減乗除まではできたけど、リットルとデシリットルとか、距離と速度とか、面積体積とか、全然分からないってしょんぼりしてた。高学年になる頃もそれは変わらなくて、テスト前にはお友達がよく言うらしい「ヤバい」って言葉を連発してた。
親友のゆりちゃんと、何度か大喧嘩をしたわ。
その度にあたしを抱き締めて泣いてた。
何度も「ごめんね」って言うんだけど、それはゆりちゃんに言わなくちゃ。
でもあたしのひかりちゃんは、ちゃんと「ごめんね」ってゆりちゃんに言って、仲直りできるステキな女の子なの。
あたしにも変化はあったわ。
ママがあたしを洗濯機で洗った時、プラスチックでできたあたしの右目が、ポロっと取れちゃった事があったの。
その時八歳だったひかりちゃんはわんわん泣いて、ママが「大丈夫や、まだいけるで!」と言ってボンドで貼り付けてくれたわ。
あれにはあたしも焦ったけど、ひかりちゃんがあんまり取り乱すのが「大好き」って言われてるみたいで何だか嬉しかった。
糸で紡がれた口が取れた事もあったわ。
またひかりちゃんがわんわん泣いて、ママが一生懸命黒い糸で口を縫ってくれたの。だけどママはお裁縫があんまり得意じゃなくて、「どこで玉留めしたらいいんかわからへん…」って言って、結局顎の辺りで玉留めしちゃったから、あたしの顎にはほくろができた。
ひかりちゃんは複雑な表情をしていたけど、ママが頑張ってくれたところを見てたから、文句はぐっとこらえてた。
あたしはそのほくろが結構気に入ってる。動物園にいた沢山の「あたしたち」から、個性が出来てちゃんと「はなこ」になれた気がするから。おかしいかしら?
中学校に上がって、ひかりちゃんの世界はどんどん広がっていった。
あたしと過ごす時間は確実に減っていたけど、悩んだりするとひかりちゃんはよくあたしに相談してくれる。
「はなちゃん」
ひかりちゃんにそう呼ばれるのが、あたしは大好き。
「はなちゃんに話したら、気持ちがすごい楽になるんよ」
本当に?
「はなちゃんは、ずっと私の味方でいてね」
当たり前じゃない。
あたしは、ひかりちゃんの「はなこ」なんだから。
高校は、お家から一時間以上かかる所にあるらしくて、朝がとっても早くなったわ。
水泳部に入ったから、夜も遅くなった。
だけど楽しそうで、あたしも嬉しかった。
あたしに話しかける事はほとんどなくなったけど、それでもいいのよ。
ひかりちゃんの幸せは、あたしの幸せ。
ある日ひかりちゃんが、パパと大喧嘩をした。
大学に行かずに就職するってひかりちゃんが言い出したから。
何日もパパとひかりちゃんは口を利かず、結局ママが間に入って就職先の寮に入ることを条件に、就職する事を決めた。
あたしは引っ越し業者の白い段ボールに入れられて、着いた先はひかりちゃんの新しいお家。
あたしはどこだっていいの。ひかりちゃんが帰ってくる所にいられるなら。
だけど心配だわ。
最後まで、パパとひかりちゃんはぎこちないままだった。
ひかりちゃん、このままでいいの?
ひかりちゃんが就職したのは大きな動物園だった。
水泳の経験を生かして、イルカの調教師になりたいんですって。
この動物園は水族館も併設しているから、就職を決めたみたい。
ひかりちゃんは、毎日楽しそうだった。
ある日、ひかりちゃんが久しぶりにあたしを連れて部屋を出たから驚いちゃった。
どこに行くのかしら、とドキドキしていたら、そこは動物園の中にある、キレイなお土産屋さん。
ひかりちゃんは、あたしを抱き抱えてレジに向かう。
不思議だわ。何だか懐かしい。昔に戻ったみたい。
レジにいた女の人が、ひかりちゃんを見て笑顔になった。
ひかりちゃんのママより少し年上に見えるその人は、ひかりちゃんの手の中にいるあたしを見て目を細める。
「懐かしいわあ。昔ここで売ってたぞうさんや」
え?
ひかりちゃんは頷く。
「小さい時に、父にここで買ってもらったんです。大田さんの話聞いてたら、もしかしてって思って」
おおたさんのはなしって、何のこと?
大田さんはにこにこしてる。
「よう覚えてるよ。私のレジにぞうさん持ってきた女の子。買う前にもう名前つけてて、お父さんが、鼻が長いから鼻子、らしいですわって楽しそうに言うてはったの」
大田さんはあたしの鼻を撫でた。
「ずうっと持っててくれてたんやねえ。鼻子ちゃんと、あの時の小さい女の子と、また会えるとは思ってなかったわ」
あたしは理解した。
ずいぶんキレイになっているけど、ここはあたしとひかりちゃんが出会った場所。
ひかりちゃんは笑った。
「あの時の動物園、ホンマに楽しくて。はなちゃん見るたびに、思い出して。それがいつの間にか、ここで働きたいに変わってたんです」
そうだったの? ちっとも知らなかった。
やっぱりあたしが知ってることは「大体」なのよね。
だけど全然悔しくない。
あたしを見るたびに、楽しい気持ちになってたなんて言われたら、嬉しくない訳がないじゃない。
やっぱり、あたしのひかりちゃんはとってもステキ。
あたしを、こんなに幸せにしてくれるんだから。
今日は、ひかりちゃんの結婚式。
ひかりちゃんの隣にいるのは、同じ動物園で働く三歳年上の男の人。
どことなくパパに似てるのは、気のせいじゃないわよね?
何と、ゾウの飼育員なんですって。
白いドレスを着たひかりちゃんはとってもキレイ。
え、ぬいぐるみのあたしが、どうしてそれを知ってるかって?
それは、あたしが今、結婚式場にいるからよ。
ひかりちゃんがママに頼んで、あたしを連れてきてくれたの。
「私を動物園に導いてくれた、親友やから」って。
こんな嬉しいことってある?
ママの膝の上で、あたしはひかりちゃんを見つめ続けた。
隣りにいるパパ、大泣きしてる。
あたしの目が取れたときのひかりちゃんみたい。
やっぱり親子ね。そっくりだわ。
披露宴の最後で、ひかりちゃんからの感謝の手紙をもらったパパはひかりちゃんを抱き締めた。
やっと仲直りしたのね。もう、心配させるんだから。
ひかりちゃんは大人になって、あたしの役目はそろそろ終わり。
だって、ひかりちゃんにはもう、あたしがいなくても何でも話せる旦那さんがいるからね。
あたしは部屋の隅っこで、のんびり過ごすことにするわ。
そう思ってたのに、あんまり長くはのんびりできなかったのよ。
お家に、赤ちゃんがやって来たから。
ひかりちゃんによく似た、とっても可愛い女の子。
その子はすぐにあたしを好きになってくれて、あたしの耳や鼻をしゃぶる。
しょうがないわね。遊んであげる。
そうすればひかりちゃんが喜ぶって、あたしは知ってるんだから。
どうしてそう思うのかって?
あたしはひかりちゃんのことなら、大体知っているからよ。
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