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青天の霹靂

「うげえっ!? なんじゃこりゃあっ!?」

 俺は姉貴のクラスへたどり着いた時に思わず声を上げてしまった。

 脱出ゲームの催し物には、長蛇の列が出来上がっていたのだ。

「す、すごい人気だね……」

 林原も驚きを隠せないようだ。

 ざっと見ると三十人は並んでいるかも知れない。とりあえず、その列の先頭まで様子を見に行ってみた。

 行列の先頭には、受付があってそこに月島さんが座っていた。

 知っている顔があったので、少しほっとして受付に近づいて、声をかけた。

「こんちはっス。すげえ並んでますね」

 俺の声に反応した月島さんが受付の椅子に腰掛けたまま、こちらに顔を向けた。

「あぁ、なんせ一回三十分のアトラクションだからな……一度に入る人数は十人だし」

「つーことは、今並ぶと約一時間半は待たされちゃうのか……」

「こっちも、まさかこんなに人気になるとは思ってなくてさ。準備が甘かった」

 月島さんがやれやれといった顔で頬杖をついた。

 うーむ、流石に一時間半を待つのに時間をつぶすのはもったいない気もする。

 だったら、今のうちに他の出し物を見て回った方がよさげだな。

「ところで、姉貴はどうしてるんすか?」

「リカは今、自由時間だから色々見て回ってるんじゃないか? ちなみに蘭はクラス代表で美少女コンテストに参加中だ」

「えっ!? 蘭さん、美少女コンテストにでるんですか!?」

 思いもしなかった展開に、一気に興味が湧いた。

 確かに、蘭さんはスタイル抜群だし、女性フェロモン振り撒きまくりだし、なにより美人だもんな……。

「まあ、本人はやる気がないみたいだけど」

「そ、そうなんすか?」

「そんなことより、その隣の子は? 例の彼女か?」

 月島さんが林原の顔を覗き込みながら、気を回すように気が利いてない発言をした。

「あっ、私、林原夢子といいます。ダイ君とはクラスメートです!」

「ああ、やっぱりそうか。すっかり仲がいいんだな」

 月島さんが、普段のクールな顔を柔らかくして微笑んだ。

 その表情は、なんだか大人のお姉さんって感じで、グっとくるものがあった。

「一応、言っとくけど、彼女じゃないッスから」

「ふーん。で、どうする、並ぶ?」

 月島さんが整理番号の札を振りながらもう一度こちらに向き直った。

「空いてる時間とかないッスかね……?」

 俺は月島さんの耳元で回りに聞こえないよう、ひそひそと訊ねてみた。

 その様子を見た林原がなぜか、むぅ! と、膨らんでいるのに首をかしげた。

「そうだな……やはり、体育館である人気イベント開催時は人がそっちに流れるだろうから、その時を見計らえば多少は……」

「人気イベントってどれッスか?」

「美少女コンテストだな。なんでも、ネットで『歌ってみた』だか『踊ってみた』だかの動画を上げてる女子がいるらしくて、そいつが出場するんだと。今年の目玉イベントらしい」

「ぬう……。美少女コンテストはともかく、蘭さんは見てみたかったんだけどな……」

「美少女コンテストは二時間後だぞ。今は出場者は色々準備中らしい。蘭に会うだけなら今からでも、様子を見てきたら?」


 俺は、その言葉を受けて、林原に目線を送った。

「ちょっと知り合いに会いに行ってもいいか?」

「……その人、例の家庭教師のお姉さん?」

「おう、そうそう!」

「フーン。いいんじゃないですか」

 なぜか膨れている林原であった。何か気に入らない事があるのだろうか?

「な、なに膨れてんだ?」

「ふ、膨れてません! その人のところ、行きましょう。私も一度挨拶しなきゃと思ってましたから!!」

「な、なんで丁寧語になってんだ」

「な、なってましょー!」

 林原が真っ赤になって意味不明の返事と共に縮こまっていった。

 まったく意味が分からなかったが、ともかく俺と林原は月島さんに挨拶して、その場を離れることにしたのだった。

「じゃ、じゃあ、ちょっと蘭さんのとこ、行ってきます」

「おう。……あ、お前、直也の……」

 立ち去ろうと振り向きかけた時、月島さんが何やら言いかけた。

「え? 直也?」

「……ううん、なんでもない」

 直也がどうしたというのだろう?

 月島さんは結局その後、口をつぐんでしまったので、何を言わんとしたのか分からないまま、分かれることになったのだった。


 一階に戻って、休憩用のベンチに腰掛けメッセージアプリで、姉貴たちのチャット部屋に何処にいるかを尋ねてみた。


ダイ>蘭さん、今会えます?

ラン>んー? ごめん、ちょっとムリかな~。

ダイ>あれ、スンマセン。

リカ>どしたん?

ダイ>姉貴、脱出ゲーム込みすぎで入れねーぞ

リカ>らしいね。ちょっと宣伝が過ぎたみたいだわ

ダイ>今、どこだよ

リカ>今ねー入ったら出られない部屋


 俺は頭を抱えた。

 まさか、そんな胡散臭い出し物に身内が入っているなんて……。

 それにしても、蘭さんも忙しいようだし、まいったな……。

 俺は、林原にチャット履歴を見せて、現状報告をした。

「蘭さん、ダメっぽいわ」

「そっか。準備、大変なのかもね」

「でも、すげえよな。クラス代表の美少女だぜ。文化祭の良い思い出になるよなぁ」

 俺は知り合いが晴れ舞台に立つ事を鼻高々に喜んでいたが、林原はどこか納得してない顔をしていた。

「そうかな」

「……? なんでだ?」

「さっき、月島さんが言ってたよね。本人は乗り気じゃないって」

「あ、……そうだったな」

「もしかしたら、蘭さん、無理やり出場させられたんじゃないかな……」

 俺はその言葉に眉をひそめた。

「なんでそう思うんだ」

「……女の子って、そういうのすごい気を遣うんだよ」

 ……なるほど。

 つまり、『美少女』に選ばれるのは『妬み』の対象にもなる、と言いたいのかもしれない。

「でも、月島さんも姉貴もいるんだぜ。蘭さんが嫌がってるんなら、そこは静止してくれるはずだ」

「うん……。だからなのかな。その仲良しの三人グループが今、バラバラで行動してるのって」

「え……」

「普通、こういう文化祭なんてイベントは、仲良しグループで回るものじゃないかな。どうしてあの三人は、バラバラなんだろう」

 鋭い指摘に思えた。確かに、こういうイベントで、クラスの手伝いがあるにしたってそれはまた仲良しグループで組んで回れるように調整したりするもんじゃないだろうか。

 あの三人が喧嘩をしてるようには思えない。

 ……また後の時間で三人が一緒に行動する時間を作っているんだろうか?

「なんでだと思うんだ。お前は」

「分からないよ。私、お姉さんのことは知っているけど、月島さんも蘭さんも、初対面レベルなんだよ」

 林原は困ったような顔をする。

 俺も少し考えて、無い知恵を絞る。

「……なぁ、林原。俺ちょっと行きたいトコできたんだけど」

「入ったら出られない部屋、だね」

「……お前、ほんと冴えてるなぁ……」

「そんなことないよ。一つのコトだけ考えるので精一杯だから」

 林原が微笑んで、少し顔を下げた。彼女のさらりとした前髪が、小さく揺れたのがなんだか異様に目に残る。

「それじゃあ、行くか。三階だったな」

「うん」

 俺と林原は、階段を目差しベンチから腰を上げた。

 名前だけでは意味不明な『入ったら出られない部屋』そこにいる姉貴に会うために。


 俺と林原は、三年一組の教室、『入ったら出られない部屋』へやってきた。

 なぜ、入ると出られないのか? その理由が不明だが、なにやら異様な雰囲気を醸し出している。

 一応、入り口に受け付けがって、男子が座っていた。

「あの、これってどういう内容なんですか」

「中に入ると小部屋が沢山あるので、どれかを選んでください。入ったら中にお題の書いた紙があるので、それをこなさいと小部屋からでることができません」

 ……なんだそれは……面白いのか?

「ええと、まぁその、名前で引いてしまうかもしれませんが、TV番組であるでしょう。何々しないと帰れまテン! あれです」

「あー……」

 その説明で把握した。したのだが、やはりそれが面白いのかどうかは不明であった。

「これって、一人用なんですか? 二人で入ってもいい?」

「ええ、どうぞ。二人で挑戦してもOKですよ」

 俺は林原を見て、もう一度意思確認する。

 林原はいいよという風に一つ頷いてみせた。

 教室の廊下には姉貴はいないし、まだこの中で帰れまテンをやっているのかもしれない。

 そんなわけで、俺と林原は揃って教室の中へ入って行った。


 中には個室がいくつかあり、どれも外側からは内部が不明になっている。

 いくつかのドアが閉まっていて、使用中の札がかかっている。

 札の無いドアは入っても構わないのだろう。

 どれでもよかったので、林原に選ばせて見た。

「どこでもいいぞ。お前の好きなトコに入っていいぜ」

「うーん……そうは言っても、見た目はドレも同じだし、どんなお題が出るのか判断がつかないね」

「んじゃあ、適当に一番近いドアにするか?」

「そうしようか……」

 というわけで、手近な小部屋に入り込む。

 部屋は小さく、人が三人はいるくらいでいっぱいになる程度のものだった。

 中にはテーブルがあり、お題の紙が置いてあった。

 そのお題は、『好きな異性を告白しろ』だった。

 俺は真っ青になって、部屋から出ようと回れ右した瞬間に、バタンカチャン! と、ドアを閉じられた。ご丁寧にカギもかけられたらしい。


「処刑じゃねえかぁぁぁぁ!!」

「お、おちついて、ダイくん!」

 ここで、姉貴の名前を告白でもすれば、教室内にいるであろう姉貴にも聞こえてしまう。

 そんな事はあってはならない!

「林原、俺はこのドアを蹴破れないか試してみたい」

「ま、まってまって!」

 林原が絶望に困惑する俺をなだめる。

 そのまま、俺の耳元に寄って来て、小さく提案した。

「どうせ、出題者には、その人が本当に好きかどうかなんて分からないんだから、適当な名前を言っちゃえばいいんだよ」

「……そ、それもそうか」

 なるほど、つまり遊びでしかないのだから、真面目に対応するだけ損ってわけだ。

 もしくは、あわよくばここで愛の告白をしてはいかが? みたいな余計な御世話を焼いているのかもしれないが。


 とりあえず、適当に名前を挙げてとっとと出ちまおう。

「あー……、俺の好きな人は……」


「私は大守大作くんが、大好きです」


 ――!?

 俺が適当に告白しようとした瞬間、林原がはっきりと、淀みなく、快活に、素早く、だがしっかりと、透き通った声で告白していた。

 林原を咄嗟に見つめてしまう。

 林原は、凛とした表情でまっすぐ俺を見つめ返してきた。


「ほら、ダイくんも」

「……あ、あ? ……」

 俺は、どうしたんだ。

 なんで、こんなに慌てている。

 林原は適当な名前を言っただけだ。

 あれ。林原は俺のことを好きなんだっけ? じゃあ、これは適当じゃないんじゃないか?

 え? 俺はなんて言えばいいんだ?

 適当でいいんだ、ウソでいいんだ。

 林原が好きだと言えばいいのではないか?

 でも、同じ部屋には姉貴がいるんだぞ。

 姉貴にそんな告白を聞かせられるか?

 だったら、姉貴が好きだと告白したらいいんじゃないか。

 だってこれは適当で、ウソで、分からないんだから。

 本当を言っても、ウソにできるし、ウソを言っても本当にできる?


「お、俺は…………」

 姉貴には、告白しないと決めたはずだ。


「告白しないで――諦められるの?」

 はっとした。

 林原は、俺を見つめ続けていた。

 俺は――――。


「俺は、大守リカが、好きだ」

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