グラフィティ
校門から学校の玄関まで向かう間に、客引きやら出店やらが並んでいた。
「ようこそ、江洲高文化祭へ。これ、パンフレットですよー」
そう言いながら小さな冊子を手渡してくれたお姉さんに、軽い会釈をする。
手に取ったパンフレットの冊子を見て、感心した。
良く出来ているし、下手な商用パンフレットより、出来がいいのではないかと思われた。
中身を覗くと、どこにどんな催し物があるのかだとか、体育館で行われるイベントの時刻割りが書いてあった。
「へえ、すっげえな。ダンスショー、美少女コンテスト、ドミノ倒しにミュージカル……目白押しだぜ」
「沢山あるけれど、全ては見れないよね」
「お前、どれが興味がある?」
「私はなんでも……」
「アホウ! なんでもいいなんて心意気で、今日一日だけの御祭りを楽しめると思ってんのか!」
「えぇ~っ?!」
俺は、祭りというのは全力で楽しむものだと考えている。
だから、なんでもいいなんて気持ちで回ったって、それは思い出になりえないと思っているのだ。
自分で選択し、選びぬいた行動だからこそ、そこに感動が生まれるのだ!
「林原、お前のお前だけの、これだけはと云うものを見つけるんだ!」
「そ、そう言われても……」
俺は林原にパンフレットを押し付けて、選択を迫る。
一緒に来た以上、御互い後悔のないよう全力で楽しむためだ。
林原は暫く、パンフレットをパラパラと捲っていて、呻っていた。
「あ……これ……」
林原のつぶやきを俺は聞き零さなかった。
「どれだ!」
ずいと詰め寄る俺に、赤い顔で一歩引く林原だったが、おずおずといった具合にパンフレットのページを開いて、指で示した。
そこは被服部の催し物で、部活で作った衣装の貸し出しとその撮影をして貰えるらしい。
「へえ、服か? やっぱ女はそういうの、興味あるんだなー」
「ご、ごめん。こういうのつまんないよね」
「つまらんことあるか、お前が選んだんだろ。行こうぜ」
「ぅぅ~~~っ」
林原はなにやら、感極まったような声を押し殺すように、なにやら悶えていた。
口許が緩んでいることから、喜んでいることは分かるが、何を堪えているのかは分からない。
「被服部は、一階か。なら、まずはここから行くか。姉貴のクラスは二階だし、後回しだ」
「う、うん」
そして、俺と林原は校内へ向かって歩を進めていった。
被服室に向かうまでに、また色々な出し物を確認できた。
占いだとか、喫茶店、オバケ屋敷があった。この辺りはやはり定番ネタなのだろうか。
客入りも悪くなさそうだった。
観察したところ、一階の一年生のクラスは、ベタなのが多く見受けられた。
高校一年目の文化祭で、どこまでやっていいのか分からず、無難なところで、みたいな感じだったのだろうか。
二年生は、ちょっと凝っている。姉貴のクラスが脱出ゲームであるし、他にも闇鍋やら、ミステリー映画やら、アニメアフレコやら多様だった。
三年は、もう最後だしメチャクチャやってしまえ感がスゴイ。
入ったら出られない部屋。サイコパス検定。御見合い。などなど……。
一見すると、これはどういう出し物なんだと言うものがチラホラあった。
「お、ここじゃないか」
少し大きめの教室を突き当たりに発見し、入り口の垂れ幕には被服部出展と書いてある。
林原を促して、中を伺ってみる。
教室内はおしゃれに飾ってあって、ちょっとしたブティックのようだった。
隅には簡易更衣室に、姿見。
それから、教室に沢山飾られた衣服の数々。
入っている客を見ると、女性ばかりだったので、俺は少し物怖じした。
「わぁ。すごいね! ほら、ダイくんドレスもある!」
と、林原がはしゃいで入って行ったので、その流れに乗るように、なるべく自然に入室してみた。
しかし、林原のヤツ。衣服に興味があるのか。
だったら、こいつへの誕生日プレゼントは服がいいのかなあ?
しかし、女の服なんて俺じゃ買いにいけないし……。
「あ、江洲高の制服もあるんだ。男子のもあるよ?」
「……む」
男子の制服は、俺も来年ここに受かれば着ることになるので、興味があった。
中学はガクランなんだが、江洲高校もガクランだ。
だが、中学のガクランと比べて、色がブルーでなんだか、明るく見える。中学のは真っ黒だ。
下のズボンも、明るめの青で白のラインが裾付近に一本入っている。
ちょっとしたデザイン性があって、オシャレに見えた。
「試着できるみたいだよ?」
「いや、俺は……」
「私はお姉さんので、着れたけど、ダイくんはまだでしょ?」
「まぁ……」
「見てみたいな」
林原が期待を込めた目をこちらに向けて着用を訴えていた。
「……見てもつまらんぞ」
「絶対、つまんなくないです」
俺は林原の推しに負け、たじろぎながらも、江洲高の制服を試着させてもらうことにしたのだった。
更衣室で着替え、上着に袖を通す。
ちょっと大きめだったが、まぁ許容範囲だろうか。
姿見で見る分には、おかしなところはないように思える。
「ふーむ、俺も来年はこんな感じなのか……」
受かる事前提ではあるが――。
更衣室から出て、林原に御披露目をする。
ちょいハズい。
「どうだ」
「いいね! なんだか、大人になったみたいに見えるよ」
「ほんとかよ……」
「写真撮らせて」
「え、マジで」
「もったいないでしょ」
林原が待ってましたとばかりにスマホで写真を撮る。一枚どころか、数枚撮っていた。
姉貴と一緒にモールに行った時の事を少し思い出した。
「やったぁ……。ダイくんの写真……自分で撮った写真……っ」
何やらはしゃいでいる林原だったので、まぁ、良しとしよう。
「俺の写真撮りに来たわけじゃないだろ、お前も服着てみろよ」
「へっ?」
「いや、そのために来たんだろ」
「そ、そうだね! じゃあ、なににしよーかなー? あー、これなんかいいーかなー??」
林原がギクシャクと服選びを始めたので、俺はもう一度、更衣室に引っ込んで着替えなおした。
普段着に戻って、試着した制服を返却すたのだが、林原の姿が見当たらない。
「何処行ったんだ、あいつ?」
キョロキョロと周囲を見回すが、林原の姿が見つからない、
相変わらず、周りは女性ばかりなので、男がキョロキョロとしているのは不審に思われかねない。
どうしよう、いちど、教室から出ようかと出口に向かい始めた辺りで、被服部の生徒らしい女性から呼び止められた。
「あ、彼女さん、今着替えてるの。ちょっと待ってあげて?」
「は? あ、着替えてるのか。随分時間かかってるんだな」
彼女と言われて、一瞬すぐに何のことか判断できず、間の抜けた声を上げてしまった。
ここで「彼女じゃない」と訂正したところであんまり意味がないだろうと判断し、その言葉に頷いて、更衣室傍に待機した。
――十分くらいは待っただろうか?
やっと、更衣室から林原が出てきた。
……のだが、その姿に絶句した。
「はや…………? な……」
更衣室から出てきた林原は、着物を着込んでいたのだ。かなり、立派なデキの着物に見えたが、これも被服部で作ったのだろうか。
「ご、ごめんなさい。待たせちゃって……こんなことになるなんて……」
「いやあ、アタシの目に狂いはなかったわ! あなた、和服が物凄く似合うわ。パーフェクトよ!」
林原と共に更衣室から出てきた部員と思しき女性が、感極まった声で盛り上がっている。
だが、その気持ちは俺にもよく分かる。
なにせ、林原の着物姿は本当に似合っていたのだ。
確かに林原の外見は、おかっぱ頭で清楚と云うか大和撫子な空気を醸し出しているし、着物の色は派手すぎない風景色の緑で柔和さを彩っている。
「つ、つかまっちゃって……どうしても着てくれってお願いされて……、ごめんね」
林原は、ひたすら謝っている。おそらく、時間の浪費を気にかけて俺に気を遣っての事なのだろう。
「お、キミがカレシくんかな? どうだい、彼女の晴れ着姿。惚れ直しちゃっただろう?」
林原を見出したらしい張本人が、ドヤ顔でこちらに絡んできた。
まぁ、こんなトコで男女二人でやってくれば、そういう風に見えるのはしょうがない。
否定するのも面倒だし、カレシだって事は流して考える。
そして、もう一度、申し訳なさげな林原を見た。
「林原」
「う、うん?」
「写真、撮っていいか」
「へ? い、いいけど!」
「お前のスマホでも撮ってやるよ」
「あ、うん、ありがと……」
林原が真っ赤になって俯く。
そのやり取りを聞いていた部活の人が気を利かせたのか、提案してきた。
「二人一緒に撮ってあげますよ~。ほら、並んで!」
「俺は、別に……普段着だし……」
「遠慮しないしない! もったいないでしょう~」
強引に俺も隣に並ばされ、ペアショット撮影をすることになった。
「……ごめんね、ダイくん……」
「……もったいねーだろ。あやまんな。……すげえ、似合ってるし」
その言葉だけで、林原の表情が煌めいた。
その最高のシャッターチャンスを見逃さなかった被服部部員のこの女性に、女の子の魅力を逃がさない力は確かだなと関心した。
俺と林原の文化祭の一つ目の思い出が、生まれていた瞬間だった。