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文化祭へ

 夕食後、居間でTVをなんとなく見てゴロゴロしていた俺と直也。

 番組はバラエティーでお笑い芸人がクイズで珍回答を連発していた。

 別段、面白くて見ていたわけではないのでぼんやりと眺めていた

「ダイー」

 姉貴が声をかけて来た。

「風呂あいた?」

「うん。あと、来週土日、ウチの文化祭来る?」

「文化祭……」

「いく」

 直也が手を上げる。

「……いや、あんたは別に」

「え、ちょ、なんか冷たくね?」

「……来るのはかまわないけど、なんで?」

「それはもう、年上のお姉さんと御近づきになるチャンスですから」

 ……ドヤ顔で言う直也に、俺と姉貴は白い眼を向けるのみだった。


 というわけで、俺は文化祭に行く事にした。

 姉貴が声をかけなくとも、実は行くつもりだったのだ。

 それから、林原にも声をかけるように姉貴から言われた。

 ……そっちも、実は言われなくとも誘う予定だった。

 予定外なのは、直也も一緒に来る、という状況。


 直也の何が問題かって、事実こいつが変なクチを滑らせたせいで、林原が俺に惚れているとか意識してしまう事になったからだ。

 そんな直也と共に、林原と文化祭に行くと言うのは、どうにもムズがゆいだろう。


 江洲高校は、隔年で文化祭と体育祭を交互に行っている。

 つまり、去年姉貴は、体育祭をやっていて、今年は文化祭、来年は体育祭というサイクルだ。

 文化祭が三年間で一回だけは、なんだか残念だなと思うが、姉貴は体育祭の方が好きらしく満足しているようだ。

 去年の体育祭も俺は遊びに行った。……姉貴の姿を見に行くためだけに。

 実際、姉貴は運動神経が良いし、体操着姿で躍動する姉貴とあの弾ける笑顔はもう、最高に絵になった。

 当時、スマホを持っていなかったのが残念な話だ。カメラで撮りまくれたのに!


 受験が素直に上手く行けば、俺も来年からは江洲高校の生徒だ。

 その場合、俺も体育祭二回の文化祭一回の一年になる。

 だったら、文化祭は今からでも堪能しておきたい。


「んで、姉貴は何か出し物やるのか?」

 冷凍庫からアイスを取り出している姉貴を捕まえて聞いてみた。

「うちのはね、ちょっと凝ってるよ。脱出ゲームなんだ」

「脱出ゲーム?」

「教室に閉じ込められたって設定で、部屋の各所にあるヒントを元にナゾを解いて、教室から脱出しようってヤツ」

「へえ、おもしろそうじゃん」

「十人づつの参加型で一回三十分くらいのアトラクションになってるよ。でも、ダイって謎解きとかできなそーだな」

「舐めんな。んなもん十分でクリアしてやるわ」

「ほおー? じゃあ、クリアできたら、文化祭でなんでも言う事聞いてやるよ」

「……なんでも? 二言はないな?」

「ない。でも、クリアできなかったら、逆にあたしの言う事をなんでも聞く事! どうよ?」

「受けてたつッ!」

 姉貴のほくそ笑む顔を見ながら、あとで吠え面かかせてやると、こちらも不適に笑ってみせる。

 姉貴の事だ。俺を負かして、文化祭の間の雑用を俺に押し付けようとするはずだ。

 俺が勝つ事など、まったく想定していないだろう。

 勝負に勝てば、姉貴は俺の思いのまま……。


 ふと、この間林原とした会話が頭を過ぎる――。


 ――キス、してみたくない?


「ぬおおおっ!? 違う! そういうのが目的じゃないッ!!」

 激しく頭を振って邪な考えを振り払う。

「何が違うの?」

 俺の反応に怪訝な顔を向ける姉貴から逃げるように、俺は自室に向かうのだった。


 自室に逃げ帰った俺は、スマホを取り出し、林原へメッセージを飛ばす。


ダイ>林原、来週の江洲高文化祭、行くよな?

ユメコ>うん

ダイ>じゃあ、俺んちで待ち合わせな

ユメコ>うん

ダイ>なんか、そっけないな。忙しかったか?

ユメコ>ち、ちがくって!

ユメコ>私を誘ってくれたんだよね?

ダイ>そうだけど。つっても、直也も一緒だけどさ

ユメコ>なんか、信じられなくて

ダイ>なんでだよ、俺がお前を騙した事あったか?

ユメコ>ないよ! じゃあ大守君の家に行くね

ダイ>おう、時間はまた後で連絡するわ


 林原との仲は、そんじょそこらの男友達より深まっていた。

 つっても、俺には林原に対する想いは変わってない。

 あくまで『仲間』という括りなんだ。


 七月になれば、期末試験の後に夏休みがやってくる。

 夏休みは、受験勉強のために本腰を入れていかなくちゃならない。

 俺も自由に動けなくなる可能性が高い。

 だから、俺はなるべく早く『例の問題』に対して調べていかなくてはならない。


 姉貴の不審な言動――。その不安の正体をだ。

 姉貴は、勝負に勝てばなんでも言う事を聞くと言っていた。

 この交換条件で、口を割らせてみよう。


ダイ>なぁ、林原。お前、謎解きとかできる?

ユメコ>謎解きって……クイズとか?

ダイ>クイズもあるかもしれないけど、姉貴のクラスの出し物。脱出ゲームらしいんだよな

ダイ>で、謎が解けたら姉貴が何でも言う事聞いてくれるって

ユメコ>それで、キスしてもらうの?


 俺は鼻水を噴出した。


ダイ>アホウ! ちげえよ!

ユメコ>脱出ゲームは、あんまり分からないけれど、ミステリー小説とかは、読むよ

ダイ>そうか、ともかく、お前の力も借りたい

ユメコ>う、うん。がんばってみる

ダイ>おう、じゃあな。おやすみ


 お休みの挨拶を入れて、林原からの返事がない事を確認して、俺は参考書を開き勉強に移った。

 参考書を開いて数分した頃に、スマホが鳴ってメッセージの着信を報せた。


ユメコ>おやすみなさい


 随分、時間の空いた返事だった。しかも、「おやすみ」の挨拶だけ。

 やはり忙しかったのだろうか。

 だとしたら、わざわざそのくらいの挨拶、返さなくてもよかったのに。

 ともかく、俺はスマホを閉じて、再度問題に向かうのだった。



 ――文化祭当日。

 俺と林原、直也の三名は江洲高校の校門前で「おおー」と簡単の声を上げていた。

 校門を飾る色とりどりのリボンや造花。

 『栄燐蔡』と掲げられたアーチは、良く出来ていて、高校の文化祭ってこんなに力を入れるものなのかと胸が躍った。

 中学の文化祭もあるにはあったが、なんというか、味気なかった。

 出し物も華やかなものはなく、日本の歴史展示とか、古代文明の秘密、とか、どちらかというと博物館のような感じの仕上がりのものばかりだったのだ。

 そんなもんだから、生徒側もユーモア性を出しにくく、全体的にこじんまりとした静かな文化祭だった。


 周りを見ると、俺たちのように高校生ではない子供やら、老人もやってきているようだ。

 あとは、他校生らしき高校生もちらほら。

 うちの両親は今日は野球観戦に行くとの事で、やってこなかった。

 三太も連れて行ってやれと言われて当人を誘ったのだが、意外にも三太は誘いを断った。

 何やら用事があるらしい。

 三太にしては珍しい対応だなと思いながらも、無理に連れて行く必要もないので、結局やってきたのはこのメンツになったわけだ。


「うし、んじゃ適当に回っていくか」

「お姉さんのクラスに行かなくて良いの?」

「別に、真っ直ぐ向かわなくてもいいだろ。他にも色んな出し物があるんだし、姉貴のクラスに向かいながらゆっくり見て回った方が面白そうじゃねえか?」

「うん、そう、だね」

 林原が周囲の熱気に当てられてなのか、頬を上気させて小さく同意してくれた。

 そんな様子を眺めていた直也がニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべて見ていた。

(こいつ、また変なこと考えてやがんな)

 俺はジト目を向けてやるのだが、まったくの無効であり、やけに芝居がかった声でニタニタとこう言った。

「それじゃ、後は若い二人同士、ごゆっくりィ」

「……お前はどこいくんだよ」

「オレはオレでお楽しみを求めて好きにやらせて貰うからさ~、でゅわっ!」

 言うとさっさと文化祭の人ごみの中へ消えていった。

「あんにゃろ、帰りはほおって行くからな、ったく」

「…………」

 林原はなにやら赤くなっていて、黙りこくっている。

 ちなみに、今日は普段着でやってきている。

 ……林原の服装は、七部袖のブルーのシャツと下地には白のブラウス。首元にリボンをつけていて、おしゃれに着飾っている。

 下はライトグリーンのスカートだし、姉貴が絶対身につけないような服装だった。

 やっぱ、その……気合を入れて来たんだろうかな。

 ちょっとは気の利いたことくらいは言っても悪くはないかもしれない。

「お前の普段着、始めてみた」

「えっ、そう、だっけ」

「オシャレだな」

「そうかな? 全部しまむらで買ったヤツだよ」

「あ、そ、そう? 俺はユニクロ……」

「ダイくんも、似合ってるよ」

「うるせえよ、そういうのはいいっての」

 急に恥ずかしくなってきた。

 ちくしょう、今もひょっとしたら直也が近くに隠れて覗いているかも知れない。

 情けない姿をさらすわけにはいかない。

「よし、行くぞ。林原」

「は、はい! よろしくおねがいします!」

 こうして、文化祭の日が始まった。

 色んなことが起こりすぎた、運命的な一日が――。

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