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竹かけ 序章 第一話  作者: 星野孝輔
1/1

満月と偶然と運命と

初挑戦です!僕自身がオタクなので、よくありがちな物語ですが、最後まで楽しんでもらえれば幸いです。

感想をいただけるととても嬉しいです。

よろしくお願いします!

~序章~

この世界はつまらない。

魔法や発展した科学技術。神様や悪魔、天使や幽霊、何もいない。それが当たり前。それが常識。

ただ、同じ日常が当たり前のように繰り返されるだけのこの世界。

流れてくる情報は、政治や社会の事ばかり。

刺激的な出来事も起こらないし、何よりも自分がモブキャラのように生きているのが、退屈だった。

そんな僕は、本の世界が羨ましかった。

同じくらいの歳の少年や少女の主人公がいる。

日常ではない非日常がある。

登場人物にそれぞれの刺激的な物語がある。

本の中へ入ることができたら、どれだけ幸せなことだろうか。

これは、そんな少年が巻き込まれる、

一つの、非日常の昔話。


~一章~ 満月と偶然と運命と

「はぁ…。つまんないなぁ…。」

学校の机に座って、少年はため息を落とす。

少年はこの世界が嫌いだった。何も起きないこの『日常』が普通の、当たり前の世界が。

少年は、本を読むことが好きだった。本を読めば、自分が見たい世界、何かが起こっている世界。刺激的な世界。

そして何より、『非日常』がそこにはあったから。

少年が遅くまで学校に残っていたのは、勉強会とそんな事を考えていたからだ。

こうやって、少年が考え事をしていても『日常』は変わってくれない。

ただただ、退屈で無駄な時間を過ごしていくだけだ。

「まだ、残ってたんですか?取岡君。もう下校時間は過ぎていますよ?」

後ろから声をかけられる。少年こと、取岡 健人は声の方に体を向けると、そこには茶色の髪をした眼鏡をかけた少女が立っていた。

「何?委員長。補修ならちゃんと出たよ?」

委員長と呼ばれた少女がクスリと笑うと、ポニーテールにしている茶髪が揺れた。

「いいえ、そんなことは聞いていませんよ?下校しないんですか、と聞いているんです。」

「だって、委員長が言うことなんて勉強のことくらいしかないでしょ。」

「…取岡君にどう思われているのかよーくわかりました。あのですねぇ、私だって人間です。いつでも勉強をしている訳じゃないんですよ。」

眼鏡少女が不機嫌そうな顔で、不機嫌そうに言う。

その少女の行動に苦笑を浮かべつつ、健人は言葉を返した。

「だって、委員長だよ?学年トップの学力を持ってる人に、今さっき補修あったからそれしか言われることってないでしょ。」

「私の学力と補修は全く関係ありませんし。それから、委員長、って呼ばないでください。堅苦しいですし、それに…幼なじみなんですから。」

「幼なじみって…。それこそ全く関係ない気がするけど?」

この少女、神崎 月夜と健人は幼なじみである。保育園の頃からの付き合いだ。

とは言っても、高校生にもなったためか、健人にとってはあまり気にしていなかった。

「で、用は何?神崎。」

「あのですね、最近補修の出席率、取岡君多いですよね?」

「出てるじゃん、ちゃんと。」

何も問題はないはず、と健人は思っている。

月夜は少し呆れた顔をして言った。

「ただ、出席回数も多くなっています。最近授業を集中して受けてますか?」

「受けてるよ…。」

前を見ると、いつの間にか月夜が顔を近づけていた。にらむような顔で。

「な、なにさ…?」

少しギョッとなりつつも聞き返す。

「全くそうやってすぐに嘘つくんですから。私は知っているんですよ?いつも授業中はため息ばかりついて、ボーとして、最後には寝ちゃって…」

「ちょっと待て。寝ていることはともかく、なんで僕が授業中ため息ついてること知ってるのさ?」

月夜の言葉を遮って、健人は疑問をぶつける。すると、

「そ、それは…。」

月夜の顔がどんどん赤く染まっていく。茹でられているタコのように。

ちなみに、健人と月夜の席は比較的離れているので、居眠りはともかくため息をついているのを確認するのは注目でもしていない限り、無理だった。その事から考えられる結論は、

「もしかして、授業中ずっと僕の事見てたの?」

意地悪く問い詰める。月夜は耳まで真っ赤だ。

初めは言い訳を考えていたようだったが、だんだん意味が分からなくなってきたようで、戸惑う子供のように手足をあたふたさせていた。

そして、逃げるように言葉を絞り出す。

「と、とにかく!授業はちゃんと集中して受けなきゃいけません!わかりましたね!?」

最後の言葉に疑問形が混じるほどパニックを起こしていたが。

そう言って、月夜は走って教室を飛び出していった。

教室内には健人と静寂が残された。

「…。あーあ、退屈だなぁ…。」

健人の行き着いた言葉は、始めと同じだった。


取岡 健人は月ヶ岡高校に通う高校一年生だ。そして、マンションの一室で一人暮らしを始めている。

正確には、一人暮らしを『始めた』のではなく、一人暮らし『しか』できなくなったのだ。

入学した4月まで、健人には両親と一人の妹の四人で一つの家で暮らしていた。

今思い返せば、その『日常』は平凡でつまらなかったが、幸せなものだったと感じる。

そんな『日常』を変わってしまったのは、今年の四月。

入学式を終えた後、健人は中学の友人と遊びに行き、遅くまで帰らなかった。

親に叱られることを覚悟して家へと向かった。

恐る恐る玄関で、ただいま、と声を出す。

だが、何も返ってこない。

それどころか、明かりは点いているのに人気がないことに気づいた。

不気味に思い、もう一度、ただいま、と声をあげるが返事はない。

そのまま中に入ると、リビングに光が見えた。少し安心だけした。

そういえば今日は、入学祝いをしてくれるって言っていたから、驚かせようとしているだけだと。そう、思い込みたかった。

その光があるリビングでドアを開けた健人が見たのは、

無惨に壁や床に散った母親の手作りの料理。

赤く染まった床や、赤いペンキの様なものををぶちまけられたような壁。

そして、すでに眠っている、永遠に起きない家族の姿だった。


健人がマンションの部屋に戻った頃は、すでに空に月が上がっていた。綺麗な満月だ。

そういえば9月は月見の時期だな、と感じながら健人は一人の部屋に帰宅した。

まだ夏の残暑が残っているこの時期。秋の到来を感じさせた。

部屋着に着替え、遅めの夕食や学校の宿題などを済ませる。

夕食は炊いておいたご飯に、味噌汁と軽い炒め物。

味は、まだまだ母親のものに程遠かった。

宿題は数学と漢字の問題で、少々手こずったがなんとか終わらせることに成功した。

テレビを点けると、バラエティー番組がやっていた。

最近人気の芸人がネタを披露し、観客を沸かせている。

「…こんなんで面白いのか?」

今さっき点けたテレビを、元の電源から消した。

「あんなので、あんな下らないもので笑える訳ないだろう!!」

思ったより大きな声が、部屋中に響いた。

家族を何者かに殺された、あの日。健人は何が起こったのかも分からなかった。

頭が真っ白になり、無意識の内に家族の身体をさすっていた。

もしかしたら、まだ生きているかも。寝ているだけかも。

そんな、あるかどうかも分からない希望が健人をそうさせたのだ。

だが、現実はそんな少年の希望をいとも簡単に打ち砕く。

異変を感じた月夜の家族が警察に連絡。捜査をしてもらったものの、一切の手がかりも見つからなかった。

周囲に住む人々の目撃情報もない。

さすがに高校生に成り立ての健人にこんなことは起こせない、と確定したため容疑者として疑われることはなかった。

が、ついに警察も匙を投げ始め、今では完全に闇の中へと事件は葬り去られてしまった。

学校側も『残念だったね。』という心無いような言葉をもらっただけで、何か処置を行うなどのことは一切なかった。

これ以来、健人は現実を異様に嫌うようになる。

だから、何も知らずただただ笑っている、心から笑うことなど出来そうにない自分を知らない奴が笑っているのに、かなりの不快感を覚える。

イライラする。むしゃくしゃする。理不尽な怒りがこみ上げる。

「本でも読も…。」

そんな自分を落ち着かせるため、寝室に置いてある本棚から本を取り出す。

健人は物語が好きで、置いてある本は日本の古文から現代文の小説。それから、海外の小説や絵本など。200冊程度もっていた。

だが、一番好んでいたのはライトノベルだ。

現実ではあり得なさそうな物語や世界観。

自分と同じくらいの歳の主人公やキャラクター。

皆と本当の意味で笑い会える。そんな物語。

ライトノベルには健人が望んでいるもの全てが、集結していたのだ。

この前、新しく買ったライトノベルを読み進める。

どうやら物質が枯渇している世界が舞台の学園物語のようだ。

どんどんとその世界に没頭していく。

健人の趣味、というよりは癖かもしれないが、その物語に自分がいて、もし自分だったらどうするか、を考えることがある。

そうすることで、さらに物語へと入り込む。

そうして、時間が経つのを忘れていく。

本を読み終わる頃には時刻はすでに9時をまわっており、月もさっきより高く上がっている。

健人は月が好きだった。神秘的でなんだか『非日常』を与えてくれそうだったから。現実はそんなことないのに、と感じていながら。

だから、冗談混じりに呟いていた。

「あ~あ、月から何か落ちてくるとか、そんな事起こるわけないかなぁ~。」

冗談のはずだった。

「ん?」

少し前よりも月が大きくなった気がした。いや、確かに大きくなっていた。それもどんどん、速いペースで。

月の光もどんどん強く、眩しくなっていく。

「え、何だ?何が起きてるんだ!?」

当然、健人にわかるはずもない。冗談を呟いたら、何か起こり始めたのだから。

そんな健人を置き去りにして光はさらに強くなり、ついには目も開けてられなくなるほどになっていく。

そして、その光は健人を、部屋全体を飲み込んだ。


光がようやく収まり、健人は目を開けることができた。

「何だったんだよ…今の…。」

疑問から出てくる呟きに、答えてくれるものはいない。

気づいたことといえば、部屋の電気がいつの間にか消えていることと…

「!?」

健人の目線が一点に集中する。

月の大きさも、光の強さも元に戻っている。

部屋も、電気が点いていないこと以外は何も変わっていない。

ただ、一つだけ大きな変化が起こっていた。

健人の目線の先には窓…ではなくさらに先のベランダに、一人の少女がいる事だ。もちろん、健人が見たこともない少女だ。

少女が閉じていた瞳を開ける。

少女の特徴として、見た目は健人と同じ15歳から16歳くらい。髪の色は黒髪で、床に付くほど長いのにとても手入れされているようで、月明かりを反射してキラキラと光っている。

服装は着物で、学校で習った平安時代の貴族のよう。

一言で少女のことを表すと、美少女だった。しかも、とびっきりの。

そう。まるで、ライトノベルに出てきそうな…。

そんなことを感じていると、少女は口を開いた。

「ふぅ…。とりあえず地球に来てみたが、聞いていたよりは随分と汚いみたいじゃな。」

健人が聴いてきた音の中で、一番綺麗な音だと思った。

『声』ではなく、『音』。

見た目に合った、とても麗しい音だ。

少女は独り言のように言葉を続ける。

「まあ、変な所にきてしまったな。どうやら人が住んでいるようじゃが…。早く妾の姿が見られる者を探さなくてはいかぬ。」

腕を組み、うーんを考えている目の前の少女。

(これは…もしかしてチャンスなのでは?)

健人は確かに、この少女から普通でないものを感じ取っていた。

もしかしたら、もしかするかもしれない。

でも、あり得ない。思い込みすぎだ。と訴える自分がいる。

散々現実に裏切られてきただろう?取岡 健人、お前は今まで何を感じてきたんだ?

そう問いかける自分がいる。

だが健人は、

(もし、もしもこの女の子が、今の僕を変えてくれるなら…。少しでも、今の退屈な『日常』を壊してくれるなら…。)

自分の小さな期待を乗せ、考え込んでいる少女に声をかけた。

『非日常』の期待を込めて。

「あの~…。」

「ん?」

少女が健人の方に体を向ける。どうやら健人の言葉が通じたようだ。

さらに、質問を続ける。

「あの~どちら様ですか?なんか僕に用ですか?」

「…お主、妾の姿が見えるのか?」

少女は、なんだか不思議な事を言い出した。それに、自分のことを『妾』と呼んだ。聞きなれない一人称に少し戸惑いつつも、返事を返す。

「は、はぁ。一応。」

「ふむ~。妾はついておるな。」

すると、少女はこちらに向かって歩いてくる。当然、ガラスの窓は閉まっている。

「ええっと、窓今開けるから。」

「そんな面倒な事、せんでも良いわ。」

少女はそのままこちらに歩いてくる。

と、少女は窓をすり抜けて部屋に入ってきた。

「え!?」

目の前に少女がいることに驚く暇もなく、

「ふむ…。お主、もしや?」

と言って、少女は次の行動をとる。

「!?」

もう、驚きの声が上がらないくらい健人は動揺した。

少女は自分の額と健人の額をいきなりくっ付けたのだ。

同級生の女子と触れあうなど、今まで経験もしたことのない健人は、顔が一瞬で真っ赤になる。帰る前の月夜のように、ゆでダコのようだ。

一方、少女は全く気にしていないようで、すぐに額を放し、満足そうに頷きながら、

「まさか、こんなに早く見つけられるとは思ってもいなかったぞ。翁はちゃんと子孫を残していたのだな!これは運が良い。探す手間が省けたわ。」

と言った。

健人には少女の言っていることを理解できるはずもなく、ただただ、思っていることを口にすることしか出来なかった。

「あのー、君は一体何者なの?それから、翁って?」

「ん?ああ、そうじゃな。分からんと思うし、説明しておこうかの。まあ、座れ。立って話すもの面倒じゃし。」

「は、はぁ。」

ここ、僕の部屋なんだけどなぁ、と思いながらも、促されるままにソファーに座る健人。

そして、向かい側のソファーに少女が座る。

「おお!ふかふかじゃ!これは何と申す物じゃ?」

「え、ソファー、だけども…?」

「そふぁー、か!これは良いものじゃのぅ。」

ソファーに頬擦りする少女。

やっぱり変わってるな、と健人は感じる。

あの時、声をかけて正解だったと実感する。

少し『日常』が変わった気がした。

「それでは、改めて…っと。」

ソファーに腰をかけ、座った体制の少女が健人の顔を見る。少女の顔は月のように神秘的だった。

「自己紹介といこうかの。妾の名はかぐや。月之宮かぐやと申す。」

「かぐや…?竹取物語に出てくるお姫様と同じだね。」

「ほぅ、姫をつけるか。なかなか礼儀正しい奴じゃな、お主。」

「え、だって月のお姫様なんだし。」

「うむ、その通りじゃ。妾は月の都、月之宮の王家の娘じゃ。」

「…え?」

つまりだ。今の少女、かぐやが言ったことが本当ならば、この少女は…

「竹取物語に出てきた、あの『かぐや姫』ご本人!?」


しかし、あり得るのだろうか。

かぐや姫とは、竹取物語にでてくるお姫様だ。遠くの物を自分の手元に引き寄せたり、いつまでも変わらない美貌を持っていたり。と、人間離れしている不思議な力を持っていた、と描かれている。

だが、あれは架空の話であるはずだ。だから、昔話として『竹取物語』が成立しているのに。

健人は小さい頃、今は亡くなった祖父母からよく『竹取物語』の話を聞いていた。健人もそれを聞いていてとても楽しかった。おそらく、今の小説が好きなのもそれが発端だ。

健人が聞きたいと言うと、祖父母は笑顔で語り始めてくれたものだった。

だが、現実にはない話だったからこそ楽しんで聞くことができたのだ。しかし、今目の前にいる少女はそのかぐや姫だと言っている。

(すなわち、『竹取物語』はただの空想の物語ではなく…実際にあった出来事、ということ?)

「まあ、お主が想像している通りじゃ。その昔話とやらにでてくる姫こそ、妾のこと。月之宮かぐや、と言うわけじゃ。」

ちなみに今、健人は一言も言葉を発していない。

「って、なんで僕が考えていること分かるのさ!?」

「頭の中を読んだからに決まっておるじゃろ?それくらい、朝飯前じゃ。妾に嘘は通用せんと心がけるがよい。」

と、自慢気に話してくるかぐや。

かぐや姫は不思議な力を持っていた、と描かれていたが、それは真実だったようだ。

「で、他に聞きたいことはあるかの?」

「ええっと…」

と、ここで健人はかぐやが言っていたことを思い出していた。何か自分に関係あることを言っていたような…。

「あのさ、さっき翁の子孫って言ってなかった?」

「申したが、それがどうかしたか?」

「翁って、竹取の翁だよね?」

「それ以外におるか?」

さっきのかぐやの発言をもう一度思い出す。

『翁はちゃんと子孫を残していたのだな!』

これから考えられること。それは、健人は翁の子孫であるということだ。

「本当に?僕が?あの、竹取の翁の?」

「間違いない。妾が見えているからな。」

またかぐやがおかしなことを言い出した。

だが少しずつ、今自分が置かれている状況を理解し始めた。

まず、目の前にいる少女は自称『かぐや姫』であること。

次に、人間とは違う不思議な力を持っているということ。

そして最後に、自分が竹取物語に出てきた竹取の翁の子孫だということ。

この事を真実だとするならば、

(『竹取物語』はただの昔話ではなかったんだ…!)

実際にいる人物と起こった出来事を記録した、『空想』ではなく『現実』。

そして、『非日常』であるということだった。

「なあ、お主の望んでおる『非日常』とは、一体なんなのじゃ?食い物か?」

「『非日常』?」

完全に心の内側を読まれているようで、『非日常』を望んでいることすらもかぐやにはお見通しであった。

「そうじゃ。お主はそれを心の底から望んでいる、と感じた。まるで、その願望が、お主を動かしているかのように…。」

「僕はね、この世界が嫌いなんだ。」

自然と言葉が出てくる。

「世界が、嫌い?」

「そうなんだ。正確には、何も起こらない『現実』が嫌いなんだ。」

不思議なことに、言いたいことがどんどん奥から溢れ出てきて、それは塞き止められていた水のようだった。

こんなこと、月夜にも話したことは無いのに。

「逆に、本の世界。空想の世界はいろんな事件が起こっている。時には、学園で平和な出来事が。時には、世界が消えちゃうような。」

「ふむ…。お主は、本の世界に入り込みたいのか?」

「出来ることなら。でも、そんな事が実際に出来るわけでもないし、僕が生きる世界はここしかないから。」

「…今の地球の民は、そんなことを言うのか。」

「僕だけだと思うよ。」

「お主…面白い奴じゃな~。」

ほうほう、と感心しているのか頭を縦にふりながら、かぐやはそう言った。

「『空想の世界に入りたい』か。それは妾でも叶えられぬ望みじゃなぁ~。」

「かぐや姫でも出来ないことがあるんだ。」

「当然。時を止めることも出来ぬし、ましてや地球のような星を創り出せ、と言われても無理じゃ。」

「それは神様でもいない限り無理なんじゃないかな?」

何故だろうか。今出会ったばかりの少女なのに、こんなに気さくに話し合い、楽しい気分になる。

これも、かぐや姫の不思議な力もなのだろうか。

が、健人はようやく本来するべき質問を思い出した。

「そういえば、なんでこの地球に来たの?」

「あ。そーいえば、話してなかったのう。」

急にかぐやの顔が、真剣な顔に変わる。

それにつられ、健人も戸惑いながらも少し緊迫感を感じる。

「妾がこの星、地球に降り立った理由。それは…」


「…む?」

かぐやの表情がゆがむ。

「ど、どうしたの?」

「…何という事じゃ…。まさか、もうこの地に住み着き、行動を始めたというのか!」

かぐやが恐れの声音を吐き出す。

「こうしてはおられん。おい、翁の子孫!」

「ぼ、僕!?」

「お主以外、この場に誰がおるのじゃ!はよせい!」

言われるがままに、かぐやに近づく。

すると、かぐやは急いだように健人の手を握る。

「え!何するのさ?何が始まるの!?」

健人はかなり混乱していた。

理由は、急に手を握られたことにドキッとしたから、という情けないものだったが。

そんな事もお構い無しにかぐやは続ける。

「詳しい説明は後じゃ。今は、お主の体を貸せ!」

「か、体を貸すって、どういう事だよ?」

そう言った直接だった。

急に窓からの光が遮られた。

何事かと思い、窓の外に振り替える。そこには黒い生物らしきものが存在している。

かろうじで、それがどんな形なのかを健人は理解する。

人形をしているが、明らかに人間より大きい。

目は不気味に赤く輝いていて、怒りや憎しみが伝わってくる。

口らしき所が大きく裂け、おぞましい咆哮が響きわたる。

「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!」

月ヶ岡全体に響くほどではないのか、と思えるほどだった。

「…な!なんだよ、あれ!」

それを見た途端に、健人はパニックに陥る。

かぐやも舌打ちをしたのち、

「やはり、遅かったか…。『邪霊』はもう動き始めていたのか!」

と、苦いものを口に加えたような顔をする。

「どうするんだよ!?」

もはや、健人はこの異常な場面に冷静になることなど、できなかった。

頼れるのは、この少女しかいない。

「先ほどにも言っただろう!お主の体を貸せ。」

「どういうことさ!?」

「今の妾では、充分に力を発揮できんのじゃ。力を最大まで使えるようにするには、『妾を確認できる地球の民』の体を借りるしか、道はない。」

つまりは、今にかぐやは幽霊に近い状態で、フルで力を発揮しなくてはあの化け物は倒せない。

そして、その為に自分の体を貸さなくてはいけない、と…。

健人は、充分に働かない脳を無理矢理働かせ、この結論にたどり着いた。

「先ほど、お主は妾が地球に降り立った理由を聞いておったな。」

「う、うん。」

「妾の目的。それは、あの化け物『邪霊』を地球から取り除くためじゃ。」

「あれを!?君が!?」

いくら不思議な力を持っていたとしても、自分と同じ年齢に見えるこの少女が、あの得体も知れない化け物を倒すというのか?

「む、無理に決まってるよ!あんな化け物に勝てる訳がない!」

「その通り。今のままでは、妾もお主も『邪霊』に喰われ、命を落とすだろう。」

「…!」

「この危機から助かる方法は一つだけ。妾に体を貸すのじゃ。」

かぐやがそう言った途端、化け物『邪霊』が動き出した。

「ウガァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

この部屋を簡単に潰せるであろう巨大な手で、こちらを殴りつけようとしている。

「まずい!」

「うわぁ!?」

かぐやが健人の腰を掴み、後ろへと走る。

当然、テーブルや壁があるがお構い無しにかぐやはすり抜ける。

玄関のドアをあけ、フェンスから健人を抱えたまま、外へと飛び出す。

「え、あ、あ!落ちるぅぅぅ!!!」

「騒ぐな、馬鹿者。」

冷静な声でそう罵ったあと、かぐやはこう宣言した。

『飛翔』

すると、落下している感じがなくなり、健人は目を開けた。

「え…浮いてる…?」

下を見ればアスファルトの大地が遠くに見え、また、魔方陣のような、見たことのない文字が円形になって足場となっている。

安心したものつかの間、健人の部屋から物が大量に壊れる音が響きわたる。

「何だ!今の音は!」

と、マンションの住人が何人か外に出てきた。

この異常過ぎる状況を見てしまえば、何かしらの問題が起きることは確かだった。

「お主らには、何も分かるまい。眠れ。」

かぐやが右手を前に出すと、下の足場と同じような文字が手に絡み付くように現れていた。

『催眠』

気付けは出てきた住人たちだけでなく、他の住人たちの眠ってしまったようで、マンションから人気が一瞬で無くなる。

「な、何したの?」

「眠らせただけじゃ。心配いらん。それより…」

「ん?」

「重いから、降りろ。」

健人を抱えていた手を放す。当然、重力に引かれて落ちる。

準備ができていなかった健人は、不自然な格好で足場に落ちた。

「ぐぇ。」

「情けない声を出しとるんじゃないわ。」

「い、いきなり下ろすからだろ!?」

そんなやり取りをしている内に、屋上へと降り立つ。

そこには変わらず、黒い化け物が何かを探しているかのようにうろついていた。

「さて…。奴を浄化させるか、それとも、喰われるか。どちらがいいかの?」

「…。わかった。どうすればいい?どうすれば、あの化け物を倒せるんだ?」

「簡単な話じゃ。妾を抱擁すればいい。」

「!?ほ、抱擁!?」

「何を驚いとるんじゃ。はよせい。お主からしなくては意味がないのじゃ。」

しかし、抱擁しろといきなり言われても戸惑うしかない。

女の子と手を繋いだことも、ましてや抱きしめたことなど健人はしたことなどなかった。

「君は、良いの?」

「死ぬよりましじゃろ?」

きっぱりと言い切られてしまう。

『死』。今まではっきりと感じたことのないものだった。

この前、家族を殺されてしまうまでは。

あの事件は健人に、はっきりと命の儚さ、そして、大切さを教えてくれた。

親から授けてもらった自分の命を、断ってはいけない。

この危機から抜けて、生き延びなくてはいけない。

家族の為にも。自分の為にも。生きたいのだ。

「ウガァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

「ちっ!気付かれたぞ!はよせい、死ぬぞ!!」

そのかぐやの叫びが、ようやく健人を動き出させる。

かぐやに、抱きしめるというよりは、しがみつく感じだったが。

「憑依」

黄色い閃光が、かぐやと健人を包みこんだ。


二人が光に包みこまれたと同時に、怪物は拳で二人を潰そうとする。

だが、その手が二人触れることはなかった。

強烈な風が起こり、怪物ごと吹き飛ばしたのだ。

そして、屋上には健人が一人で立っている。

ただ、瞳にはかぐやが使っていた文字が輪を作って刻みこまれていた。

「…ふぅ。やはり男の体はなれんのう…。」

“これ、どうなってるの?”

口からはかぐやの声が、何処からともなく健人の声が聞こえる。

「お主の体に妾が入ったのじゃ。こうすることで、あの怪物を倒せる訳じゃな。」

それより健人にはもっと大きな不安があった。

“元に戻るよな!?”

「当然。さ、早く片付けるぞ。」

“ちょ、ちょっと待って!?”

「何じゃ?面倒な。」

“ここで戦ったら危ないよ。人気のない場所へ行こう。”

「はぁ…。一々偉そうに注文しよって。で、何処なら良いのじゃ?」

面倒に健人に話しかけるかぐや。

“あの裏山ならいいかも。”

「わかった、わかった。」

今度は下から光が生まれ、健人かぐやと化け物を包む。

『転移』

そう宣言すると、光がより強くなる。

そしてその光は、健人がかぐやに会う前に見た光と同じだった。

気づけば、裏山に化け物と一緒に突っ立っている。

「んじゃ、片付けるとするかのぅ。」

手のひらを怪物に向けると、今度は右腕全体に再び、不思議な文字が現れる。

そして、怪物に宣言するように言いはなった。

~力を欲しし、哀れな者よ。

我が光を受け、その魂を解放せよ。~

~月光之矢~

突然、手のひらから月光に似た光が溢れだし、矢の形となりて、放たれた光の矢が怪物を貫く。

「ウガァァァァァァァァァァァ………。」

胸の部位に値する場所を撃ち抜かれ、風穴が化け物に開く。

その穴からヒビが全身に走り、ついには化け物が消えていく。

さっきのことが嘘のように静かになった。

周りには秋の虫の声が聞こえてくる。

「終わったな、解憑。」

かぐやがそう言うと、かぐやと健人、二人に戻った。

「戻った…?」

まだ信じられなかった。今、目の前で起こった出来事が。

健人にお構いなく、かぐやは眠そうな顔をして手を伸ばした。

「帰るぞ?」

「う、うん。」

再び先ほどの光が二人を包みこむ。

『転移』


部屋に戻ってきた健人と、かぐや。

かぐやは戻ってきた途端、

「さてと、妾は寝る。」

と、疲れた口調で言い放つ。

「って、待て、待て!」

「まだ何かあるのか?」

かぐやがめんどくさそうな顔をする。

健人の中には、今まで別の人物が自分の体を使っていたという少しの不気味さと、今まで起こった出来事への疑問が残っている。

「今のは何だったんだ?君は何者なんだ?僕は、何なんだ!?」

健人は聞きたい事だらけだった。

だが、かぐやはこう言っただけだ。

「また今度な。妾はもう眠いのじゃ。」

「いや、その前に!部屋、どうするのさ!」

今さっきの衝撃で部屋はとんでもないほどに荒れていた。

窓ガラスは割れ、テーブルは粉砕されている。

この状態では生活もまともに出来ないだろう。

「ああ。」

『修復』

そう言ってかぐやが指を鳴らすと、一瞬で部屋は元に戻った。

窓も、テーブルも新品同然に戻る。おまけに、床も壁もだ。

「すげ…。」

「寝る前に聞いておきたいのじゃが…お主の名は?」

「え、うん。健人、取岡健人。」

新しい部屋に見とれていた健人は、言われるままにボーっとしながら答えていた。

「分かった。お休みじゃ、タケト。」

そう言って、かぐやは健人の部屋に入っていった。正確には、壁をすり抜けていった。

消えるかぐやを見た後、ドッと疲れが出てきた。

残された健人も色々ありすぎたが、現実逃避のように、寝ることを決意して、自分の部屋に入ろうとした。

(そういえばあの子、僕の部屋に入っていったよな?)

ということは、健人の部屋で寝ているということになる。

健人には、女の子と同じ部屋で寝る勇気がなかった。というより、自分がどうなってしまうのか分からなかった。

今日は一人で寝たくはなかったのだが。

仕方なく、リビングのソファーを使うことにする。

横になったのはいいが、眠れそうにない。

色んなことが起きすぎている。

かぐやという少女のこと、黒い怪物のこと、そして自分のこと。

しかし、そんなことを何度も考えて続けても答えは出てこない。

そして、頭の疲労が溜まり、いつの間にか健人は眠りの世界に落ちていった。


これが、取岡健人の『昔話』の始まりだった。

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