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ユウレイダラケ  作者:
3/6

承の承

 

 ◆




 詰まる所、静夏さんが通う、いや通っていた女子高には入れた。

 これは秘密の裏口だとかこそこそとフェンスを越えたりだとかましてや女装して入ったわけではない。

 女装と言った所で服などないが。


 むしろ、堂々と正門から入り、静夏さんの案内によりいくつもの学校の施設を見たりしながら静夏さんの遺体があるという女子寮を目指していた。

 白昼堂々と、正々堂々と、そして戦々恐々と俺は男子高校生には禁じられた領域を闊歩するのだった。

 だが、もちろん俺は制服のままでとはいかない。

 静夏さんの言った通り、夏休みのおかげか人は疎らだったけれど、他の学校の制服だとすぐに見つかり一発アウトでゲームセットだ。

 俺はその足で檻の中へと入ることになるだろう。


 そうなっていないのは、単に静夏さんの妙案のおかげということになる。

 電車のなかで静夏さんから作戦を言い渡されたのだけど、曰く、


「学校指定の制服だから目立つのよ。まぁ、私の学校の制服や体操服を貸せたら良かったのに……残念だわ。え?残念がるところじゃないって?いやいや、でも男子の女装って楽しくない?今流行りの男の娘とか。あれってかわいい男子がするからあんなに人気があるんでしょう?でも、私としては荘子くんみたいな女の子要素が皆無な男子がかわいく、美しく女装することこそに意義があり、意味が生まれ、萌えを感じると思うのだけれど…………え?そんなの知らないって?話を戻せって?もう。この手の話は必ず翠とは盛り上がるのに……。釣れないわね。分かったわ、閑話休題。つまり、私が言いたいのは制服は制服でも”学校指定”でなければ問題なしというわけよ。部外者が校内をうろついても不自然ではない格好があるでしょう?」


 結果。

 俺は半袖カッターシャツからよく学校の設備を修理している業者が着ていそうな作業服へと身を包んでいる。その上、帽子。

 薄緑色で上の服と下の服の境界が曖昧でよく脚立を持って歩いていそうなあの作業服である。


 ちなみに作業服は近くの服屋で買ったのだ。

 千円ポッキリだったので普通に買えたが、着替えた時の静夏さんの顔が忘れられない。

 うっとりしていらっしゃた。

 この人は実は変態ではないかという疑惑が俺の心の中で芽生えだした瞬間だった。


 女装より遥かにまとも衣装ではあるが、なぜか犯罪性が増した気がするのは気のせいか?


 今の俺の状況を整理すると、こうだ。



 1、学校をサボる。


 2、電車で女子高を目指して隣町へ。


 3、不審がられないであろう作業服にて校内へと侵入。


 4、いざ、向かわんかな女子寮よ!!



 どこの変質者だよっ!!!

 これでもしバレたりでもしたら、新聞の一面を飾って一躍有名人だよ!!

 みんなのなんとも表し難い蔑むような目が目に浮かぶ。

 人生どう間違えたらこんなことになるんだ……。


 だけど、自分で決めたことなのでぐずぐずとは言っていられないな。

 覚悟を決めろ、草樹荘子。

 こんな局面今まで何回もあっただろう。

 大地を踏みしめ、前へと進め。


 とか。

 今更、カッコつけたって踏みしめているのは純然たる女子高の敷地だし、進んでいるその寮だ。


「静夏さん、今気づいたんだけど、鍵とか大丈夫なのか?そもそも作業服着たからって学校には入れても寮に入れるとは思わないんだが……」

 俺の前を普通に歩いているように見えて実は浮いている彼女に問いかける。


「そこは荘子くんの技量によるわ。タイミングを見計らって侵入しましょう」


「肝心なところで人任せ?!」


「だって、そもそも死体を見たいって言ってるのは荘子くんなんだし。私はあまり気乗りしないのよ」


  気乗りしない人が俺をこんな格好にするか。

  とか、そんなことを心の底で思ったが、確かに静夏さんが言った通りさっきよりも元気がなくなっている気がする。

 前はあんなに雑談に興じていたのに学校に来てからすっかり口数が減ってしまった。

 今から自分の死体を見に行くのだから気が進まないのは分かる。

 それで、俺は静夏さんが気持ちになっている理由も大体、予想できている。

 が。

 どうもそれだけではないように思う。

 俺のそんな懐疑的な何かは静夏さんが学校の寮なんかで死んでいる理由と無関係ではないはずだ。


 俺はそれを確かめるために学校サボって、変装して、女子寮に行こうとしているのだ。

 この物語は果たして女の子が笑顔でいられるハッピーエンドになれるのか?


「着いたわ」

 到着の知らせだ。

 ここからが正念場か。


 俺は携帯電話片手に静夏さんの部屋へと赴くのだった。




 ◆




「やっぱり…………か」


 静夏さんの部屋は鍵が掛かっておらず、簡単に入ることができた。

 よく整頓されていて、掃除が行き届いている部屋だった。

 いかにも静夏さんらしいと思ったりした。

 トイレや風呂そして食堂は共同らしいので、家電という家電はあまり存在しない。

 水道と小さな冷蔵庫くらいが生活感を感じさせる。


 なんの変哲もない普通の部屋だったが、ただひとつだけ異常があるとすれば室温が異様に低いことだ。

 夏本番とはまだ言えないが八月を目の前にせまっている今日この頃である。

 その上、俺は作業服という暑苦しい服装だ。

 そんな俺が思わず震えてしまいそうなのだ。

 冷房が限界まで頑張っているようで、大きな起動音をたてている。

 これは静夏さん仕業で間違いないだろう。


 自分の体が腐らないように《・・・・・・・・・・・・》


 わざとこんな環境を作り出したに違いない。

 本人に確かめるまでもなく。


 さらに部屋の奥へと進むと思った通りの光景が広がっていた。

 見ただけでも死んでいるのが分かる遺体があった。


 だれの?

 もちろん静夏さんの。


 静夏さんの遺体はベッド横の壁にもたれかかり正座した状態で死んでいた。

 死因は手首の殺傷。

 所謂、リストカット。


 まごうことなき自殺だった。

 血は滴り落ちていて、傷のある右手のあたりには、どす黒い血だまりができている。

 幽霊のほうの静夏さんに目を向けるとずっと自分の浮いている足を見詰めたまま動こうとしない。

 そんな彼女に気の利いたセリフなんて浮かぶはずもない。


「帰ろうか。俺の町に」

 静夏さんは何も言わない。

 俺は持っていた携帯電話で警察に通報した。


 およそ、三分。


 それが俺らがこの部屋に滞在した時間だった。 



 ◆



 結局のところ俺がやったことはただの確認だった。

 静夏さんが死んでいるか、ではない。

 静夏さんが自殺しているか、である。


 普通ならば自殺した人は幽霊にはならない。

 なぜなら、この世の幽霊の根源であり、存在理由であるのが『未練』だからだ。

 自殺志願者にはそれがない。

 当然だ。


 世界に、人間に、何もかもに、心底絶望した結果が自殺なのだ。

 未練なんて残りようもない。


 だから。


 だから彼女は矛盾している。

 自殺したにも関わらず今もこうして半透明な体で宙に浮かんでいる。


 自殺者が幽霊になるケースは珍しいが、全くないというわけではない。

 ただ、普通の死よりも並々ならないほどの『願望』が必要だ。

 醜くて憎い現世に再び死にながらにして、生きる覚悟の源。


 つまりは、彼女は後悔しながら自殺をしたということだ。




 帰りの電車。

 学校からそそくさと退散した俺たちは何も話さなかった。

 変装した時と同じように公衆トイレで制服へと着替えて、今こうしている間もずっと喋らなかった。

 学校に向かう時にはあんなに興味津々で水野のことを訊いてきたのになんとも味気ないものだ。

 今思えばあの時は静夏さんなりの虚勢を張っていたのかもしれない。


 夕暮れ時。

 来た時と違って電車の中は下校中の学生や帰宅途中の大人たちで一杯だった。

 俺は席に座り、静夏さんは俺の前に立って吊革を掴む真似事をする。

 俺と静夏さんとの間に流れる気まずい空気に関心を示す人などいるはずもなかった。

 そんな中、長く続いた沈黙を先に破ったのは静夏さんだった。


「軽蔑した?」

 俺は首を横に振る。


「そう」

 それからまた黙る。

 帰ってきた沈黙。

 それを破るのは今度は俺の番だった。


「自殺の理由……いや、原因は?」

 前を向き彼女の顔を見つめる。

 彼女は苦々しく語る。


「よくある話よ。クラスでイジメが起きていた。男子の荘子くんには分からないかもしれないけど、女子特有の陰湿で陰険で悲痛なイジメが起きていたのよ。集団で個人をイタぶるような。私ではないある女の子が毎日毎日イジメられていたのよ」

 何かを思い出すように窓の方へと視線を移す。


「私は全然気づいてやれなかった……。同じクラスなのに…………。それが悔しくて、たまらなくて。だから私はイジメている奴らに訴えた。そしたら標的がイジメられてる女の子から私に変わった。辛かった……。毎日が本当に辛かった。誰かに相談しようとしたけど巻き込みたくなかったし、何より誰にも知られたくなかったの。私がイジメられていることを……」

 静夏さんの目に涙が浮かぶ。

 夕焼けの光に反射して、俺は不謹慎にもそれが綺麗だと思った。


「これ以上惨めな思いをしたくなかった。だから、誰にも相談しなかった。翠になんてなおさらできなかった。私のことを尊ぶようなあの子に幻滅されたくなかった。それだけは……それだけは嫌だった」

 静夏さんは俺みたいに座席には座らず、その場に座り込む。

 行儀の悪い子供みたいにみっともない、とは思わなかった。

 ただ、静夏さんだって一人の女の子だと思った。

 まだ会って数時間だけど、この人はどこか大人びていて自分とは違うなと思った。

 でも本当は強くて弱いただの普通の女の子なのだ。


「やがて、全てのことに耐えきれなくなった私は手首を切った。誰にも何も告げることもなく、ね。色々小細工して発見されるのを遅らせようと思ったのにね。自分でバラすなんて馬鹿みたい」

 小細工というのは夏休みに死ぬことや冷房で体の腐敗を防ぐことのことだろう。

 でもいつかは見つかるし、いつかは腐ってしまう。

 それでも、知られたくなかったのだと俺は思う。

 憧れの姉が自殺したこと。

 敬愛する姉がイジメられていたことを。

 妹にだけは知られたくなかった。


「……………………」

 でも、そんな思いを無視して静夏さんの死を俺が暴いてしまった。

 せっかくの彼女の思いを俺が壊した。


 電車が駅に停まる。

 次の駅で降りなければならない。

 人が行き交う中、座り込む静夏さんを邪魔だと思う人はいない。

 全ての人をすり抜けていく彼女を視て、改めて死んでいることを実感する。


 名も知らない女子と静夏さんをイジメてた奴らに復讐することなんてできない。

 死んでしまった静夏さんを生き返らせることなんてできない。

 彼女のために俺ができることなんて何もない。

 そのことが悔しくて悔しくて、胸を締め付けてくる。


「静夏さん。アンタは正しいよ」

 どうにもならない俺の気持ちが、勝手に俺を動かしていた。


「アンタを蔑むなんてできない。だれにもだ。アンタがイジメを庇わなかったらその女の子が自殺したかもしれないんだぜ。アンタは確かに一人の人間を救ったんだ。だから、アンタは胸を張って堂々と成仏してればいいんだ」

 そう言って、俺は静夏さんの頭に手を置く。

 最初は抵抗されるかと思ったが意外にも素直にされるがままだった。

 一人の女の子の頑張りを労うのをやめる理由は俺にはなかった

 たとえどんなに周りの人に不審がられようと俺はやめない。


「安心しろ」

 泣きだす彼女を見ながら俺は言う。


 これからどうするかを考えながら、ただひとつだけ。

 目の前の人には精いっぱいの力を尽くそうと思えたのだった。




 ◆




 電車を降り、駅の門をくぐった俺達。

 うす暗くなり始める空を見上げてこれからのことを思案する。


「もう七時を回ったしそろそろ家に帰りたいんだが、アンタはどうするんだ?」


「どうするって言ったって……」

 どうすることもできない。

 幽霊の自分には帰る場所がない。

 そう言いたげだった。


「昨日は水野ん家にいたみたいだが、今ごろ大騒ぎだろうぜ。家には誰もいない可能性があるし、それならアンタの憑依による影響は心配しなくてもいいと思うけど」

 俺がそう提案いてみると、


「今は一人でいたくないの…………」

 地雷を踏んでしまったか。

 そもそも静夏さんが自殺したのは、誰にも相談できない誰も頼れない孤立無援状態が引き起こしたようなものだのだ。

 人恋しいのは当たり前か。

 死んですぐに水野の下に文字通り飛んで行ったくらいだからな。

 大人な雰囲気の静夏さんも年相応の可愛らしさがあってなんだか微笑ましい。


 だが。


「俺の家には来ないでくれ」


「えっ」

 親友にでも裏切られたかのように傷ついた表情をする静夏さん。

 それを見て、視て心が揺らぎそうになるがこれだけは俺にとって譲れない。

 譲ってはならないものだ。


「いや、ほら。俺の両親って俺と違って幽霊が視えなければ幽霊への耐性もない普通の人だからさ。危険なこともあると思ってな」

 俺のしどろもどろな説明に得心がいったようで、


「そう。そうよね。場合によっては死ぬ可能性だってあるものね。納得したわ。そして、確信したわ……」


「?」

 確信だって?

 この話の流れで「納得した」は納得できるが確信したとはどういうことだ?

 訳が分からない風の俺を余所に、静夏さんは俺と相対する。


「分かったわ。そういう事情なら仕方ないわね。これ以上荘子くんに迷惑はかけられないし」

 そう言われると罪悪感が……。


「なら私は独り寂しく、誰もいない自分の家でさながら亡霊のごとく呻き悲しむことにするわ」

 ところが、昼間のような意地悪な顔でそう言ってきた。


「シャレにならないから是が非でもやめろ」

 よかった。

 軽口が叩けるくらいには回復したようだ。

 精いっぱい力を尽くすとか思いながら、俺の我がままで一人にさせてしまうことに心苦しさを感じてはいたのだ、俺なりに。

 明日また頑張るから許してくれ。


「では、ここでお別れね。駅前で別れるなんてなんだか恋人みたいね」


「どっちの意味でだ?」

 言い方からすると破局っぽいなぁ。

 それじゃあ、また明日とか言いながらお互いに背を向け歩き始める。

 日は落ちてもまだまだ暑いなぁ、とか俺は帰途につく。


 そんな俺の背中を彼女がじっと静かに見つめていることに、俺は気付くことはなかった。


「ありがとうね……荘子くん」

 彼女は呟く。


「あなたに会えてよかったわ。でも、だからこそ…………よね」




 ◆


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