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ユウレイダラケ  作者:
1/6

 



 ◆




 みんなは幽霊って信じますか?

 死んだ魂が未練なんかでこの世に残り、彷徨ったり、土地に留まったり、誰かに憑いたり、驚かしたり、その性質は様々だと言われているが、なかには幽霊なんてものは人の恐怖心がつくりだすものであり存在しないのだ、とか言う。

 まぁ、存在しないのが幽霊だけど。


 俺が言いたいのは。

 浮遊霊も地縛霊も背後霊も守護霊も動物霊も自然霊も。

 ゴーストもファントムもポルターガイストも九十九神も霊魂も人魂も妖怪も。

 俺には所謂『そういうもの』が。



 ――――視えてしまうってことだ。




  ◆




『ねぇ。お兄ちゃん起きてよ。ねぇってば!起きなさーい。起きないと体乗っ取るっからね。言ったよ?今あたし言ったからね?それでも起きないお兄ちゃんが悪いんだからね。ね?ね!ね!!んじゃ、ま。善は急げってことで。オジャマしまーすっ!!!!』


「朝からうるせーーーーーーーーーーーっ」


『はぶぶっ!!』


「ったく。毎朝毎朝毎朝毎朝、うっぜーなお前は。事あるごとに、チャンスがあるごとに体取りに来てんじゃねーよ。なんべんも言ってるが、お前なんかに俺の体なんかやんねーよ。貸したりもしねーよ。だから、さっさと諦めて成仏しやがれ」


『やっだよー。べーーーーんだ』


「こんにゃろっ!!」


『へぶしっ!!』


「兄に対して舐めたこと言うからだ」


『……いっててて。前から思ってたんだけど。なんでお兄ちゃんって幽霊であるあたしを蹴ることができるの?妹であるあたしを蹴ることができるの?』


「俺はなんで幽霊であるお前が俺の蹴りで痛がってんのかが不思議だよ……」


 そこでさっきから鳴り続いている目覚まし時計を止める。

 ついでに妹の息の根も止める。

 その場に倒れだしやがった。

 幽霊が死んでんじゃねーよ……。


 ふーーっとやっとの思いで一息つける。

 毎度毎度こいつの相手してると早く成仏してくんねーかなとか思ってしまうが、したらしたでなんだか寂しくなるので止めてほしいけれど。



 前述の通り、我が大切なうざい愚妹は死んでいて今現在、幽霊となって彷徨いつづけている。

 俺はもとから幽霊が視える体質で妹が死んだとは言っても、依然として話すことができりするからからあまり悲しくはなかった。


 そこにいるのだから。

 俺には視えるから。

 だから、悲しくないし、寂しくもない。

 本来は成仏しないといけないけれど。

 こんなのはダメだとは分かっているけど。

 それでもやめられない。


 ずるずるとさながら依存症のごとく妹が死んで一年間そうやって生きてきた。

 ずるずると。


「さてと。そろそろ準備しねーと学校に遅刻すんなー」


『ちぇえ。今日のところは勘弁してやろう。だが次こそは必ず貴様の体はいただくぞ!たとえ死んでもな!!!』


「もう死んでんだろーが」


 もう一度蹴ることにした。



 ◆



 俺こと、草樹荘子くさきそうじは先ほども述べたように幽霊とか視えちゃったりする。

 それは、先天性のものでありそして遺伝的なものではない。

 実際に、俺の親や小うるさい妹には幽霊が視えない。

 なぜ、俺だけが視えるのかは分からない。


 幼い時から当たり前のように視えていたし、それなりに苦労もした。

 だけど、こうして普通に高校二年まで生活できているのも単に周りの人たちのおかげだ。


 さて、今日は夏休みが目前に迫った月曜日。

 若干の希望と期待を胸に抱きながら、家で朝食を摂り、通い慣れた学校に向かう。

 小うるさい妹こと草樹更くさきさらは学校までは来ない。

 というか、外にも出ていないようだ。俺が把握する限りだが。

 一体、家でいつも何をしているのか。

 少し気になるところだが、なんだかどうでもいいような答えが返ってきそうなので敢えて訊かないことにする。


「どうせ、俺の体を乗っ取る算段でもしてんだろうな……」

 ありえそうだ。


 そんなことを考えながら学校へと到着。

 特に部活にも委員会やらにも所属していないのでそのまま教室へと足を運ぶ。

 俺は登校時間よりも少し早めに着くようにしているので、クラスメイトはまだ二、三人とまばらだった。


「あれ?」

 教室に入ってから僅かな違和感を感じる。

 俺の隣の席の生徒が来ていないからだ。


 まぁそんな日もあるだろうが、クラス替えがあった四月から今日までの三カ月間いつもの風景がいつもと違っていたので違和感を持つくらいは許してほしい。


 寝坊かなとか思いながら、自分の席である教室の真ん中に行く。

 それから読みかけの本を読み始めてから二十分後。

 クラスメイトも大分揃いだして予鈴が鳴るか鳴らないかくらいの時間にやっとこさ俺の隣人が登場した。


「おはろー。荘子くん」


「おはろうさん」

気の抜けたやり取りである。

 HRに遅れる寸前だったというのにどこかのんびりとした感じで挨拶してきた。


「おいおい。アンタともあろうお方がこんな時間に登校とは何事だ?」


「ん?ああ、うん。ちょっとベットから体が動かなくてさ」


「素直に寝坊って言えよ……。しかし水野にしては珍しいな」


「ん?ああ、そうかもね」


 気だるそうにしているがキチンと会話に付き合ってくれているあたりは流石だな。

 この隣人、名前は水野翠みずのすい

 見た目は肩に届くか届かないかくらい短めに切り揃えている艶のある黒髪で、よく揺れたり広がったりやたら動く髪なので強く印象に残る。

 人見知りをしない性格なのか、誰とでもすぐに打ち解けちゃったりしている。


 俺とは二年になって初めて知り合ったが、さすがに長い間隣の席同士をしていると親しくもなるというもので、俺の数少ない女子の知り合いだ。



「昨日、突然疲れ出してさ。確か九時くらいには寝たんだけどなぁ……」


「おいおい大丈夫かよ」


「だいじょぶ、だいじょぶ。こんなの寝て起きたらすぐに治るさ」


「十時間以上寝てる奴が何言ってんだよ」

 はぁ、とため息をついてから俺は言う。


「アンタ、疲れてんな――――」


 ここで会話が途切れる。担任の先生が来たからだ。

 喋ってた他のクラスメイトも会話を止め、各々の席へと戻る。


 先生が今日の出欠や連絡事項を確認している。

 クラスの奴らは真面目に聞いてたりする。なんだかんだで規律が良いのだ、我が高校は。

 だけど、俺はそんなクラスメイト達の姿勢に逆らって、水野の席である右隣を向く。

 俺達の席は教室の中央のしかも後列なので一番、先生から見えやすい位置である。

 軽く注意されかねないが、それでも俺は水野を見る必要があった。

 いや。

 正確には、ダルそうにして机に突っ伏している水野(アンタも注意されるぞ)ではなく、その背後を視る《・・》。


 そこには幽霊がいた。


 地面に足がつかずに浮いていて、どこか人間には思えない。

 半透明の幽霊がいたのだ。

 そのことに俺はなんの疑問も持たない。

 知らず知らずのうちに幽霊がとり憑くことなんてよくあることだ。

 しかし、だ。


 俺は違和感を持たざるを得なかった。

 なぜなら。


 なぜなら、その幽霊は今現在絶賛とり憑かれ中の水野にすごくそっくりだからだ。


 その幽霊は紺色の刺繍が施された制服に灰色のチェックのはいったスカートを着ている。

 幽霊は死んだ時と同じような服を身につけているようなのだが、しかしその夏服はこの高校のものではない。

 隣町の女子高の制服だったはずだ。

 ということはこの人は、もといこの幽霊は以前水野が話してた水野の姉なのか?


 そんなことを考えていると仮称、水野姉が俺の方を見ている。

 普通の人には視えないはずの自分が見られているんだ、不思議に思っても不思議ではない。

 とりあえずはこの水野姉に事情を訊いた方が良さそうだな。


 そう思い、俺はすぐさま机の中から紙を取り出し鞄からペンを探す。

 こういうときの対処法は慣れたものだ。


 ”俺には、あなたが視えます。

 昼休みこの校舎の屋上で待っていてください。”


 こういったメッセージを綴ったメモ用紙を持ちながら俺は両手を広げて背伸びをする振りをして彼女に見せる。

 これが一番手っ取り早い方法なのだが、先生から不審な顔を向けられてしまった。

 当たり前だ、どこの世界に紙を持ったまま背伸びする奴がいるというのか。


 メッセージを見た時に驚いた顔をした彼女だったが、なんとか伝わったらしい。

 彼女は俺のそばに近づきさらに顔を近づけて、


【わかりました】

 と言った。


 そのままどこかへと飛んで行った。

 おそらく屋上だろう。


 水野姉がいなくなるのと同時に水野妹つまり水野翠がむくっと顔あげ、起きあがった。


「あれ?疲れが…………」


「もう大丈夫だぜ」


「えっ」

 水野がこちらを向く。


「もう疲れてねぇよ」

 そう――――



 ――――憑かれて、いない。




 ◆




 昼休みになった。

 一応、妹の方にも確認しとくか。


 そう思い誰かとどこかで弁当でも食べる予定なのだろう、鞄を持って去ろうとしている水野を呼びとめる。


「おい、水野ちょっといいか?」


「なになに?」


「お前の姉ちゃんって隣町の女子高に通っているんだったよな」


「うん。そうだけど……。それがどうかしたのかな」


「いや、元気してんのかなぁって」

 実際には死んでらっしゃているが。


「う~ん。姉ちゃんってあまり連絡くんないからよくわかんないけど。たぶん元気だと思うよ。あの人病気に罹りにくいし」


「そうなのか」

 俺はそんな相槌を打つ。

 水野姉が病気に罹りにくい健康体だということに感心したわけではなく、こいつが――水野翠が実の姉の死を知らないことが分かり俺の違和感が解消されたことにある。

 そして、新たな疑問を呼ぶ。


 なぜだ。


 なぜ、家族が亡くなっていることを知らない。

 普通、人が死んだらまず家族に連絡が行くはずだろう。

 なのに知らないということは水野姉の遺体がまだ発見されていないことになる。


 この件はなんだか複雑そうだな。



「ねぇ」


「………………」


「ねぇってば!」


「…………………………………………」


「おーい、草樹荘子くーーーーーーん!」


「ん?ああ。すまん」


「どうしたの?今日なんかおかしいよ。いつにもまして」


「え、俺ってそんな目で見られてたの」

 高校では比較的気を使って生活してたのに、これは軽くショックだ。


「ジョーダンジョーダン♪でも、ホント大丈夫?わたしの疲れが鬱ってない?」


「疲れが鬱ってもう末期じゃねぇか」

 正確には”うつる”な。

 いや、疲れはうつんねぇけど。憑かれはどうだろ。


「も~心配してやってんのに~。揚げ足取んないでよ」


「じゃ口では伝わらんボケをかますんじゃねぇよ」


「で。なんでお姉ちゃんのこと訊いてきたの?」


「えーっと。なんか気になって?」


「なんで疑問形なの?」

 そこまでは考えてなかったな。

 どうしたものか。

 実はアンタの姉ちゃんもう死んでいてこの世を彷徨っているんだよん、とか気軽に言えるはずもない。


「まぁ、とにかくなんとなくだよ。なんとなく」


「ふ~ん。あっ!!分かった!!さては荘子くん、わたしの姉ちゃん狙ってんな!!!」


「なぜそうなる」


「もうすぐ夏休みだもんねー。そして、わたしとも一緒にそういう仲になって姉妹ともども一挙両得だぜ!!うげげげげ!!、とか企んでいるんでしょー」


「一度、アンタが俺のことをどう見てるか話し合う必要がありそうだな!!」

 まったく……。人の気も知らないでからかってくれるものだな。

 見るところ疲れはもうなさそうだが、ここまでいじられてしまうともう少しくらい憑かれていればいいのにと思う。


 でも、姉が死んでいると知ったらこいつはどうなるだろう。

 こんなに明るく、笑顔を見せているこいつはどうなるだろう。


 俺がなんとかしないといけないんだろうな……。


「用はもう済んだ。ごめんな、時間とらせて」


「ううん。だいじょぶ。じゃあね」

 手を振りながら背中を見せて廊下へと出ていく水野。


「おおい、水野!!」


「なあに」

 距離はさっきよりも遠いが顔だけ振り向いてこちらを見る水野。


「姉ちゃんは好きか?」

 最後に俺は訊いた。

 訊いてどうしようというのか。


「だあいすきっ」

 思わず見惚れてしまうような精いっぱいの笑顔で答える水野。


 そんな彼女に笑顔を返せたかは俺には分からなかった。




 ◆


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