特異点
少女と仲良くなった「俺」はこの世界に来て初めての、ゆっくりとした日々を少女と共に過ごすが・・・?
「今日はまだ昼間だというのに静かなもんだな。こんな日は久しぶりだ。」
そう、居候先の屋敷から庭を眺めながら思う。
少女から出生の秘密の告白を受けたあと、あのまま抱きかかえられながら2人で眠ってしまった。
起きた後もなかなか離そうとしない彼女に、「「ボク」ならいつでも遊べるから、一度帰って「皇帝陛下」に許しをもらってきてよ」というと渋々帰って行った。
その日の晩には許可をとってきたと嬉しそうにやってきて(急に室内に転移してきたから驚いた。そう、彼女は帝都内なら自由に空間移動できるのだ。)その後は毎日朝から晩まで一緒に遊ぶのが日課になっている。だから、まだ日の落ちないうちから静かなのは帝都にきた次の日以来なのだ。
「結局、「姉上」だなんて呼ぶことになったんだよな。」
毎日遊ぶようになった初めての日、つまり帝都に来てから3日目にしてやっと、こちらが彼女のことを呼びにくそうにしているのに気がついた。
「私の名前はリィンフィ。真名はアリア。好きな方で呼んでね!」
などと言いながら期待に満ちた目で見てきた。だが、いくらなんでも真名はない。別に魔法的に何か意味があるわけでもないが、普通は夫婦間、または婚約者ぐらいしか使わない。(10歳の魔法の儀式の際に授かる。なので「ボク」にはまだない。)
だから、そんな期待を無視して「リィン伯母上」などと呼んだら泣かれた。比喩ではなく、「せめてお姉ちゃんと呼んで」と本気で泣かれたので、リィン姉さま、又は姉上、で妥協してもらった。
「しょうがないなぁ、テオちゃんは。別に真名で呼んでくれてもいいのに。」
などとまだ未練がありそうに言ってはいたが、それでも姉上と呼ばれるたびにものすごくうれしそうにしているのを見ると、満更でもないらしい。
(実際、遊び初めての初日は名前の呼び合いを何度もやらされたものだ。)
リィンの名前を呼ばれるのは兄以外からだと初めてなのだから、喜ぶのはしょうがないのかもしれないが。
「だけど、執事の爺さんは食わせ物だったよな。」
抱き合って眠った次の日の朝や、名前の呼び合いをした後などは決まって「昨晩はお楽しみでしたね。」などとどこかで聞いた言葉をニヤニヤしながら言ってくる。(実際は別の言葉なのだろうが、「そういう意味だ」と俺に意図する言い方だ。)
この爺さんは俺たちのお目付け役だ。意趣返しにと聞き返してみたらあっさりそうだと教えてくれた。なんでも「帝国」諜報部の偉い人らしく、休暇がてらに今回の件を引き受けたらしい。
また、基本的には「心情的には」こちらの味方ではあると、どこまで本気かは分からないが教えてくれた。リィンの境遇は知っていて、可哀そうだとは思っていたらしい。
まあもちろん、本当だったとしても命令があったたときに手心を加えてくれる、などと微塵も期待できないが。だが、リィンの件で話をしてもよいのはこの男爵と、男爵から紹介してもらった直属の部下だけなのは間違いない。(そもそも存在を知らされていない筈だ。)
そんな他愛もない話を、平和な庭を見ながら思い出していても、「俺」の心臓の動きは、どんどん速くなるばかりだった。
「そろそろ、「試験結果」を教えていただいても良いでしょうか?「父上」。」
しびれを切らした「俺」は、そういって、なにもない壁に向かって問いかける。
一瞬の沈黙、予想が外れたか?ならば赤っ恥だ、とも思いながら待つ。
だが、今日不意にリィンが「用事があるから」と昼前に帰ったのだ。彼女に関係ある用事など、これぐらいしか考えられない。
すると、音も立てずに壁が移動し、そこから耳の長い壮年の男性が現れた。それは「ボク」の父親であり、この「帝国」の頂点に立つ男である。
そう、この一カ月はずっと見張られていたのだ。もちろん皇帝本人が毎日来ていたわけではないだろう、そんなに暇じゃないはずだ。というより本人が来たのはこれが初めてじゃないだろうか、こんな威圧感があればリィンが気がつくはずだ。今まではあの男爵か、その部下たちだろう。
元々疑ってはいたし、ときどき感じる視線、この部屋の家具の配置の違和感からそうじゃないかとは思っていたが、やはり見張るための部屋があったのだ。
「ふむ、なかなか鋭くなったな、テオドール。少し前までは平凡な奴だと思っていたが、それが「夢」の知識かね?」
「俺」という存在は「夢の中の物語にでてくる住人」ということになっている。リィンが既に「夢」については話していたし、「俺」も隠し通せるとは思っていなかったので、逆に「架空の人物」として話をしていた。
「そう、ですね。現実とも思ってしまうほどに長い夢をみました。それ以来、いろいろと考えてしまうのです。」
嘘ではない。
圧倒的に各上であり、「ボク」はもちろん、ただの社会人だった「俺」が200年も帝国を支配してきた男に嘘がつけると思うほどうぬぼれていない。
「俺」が調査員だったころに、何度か各国のトップと話をする機会があった。(もちろん正式な会談などではなく、その準備のために話しかけられたその他大勢の一人、としてだが。)
そのとき思い知らされたのは「絶対に嘘は見破られる。」である。
他の記者が出し抜くためについた嘘。その時は相手も、周りも信じた、ように見えた。だが、次からその記者と新聞社は出入り禁止になった。嘘がばれたからだ。
何故嘘がばれるかというと、彼らトップには様々な情報が集まってくる。故に本当に騙そうとするとその全ての報告との整合性が合わなくてはいけないのだ。そして情報源がどれぐらいあるかなど、国家機密である。そんなものが一個人、一企業程度が把握できるわけがない。
うまくやってもその場限り、その後、今より状況が悪化するだろう。そんな分の悪い賭けなどする気も起きない。
かといって、すべてを正直に話すのも無謀だろう。「殺してくれ」というようなものだ。
いま泳がされているのは所詮、「知恵を少しつけた程度の子供」だからだ。彼女からの情報では、どうやっても「異世界から来た」ことはばれない。そんなことは話したこともないし、「あの時の彼女」ですらも恐らく知らないからだ。最大でも昔から来た転生者、といったところだろう。
だが、異世界人となれば話は違う。まず最低でも研究対象となり、隔離される。結果的には長生きできるかもしれないが、幸せなどとは縁遠い人生を送るはずだ。
考えながら、審判の結果が下されるのを待つ。表情からは合格とも不合格とも全く読めないので手の打ちようがない。合格であるならば下手なことは逆効果だし、不合格であるならばその理由が分からなければ言い訳のしようもない。
もちろん、完全に不合格であれば何をしても無駄だが、そうであるならば既に殺されるなりなんなりされているだろう。
だから、これは最終試験なのだ。(今回は、と前置きがつくが。)
「聞いたとは思うが、あの子は私の唯一の妹でね。」
何を思ったか、「皇帝」は視線を庭に移しながらそう話し始めた。
「あれが生まれたことも私は知らなかった。おまえは信じないかもしれないが、オヤジが死ぬ直前まで実権の大部分はあのオヤジのものだったのだよ。忌々しいことに。」
オヤジ、とは前皇帝のことであり、「ボク」の祖父のことだろう。200年前に「皇帝」を継承したにもかかわらず、裏向きの支配は相変わらず握っていた、ということのようだ。
(なぜ、こんな機密を話し始める。不合格、ではない筈だが。)
考えながらもじっと聞き続ける。どちらにしろ、話をさえぎることなどできない。
「そしてやっとあのオヤジが死ぬ、となった時にあれの存在を知らされた。厄介な遺言付きでな。」
そう言いながらこちらを向いた。
「リィンフィを幸せにすること、とな。」
この世界の契約とは魔法的なもので、違えた場合にはそれなりのデメリットがある。
そのデメリットは契約者の能力によって内容が変わるが、前皇帝の、それも遺言となればそれなりに厳しいものになるだろう。
「あのオヤジは、自分のやったことを棚に上げてそんなことをいう。知っているか?俺は俺の兄弟は誰一人として殺せと命じたことは無い。左遷はさせたが、そこまで言ったことは無い。だが。」
と自嘲じみに哂う。
「だが、みな死んでしまった。あのオヤジが命じたからだ。そのおかげで俺は粛清皇帝などという呼び名がついた。」
衝撃的な事実だ。でも、これはだから「ボク」を生かしてくれるということなのか?
「そのおかげで、そのあとはその名の通りの行動をしなければならなかったがな。」
今では手慣れたものだよ、と凶悪な顔で笑う。やはりそう甘くは無い、一度粛清を行えば根絶やしにしなければ、後に残るのは反乱だけだ。つまり、まだまだこちらの命は彼の手の内ということだ。
「最初は最期の頼みだと渋々引き受けていた。遺言の内容は幸せに「しようとする」ことだ。まぁそれぐらいならしょうがないと、あのオヤジも俺も息子だということを思い出して甘い内容にしてくれたんじゃないかとおもったんだが、そしたらあの魔法才能だ。正直わかったうえでの嫌がらせじゃないかともおもった。」
リィンの「闇」魔法についてだろう。「闇」魔法は禁忌の魔法だ。それもそれしか使えない皇族など前代未聞なのだ。この「帝国」統べる皇帝でも、いや統べるものだからこそか、なにぜそうなるのか「分からない」「闇」魔法は恐怖の対象であるらしい。言葉が荒っぽくなっている。
「そこで現れたのがおまえだ、テオドール。」
また言葉が冷静さを取り戻している。いや、そもそも本気で冷静じゃなくなったわけではないのだろう。
「「夢」とやらのせいか、おまえにあれは懐いている。そしてお前もあれの魔法をみたというのに拒否反応は示さない。それも「夢」のせいか?」
一つ目の質問、これ以降は一つでも間違ったら恐らく死ぬ。
「えぇ、似たような現象を聞いたことがあったので。」
嘘じゃない、ブラックホールの知識はある。が、見たことなんてない。
「では、「闇」魔法は一般的だったのか?」
これは「俺」の異常さの確認か?
「いいえ。研究がなされているという話は知られていましたが、そのもの自体が普及していたわけではありません。」
嘘じゃないように気をつけながら、「科学」という存在がばれないように気をつける。
「では、「闇」魔法は恐れられてはいなかったのか?」
「皇帝」の意図が読めない、だがどこまで「彼女」の情報を知っているのか分からないうえに、俺も「彼女」のことは知らない。
「恐れられていない、ということはなかったと思うのですが、他の属性に比べて特別、という訳ではありません。」
これも嘘じゃない、筈だ。ただ単に「闇」魔法を重力の研究、ほかの属性を他の研究と置き換えただけだ。
それを聞いて、皇帝はあごに手を当てて考える。目はこちらを鋭い目つきでみたままだが。
「嘘は付いていないが、何か隠している、か。小賢しいものだな。」
全く隠せていなかった、経験の差がありすぎるようだ。
(もう終わりか・・・。)
そう思った。嘘じゃないとさえ思ってもらえればまだ交渉の余地があると思っていたのだが、交渉以前の問題だったか。
が、彼にいつまで経っても動く気配がない。
(どういうことだ?「ボク」を殺すことなんて既定路線のはず。今更息子だからと躊躇しているなんて期待はできないが。。。ここでなにか話しかけるべきか?だけど余計に悪化する可能性も。)
などと長い間(実際は一瞬だろうが)考えていると、皇帝の方から値踏みをするようにこちらを見ながら問いかけてきた。
「だが、いまのところこちらに反抗するつもりもないようだが・・・、どうそれを証明する?」
補欠試験、といったところか。いや、リィンのおかげ、といっていいだろう。その程度には、「ボク」に存在価値を認めているということだ。
考えろ、この回答を間違ったらもう次は無いぞ。そう思えばそう思うほどに焦ってくる。喉がひりひりする。
こんな質問が来る可能性も考慮していたが、どれも今一であったし、今知った事実もある。考えてきたことをそのまま言ってもしょうがないだろう。
疑われていないならまだ勝算はあった。メリットがある施策ならいくつか思いつくからだ。だが、彼からみて、不穏分子を残すというデメリットに目をつぶるほどのメリットとなるとなかなかない。
なにせ、あまりメリットがありすぎるとそれが「不穏分子の力になる」というデメリットになるのだ。八方塞がりである。
そうやって考えていると、ふと地図が目に入った。この「帝国」のある大陸が書かれてある地図で、「世界地図」と題されている。
それを見た「俺」は閃いた。
「成人した暁には、南の島を任地として頂ければと思います。」
その地図の一番下の端にある、少し大きな細長い島。そこには絵として南国の風景が書いてある。
「ほう、自ら左遷されるというのかね。」
そう、全く驚いていないような顔をしながら皇帝はいう。そう、これだけでは足りないのだ。若いころなら左遷はしても殺しはしなかった。だが、今は「粛清皇帝」になっていると自分で言っているのだ。
「そして、さらに南方一帯への探索を命じてください。」
そう、「世界地図」であるのに、最南端が「熱帯」なのだ。つまり、北極点を擁する北半球しかまだ探索できていないことになる。
さすがにその言葉には皇帝でも驚いたようだ。この世界ではその南の島より南には何もない、というのが「常識」なのだ。
帝都に来るまでに読んだ本の中に探検家の書いた読み物があった。そのなかには「世界の果て」と題された話があり、なんでもどれだけまっすぐ行っても同じところに戻されるという。それは南の海ということだった。
その冒険家は3回挑戦し、3回目に帰らぬ人となったため、その本はそこで終わっている。
「俺」はそれを読んだ時は、この国の航海技術はそんなものかと思ってはいたが、星が見えないならそんなものなのかもしれない。そのあたりを「技術」によって賄えればあるいは越えれるんじゃないだろうか。
また、いくら端っこに逃げたとしても、そこから内向きにしか行くことができないならいつまでたっても反乱の疑いは消えない。
ならば、外向きに力を向ければよいのだ。大航海時代を起こすのである。
「夢の世界では世界は球体でした。そして大月の位置見え方から考えるに、同じだけの大きさの世界が南側にあるはずです。確実に、とは言えませんがなんらかの成果は上げれると思います。」
そういって地図を指さしながら説明する。この男なら気がついてくれるだろう。いくら成果をだしてもそれは外向きの力だ。内側で今ある椅子を取り合うゲームじゃないことは分かってくれるはずだ。
既得権益さえ脅かさなければ、混乱は少なくメリットが多い。そう思わせることができれば生き残ることができる!
そう思っておれは必死に説明した。
しばらくこちらの話を黙って聞いていたあと、皇帝はこちらを見てニヤリと笑った。その目は今までの目下のものを値踏みする冷めた目ではなく、新しいおもちゃを見つけた子供のようであった。子供にしては獰猛すぎるとは思うが。
「「世界の果て」か。そういえば俺の船に乗せたんだったな。あれはそれなりに興味深い本ではあった。」
そう言いながらも地図を凝視している。本の内容を思い出しているのだろうか。
「ふむ、面白そうな話じゃないか。詳しく聞かせろ。」
そういって皇帝は椅子に座り、向かい合わせの椅子に「ボク」を座らせる。どうやら「俺」という異常のデメリットよりもメリットを強調することに、「今は」成功できたようだ。
あとはこの興味が冷めない程度の内容を示せるかどうか、それに掛かっている。
これでやっと、「俺」の転生編は終了です。
次からは成長編になりますが、その前に世界設定などの番外編を入れます。本編には関係ないため飛ばしていただいても問題はありませんが、興味を持っていただければ幸いです。