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碧眼の少年、深紅の少女

「これが「小さな別宅」だと・・・」

そう呟かずには居れなかった。


朝起きてすぐに、急かされて魔導船から降ろされたのでそのまま「皇帝陛下」に面会かとも考えていたら、護衛の騎士中尉ユールの実家の別宅に数日泊って欲しいとのことだった。

本当ならすぐに会う予定ではあったとの話だが、急用ができたため後回しになったようだ。

それを伝える際に、「小さいところですので、狭い思いをさせて申し訳ないのですが」と本当に申し訳なさそうにいっていたので、まあそれでも貴族だし一軒家ぐらいはあるかなとも思っていたのだが。

「本来のお客様用の屋敷はこれの10倍程度はあるのですが、何分別のお客様が滞在されておりまして。いろいろ探させたのですがこちらが精いっぱいでした。申し訳ありません。」

俺が驚いたのが「小ささ」だと誤解した彼女がさらに小さくなっている。

だが、大いに誤解だ。なにせ視界いっぱいに広がる屋敷だ。一応真横をみれば隣の家も見えるが、正面に立てば200メートルほど先に噴水があり、その先にまた同じ程度の距離があって玄関がある。それだけの距離があってなお、隣の家が視界に入らないぐらいの大きさだ。

聞くところによると彼女の実家は「帝国」第一位の大公爵の家である。その次期当主の長女、それが騎士中尉ユールであった。

基本的に「帝国」は男系社会であるが、皇族以外は能力が認められれば女性でも当主になれる。彼女はエリートでもさらに上を望むのはそれ故でもあるのだろう。


「いや、十分ですよ。むしろ大公爵閣下には無理をしていただいて申し訳ないですね。」

「もったいないお言葉でございます。」

そういってユールはただただ恐縮していた。


その後、その屋敷の使用人の長であるこの屋敷での「ボク」の執事が紹介され(一応男爵ではあるらしい、皇族には「貴族」以外がしゃべるのは普通はないそうだ)、ユールはまだ任務があるからと去って行った。

色々と説明しようとする執事に、疲れているから部屋を案内するだけで良いと言って下がらせた後、部屋で横になる。

そうすると一気に緊張の糸がとけ、まだ昼食の時間にもなっていない時間だというのに意識が落ちて行った。

「俺」の予想では帝都についてすぐに、秘密を知った「ボク」を「皇帝陛下」によって何らかの文句をつけられ、投獄、または殺される可能性が低くは無いと思っていたのだ。それがこの待遇である。少なくともすぐにそういうことにはならないだろうと安心するのも無理はなかった。


夕日の日差しによって眼を覚ました「俺」はまた全く知らない天井に焦りそうになったが、ここに来た経緯をすぐに思い出して落ち着いた。

「やれやれ、また死んだのかと思ったよ。」

「そう、やっぱりあの時の男の人なのね。」

独り言に返事があったので驚いてそちらを見ると、広いベッドの淵に「彼女」が座ってこちらを見ていた。夕日を背景に座るエルフの少女。あまりにも神秘的なその様に一瞬言葉を忘れてしまう。

「何故、貴方はわたしの夢の中にでてくるの?何故、貴方はまた私の前に現れるの?」

彼女は「ボク」に、いや「俺」に問いかけてくる。むしろ「俺」が聞きたいぐらいだ。

だが、怖がらせても仕方がないと彼女に向き合う。

「何故、貴方は私に殺されたというのに、そうやって今も笑いかけてくれるの?」

「彼女」は泣きそうになりながら、いや実際赤い、深紅の瞳に涙をこぼしながら、そう問いかけてきた。

「何故、かな。俺にも分からない。でも、何故か俺には、キミを恨む気にはなれないんだ。」

ごまかそうとも思った。今ならまだごまかせるかもしれない。でも、そうしたくなかった。それは「ボク」なのか「俺」なのかは分からない。

気がついた時には「俺」は彼女の涙を拭っていた。そしてそのハンカチを手渡しても見つめ続けるその瞳に、急に恥ずかしくなって視線をそらす。

「でもなぜ、キミは「俺」が分かったんだい?」

そう、たしかにこの少女とあの時の少女も瓜二つとはいえないほどには違いがあるが、それでも身体的特徴は近いものがある。

だが、「俺」は一般的な日本人で、「ボク」はエルフだ。彼女は今もあの時も眼の色は同じ深紅だが、「俺」は普通に黒色だったし、「ボク」は碧眼だ。

「わからない。でも一目でわかったの。夢に出てくる男の人だって。」

そうやって彼女は僕の服の裾を握りながら言ってきた。

「わたしは、生まれたときから夢なかでもそれ以外でも、優しくされることは無かったの。」

夢の中の死にゆく貴方と、今目の前にいる貴方以外に、と言いながら彼女の身の上話が始まった。「俺」としては恐らく「帝国」の秘密にかかわることであり、命にかかわるとも思ったが、言葉を遮ることなんてできはしなかった。


何より、彼女のことが知りたいと、

「ボク」が

「俺」が

思ってしまったのだ。

もう引くことなんて出来はしない。


彼女は前皇帝とその皇妃の最後の娘であった。

エルフは長寿であり、200年から300年ほど生きる。そして前皇帝は夫婦ともにエルフであった。

だが、エルフの女性は基本的に子供が産めない、または若いころに一人だけというのが普通で、現皇帝はその若い時にできた皇妃の唯一の子供、の筈であった。

それ以外にも前皇帝には子供はいたが、すべて妾の子供、ということになる。

現在の皇帝が生まれたのは今から250年ほど前。そして50の時に早期に皇位を譲られた。現在の「帝国」の繁栄はその早めの継承によるものだというのは「帝国」史の研究家の中で常識になっている。

前皇妃は11年ほどまえに突然死したことになっている。急に病気になり、1年近く姿を見せなくなったと思ったら亡くなってしまったというのが公表されている内容だ。だが実際はこの少女を生み、それが原因で死んだらしい。

前皇妃を愛していた前皇帝は嘆き、自分の娘でありながらも疎んじた。そのため存在すら公表されなかった彼女は、養育係としてあてがわれた1人の使用人以外とは全く接することなく育てられた。

そして5歳になったときに、前皇帝も亡くなった。その時初めて現皇帝に紹介されている。

それから10歳になるまでは、まだましな生活だったらしい。

公表されていないのは相変わらずだが、一応皇族として扱われ、好意的では無いにしろ、周りの対応も良かった。

また環境が悪くなったのは10歳になって、初めて魔法を使ったとき。

その頃には兄である現皇帝とも、事務的な話以外にも、少しはするような仲になっていたそうだ。

そのため、唯一の肉親である彼に褒められたい一心で努力した。

それがいけなかったのかもしれない。

彼女の努力は実を結んだ、とても強力な「闇」魔法の使い手として。

「闇」魔法はこの世界ではものすごく忌避されるものである。モンスターの中でも最も忌避される存在「アンデッド」。それの源であるからともいわれているが、生理的に受け付けないようだ。

また、「帝国」にとって皇族とは「光の象徴」である。確かに歴代のエルフの中にも「闇」魔法は使えるものはいたが、その者たちは「光」魔法も使えた。というよりもそちらが主であり、「闇」魔法「も」つかえるというレベルだったようだ。だがこの少女は「闇」魔法しか使えない。しかも、とても強力な使い手であるというおまけつきだ。

それが知られたあとは、数少ない身の回りの者たちも近づかなくなった。

親代わりをしていた乳母のような使用人がいた。その使用人はそれなりに彼女のことを大事に育ててくれていたため、少女も信頼していた。その使用人にも拒絶されたという話をしているときには、少女の涙と嗚咽は止まらなくなっていた。


「つらかったら、もう喋らなくても良いよ。」

拭っても拭っても止まらない彼女の涙をふくのをあきらめ、彼女の頭を撫でてそういう。

だが、彼女は頭を振って話を続ける。

「この魔法を見て、近づいてきてくれたのは、それでも微笑んでくれたのは貴方だけだったの。」

そういって抱きついてきた。

「俺」としては恥ずかしいというのもあったのだが、8歳のこの体では、年上の少女の抱擁に抵抗できるはずもなく(ただでさえ、この年代は女性の方が成長が早い)、なすがままにされていた。

そうされながらも考える。

「ボク」としてはこの少女の力になりたいと思っている。それは良い。「俺」としても見捨てるのはさすがに心苦しい。

だが、そこまで隠していたこの少女という存在と仲良くなることを現皇帝が許すかどうか、だ。

(いや、今回のこの待遇はそれが原因か。)

「俺」はそう思い直す。隠すだけなら帝都についてすぐ罪を着せて牢屋に放り込むだろう。現皇帝は腕の良い政治家としても評価されているが、容赦のない粛清でも有名なのだ。(現に、この少女以外の皇帝の兄弟はすべて”何故か”早死にしている。)

元々、この少女を生かしていること自体が不思議ではあるが、年の離れた妹(そして、唯一の完全な肉親)に情が沸いたか、そのあたりであろう。

であるならば、「ボク」はその遊び相手に選ばれた、ということではないだろうか。

この少女は「ボク」のことを全て兄である現皇帝に話しているらしい。「闇」魔法を使うようになってからは前のように優しくは無くなったが、事務的にでも話してくれるのは兄だけだからだ。(他の人間は目も合わせないそうだ。)

「ボク」を助けたのも、兄の力になりたい一心で、たまたま耳にした(エルフは耳が良く、彼女はその中でも有数であるようだ。)ウォルフドラゴンの討ち漏らした話を聞き、討伐であるなら自分でも力になれる、と思ったかららしい。


(恐らく、現皇帝の望みは、「ボク」がこの子の手綱となること。)

何故か皇帝はこの少女にだけは厳しく出ない。(優しくもないが。)

「俺」は冷静に考える。

(そして、「ボク」がこの先生きのこれる可能性は、恐らくそこにしかない。)

現皇帝は既に約250歳。もうすでに寿命を迎えてもおかしくない年齢に差し掛かっている。となると継承が発生する。

その際に、必要以上にいる皇族は邪魔なのだ。

本人にそのつもりがなくても、周りが派閥をつくる原因になる。だから、現皇帝はすべての兄弟を消したし、次の継承の際もそうするだろう。

そして、長男はとても優秀だ。人望もある。次兄も頭が良いと評判だ。どう考えても今から「ボク」の付け入る隙はない。できるとするならば、「俺」が他の兄弟全員を暗殺するぐらいだが、「俺」に暗殺の技能なんてないし、知識もない。「ボク」の知り合いにも暗殺者なんていない。どっちにしろ時間がなさすぎる。

このあたりは、「俺」がテオドールになった時から考えてはいた。この時代レベルの統治制度で、この皇帝の性格であればそうなる可能性が高いだろうということは予想が付いていた。

そして魔法を覚えたぐらいで出奔し姿をくらます、辺りしかないなと腹をくくっていた。(成功率は恐ろしく低い。なんせ10歳になる前に殺される可能性のほうが高いのだ。それでもなんの技能もない子供が逃げるよりは成功率が高いと踏んでいる。)


(恐らく今回も本当は帝都に来た時点で殺すつもりだったのだろう。だが、この少女が「ボク」になついたことを知って急遽予定を変更した。)

それがこの自称「小さな別宅」なのだろう。この家の執事も前日急にこの仕事を承ったようなことを言っていたのでまず間違いない。魔法で無線通信のようなことができる以上、移動の分5日は余裕があった。皇帝の命令をそこまで後回しにする理由がない。

(であるならば、「ボク」ができることはこの少女と仲良くすることに他ならない。)

そうすれば、少なくとも現皇帝が生きているうちは生かされるだろう。次の皇帝となる兄はどうするかは知らないが、成人していればまだ今よりは逃げる手段も考えることはできよう。


(どちらにしろ、「ボク」はこの少女に惚れているようだ。)

まぁ気持ちは分からなくもない。ただでさえ見た目の美しい少女に「あなたしかいない」なんていわれたら気持ちは傾くだろう。だがさすがに「俺」は可愛いとは思うし、守ってあげたいとも思いはするが、いくらなんでも11の娘に惚れたりはしない。これでも30代なわけだ。

しかし、「俺」は「ボク」のやりたいことをできるだけ叶えてやりたいとも思っている。元々目的もなかったし、それは悪くないと思う。どうせ一度死んだ身だ、二度でも変わらないかなぐらいに考えている。

(「俺」の目標は、幸せにすること、かな。)

「ボク」とこの少女を。「俺」は前世では不幸ではなかったが、幸福とも満足したとも思えなかった。ならばせめて、この新しい相方と、なにかと関係のあるこの少女を幸せにするのも悪くない、とそう思った。


「えっと、ありがとう。」

そう言ってさらに力を込めて抱きついてくる。何事かと思ったらさっき考えていた最後の独り言が聞こえたらしい。ってほとんどプロポーズじゃないか。


なんとか誤解をとこうとするが、強く抱きつかれているため喋ることもままならず、抱きしめられたまま意識が途切れた。

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