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二度目の遭遇

どれぐらい時間が経っただろうか?もう1時間以上たったとも思えるし、もしかしたら1分も経ってないかもしれない。だが、彼らは誰一人欠けることなくウォルフドラゴンを捌いている。それだけを心のよりどころにして見守っていたが、どうもドラゴンたちの様子が変わってきた。人語を解さないドラゴンたちも、計画通りに進まなくなったことが分かってきたのだろうか。だがこの様子なら1匹増えたところでまだ持ち堪えられるだろう。


「そういえば、彼らの話声がすんなり理解できるようになったな。」

そう、さっき勇気を振り絞った後から聞こえてくる言葉にはノイズは乗らなくなっていた。

恐らく、心を一つにしたからだろうと「俺」は思う。それは「俺」が「ボク」に吸収されているのだろうか、「ボク」が「俺」に近づいているのだろうか。恐らく両方だろう。でも不思議と怖くは無かった。


そう思っていた所で、何を思ったかドラゴン達が急に行動に移した。

それは襲って来たわけではなく、逆に一斉に飛びのいたのだ。そして連続して遠吠えを始めた。その声は熊のような音で狼のような鳴き方であった。

「落ち着け、ウォルフドラゴンの遠吠えには魔力は無い、ただのでかい声だ!」

竜種の咆哮には魔力が宿り、弱い人間はそれだけで立ちすくんでしまう。このドラゴン達にはそれはないが、巨大な体から放たれる大声(それも複数)はそれだけで並みの相手をおびえさせるのに十分な効力を発揮する。

だが、彼らは並みの兵隊ではない、熟練の(つわもの)達だ。突然の行動に不審に思いながらも、少し乱れてきた息と陣形をその隙に見事に立て直していた。


ドラゴン達は三通りほど連続で吠えた後、開けていた下り坂に一匹が移動し完全に取り囲んだ。

「これで退路がなくなったけれど、今さらどうってことない筈。」

そう、自分に言い聞かせていると、ふと周りの気温が下がってきていることに気がついた。

最初はただ恐怖によってかとも思ったがどうも様子が違う。なんせ、隊長の息はすでに白くなり始めている。いくらなんでもおかしい。隊長たちも気がついたらしい、今までよりも警戒を強めている。


そこで、世界が割れた。


「グオオオオオオォォォォオオオオオォンッ!!!!」

ウォルフドラゴン達の雄たけびなど、比べ物にならないほどの大きさ。そして雄々しさ。

息ができない、「ボク」はこんなにもちっぽけな存在なんだと思い知らされる。

「俺」は声の主を目だけで捜した。足がすくんで動かないのだ。だけど、こういう時こそ状況を素早く理解しないといけないと、戦場を取材したときに身をもって覚えた。

(すぐ隣の民家が爆撃されたとき並みの迫力だ、なんという存在感!)

隊長たちも放心している。単純に俺が意識だけは手放さなかったのは経験したことがあるということに過ぎない。

そして、ソレはやってきた。それは死そのものに思えた。


--ホゥ、イクブンジカンガカカルトミニクレバ、ワガコエヲキイテモタエルヤツガイタカーー

その白いウォルフドラゴンは心に直接語りかけてくる。

「俺」は折れそうな心を必死で押さえつけ、そいつを睨みつける。

そいつは大きさは他のウォルフドラゴンより少し大きい程度だ。だが、異様なのはその肌だ。

色が真っ白で、そして鱗がない。代わりに氷と思われる欠片をその身にまとっている。


--ソシテイマナオ、アキラメヌカ。ホメテツカワス、ホウビヲヤラネバナランナーー

優雅にそいつは歩きながらこちらに近づいてくる。一歩歩くたびに温度が下がり、それと共に絶望感が溢れてくる。

だが、まだ人語を理解するなら切り抜けれるかもしれない。

そう考えているうちにそいつは、こちらに手を伸ばせば届く位置に来てしまった。

--ヨロコベヨワキモノヨ、ワガチニクニナルエイヨヲアタエヨウ--

くそ、やっぱりそうくるのかよ。

あのとき逃げていれば隊長だけでも助かったのかな。いや恐らく待ち伏せしていたのはこいつだ、どっちにしろ助からない。

あぁ焦れば焦るほどノイズが聞こえてくる。急激に冷えたからか?それとも走馬灯のようなものか?なんだかノイズが歌みたいに聞こえてきた。

いや、歌だ。とても聞き取りにくく蚊の鳴くような音だが、本当に歌が聞こえる。

白いドラゴンも気がついたらしい、目の前だというのに発生元と思われる上方を捜している。

この隙に逃げれる筈なのに、「俺」は一緒になってその歌の主を捜してしまった。

そこには少女が浮かびながら(うた)っていた。耳の長い少女が。


瞬間、目の前の竜が爆ぜた。急に口から血を吐き、全身が崩れたかと思うと、中心に吸い込まれるように消えていく。あれだけの威圧感を放っていた存在も、消えるときはあっけなく消えてしまった。

その巨体が消えたあとには、そこには黒い球体が残っていた。

(いや、光が歪んでいるだけで「球体がある」訳ではないな。小型のブラックホールのようなものか。こんなものまで生成、制御できるなんて、魔法ってすごいな。)

まだ恐怖から解放されていない俺は、心の中で呟いた。周りを見渡してみると、護衛の人は無傷で残りのウォルフドラゴン達は消滅している。コントロールも完璧らしい。


そう感心していると少し離れた場所に少女が降りてきて、こちらを見つめてきた。大丈夫か確かめているのだろうか?

警戒しているようには見えないが、透き通るような長い耳をピクピクさせている。

彼女はエルフだ。しかもハイ・エルフと呼ばれる存在だろう。

ということは、皇族か、それに類する貴族ということになる。

この世界では(少なくとも「帝国」では)皇族の血筋のみがエルフである。昔はそれ以外にも居たとの話もあるが、今は存在しない。

エルフの特徴は、耳が平たくて薄く、そして長いことだ。基本的にスマートな美系と呼ばれる存在であり、血が濃ければ濃いい程その特徴が現れる。

ちなみに「ボク」は耳は平たくてとても薄いがあまり長くない。エルフの中では男性は耳が長ければ長いほど良いとされ、女性は逆に薄ければ薄いほどよい。

(女であれば良かったのにという陰口は聞き飽きた程だな。)

エルフの中でも長くて薄い耳をもつものを特に「ハイ・エルフ」と呼び、その者たちは「詩魔法」と呼ばれる専用の魔法を使いこなすという。さっきのはその「詩魔法」だろう。

「ボク」は思いながらも頭をひねった。そう、「ボク」も皇族であるのでエルフであることはなんの不思議もないが、目の前の少女は全く知らないのだ。

いくら8歳とはいえ、一応すべての皇族とは見識がある。というよりそもそも少女といえる年齢の皇族はいないはずだ。(いくらエルフが不老に近く、若く見えるとはいえ、明らかに10代前半だ。)

そして、こんなに立派な耳であれば覚えていない筈はないのだが。「ハイ・エルフ」など現皇帝以外にいれば話題に上らないわけはないと思うのだけれど。


「やぁ、助けてくれてありがとう!それにしてもすごい魔法だね、見惚れてしまったよ。」

沈黙がつらくなったころには恐怖も薄れてきたため、彼女に近づきつつも話しかけることにした。

多少のりが軽いのは、まだ普段の調子を戻せていないからだ、まだ心臓は普段よりも早く音を刻んでいる。

(どちらにしろ命の恩人には変わらないし、この場で一番地位が高いのは「ボク」なのだから挨拶しないわけにはいかないよな。相手が皇族であるなら尚更だ。)


だが、なぜか彼女は驚いているようで目をなんどかパチパチさせたあと、小さな声で聞いてきた。

「あなたは、私、魔法、怖く、ないの?」

両手で胸のあたりに抑えたまま長い耳をすこししたにたらし、上目づかいに聞いてくる。「怖いどころかきみはとても可愛い」などと口走りそうになるのを抑えて理性的に答える「俺」。

「怖いというよりは、純粋にすごいと思ったんだ。それにとても綺麗だったし。」

素直にそう答えながらさらに近づく。目の前でブラックホールが存在すること自体は言われてみれば怖い気がするが、土魔法で地割れを起こすとか、火魔法で炎の壁が現れるとか、どっちにしろ当たれば死んでしまう以上、「俺」にとっては些細な違いのように思えた。何より光がねじ曲がっていく様はなかなか幻想的である。それに、科学でできないことをやってこその魔法、という気持ちもある。(「俺」の世界では超小型のものを生成するので精一杯だったよな。)


そうこう考えているうちにぎりぎり手の届かないぐらいの場所まで来たのでそこで一旦立ち止まり、改めて頭を下げて礼をする。命の恩人だし、腰は90度まで曲げる。

だが、頭をあげてみても、彼女はさっきの驚いた表情のまま固まっていた。いや、さらに驚いているようだ。

(あれ?「ボク」の知識から、この世界でも礼をするときは頭を下げる、で間違ってないと思うんだけど?)

そう思いながらも、怖がらせてはいけないと微笑み続ける。まぁ「ボク」は彼女より子供なのだから怖がられることも無いと思うが。

「ボクはテオドール。貴女の名前を教えてもらってもいいかな?」

少し待っていてもそのまま変わらないので、そう言いつつ手を差し伸べてみた。

そうすると、信じられないものを見るような眼でこちらを見ていた。


その顔を見て、頭の中に急に強いノイズが走った。


そして「ボク」は分かった。「ボク」は彼女に出会って「俺」を思い出したのだ。

母の家の庭で彼女を見かけたとき、彼女は「ボク」を見て驚いていた。

そして「俺」は分かった。「俺」はこの世界で彼女に殺されたのだ。

「俺」がこの世界で殺されて、それでも彼女に微笑みかけたとき、彼女は驚いて「俺」を見ていた。


そう、「ボク」は「俺」は再び「彼女」に出会ったのだ。







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