老将マックス
「俺」が目を覚ましてから5日が立ち、マックスの居城へと帰ることになった。
本当は3日程度でシャルルの館からは帰る予定だったのだが、一度倒れてしまったのでシャルルが離してくれなかったのだ。(演技が効きすぎたのもあるだろうが)
その間に「俺」は「ボク」が何によって「俺」を思い出したのか捜したが全く分からなかった。
「ひとまず棚上げかな。考えないといけないことは山ほどあるわけだし。」
考えの区切りに独り言をつぶやいてしまうのは「俺」の癖だな。こうやって考え事をしているときに足をぶらぶらさせるのは「ボク」の癖だ。やはり、テオドールは「俺」と「ボク」の両方なのだろう。生きた年数の違いから「俺」が主導権を握っているだけで「ボク」でもあるわけだ。まぁ幽霊の「俺」が乗っ取ったみたいなのだったらどうしようと思っていたところだから、これは良しとしよう。
「問題は爺にこのことを話すか、だな。」
爺とは「ボク」がマックスのことを呼ぶときに使う言葉だ。父親代わりなので父上と呼ぼうとしたのだが、父親は皇帝陛下であり、その代わりなどとんでもないと忠臣でもあるマックスが許さず、紆余曲折があって爺に落ち着いたのだ。
「ある程度までは話すべきだな。問題はどこまで話すか、だ。」
「俺」としてはあまり話したくなかったのだが、「ボク」の知識として、爺をだましきれる自信がない。
爺は幼いころから今まで戦いだけで太守になったような戦バカだが、いやだからこそ観察眼はすさまじいものがある。「ボク」となって日が浅い「俺」では違和感は必ず出る。
かといってすべて話しても信用されるとも思えない。最悪、「俺」だけを切り離そうと帝都の魔法使いたちを呼びかねない。
この馬車で爺の城までは一週間はかかるとはいえ、今から準備できることなんて限られている。
そうするとできることは・・・。
「「俺」という夢をみた、といったところかな。」
シャルルの家で倒れたという話は行っているだろうから、その時長い夢をみたと、その時から「ボク」は「俺」でもあるような感じがするのだと。
「うん、ある意味本当のことそのものだな。」
そうやって当面の問題の回答を作ると、次のことを考える。この馬車の中ではすることは他にないのだ。
「そう、馬なんだよな。異世界でも。」
基本的に生き物は地球と同じようなものだ。多少の違いはあれど、地球にいても新種だなといわれる程度のもの。だが、大きく逸脱する存在ももちろんある。モンスターと呼ばれる存在がその一つだ。
この地は爺が武力によってうまく統治しているため、少なくとも主用街道にモンスターが出没することもないが、地方にいくと、場合によっては小国なら滅ぼされることもあるぐらいの強さがあるようだ。
「まあ「ボク」も小物しかみたことないけど。」
皇子という立場上、そんな危険なところに行くことはなかったのだ。爺は厳しいが、命の危険があるようなことは絶対しない。
今も爺の側近である精鋭兵がこの馬車を護衛している。生半可なモンスターであれば、出現しても報告すらなく撃退されるだろう。
あと地球と大きく違うところは「魔法」の存在だろうか。
この世界には魔法があるのだ。しかもほとんど誰でも使えるという。
「「ボク」は残念なことにまだ使えないけどね。」
そう言いながら右腕の腕輪を見る。この腕輪は魔法の使用を禁ずるものだ。別に罪や罰で着けているわけではなく、10歳になるまで着けているのがこの世界のしきたりなのだ。
なんでも、ある程度成長するまでに使うと危険だからとか。まあ分かる気がする。
この世界は血統以外であれば、魔力が地位に影響するようだ。生活はもとより、強さに直接影響するからだろう。また、遺伝によって魔力特性は引き継がれるため、「高貴な血筋=強い」ということになるようだ。
もちろん例外もあり、突然変異的に平民など身分の低い者から強力な魔力を持つ者が出てくる。
爺はその筆頭だ。
なにせ平民の出でありながら、大量の貴族を抱える帝国でも5指に入る。
爺について考えてみる。
「ボク」にとっては当たり前、普通の存在だったが、「俺」からしてみるとものすごく特殊な存在に思える。
役職は「帝国」南部辺境の太守。爵位は男爵だが、太守は伯爵相当の扱いを受ける。
平民の出でありながら、武勲、能力によってその地位を得た。
現皇帝の成果により、現在は表立って敵対している国家はないが、10年ほど前までは盛んに戦争が行われていた。そのため平民でも武勲を得て爵位を得ることはそんなに難しくはなかった。だが、太守にまで上り詰めた男は長い「帝国」の歴史の中でも前代未聞のことらしい。
(なお、爵位は一代では一位までしか上げることができないという「帝国」法により、爵位はもう上がらない。)
そしてもうひとつ爺を有名にしているのは、「忠臣」であるということだ。
謙虚である爺が自慢する数少ないものの一つに、「生まれてから、主を変えたことは一度もない。」というものがある。
まず、現皇帝が皇太子であったころの直轄領に生まれ、そのまま領兵となる。
そこで才能を見いだされ、皇太子直属の騎士となる。(この時点でかなりの強さがあったようだ。)
皇帝就任後には親衛騎士となり、3つある騎士団のうち、遠征する際に付き従う部隊の団長となる。その後も皇帝の手となり足となって功績を積み、今に至るようだ。
また、無欲であり、どんな困難な命令でも不満を漏らすことなく、どんな状況でも皇帝の命を優先する。
その様は「忠臣とはマックスのようなもののことを言う」と言われ、「マックスが裏切るぐらい」とはあり得ないことを指す言葉であるほどだ。
その爺が「ボク」の後見人であり、教育係でもある。
こう聞くと「ボク」の将来有望なようだが、事実は全く逆である。おそらく将来は良くて辺境の領主にとばされ、最悪跡目争いの禍根になりかねないという理由で処断されかねない。
継承権なんて4位ぐらいまでは現実的だが、それ以降は保険でしかない。9位なんて継承権は形だけだろう。
そして現在、継承権1位の皇太子は優秀で人望もあり、健康的でもある。特に問題もなく継承するだろうと言われている。
ならばなぜということだが、単純にマックスの「家系」に箔をつけるためだ。「皇族の後見人となった家柄」という事実はそれなりに大きい。
だから、本来なら爺は別に「ボク」を教育なんてしなくても良く、安否にさえ気遣って「飼って」いればよいのだが、そこは忠臣たる爺のこと。「ボク」に対しても絶対に礼儀を忘れず、臣下として接している。
「その恩に報いれるとするならば、今はブルーノと仲良くするぐらいしかないなぁ。」
ブルーノとは、マックスの息子だ。忠義一筋で結婚もしなかったマックスに見かねた皇帝が皇妃を「下賜」という形で無理やり結婚させたシャルルとの子供だ。
つまり「ボク」とは異父兄弟にあたる。
ブルーノは気弱な一つ下の男の子で、豪快な父親とは全く似ておらず、見た目もシャルルに近い。
だが、シャルルとしては皇子である「ボク」のほうが大事でブルーノのことはあまり可愛がらない。
爺はそもそも甘やかすということをしない。甘やかし方を知らないのかもしれない。有りうる。
そんなわけで引っ込み思案で甘え方もわからない彼はろくに遊び仲間もできなくなってしまったのだ。
ちなみに「ボク」については問題ない。というかいくら皇帝になる可能性がないとはいえ、地方の田舎で皇子をむげにするようなことは無いだろう。
であるならば、彼が一緒に遊びたそうにしているときに、うまく入れてあげることが今できることかとまとめたころには、既に夕暮れ過ぎになっていた。
「しかし、60近くで初めて結婚して、即座に子供つくるなんて老いて益々なんとやらということか。」
などといいながら、こんな下品なことは「ボク」なら絶対言わないだろうなと苦笑し、次からは自重するよう心に決めたのだった。
今回もほとんど説明でした。
次回からは多少物語が動き始める予定です。