Warriors Carnival!(起)
学園の初等部も卒業間近となったある日、「ボク」たちは実地学習として遠征地へと見学に行くことになった。
初等部で終わる「俺」にとっては学園生活最後のイベント。少し楽しみにしていたのだが…?
「大丈夫かい?ハニー」
「ハニーっていうなといって、うげぇえ」
隣に居る気障な野郎に突っ込みを入れようとして、また耐えられなくなりエチケット袋(にしている布の袋)に胃の中のものを吐き出す。とはいってももう胃液ぐらいしか出ないが。
「油断してた。魔導船はあんなに揺れなかった、う、くう。」
今は馬車に乗って移動中である。
初等教育の最終工程である、遠征体験を行うため1週間の工程の大半を馬車で移動することになっているのだ。
帝都に近いうちはそれなりに道が整備されているため、尻が痛いと言った程度で済んでいた。
だが、だんだん東部へと進むうちに道が悪くなり、それにともなってひどい揺れとなったのだ。
それもしょうがないのかもしれない。「ボク」達は体験だけとはいえ、本当の遠征についていくのだ。そしてそこはモンスターの根城があるほとんど未開の地。道が良い筈がない。
「てっきり、ハニーがボクの愛を受け止めてくれたのだと思ったのに。」
そう言いながら「ボク」の背中を触ってくる。
「そんなわけあるか!う、ううう。」
払いのけようとして、やっぱりうずくまる。本当はもっと前方の、この隊列の中央付近にある2階建てで見晴らしの良い馬車に乗っていたのだ。なにせ皇子なので特別待遇だ。だが、2階建てということは揺れ始めると1階のよりひどく揺れる。見晴らしが良ければ酔いにくいとは言うが、物には限度がある。なので早々に辞退して、水魔法が得意な先輩のいるという最後尾の馬車に乗ったのだ。水魔法が得意な先輩といえば、「ボク」の一つ先輩に5代程前に皇帝の弟がいたという名門貴族の令嬢でエルフでもある人を思い浮かべ、少し期待もしていた。(エルフらしい美少女だった。)
その先輩とやらが、その令嬢ではなく以前「ボク」に告白してきた野郎だと知っていたらあの酷い揺れにまだ我慢していただろうか。悩むところだ。それほどまでにひどい乗り心地だった。ついに皇帝は「ボク」を殺すと決めたのだと本気で思った。
「アニキ!大丈夫?はい、代わりの袋。あと水がほしくなったら言ってね。」
そう言って隣に座っている無垢な少年が、「ボク」の胃液でべとべとになった袋を交換してくれる。
「ありがとう、ブルーノ。ほら、かわいいっていうのはこういうのをいうんだろうが!」
そういってその少年を指さす。彼はブルーノ。帝国の忠臣で「ボク」の養父であったマックスの息子であり、「ボク」の一つしたの異父兄弟である。
今年から何故か、遠征体験に学園に入りたての初級1年生と、そして引率として高等生数名が一緒にいくことになっていた。なんでもとある高位の貴族の強い要望、だそうだが、学園側も早いうちに経験ができることは悪いことばかりではない、と折れたようだ。
「うーん、可愛いとは思うけれど、彼は男の子だしなぁ。ボクにその気は無いよ?」
ノンノン、と人差し指をゆらす。うぜえ。肩まで伸びた長髪に無駄に長いまつ毛。二昔前の歌手のようだ。まあ「俺」の世界での、だが。
「いや、それの理屈はおかしい。俺も男だ。」
「くっくっく。それは些細なことだよ。ハニーはハニーさ。それ以外のなにものでもない!」
「もう疲れた。なんとかしてくれよブルーノ。」
「アニキ・・・それはちょっと無理かもしれない。」
「はっはっは。納得してくれてうれしいよ。」
「してねえよ。うっぐぅ。」
そしてこのうざいのは一つ上の先輩で、現在は高等生でもあるヴェルナーだ。水の魔法使いとしては高等生のなかではトップクラスらしく、今回の遠征体験の引率についてきている。例のエルフの令嬢は家の都合だか体調不良だかで、当日急遽キャンセルとなったため代理だそうだ。
ちょっと肉付きが良いが色男で、学園の女性に人気があるらしい。だが、こいつは「ボク」のことが好きだと公言して憚らない為、なぜか「ボク」が女性達から目の敵にされている。何かが間違っている。
だが、水魔法が得意というのは確かなようで、さらにきつくなってきた揺れでも酔いが酷くはならずに済んでいる。だからと言って、きもい手で触るな。
「ブルーノ、着いたらまず何をするんだっけ?」
気を紛らわすために話しかける。
「ははは、おぼえてないや。」
「ふっ、ボクがおしえてし」
「そうか、ならしょうがないな。」
ブルーノは良い子だが、アホの子だからしょうがないな。まあそこが素直でよいのだが。けれど会話が止まってしまった。どうしよう。
「ボ、ク、が!おしえてしんぜよう!」
「うぜえ、でかい声を出すなよ。」
意図的に無視してたのに、言い直してきやがった。
「しょうがない、ヴェル公おしえろ。簡潔にな。」
「あぁ、ボクことは「ヴェルおにいちゃん」って呼んでくれて」
「ブルーノ、体鍛えてるんだってな、今成果みせてくれよ、こいつで。」
「わかったよ!ちょっと馬車がこわれるかもしれないけど良いかな?」
「構わん、修理は先輩がしてくれるそうだ。」
「マッテ!ボク物理攻撃に弱いから死んじゃう!」
ブルーノが本当に構えだしたのでくねくねしているのを止めて必死で謝りだす。まぁブルーノはマックス直伝の無駄に強い拳に、魔法道具のナックルまで着けてるからな。回復魔法は一流だがそれ以外はからっきしのこの変態では、真っ赤なトマトが関の山だろう。
ブルーノはマックスの領地で別れたっきり1年以上会っていなかったが、学園内で偶然出会って以来仲良くしている。なんでも爺も心配していたらしいが皇帝の元にいる以上、「ボク」には何も言えなかったらしい。
内気なブルーノがいじめられたりしてないかと心配していたのだが、唯一仲の良かった「ボク」がいなくなった後は筋トレにのめり込んだらしく、無駄に力が強くなっている。
また、学園に入ってからは「忠臣マックス」の息子であるというだけでそれなりに話しかけられるらしく、既に友達も何人かいるらしい。むしろ「俺」の方が友達は少ないな。自業自得だが。
仲の良い人間ができたのならもう「ボク」もお払い箱かなとも思ったが、何故かはわからないが無条件にアニキアニキと慕ってくる。まぁ悪い気はしないのでがんばって良き先輩として振舞おう。
今回も「ボク」が体調が悪いと聞いて、心配して付いてきてくれたのだ。
「着いたら慰問を兼ねて生徒達全員で炊き出しさ。どこのクラスが一番おいしいかみたいな競争もするそうだけど、まぁボク達が着くころにはすでに始まっているだろうけどね。」
あまりにも必死で哀れだったので、ブルーノの成果を見るのは今度にしておいてやると、やっとまじめに話し始めた。とりあえず遅れているのは「ボク」が馬車酔いしているのですこしゆっくり進んでいるためだ。恐らく「ボク」にもなにか役割はあっただろうに、迷惑をかけて申し訳ないなと思う。
「しかし、まだまだ距離はあるのかな。もう昼は回っている筈だけど。」
「いや?この速度でももう見えてくる筈だよ?」
-うむ、さきほどから石造りの砦がみえてきておるぞ-
こちらの会話を聞いていたネコからも知らされる。ふむ、おかしいな。
(炊事の煙は見える?)
あまりにも静かだ。元々耳は良かったが、魔法を使えるようになってから極端に良くなってきた。雑踏の中から聞き分ける、ということはあまりできないが、こういう森の中で遠いところの音は分かるはず。
なのに、料理競争のようなものをしているというのにそんな騒がしさがない。
いや、人は居るようだが、数人。
-いや。妙よな、兵どもはおるようじゃが、子らがおるようにおもえん-
(「俺」もそう思う。様子がおかしい、少し見てきてくれないか。)
-ふむ、まぁ良い。お主は無理せず隠れておるのじゃぞ。-
ネコは返事を待たずに馬車からおりて走って行った。おまえも人のこと言えるほど強くないじゃないかと思う。龍神様、などという肩書からものすごい強いのかとも思ったら、現在できることは姿を消すことと視覚を共有できることぐらい、という。それじゃあただの使い魔と同じじゃないかといったら引っ掻かれた。なんでもこの姿消しは特別で、普通の方法では分からないという。でもリィンには見つかった。「俺」も分かる。まぁ今のところそれ以外の人には気付かれていないようなので、偵察には良いとは思うことにした。
「ちょっと様子がおかしい。一度馬車を止めて、いやもう遅いか。」
この馬車は魔法道具が御者の代わりをしているため、道具を操作すれば簡単に操縦できるで、そう言ってブルーノに馬車を止めさせようとするが、砦にいるこちらに気がついたことが分かって諦める。
どうして気がついたかというと話声が聞こえたからだ。まあその砦へのまともな道は一本。そこへ隠すつもりのない馬車が走ってれば遠目でも分かる。
「ブルーノ、いざとなったらお前だけは走って逃げろ。確か少し前の休憩所にマックスの部下の人がいたな?そこへ救援を求めるんだ。」
「でも、それならアニキも」
「いや、「ボク」は逃げられない。どういう目的で占拠しているにしろ、人質という名目で皇子を逃がすと思えない。なに、大丈夫さ。逆にいえば「ボク」は丁重に扱われるは筈さ。」
「そう、安心したまえ。このボクが体を張ってでもハニーを守るよ。」
「期待しているよ肉壁。」
「そこはかとなく嫌な響きだけど初めて期待されてうれしいよ。」
「アニキ…。」
「まぁおとなしくしていれば問題は無い可能性もある。逃げるにしても隙があれば、だ。」
「わかった。」
ブルーノは渋々ながらも納得する。実際この中で一番足が速いのはブルーノだ。故郷は山が多く、そこで訓練して育ったブルーノは下手な兵士より体力があるはず。ならば、最初のタイミングさえ誤らなければ逃げ切れる。
そんな話をしていると近寄ってきた兵が馬車の前に立ったので、ブルーノにゆっくり止めさせた。すると、少ししてからドアがノックされる。
「すみませんねぇ、ちょっと中を拝見させてもらっても良いですかぁ?」
下卑た笑いを含みながらそう言って入ってきた男は、服装は騎士ではなくただの兵隊のようだった。
どういうことだろうかと考える。「ただの兵隊」が「貴族の馬車」を確認しようとするとは。山賊か?それにしては今はまだ、態度は別にしても下手にでている。山賊なら馬車ごと鹵獲してしまうはずだ。
「おや、これはこれはエルフのお嬢様。申し訳ないですねぇ、ちょっともめ事がありましてね、通る馬車はすべて検査するように命じられているんですよ。いやなに、もう大丈夫です。」
「ボク」をお嬢様、と呼んだ時にブルーノが訂正しようとするが、止めさせる。誤解されているならそれでもよい。件の美少女エルフの先輩と間違っているようだ。この学園の初等教育課程の制服は男女共用である。まあ服が共有なだけで女の子と見間違えられるのは遺憾の意を発動しそうだがここは我慢だ。
「ところでね、ちょっと質問に答えてくれると嬉しいんですけどね。」
などと表向き親しげに、だが腰に下げた剣に軽く手をかけたまま質問をしてくる。
やはりこいつ、普通の兵隊じゃないな。「ボク」がエルフだとわかった上で態度を変えない。これは予想以上にまずいかもしれない。
「皇子様がどこに居るか御存じ、ないですかねえ?」
この世界にきてから、もう2年は経った。その中で分かったことがいくつかある。
エルフの当主でもある皇帝を神とあがめる「皇神教」によって統制されているこの帝国内では、エルフとは神の使いに等しい。
そのエルフと分かっていても、表向きだとしても態度を変えないような平民など、帝国に協力的な組織に存在する筈がない、ということもその一つだ。




