温もりの輝石
彼女は微笑み、そして消え去った。後に残った青い輝石。初めての、そして謎の死。エルフとは何か、そして「俺」は。
触るとどこか温かく、そしてぼんやりと青色に輝いている。
先日、お社での出来事で手にした輝石だ。どうしようかとも思ったがそこに置いておくわけにもいかず、彼女に託されたのもあって「俺」が持っている。自室に置いておくことも考えたが、これがどういうものなのかも分からず、監視されていることもあって肌身離さずに持ち歩いているのだ。
「結局、なにも分からず仕舞いか。」
あの後家に帰ると「俺」の顔を見たリィンは黙って慰めてくれた。そして「俺」は彼女の胸の中で声をあげて泣いた。今思えば赤面モノではあるが、泣かずには居られなかった。
次の日からエルフについて、そしてこの輝石について調べてみたのだが、収穫はさっぱりなかった。
この「帝国」ではエルフは神聖視されているところもあって、研究自体が不遜であるという風潮なのだ。
しかし、聞いた話だと、少なくとも皇族ではないレベルのエルフは死に方は人間と変わらないようだ。(特別に記載があるわけではないことからの推測だが。)
彼女は平民からの突然変異的に生まれたエルフであったと言っていた。ただ、普通はその場合100年も生きられない筈とのこと。しかし、恐らく彼女は100年前には既に巫女をやっていた。つまり120年程度は生きていることになる。現皇帝は200歳を超えているが、あれは純正培養のエルフの中のエルフである。貴族の中に稀に生まれてくるエルフでも100歳いかない程度が普通で、不老なだけで寿命は同じぐらいというのが一般的だそうだ。
「にゃー」
「俺」の頭の上に社から降りてきた猫が登って鳴く。この世界でも猫は猫のようで、まるでこのあたりで一番偉いとでもいうかのような態度である。
「すみません、お猫様。今日もお土産を持ってまいりました。」
頭を揺らさないように鞄の中から昼食の残りものである肉を取り出す。魚の方が良いかなとも思ったが、ここは内陸のためあまりいモノがない。(塩漬けなどはあるが、猫にはよくないだろう。)
「にゃふ。にゃー。」
とりだした瞬間に手から奪い取り、ふがふが言いながら食べ始める、猫。
食べ終わったころを見計らって背後から背中を撫でる。
「お背中、痒いところはございませんかー。」
そう言いながら、撫でる。毛並みを整える。耳の裏をかいてあげる。間違ったところを掻くと怒られるので謝ってから撫でなおす。
そんなことをしていると満足したのか、膝の上で眠りに入る、猫。
「ふう、今日も良い仕事をした。」
気持ち良さそうに寝ている、あの日消えた彼女と入れ替わりに出会った猫を撫でながら、また懐の輝石を取り出して眺める。毎週一度、ここでこの猫を撫でたあと、この石を眺めている。
見ているだけで落ち着いてくる不思議な輝石だった。
「「俺」は、テオドールのため、などと言って実際は真面目に考えてなかったのかもしれないな。」
一度は死にかけた。そして怖い目にもあった。皇帝との取引など寿命が縮んだ。それでも、所詮他人事、だったのだと思う。
初めて目の前で人が死んだ。それも仲良くなった人が。一つ救いがあるとすれば、最期は微笑んでくれたことだろうか。
彼女は寿命だったのだろう、「俺」は助けられることなんて何もなかった。そう思うし、実際そうだろう。でも一方で、テオドールやリィンのことについても、駄目だったら駄目で良いかと思っていなかったと言いきれるのだろうか。
最近のリィンの信頼が「重い」と感じているのはそのせいなんじゃないだろうか?そう考えてしまう。
そして思い知らされる。「俺」は最低でも「ボク」と「彼女」の命運を背負っているのだと。
あの日以来、「俺」は積極的に勉強をした。それ以前も不真面目出会ったつもりはない。でも、がむしゃらにしていたかというとそうじゃなかった。
そうすることで分かったことがあった。位置測定方法について進展があったのだ。
魔法使いは魔法使いの気配が分かる。これはこの世界の一般常識で、熟練者は相手がだれで何処にいるのか瞬時にかなりの距離を把握できるらしい。また、その技術は転移魔法には必須の技能である。逆に言うと転移魔法が使えるリィンはかなりの距離を把握できるのだ。
「テオちゃんとか、お兄様とか、知っている人がいないと分からないけれど、テオちゃんなら「帝都」内の何処に居ても見付けれる自信があるよ!」
そう嬉しそうに言われた時には少し怖かったが、うれしくもあった。
一人ひとりでは距離に限度があるが、ある程度の間隔で、灯台のように使えばある程度の距離までならカバーはできる。
地球で言う太平洋のような海を越えるのは無理だろうが、まずはどっちにしろ近場だ。月が消えるぎりぎりあたりに埋め立ててでも灯台が建てられれば、まだ探索はできる。
そう、必死で考えればベストの回答ではなくても、ベターなものは見付けられたのだ。
必死で勉強する理由はもう一つある。どうしても自分の「死」について考えてしまうからだ。
一度目の死は良く分からないままに終わった。ただ、それでもそれは理解できる「死」だった。
恐怖とは理解不足からくる。理解不能なものを人は恐怖する。「俺」は死んだら石になるなんて知らない、分からない。「ボク」やリィンは彼女よりはよほど純正のエルフであり、長寿のエルフが石になるならまず間違いなくそうなるだろう。その時「俺」は彼女のように笑っていられるだろうか?
そんな、考えても結果の出ないことを延々と考えてしまわないように、目の前の勉強に集中するのだ。
「テオちゃん。今日は遊びに行こうよ。」
部屋に帰って机に向かっていると、あの日以来勉強三昧の「俺」に、文句も言わずずっと寄り添うだけだったリィンがそう言った。どうやら今日は「大月の儀」の1週間はある前夜祭の一日で、お忍びで少しならと皇帝からも許可を取っているらしい。
そこまで聞いて、「大月の儀」なんて大イベントが迫っていることに全く気が付いていなかった「俺」は反省した。自分のことばかりで彼女に甘えていたらしい。リィンも幸せにすると誓ったのにな。
「わかったよ。ありがとう、リィン姉さん」
そう、今までよりも少し親近感を込めて言う。彼女が全く他人に感心を持たないのは問題だとは思う。けれど、だからと言って彼女と距離を置くのは、ただの逃げだ。彼女を悲しませた周りの人たちと大差はない。だから、友達を作る努力はするけれど、彼女が望む間は親しくしようと思ったのだ。
そして聡い彼女は「俺」の意図を理解して、はにかみながら喜んでくれた。
-勝者、青!!-
そういって審判役が片側の戦士の手を上げ、勝利を宣言する。
その声に、がっかりしているリィンに慰めの声をかけた。
「残念だったね。決勝までは残ったのに。」
今年から始まった「大月の儀」前夜祭のイベントに武道大会があり、その賭けに挑戦したリィンが賭けた選手が決勝戦で惜しくも負けたのだ。ちなみに「俺」が賭けた相手は一回戦負け。この世界「でも」賭けごとに向いてないことは良く分かったので良いとしよう。やっぱり地道が一番だ、うん。
「魔法力では彼が一番だったのに。」
と残念そうに言う。優勝した人は魔法力は参加者のなかでは並み程度で、地味な戦い方をする男だった。
一般的にもかなり大穴だったらしく、会場には紙くずになった賭けのチケットが大量に舞うことになった。
「魔法力がないなら無いなりの戦い方があるってことか。」
「ボク」にもリィンにも、幸い魔法力はある。リィンに至っては「帝国」でも有数だろう。でもそれだけで勝負が決まるわけじゃないってことが、目の前に突き付けられた。
そのことはリィンにとっても衝撃だったらしく、翌日からまた勉強の日々に戻った「ボク」の横でイメージトレーニングを始めているのだった。
そして「俺」は、同じ過ちを繰り返さないように毎日その成果を話し合うことにした。
勉強もがんばるし、リィンも悲しませない。両立させなければ意味などないのだ。
「ちょっと、それは駄目だよ!」
前夜祭が終ったあとも毎週あのお社に来ていたが、ある日膝の上で眠っていた猫が何を思ったのか「俺」が眺めていた輝石をひったくり、社の上に逃げてしまったのだ。
「ほら、またおいしいものを持ってきてあげるからそれは返して、ね?」
そう誘惑してみるが、現物がないからなのか、当の猫様は社の上で奇跡を加えたまま得意げに見下ろしている。
どうしたものか。
そう悩んでいると、肉きゅうのついたかわいらしい手を上下に振ってきた。
「跪けとでも言うのか?」
まさかと、思う。
だが、他に出来ることもない。どうやら当分降りてこなさそうである。
仕方なく、だが良い機会なので社の前で、あの時の言葉を捧げることにした。
「オンバロタヤソワカ」
あの時は救われたこの言葉。特別な効果があるのかとも思っていたのだが、今までは踏ん切りがつかず試していなかった。
もしや、と思って試してみるも言葉自体が何か意味がある訳ではなかった。
何度か眼をつぶってみたり手を合わせて祈ったりしてみたが、特に変化は無かった。
当然か、とも思う。世界が違うのだ、神への祈り口上も違うだろう。あの時効果があったのはどこか彼女の心に通じる何かがあったから、なのだなと改めて思う。
さてどうするかと猫を見上げる
すると、何を思ったのか、猫は不意に輝石を口から離した。離すともちろん重力に従って落ちてくる。
なのであわてて取りに行こうと走り出し、すぐにその輝石が途中から重力に従っていないことに気がついた。
「光ってる。何が始まるんだ。」
彼女の輝石。最初は怖くて眺めているだけだったが、最近では色々試しても見た。
だがそれでも全く変化のなかった石が、今、光り輝いている。
茫然と眺めていると頭の中に声が響いてくる。
-我に、我の巫女の魂を捧げよ-
そう、幼女のような、老婆のような良く分からない声がする。
巫女の魂、とはこの輝石のことだろう。とすると「我」とはこの社の神、だろうか。
そこでふと気がつく。まだあの猫が社の上に座ったままこちらを見ていることに。
-ヒトノコよ、我が巫女の魂を救いしモノよ。我が巫女の魂により、そなたに力を貸そう-
やはり猫が喋っている。あの猫が社の神だというのか?それとも、社の神が猫に喋らせているのか?どちらともつかない、けれど。
けれど、このお社の神であるというのならば、「俺」は兎も角、彼女は還すべきだ。そう思った。
すると、考えを読みとったのか更に輝石が輝き始め、そして。
あの時のように光の粒となって消え去った。
その光の粒は、まるで一つ一つが瑠璃のようで、とても美しかった。
静寂。
何も起きない。
でも、少しほっとする。これでやっと、本当に彼女を供養できたのかなとそう思ったからだ。
この世界には転生が存在する。なにせ「俺」がそうなのだから。であるのならば、魂を縛りつけるのは良くないと考えてしまう。あの輝石はそういうものじゃないかと常々思っていはいたのだ。
「良く分からない。けれど、彼女が龍神様に召されたのなら、それで良いか。」
いつまで経っても変化がない。なので、あきらめて帰ろうとした。
すると、足を引っ張っている者がいるのに気がついた。さっきの猫である。
「ん?もっと撫でてほしいのかい?」
-それも良いがワレに名前を付けるがよい。-
なんだか得意げな顔をしているのでそう言っているような気がした。
「しょうがない猫様だなぁ。ホレホレ、ここがええのんかええのんか?」
がりがりとこの猫のお気に入りポイントを掻いてあげる。
-うむ、よいぞよいぞ。我が名はネコか。そういえばずっとそう呼んでおったな。良い、その名で呼ぶことを許すぞ。-
なんだか今日はえらく具体的に声がするき気がする。というか猫は種族名で名前じゃないとおもうが。
-我は龍神ゆえ、それぞれの個が種族である。故に我と似たものなど居らぬ筈じゃが?少なくとも我が生まれて1000年はおうておらぬ-
・・・「俺」の妄想か?「ボク」の幻聴か?
-鈍い奴よのう。分かっていて我に食べ物を献上していたわけではないのかえ?-
目の前の猫はあきれた顔をして、そして「俺」の肩に飛び乗った。そしてその手で器用に「ボク」の屋敷の方を指して言う。
-ほれほれ、はよう帰らんとまたおまえの相方が泣くのであろ?さっさとせぬか-
はやくはやくと顔をぴしぴしと殴られる。肉きゅうだから痛くないけれど。
まだ驚きが覚めやまない「俺」は、だが言われてみればまた遅い時間になりかけているのに気がついたので、素直に従って帰ることにした。
-我を見れば恐れる奴も居るやもしれぬゆえ姿を消しておく。必要になれば呼ぶがよい-
肩に乗せたまま社をでて、学園から住宅街へ抜けようとしたところでそう言い、肩に乗ったままの猫、いやネコは姿を消した。まだ半信半疑だった「俺」はこれで信じざるをえなかった。なにせ重さはあるのに姿は見えないのだ。魔法を使う獣は居ないことともないが、それはモンスターという類になる。
「そういえば、見て分かるものなの?」
「俺」は気になったことを聞いてみる。猫ってどこにでもいるものじゃないのか。
-だれもが、とは言わぬがな。有る程度竜を知っておるものならば分かる。少なくともかのものが巫女をやっておった時代はそうであったし、あの巫女は知っておったぞえ-
つまり、100年前にはある程度知られていたのか。
そういえば、街中で猫、見かけないなあとは思っていた。犬はいるのに。
猫派な「俺」はさびしいばかりだったのだ。だから悲しさを紛らわす事もあって餌付けしていたのだが。
-みにちゅあどらごん、などと人の子に呼ばれておった時もあったやもしれぬな。-
まあ確かに、ミニチュア、だな。
「…あれ?そういえば1000年とか言ってたよね?」
帰りながらふと、あれが幻聴でなければそんなことを言っていたことを思い出す。
-うむ。我が我として認識してからそれ以上は経っておるな。-
それってこの世界では所謂、エンシェントドラゴンの類じゃないだろうか。
魔法を使えるドラゴンでも300年も生きていれば長い方だった筈。それほど竜研究が進んでいるわけじゃないけれど、1000年以上となると、ってそういえば「神」か。
-そなた、龍神とそこいらの獣に等しい竜どもと一緒にしておるな?-
「俺」が驚いているとため息をつかれた。姿は見えないけれど「やれやれ」といったポーズが目に浮かぶ。
-これは今宵は我の素晴らしさに付いて説明せねばならぬな-
ちょうど屋敷の門前に着いた「俺」にネコは少し怒りをにじませてそういう。
それに対して「俺」は「お手柔らかにお願いします。」としか言えなかった。




